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ヘンピ島

 大海原を1隻の船が航行していた。

 船上にて、紺色の髪を短く生やした10代後半の男性のシルバーが、慣れた手つきで(かじ)を操作している。船の一角には全身青色の鎧を身に(まと)ったジエルが座っていて海を眺めていた。シルバーはジエルを一目(いちもく)する。


「きみのその鎧の中身を当ててみようか」


「シルバーは見えない所も見る事ができるの?」


「ある程度はね。きみは――女性だ」


 期待した眼差しをシルバーに向けていたジエルは一転して冷めた目を向ける。シルバーの言う通りジエルは雌のスライムだ。人型ジエルの身長は180cmと高いが、女性らしい曲線を描く鎧を見れば誰でも女性だと分かる。


「ボクの鎧の形を見れば誰だって分かる事じゃないか」


「その鎧、脱ぐ気はないのかい?」


 その問いかけにジエルは沈黙をする。鎧の下は全てが半透明で青色のスライムで、脱げば人間ではない事がバレてしまう。黙ってしまったジエルを見て、シルバーは脱ぐという表現がジエルに誤解を与えたのだと思った。


「いやらしい意味ではないよ、誤解しないでくれ。ただ、海賊のいた島を出てから今まできみが(かぶと)を外した所を見た事がないと思ったんだ」


『どうするのジエル、怪しんでいるみたいよ』


 ジエルの視界に表示されるワイプに映る魔王は興味無さげに言った。魔族である事がバレてもシルバーを殺せば済むという態度だ。ジエルは上手い言い訳を考えようとしたが思いつかなかった。


「……この鎧は外せないんだよ」


 本当の事を正直に言っているジエルの言葉に、シルバーは不思議そうな表情を浮かべた。ジエルはシルバーの困惑から目を()らし海を眺め続ける。


「ひょっとして呪いの鎧なのかい?」


 シルバーが予想外の事を言ったので、ジエルはシルバーの顔を凝視した。


「呪いの鎧?」


「違うのかな? 世の中には不思議な武具があって、一度着ると脱げなくなる呪いの鎧があると聞いた事があるんだけど」


「そうなんだよ、呪いの鎧を着てしまって脱げなくて苦労しているんだ」


「なるほど、納得したよ。魔術的な鎧を着ているのならきみが海賊達を倒したという話も頷ける、呪いの武具は代償があるけど強い力を使用者にもたらすらしいから」


 シルバーの推測に乗っかったジエルに、魔王はワイプの中から微笑ましい目を向ける。


『呪いの鎧というのはあながち間違いではないかも』


 海賊の隠れ家があった島を出て数日後、ヘンピ島が見えてきた。シルバーは島影を自慢げに指差す。


「あれがヘンピ島、私の父が島長(しまおさ)を務める島だ。以前は平和で良い所だったんだ、最近海賊が出没するようになって苦労している」


「その言い方だと、昔は海賊は出なかったの?」


「稀には出たけど今ほどではない、3年半ぐらい前に魔王が勇者に倒されてからだよ、海賊が頻繁に出るようになったのは。魔族と戦っていた軍が縮小化して、行き場を失った兵士達が野盗化しているんだ」


『ざまあみろだわ』


 ワイプの中の魔王は鼻で笑った。


 ヘンピ島の海岸に慌ただしく人が集まっている事に、ジエルとシルバーは遠目で気が付いた。武器を持っている人がチラホラ見える。


「こちらが海賊だと勘違いされているんだ、海賊の使っていた船に乗ってきているから。誤解を解くのは任せて」


 シルバーはラッパを取り出すと島に向かって吹き始めた。ここまでの道中シルバーは暇潰しにラッパで音楽を吹いていて、音楽とは不思議なものだとジエルは思っていた。

 ラッパの音色が海岸に届いたのか、海岸にいる人々の動きが止まり、次々と武器を下げるのが見えた。その光景にジエルは不思議がる。


「どうして武器を下げたんだろ」


「暗号だよ」


 ジエルは暗号を使えるシルバーに感心した。シルバーは海岸から良く見えるよう船首に立ってラッパを吹き続ける。海岸から1隻の手漕ぎ小舟が出航したのが見えた。

 小舟はジエル達の船に近付くと、小舟に乗っていた1人がなおもラッパを吹き続けているシルバーに声をかける。


「もう仲間だって事は分かっていますよシルバーさん!」


 その男性はシルバーより明らかに年上だったがシルバーに対して敬語を使った。シルバーが島長の一族だからだろう。知った顔を見て、シルバーは嬉しそうにラッパを吹いた。


 船は島の港に接岸した。天然の岩礁(がんしょう)を利用した港だ。シルバーとジエルは大勢の島民達に出迎えられ、1人の10代半ばぐらいの少女が人混みの間を抜けて駆け寄ってきた。少女はシルバーと同じく紺色の髪を長く生やしている。


「兄上!」


 少女はシルバーの顔を見ると抱き着いた。彼女の目は涙ぐんでいる。


「よかった……私、兄上はてっきり海賊に殺されたものかと……」


「捕まっていただけだ、兄はこうして生きて戻ってきたぞ」


 シルバーは優しい笑みを向けて少女の頭を撫でた。兄妹を取り囲んでいる島民の1人が海賊の姿を忌々しく思い浮かべる。


「きっとシルバーさんを誘拐して身代金を出させようとしたのでしょう、海賊とは何とも野蛮な奴らだ」


「彼女のおかげで私は生きて故郷に戻る事が出来た。紹介する、ジエルさんだ」


 島民達の注目を浴びたジエルは落ち着きなく首を動かした。誰を見たら良いか分からない様子だ。シルバーの妹は目に涙を溜めながらジエルに礼を言う。


「兄を助けて頂いてありがとうございます」


「ジエル、この子は私の妹のブルーだ」


「そうなんだ」


 ジエルは素っ気無い態度で応対した。


「息子を助けてくれたのならば、相応の礼をしないといけないな」


 群衆の中から声がしたかと思えば人混みに道ができ、紺色の髪とヒゲを生やした中年男性が姿を見せた。島民達の態度で身分の高い男性という事が分かる。シルバーの妹ブルーはその男性の姿を見て微笑んだ。


「ジエル、こちらの方は私の父でこの島の島長だ。父上、こちらの女性はジエルという名前で、私を海賊から助けてくれた命の恩人です」


 島長はジエルに海賊から助けてもらったという息子の発言の意味を考える。女性1人で海賊達と戦い、息子を救出したという話は常識的に考えれば無理がある。


「こちらの女性が1人で海賊と戦い、助けてくれたと?」


「そうなのです、私も捕まっていた時は女性1人では不可能な事だと思っていました。ですがジエルは海賊と戦って私を助けてくれたのです」


 島民たちは驚いて声をあげる。全身鎧の女性は背が高いが女性なのだ、狂暴な大の男の海賊達と1人で戦えるとは思えない。島長も素直には信じられないといった様子だ。


「女性が1人で海賊達と戦ったとは、常識で考えれば無理があるが」


『ジエル、自分は超常者(ちょうじょうしゃ)だと言ってやりなさい。それで納得するわよ』


「自分は超常者だ」


 ジエルが魔王に指示された通りに言うと島民達に驚愕(きょうがく)が広がった。島長も目を見開き納得したという顔をする。


「なるほど、超常者ならば可能な話だ、そうとは知らず無礼な態度をとってしまいました。ジエルさん、息子を助けて頂いて感謝します、是非ともこの島でお礼をさせて下さい。失礼ながら女性でよろしいのかな?」


「そうだよ、ボクは雌だ」


 自らを雌だと言いのけたジエルを前に島長は苦笑いをする。


『今のは、この人間は出来ればあなたに兜を脱いで顔を見せて欲しいという期待をしていたのよ、人間の求める事をする必要は無いけど』


『そうだったんだ、直接言えば良いのに人間は変なの、言われても見せるつもりはないけど』


「父上、ジエルの着ているのは呪いの鎧なので脱げないらしいのです」


 兜を脱がないジエルをシルバーがフォローした。呪いの鎧と聞いた島民達は困惑する。


「呪いの鎧? 呪いの武具は実在していたのか?」


「呪いというと悪く聞こえるが、周りに悪影響のないものなのだろうか……」


「島から出ていってもらった方がいいのでは?」


 島民達は全身鎧姿のジエルに白い目を向ける。島長も見極めるような目をジエルに向けていた。島長と島民達の態度にシルバーは苦笑をする。


「呪いの鎧と聞くと警戒するのは分かりますが、私はジエルと一緒の船で帰ってきたけどこの通り元気なままです。周りに悪影響を及ぼさないと私は判断していいます。島から即刻追い出すのはやり過ぎだと思いますが」


 息子のシルバーの言葉に島長は考え込む。


「確かに村に一歩も入れないというのは、同じ島に住む仲間を助けてくれた恩人に対して失礼すぎるな。村に入って休んでもらうが、周囲に悪影響がありそうだったら悪いけど出ていってもらうかもしれない、悪く思わないでくれジエルさん」


「別に、気にしてないよ」


 ジエルは人間ごときになら、いくら白い目を向けられようが気にしないという態度だ。その態度でジエルが怒っていると感じたシルバーは罪悪感を覚えた。


「すまないジエル、私を助けてくれたのに冷たい扱いを受けさせてしまって。さあ村に入ってゆっくり休んでくれ、海賊と戦って疲れているはずだ」


「海賊と戦ったのは数日前の事だし疲れていないよ、大丈夫」


 ジエルの素っ気無い態度を見て、シルバーの妹のブルーはジエルが怒っているのだと思った。


「何もない島ですけど海の幸には自信があるんです、ジエルさんのお口に合えばよろしいのですけど」


「ブルー、ジエルさんを客間へ案内してさしあげなさい」


『この人間たち、ボクを村に入れたいのか入れたくないのかどっちなんだろう』


『呪いの鎧を着た得体の知れない女をできれば島から追い出したいけど、島長の子供を海賊から助けた恩人だから追い出すわけにはいかず、お礼としてもてなす必要があると思っているのでしょう。

 さて、こいつらを皆殺しにするのは この島の地理を把握してからにするわよ。逃げられた時に人間が隠れる場所を知っておきたいから』


 ヘンピ島に住む人間達を皆殺しにする計画を立てる魔王の言葉に、ジエルは罪悪感を覚えた。島民達がジエルを怪しんだ時にシルバーは(かば)ってくれた。島民達を殺すという事は、シルバーのその親切心を裏切る事になると感じたのだ。


 ブルーがジエルを村に案内しようとした時の事であった。


「――そいつを村に入れるのは少し待ってくれ」


 人混みの中から1つの声が聞こえてきた。大声ではないが妙に重く響く声だ。島長が現れた時のように島民達は道を開けるが、猛獣から逃げるような人の動き方であった。

 群衆の中から1人の男性が歩み出てきた。年齢は島長と同年代ぐらいで鋭い目つきをして、腰には剣が下げられている。

 その男性のたたずまいを見た時、ジエルは生物としての強さを彼から感じた。


「何故だアーサー、彼女は息子を助けてくれた恩人なのだが」


 島長はその男性の事をアーサーと呼んだ。アーサーの姿を見たシルバーは嬉しそうな顔をした。アーサーは疑わしそうな目でジエルを見る。


「その青い鎧からは魔族のような気配を感じるんだよ」


 アーサーの一言に島民達はざわめき、ジエルも兜の中で眉を動かす。シルバーは恩人を魔族呼ばわりされた事に困惑する。


「アーサーさん、人を魔族呼ばわりするのは侮辱の極みですよ? 何を言っているのですか」


「俺なりに経験の裏付けがある事なのだがな……ジエルと言ったか、その兜を脱いでみてくれ、それで人間だと証明できるだろう」


 アーサーに兜を脱げと言われたジエルは迷う。ここで兜を外したら人間でない事がバレて、人間達との殺し合いが始まってしまうだろう。いつか魔族である事がバレるかもしれないが、今をその時にしたくはないとジエルは思った。

 シルバーはジエルを庇う。


「ジエルが着ているのは呪いの鎧なので脱げないらしいのです」


「呪いの鎧、か……お前、信じているのか?」


 シルバーは心の中を見通されたという顔をする。


「実在するのか怪しいものですが、恩人がそう言っているのです、私としては否定はしたくない」


 呪いの鎧というのはジエルが適当に作った嘘の設定だが、シルバーが信じてくれていないと知ったジエルはショックを受けた。シルバーは船でシエルと2人きりの時には適当に話を合わせていたのだ。

 アーサーは刃先のように鋭い目をジエルに向ける。


「俺は北部の魔族との前線で、魔術師とは実際に対面した事はあるが、呪いの武具の類にはお目にかかった事はない。呪いの鎧が実在するとは思えないんだよ。と、するとだ、何故この人が鎧を脱がないのかを考えると、魔族が人間のフリをしている可能性があるわけだ」


 ジエルを見るアーサーの目に敵意が()められ、ジエルは体を強張らせた。


「この島の安全のためにも鎧の中を調べるべきだ。人型の魔物である魔族は人間に近い容姿をしているが必ず人間とは違う箇所がある、耳が獣のようであったり角が生えていたりしてな。頭部に違いが現れる場合が多いんだ。

 鎧の中を見れば魔族か人間かが分かる。せめて兜を脱がせて頭部を調べるべきだ」


 アーサーの判断に島長は考え込む、彼もジエルが顔を見せてくれない事は不審に思っていたのだ。シルバーも疑わしそうな目でジエルを見た。

 そのシルバーの視線にジエルはまたもや傷ついた、人間ごときに信じられなくても構わないはずなのにとジエルは自分の感情を不思議がる。


 ワイプの中の魔王は案の定(あんのじょう)こうなったと言いたげな顔をジエルに向ける。


『どうする? あなたが魔族かもしれないって疑われているわよ。戦闘になった時に気になるのはアーサーとかいう人間、おそらく超常者だわ、強い戦闘力を持っているかもしれない、用心しないと』


 島中の人々がジエルに魔族ではないかという疑いの目を向けていた。ジエルは実際魔族で、鎧の中には青色で半透明なスライムが入っている。

 島民達の疑いは正しくて、今のところバレてはいないがジエルは彼らを皆殺しにしようとしているのだ、冷たい視線を向けられて当然だ。

 しかし大勢の人間達から白い目を向けられて、ジエルは泣きそうな気分になっていた。人間なんかに冷たくされても平気なはずなのに何故だと、ジエルは自分の事ながら自分の感情が分からなくなっていた。


 ジエルの心が沈み込んでいる時、シルバーの声が聞こえた。


「アーサーさん、私の恩人に変な事を言うのは止めて下さい」


 島民達の感情はジエルを疑う方向に向いていた、それなのにシルバーは1人でジエルを庇う発言をしたのだ。島長とブルーはシルバーにも白い目を向け始めた。こうなる事はシルバーは知っていたはずだ、それなのにシルバーはジエルを庇う発言をしたのだ。

 人間社会に(うと)いジエルでも、シルバーが無理をして自分を庇ってくれた事が分かった。


 アーサーはジエルを庇ったシルバーに厳しい目を向ける。


「なら魔族かもしれないという可能性を否定できるのか? その人が兜を脱いで頭を見せない限り魔族の可能性は消えない。島長の一族ならば島の安全を考えろ」


 シルバーは苦しそうな表情を見せた。アーサーの意見への反論が見つからないのだ。


「しかしジエルが着ているのが本当に呪いの鎧で脱げないのだとしたら、どうやって中を調べるというのですか」


「こうすればいいんだよ」


 ジエルはアーサーの動きを細かに見ていた。彼のたたずまいから強いと判断していたからだ。

 しかしアーサーがジエルの視界から消えたかと思うと、ジエルは兜に衝撃を感じた。視界には抜き身の剣を持ったアーサーが立っている。アーサーがジエルを切ったのだ。

 兜を剣で切られた事にジエルは気が付き、慌てて手で切られた箇所を押さえた。兜の切り口から中を見られるとスライムである事がバレてしまう。


『速い! こいつやはり超常者だわ!』


 アーサーの目にも留まらない動きに魔王は驚く。


「何をするんですか!?」


 ジエルを守るようにアーサーの前に移動したシルバーは、アーサーに腕を掴まれて引き込まれた。アーサーはシルバーがジエルに攻撃されるかもしれないと思ったのだ。

 アーサーはシルバーを島長に預ける。島長はシルバーとブルーの腕を掴んで急いで下がった。


「少しは用心しろ!」


 周りにいる島民達は一瞬で起こった出来事を理解すると、一斉に騒ぎ出した。アーサーの超人的な動きを見てその場から逃げ出す人もいる、アーサーは周りの騒ぎを気にも留めずに剣先をジエルに向けた。


「その手をどけろ、中身は傷ついていないはずだ。俺がその呪われた鎧を切って外してやる、さもなければ魔族だと見なすぞ」


 兜の中のジエルは怒りの形相だ。


『先にボクを攻撃したんだもの、殺されても文句ないでしょ』


『待ってジエル』


 覚悟を決めたジエルを、意外にも人間と仲良くする事に反対だった魔王が止めた。


 ジエルからの返事が無いため、アーサーは2回目の攻撃に移ろうとしていた。その時、兜を片手で抑えていたジエルは両手で兜を掴むと、上へと動かした。兜を脱いだのだ。

 兜の中身が、青色の髪に青い目をした10代後半ぐらいの美しい女性である事をアーサーと島民達は知った。身長が180cmぐらいと高いのに比べると、顔立ちが幼く見えると人々は思った。


『色を変えて不透明にして、人間のような外見にしたわよ』


 魔王がジエルの能力を発動させて人間と変わらぬ姿にしたのだ。アーサーは兜を脱いだジエルをじっくりと観察する。


「獣のような耳や角はないようだな、次は鎧を脱いでもらおうか」


「もう十分でしょう、女性に対して脱げとは失礼ですよ」


 更なる要求をしてきたアーサーを、島長の側近に腕を掴まれているシルバーが声をかけて止めた。アーサーはジエルをひと睨みすると剣を(さや)に収める。


「それもそうだな、すまなかったなお嬢さん」


「この場で裸になっても良いよ、触れられるのは嫌だけど、見るだけなら構わない」


 頭部以外も人間のような外見になっていると魔王に教えられたジエルは、あっけらかんに言ってのけた。ジエルの発言に島の男たちが色めき立つ。シルバーは慌てた様子でジエルのもとへ駆け寄ってきた。ブルーもぎこちない表情でシルバーに続いてジエルに近付く

 ジエルは自分のところへ駆け寄ってくれたシルバーを見て、心に暖かさを感じたが、同時に呪いの鎧を信じていなかったシルバーに腹立だしさも覚えた。


「私の家へ案内するよジエル、すまない事をした。怪我はないか?」


 ジエルは心配するシルバーから目を逸らす。


「どこも痛くないよ」


 ジエルが不機嫌になるのも無理がないとシルバーは思った。


「アーサーさんは魔王が健在の頃に北の魔族との戦線にいた人で、きっと長い間戦場にいたせいで心配症になってしまったんだ。きみには悪いけど、アーサーさんは悪い人ではないと私は思っている」


『何故そんな奴がこの島にいるのか聞きなさい』


「何故そんな奴がこの島にいるの?」


 ジエルの疑問にシルバーとブルーが答える。


「父の古い友人で、今でもたまに顔を見せてくれるんだ」


「兄が身代金目当てで海賊にさらわれて少し経ってから、別件の王家から命じられた任務で島を訪れたんだ、何でもこの辺りに流出している銃の調査をしに来たらしくて。兄が海賊にさらわれたと知ると任務を放置してでも海賊を探して助けようとしてくれた。

 でも海賊が取引の日にちを決めていたから、父の決定でその日に海賊を皆殺しにして兄を救出する計画を立てた。先にジエルさんが兄を助けてくれて助かったよ。この島が戦場になっていたかもしれないし、兄が殺されていたかもしれないから」


『いつこの島から出ていくのか聞きなさい』


「アーサーはいつ島から出ていくわけ?」


 島長の家の兄妹は気まずそうな顔をする。


「王様から命じられた調査が終わるまでは、この島に滞在すると思う」


 島民達と一緒に村へ入っていくジエルを見て、アーサーは考え深げな顔をしていた。アーサーの隣には島長が立っている。


「お前は正しい事をしたと私は思っているぞ、我が友よ。少し騒ぎはあったが今日は私の息子が生きて戻っためでたい日だ、ちょっとした(うたげ)をするからお前も参加してくれ」


「そう言ってくれて助かるぜ、我が友レッドよ……俺は青い鎧のお嬢さんの事はまだ信用していない。俺の気のせいかもしれないが、最初に感じた魔族のような気配が忘れられなくてな」


「私も不審な点があるお嬢さんだと思っているよ、息子の恩人に対して酷い態度だがな」


 ジエルを遠くから眺めるアーサーと島長の目には、猜疑心(さいぎしん)が籠められていた。


『ありがとう魔王様。この人達を殺さないで済むようにしてくれて』


 シルバーとブルーに島長の家へ案内されながら、ジエルは魔王にお礼を言った。ジエルの視界に表示されるワイプの中の魔王は呆れた目をジエルに見せた。


『あなたまさかアーサーと戦って勝てると思っていたの? 相手と自分の力量差ぐらい計れるようになりなさい、今のあなたではアーサーには勝てない、戦闘になっていたら確実に殺されていたわよ』


『攻撃は見えなかったけどそこまで強いんだ、あの人間』


『かなりの生命力を吸収した超常者だわ、人間のくせに生意気な。こういう状況になると人間のフリをしていて正解だったか、あなたが魔族だとバレたり島民に手を出すとアーサーに殺される事になる。

 クソッ、腹が立つわ、周りに美味しそうな生命力を持つ人間がたくさんいるのにお預けなんて』


『じゃあどうするの?』


『このまま人間のフリをして様子を見るしかないわ、能力を使うのも禁止よ、人間は体の形が変わったりしないから魔族だとバレてしまうから。他にも魔族だとバレそうな事はするんじゃないわよ。

 私はこの島では霊体となって外に出るのを(ひか)える、私を見る事のできる人間が存在する可能性があるから』


『わかった、このまま人間のフリを続ける』


 人間のフリを続けられると知ったジエルは嬉しそうだ。そのジエルの様子を見て魔王は溜め息を吐いた。




「食事の準備ができるまで温泉で汚れを落とすと良い」


 島長の屋敷へ到着した後、ジエルは島長にそう言われて温泉に入る事を勧められた。屋敷の裏が温泉になっていて家風呂の感覚で入浴する事ができるのだ。

 特に目的のないジエルはその提案に乗る事にして、案内役の使用人女性に付いて行く。


『ボク、汚れていないのにな』


 汚いと言われたと思ったジエルは不満気だ。


『そういう表現ってだけよ、せっかくだから入っておきなさい』


 湯気の昇る温泉を見て、ジエルは目を輝かせた。


「わぁ、なにこれ、水溜まりが燃えている」


「温泉を見るのは初めてなんですか? ヘンピ島の名物なんですよ」


 島長の家に仕える使用人女性は自慢げな顔をしたが、鎧を着たまま温泉に入ろうとするジエルを見て使用人女性は慌てて呼び止める。


「待って下さい、鎧のまま入るつもりなんですか?」


「駄目なの?」


 何か問題があるのかという態度のジエルを見て、使用人女性は困惑した。この青い髪の女性は育ちが悪くて入浴した事がないのだろうかという目をジエルに向ける。


「鎧を脱いでから入って下さい、そして入る前にはそこの手桶(ておけ)でお湯をすくって体を流してから入浴して下さい、そうしないとお湯が汚れるかもしれませんから」


「わかった」


 ジエルは鎧を外していく。鎧の下が全裸なのを見て使用人女性は驚き、顔を赤らめた。同性ながらジエルの裸体に見惚れたのだ。ジエルの裸体は彫刻のように造形が整っており、青く滑らかな髪が揺らめき、肌はシルクのように美しい。

 使用人女性は一転して真剣な目でジエルの裸体を見つめる。魔王はジエルの視界を通して使用人女性のその目付きに気付いた。


「ではゆっくりとおくつろぎ下さい、私はお邪魔でしょうから離れています」


 そう言い残して使用人女性は浴場から去っていった。鎧を全て外して全裸になったジエルは不思議そうに温泉を見下ろす。本当にここに入って大丈夫なのか、魚みたいに()で上がってしまわないか心配という様子だ。


『今の人間、あなたの体を観察していたわよ、気付いていた?』


『そうだったんだ、何のためにだろう』


 一気にお湯に足を入れたジエルは驚いて飛び上がった。


「熱い! 茹で魚になっちゃう!」


『あなたに魔族の証がないかチェックしていたのよ。あの使用人がただ好奇心で見てきたのか、誰かに命じられたのかは分からないけど、島長に命じられた可能性がある。ここは人間達の村で魔族にとっては敵地、少しは危機感ってものを持ちなさい』


 ジエルは魔王の心配をよそに温泉に飛び込み、気持ち良さそうな声をあげた。


「この温泉というのとても良い、溶けちゃいそうだよ」


 湯舟に浸かっているジエルは至福という顔をする。魔王もジエルの五感を通して温かな湯の感触を知った。周囲は壁で囲まれているが、見上げると空が広がっている。


『人間の施設にしては悪くないわ、肉体ありで入れないのが残念だけど。さてジエル、あなたはこれから何をすべきか分かっているかしら?』


『シルバーがご飯を食べさせてくれるそうだから、それを食べる』


 ワイプの中の魔王は呆れた目を向けた。


『冗談だよ、ボクを取り巻く状況は油断できないと言いたいんでしょう?』


『そうよ、私達の置かれている状況は良くないわ。アーサーはまだあなたが魔族ではないかと疑っていると見るべきで、奴がその気になればいつでもあなたを殺す事ができるし、話を聞くにアーサーと島長は友人で親しい間柄で、

 先程の使用人のように人手を使って私達を調べてくるかもしれない。この状況は大問題よ、人間なんかに怯えながら暮らすなんて御免だわ。あなたは一刻も早くアーサーより強くならなければいけない』


 ワイプに映る魔王は不機嫌を煮詰めたような表情をしている。


『怯えながら暮らすのはボクも嫌だけど、どうやって強くなるの? この島の人間を殺すのは無理だよ、島民を殺したらボクがアーサーに殺されてしまうから』


『ひとつ確認したい事があるんだけど、この島にアーサーがいないとしたらあなたはこの島の人間達を殺せるのかしら?』


 その問いにジエルは黙り込んでしまう。


『どうなのよ、答えなさいよ』


『……殺せるに決まっているじゃないか、人間なんて虫と一緒なんだから、アーサーがいなければこの島の人間たちはとっくに皆殺しにしているよ』


『本当に?』


 トゲのある魔王の声に、ジエルの態度が固まる。


『本当だよ、人間なんて殺すのが当たり前だよ』


 魔王はワイプの中からジエルに厳しい視線を送っていたが、ふと表情が和らいだ。


『私はあなたの体に憑依していて、あなたが能力をどう使いたいか念じた時に、私はあなたの意思を感じる事ができるけど、あなたが普段なにを考えているのかまでは感じ取れない。だからあなたは私に感情を隠し続ける事ができる。

 自分の感情を隠し続けたいのは当然の事だわ、誰だってそう。私だってあなたに知られたくない感情がある、だからあなたの感情の全てを私に教えてくれとは言わない。だけど……』


 魔王は普段、格下を見る目をジエルに向けている。だがこの時の魔王の表情に尊大さは感じられなかった。


『人間を殺すのが嫌になっているかどうか、この感情だけは私に教えて欲しいのよ。勇者の一味への復讐心だけは持ち続けて欲しいけど、あなたが人間を無差別に殺したくないのなら、あなたの感情に負担をかけない方法であなたを強くする方法を考える事ができる。

 だけどあなたの感情を知らないと、私は人間を無差別に殺して強くなれとしか言えない。だから教えて頂戴(ちょうだい)、あなたが人間に対してどういう感情を抱いているかを』


 ジエルは両手でお湯をすくうと、両手を閉じて水鉄砲のようにお湯を飛ばした。


『……ボクはこの島の人間達をできれば殺したくない』


『この前 海賊を100人殺したけど、人間を殺すこと自体に抵抗ができたという事かしら?』


『違う、ヘンピ島以外にいる人間を殺す事に抵抗はない。この前殺した海賊達に対して罪悪感はない。アーサーはムカつくから殺したいけど、アーサー以外の島民達に危害を加えたくないんだ。ヘンピ島の人間達を殺したらシルバーが傷つくだろうから』


『シルバーに対して親しみを感じているって事?』


『シルバーがボクを疑った時は腹が立ったけど、ボクを庇ってくれた時は嬉しかった。ボクは自分の事ながらシルバーの事が嫌いなのか違うのか分からない。でもシルバーを殺したくないと感じているんだ、

 魔族なのに人間を殺したくないって、変な事を言っているとは自分で分かっているよ。だけどボクはそう感じてしまっているんだ』


 人間を殺したくないとは、ジエルは魔王に怒られて当然の事を言っていると思った。だけど魔王は怒声ではなく見守るような声をジエルにかける。


『この前も言った事だけど、人型の魔物である魔族は人間に近い容姿をしている。だから人間は敵だと分かっていながらも、人間に親近感を覚えてしまう魔族もいるのよ。私はそういう魔族を何人も知っているわ。

 ジエルの場合一見すると完全に人間と同じ姿だから、より強く親近感を覚えてしまうのかもしれない。初めて交流した人間が、あなたに恩を感じて優しくしてくるシルバーだから猶更(なおさら)なのでしょう』


 自分と容姿の似ている生物に親しみを感じるのは当然の事だ。


『でもジエル、私の知る限り、人間と仲良くしようと思った魔族は全員人間に裏切られて酷い目に遭った。実際に人間に裏切られるまでは受け入れられない考えかもしれないけど、決して魔族と人間は分かり合えないのよ。

 私はあなたを見守って傷つかないようにするつもりだけど、あなた自身も人間を信じないように心がけて欲しいわ』


『わかったよ……シルバーを信じないようにする……』


『あなたの感情は分かった、ヘンピ島の人間達は殺さないという条件で強くなる方法を考える』


 その魔王の決定に、ジエルは晴れやかな気分になった。


『ありがとう魔王様、ボクのわがままを聞いてくれて』


『礼はいらないわ、従者に気を配るのは主の義務だから。あなたは馬鹿なんだから1人で考えると悪い方へ転がっていくのよ、今後は私を頼りなさい』


 ワイプの中の魔王はジエルに微笑みを向けてきた。ジエルは申し訳ない気分になった。


『ヘンピ島の人間達は殺せない。だとすると別の場所の人間を殺したいところだけど、ヘンピ島近海の島々に住む人間達にも手は出せないわ。アーサーに私達の仕業(しわざ)だと知られれば確実に殺されるもの』


『ヘンピ島以外の人間を殺すのに抵抗はないけど、殺すのは人間限定なの? 猛獣島のように獣を殺せばいいんじゃない?』


『この地域では、猛獣島以外の島には強い獣や魔物がほぼ生息していないのよ。そこいらの普通のイノシシや鹿を殺しても現在のあなたでは生命力は吸収できないし、稀になら強い生物を発見できるだろうけど、

 探す時間を考えたら1体あたりから得られる生命力が大きい人間の集団を殺した方が効率的だわ』


『生命力の強化はこの辺りの海でしかできないわけ? アーサーの目の届かない遠い場所に行くのは駄目なのかな?』


『アーサー程度の人間の超常者はいくらでもいる。遠い場所の人間を殺すとしても、その場所にアーサークラスの人間の超常者がいないという保証はない。それに大陸に近付くにつれて人間の王国の目が届きやすくなる。

 大陸で目立つと討伐隊を送られる恐れが高まるから、この辺りの海でアーサーを殺せるほど強くなるのがベストなのよ』


 今のジエルの力量で、人間の王国の監視の厳しい大陸に行くのは危険だと魔王は考えているのだ。


『そっか……この前みたいに海賊のかたまりを見つけられたら良いんだけど、あれはお得な生命力稼ぎだった』


『それよ』


 ワイプの中の魔王は指を立てた。


『海賊ならば人間を殺してもアーサーは私達に敵意を向けない、人間の海賊は人間にとって敵だもの。ヘンピ島近海では海賊が増えていると島長の小僧が言っていたし、海賊の数は分からないけど纏まった数の海賊を連続で殺せるのだとしたら、

 私達が人間だという信頼を強める事と生命力の強化が同時にできて、最も安全にアーサーを殺せる程強くなる事ができるはずよ』


『つまり、ボクは海賊を殺しまくれば良いって事か』


『そういう事よ、海賊を殺しまくって、必ずアーサーを殺せる程強くなるのよ』


『あの人間を殺せるほど強くなれるのは、いつになる事やら』


 ジエルは口を湯に沈めて泡を吹いた。


 ジエルがのんびり湯舟に浸かっていると、先程の使用人女性が何やら布を持ってやってきた。


「男物しか用意できませんでしたが、お湯から上がったらこれを着て下さい」


 ジエルはもう湯舟に浸かるのは十分だと思い、お湯から堂々と立ち上がった。使用人女性はジエルの裸体をまじまじと見つめる。


「ボクの体に興味があるの?」


 お湯から出たジエルは脱衣場に向かって歩き、使用人女性の手から服を持ち去った。


「いえ、失礼しました」


 使用人女性は自分に見られるのを何とも思わない様子のジエルを見て、その堂々たる態度と素晴らしい体つきに頬を染めた。


 温泉から上がったジエルは、屋敷の広間にて開かれているささやかな宴に招待された。青い鎧を調べられるのは避けたいのでジエルに割り振られた部屋に運んでから、宴の開かれている広間へと移動した。


 参加しているのは島の有力者限定で、島長とシルバーとブルーは勿論(もちろん)出席していて、超常者の剣士アーサーの姿もあった。

 シルバーは鎧姿ではなくなった事で体のラインが分かるようになっていた。そのジエルの姿にシルバーは目が釘付けになり頬を赤らめる。ブルーはジエルの存在に気付いていない演技をした。島長とアーサーは見極めるような目をジエルに向ける。


『やはりアーサーと島長は私達の事を怪しんでいる』


『シルバーもボクの事をまじまじと見ている、怪しんでいるんだ』


『あれは無視していいわ。それより島長たちが何か仕掛けてくるかもしれない、用心しないと。魔族だとバレたらアーサーに殺されるわよ』


 決してジエルが魔族だと知られてはいけない状況の中で、宴は開かれた。

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