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海賊島

 1ヶ月後。猛獣島の森の中にてキボリグマとジエルが対峙していた。

 熊が鋭い爪の生えた前足を振るうと、太い木の幹が簡単に削れて音を立てて倒れた。熊の強い攻撃力を前にしてもジエルは狼狽(うろ)えない。


 熊は自分より小さく弱そうなのに恐れないジエルに腹を立てたのか、ジエル目がけて駆け出した。途中にあった木の枝が熊の突進で簡単に折れて木の葉が舞う。熊は前足を振り上げると、ジエルのいる場所に目がけて振り下ろした。

 熊の異常な怪力と頑丈な体を使った一撃で地面が弾け、近くにあった木が根本ごと倒れる。


 弾けた地面にジエルの姿は無い。熊が不思議に思った時、側頭部に強い衝撃を感じた。

 ジエルの右手は触手になっていて、トゲの生えた鉄球状の鈍器が先端に付いている。木々の枝の隙間を変則的な軌道で飛んできた鉄球が、熊の側頭部に叩き込まれたのだ。

 熊の側頭部の毛が飛び散り、毛に混じって血も飛び散っていた。熊の側頭部は(へこ)んでいる、分厚い頭蓋骨も砕けたのだ。熊の意識が朦朧(もうろう)とする。


 側頭部に深刻な傷を受けた熊は倒れそうになる。その傷口にジエルの左手から生えた触手刀が突き刺されると、熊は(うめ)き声をあげて倒れた。

 ジエルは刃を根本まで熊の頭部に差し込むと、刃をひねって確実に熊の息の根を止めた。


「よし、2回の攻撃で熊を殺せるようになった」


 熊を仕留めたジエルは得意げな顔をする。何頭ものキボリグマを殺し続けて生命力を吸収したジエルは着実に強くなっていた。


『一撃で殺せるようになるのが目標だけど及第点(きゅうだいてん)はあげるわ』


 ジエルは仕留めた熊を解体して肉にすると焚火で焼き始めた。丸太に座ったジエルは熊の心臓の串焼きを頬張っている。


『もう、この島からは出るわよ』


 魔王の意外な決定を聞いたジエルは食事の手を止める。


「まだキボリグマの生命力は吸収できているよ。島を出るのは早いんじゃない?」


 たくさんの獣を殺して生命力を吸収したジエルは、シラガオオカミとツキミウサギを殺しても生命力を吸収できないほど強くなっていた。しかしキボリグマの生命力はまだ吸収できている。


『この島にいる熊の数は多くはない。探すのに手間がかかるし全部殺せたとしても得られる生命力の量は(たか)が知れている。別の場所で別の生物を殺した方が効率的だわ』


「わかった。この島を出て別の獣を殺そう。今度はどういう獣のいる島に行くわけ?」


『次に向かうのはこの島の近くにある、ヘンピ島という名前の島よ。そして――』


 薪の中に水気の多い枝があったらしく焚火が弾けた。


『その島には人間が住んでいるわ』





 数日後。大海原を1つのイカダが進んでいた。

 イカダには帆が付いており、ジエルはロープを握って帆を操っていた。全身が青色で半透明のジエルは陽射しで輝き、その手にはやる気が満ちていた。


「いよいよ憎き勇者の同族である人間を殺せるんだ。楽しみだよ」


『人間は1体あたりから得られる生命力が多くて、かなり強くなっても生命力を吸収し続けられる良質の生命力源なのよ。熊より短期間で強くなれるわ』


「ボクは絶対強くなって、ボクの故郷を滅ぼした勇者に復讐してやるんだ」


 気分転換にイカダの上で釣りをしていたジエルは、水平線に島影を見つけた。


「ヘンピ島にもう着いたのかな」


『ここまで近くはなかったはずだから別の島かもしれない。島の配置を大まかにしか覚えていないから確証はないわ。水先案内人がいたら楽なんだけど。とりあえず上陸してみましょうか、新鮮な水や食料を調達できるかもしれないし』


 ジエルは帆を操作して島影に向けて航路をとる。島に近付くと、とあるものをジエルの目は捉えた。


「変な形をしたイカダがある」


『船よ。人間があの島にいるのかもしれない』


 5隻の大きな帆船が島の海岸に停まっているのをジエルは見た。ジエルの視界を通して魔王も見る。海岸近くに民家は見えない。


 島が近付き、ジエルはイカダを上陸させようとオールを漕ぐ。イカダが海岸に近付いた時の事であった。


「今だ! あの化け物に矢を撃てー!」


 海岸に30人程の人間が続々と姿を現し、ジエルに向かって弓矢を撃ち始めた。全てが青色で半透明のジエルを彼らは化物と呼んだのだ。

 矢が次々とジエルの体に刺さる。矢の1本が頭部に刺さりジエルは怯えた。


「ひっ……!」


『大丈夫よ、この程度では何発食らおうとも中枢を包む殻は貫通しない。でも何本も体に刺さると動かし辛くて面倒だわ。鎧を作るわよ』


 ジエルに刺さっていた何本もの矢が一斉に抜けて飛び出し、海岸の人々は驚いて攻撃の手が止んだ。

 ジエルの全身の表皮が浮かんだかのように見えた後、不透明で青色の鎧がジエルの頭から爪先までを、全身を包んでいた。猛獣島でたくさんの生命力を吸収して強くなった証拠だ。


『鎧モード完成。これで連中の矢は刺さらない』


「怯むな! 撃てー!」


 リーダーらしき人間がゲキを飛ばして弓矢攻撃を再開させる。矢はジエルに当たるが全て鎧に弾かれていた。


「ぜんぜん刺さっていない!? 強い弓だから鎧にも刺さるはずだぞ!?」


「突然鎧が現れたぞ!? なんだあれはぁ!? 化物だぁ!」


「撃て撃て! とにかく撃てぇ! 奥にいる連中も呼んで来い!」


 森の中から更に数十人の人間が現れてジエルに向かって弓矢を撃つが、全ての矢はジエルの鎧に弾かれた。

 イカダが海岸間近に迫った時、海岸にいた人々は逃げ始めた。海岸と隣接している森の中へ身を隠したのだ。


『この岩場の海岸、天然の港になっているわ』


 ジエルは海岸の一角にイカダを着けると、岩のひとつに縄を回してイカダが流れていかないように固定した。近くに停まっている5隻の船をジエルは見る。


「これで海を旅したら楽しそう」


『1隻は貰って残りは燃やしてしまいましょう。さっき見た人間達が島から逃げられないように。船内に油があるかもしれないから探してみなさい』


 ジエルは1隻の船の甲板に上がろうと、船の側面に下げられている縄ハシゴに足をかけた。その時、船上に動物の気配をジエルは感じた。弓矢を持った人間が船上から顔を覗かせたのと、ジエルが見上げたのはほぼ同時であった。


「食らえ! 化物!」


 その人間の放った矢は(かぶと)の隙間の目の部分に命中して突き刺さった。


「ははは! どうだ! さすがに脳まで矢が刺さっただろう!」


 ジエルの右手が カギ爪の付いた触手に変わると、船上まで伸びて甲板の縁に食い込む。触手は縮められてジエルは一気に甲板に飛び乗った。船には数人の武装した人間がいる。

 兜の隙間に刺さった矢を平然と引き抜くジエルを見て、人間達は驚愕(きょうがく)した。


「ボクの中枢を包む殻には眼孔(がんこう)が無いんだ。でも目は狙わないでくれると嬉しいな。見えないと不便だから」


 兜の隙間から見えるジエルの青色で半透明の目は再生された。


「ひぃいい! 化物……!」


 弓矢を撃とうとした人間の首筋から鮮血が飛ぶ。ジエルのカギ爪触手が首筋を切り裂いたのだ。周りにいた人々は武器を放り投げて船から飛び降りた。1人が逃げきれずにジエルの触手刀で首筋を切り裂かれ、赤い血を噴出して死んだ。

 船から海岸に飛び降りた人達のうち、1人は直地に失敗して足を折ってしまっていた。ジエルは触手の先端を手の形に変え、甲板に転がっている矢の1本を掴むと足を抑えている人間に向かって投げた。

 その人間がジエルの様子を見ようと船上を見上げた時、矢が目に刺さって死んだ。その様子を見た人々は悲鳴をあげながら森へ逃げていく。


『先に油を探して船を燃やしなさい。あいつらを殺すのはいつだって出来るわ。それと……』


 魔王はジエルの能力を発動する。ジエルの兜の、目の隙間の部分が半透明の物質で塞がれた。


「わっ、塞がったはずなのに見える」


『外側からは内部は見えにくいけど、内側からは外側が見えるように塞いだのよ。硬さもあるから、これでさっきみたいに目に攻撃を食らっても一時的に視界が奪われる事がないわ』


 ジエルは確かめるように兜の目の部分を叩く。


『船内に入る前に、他の船の帆をズタズタに切っておきなさい。それで人間達が逃げるために船を使おうとしても時間が稼げるわ』


 ジエルは魔王に言われた通りに他の4隻の帆を、縄ごと何度も切り裂いた。これで新しい帆を付けて船を動かそうとしても手間取る事になる。

 続いてジエルは1隻の船の船内へと降りていく。


「獣の気配がする」


 気配を辿って船内を進むと、ジエルは鎖に繋がれた男性を発見した。男性は10代後半ぐらいの外見で髪の毛が紺色だ。ジエルが現れた事に気が付いた男性は、見慣れないタイプの鎧を身に着けたジエルをまじまじと見る。

 ジエルが身に(まと)っている鎧は胸の部分が膨らんでいて、腰の辺りも滑らかなラインを描いた女性らしい形状をしているのだ。


「上にいたのと様子が違うけど、これも殺しておこっと」


 ジエルはこいつ1人ぐらいなら変形能力を使わなくても簡単に殺せると思い、右手を獲物を求めるように動かした。思いっきり殴って殺してやろうという狙いだ。


『待ってジエル』


「待ってくれ!」


 魔王と男性の2人に同時に止められ、ジエルは少し混乱した。人間に止められたのなら無視して構わないが、魔王に止められたのなら別だ。


「あなたは海賊なのか?」


 ジエルは海に出る時、海賊という存在を魔王から教わっていた。


「違うけど。あいつら海賊だったのか」


 ジエルは素っ気ない態度で否定した。彼らが海賊という話が本当であれ嘘であれ、ジエルと魔王には興味のない事であった。利用できそうな人間がいたのなら利用する。人間という時点で2人の敵なのだ。


「船には見張りの海賊がいたはずだけど、どうやってここまで?」


「上にいた人間達なら追い払ったけど」


 鎖に繋がれた男性の顔が少し明るくなる。希望を見つけたという顔だ。


「助けてくれ! 私は海賊ではなくて、海賊に捕まってしまったんだ! この鎖を外してくれ、頼む!」


 ジエルは事情は分からないが何故人間を助けなければならないのか、人間と会話すること自体が不快だと思った。ジエルは今すぐこの人間を殺して口を塞ぎたかったが、魔王は別の考えをした。


『この人間、ひょっとしたら海賊に捕まったヘンピ島の住人かもしれないわ。だとするとヘンピ島への案内ができるかもしれない。聞いてみなさい』


 魔王に指示されてジエルは渋々尋ねる。


「きみ、ヘンピ島への行き方を知ってる?」


「知っているとも! 私はヘンピ島の出身なんだ! この島の事も知っている、ヘンピ島の近くにある無人島だ! ここからヘンピ島への行き方を分かる! それに私はヘンピ島の島長の息子で金も出せる! だから私を連れてここから逃げてくれ! 頼むお願いだ!」


 男性は小さな子供が親にすがるような目をジエルに向けた。


『助けてやりましょう。こいつ1人ぐらいイザとなったら簡単に殺せるわ』


「わかった助けてあげる。その代わりヘンピ島まで案内してよ」


「ありがとう! ヘンピ島に着いたら絶対にお礼をする!」


 ジエルは男性の鎖を外そうと、右手を触手刀にしたい思った。いつもならばその意思が魔王に伝わって、魔王が能力を発動させるのだが、今回は能力は発動されなかった。


『こいつはあなたが人間だと思っている。ヘンピ島に上陸するまでは人間のフリをするわよ、ここで魔族だとバレたらヘンピ島に行くまでに抵抗を受ける事になるから。この人間の前では能力は使用禁止よ』


「面倒だなぁ、素手で鎖を外すって」


『あと、声に出さずに私と会話しなさい、そうしないと怪しまれるわ。猛獣島で私とあなたの魂が深い交流をしてから出来るようになっているから』


『わかった、そうする』


「部屋の前に鎖のカギが置かれているはずだ。海賊が置いているのを見た」


 男性の言われた通りに部屋の前を見てみるとカギを見つけた。そのカギで鎖を外してやると、男性は感動したように鎖の跡が付いた手首をさすっている。


「解放してくれて本当に感謝するよ。私の名前はシルバーだ。恩人の名を聞かせて欲しい」


「ボクはジエル。一緒に油を探して、他の船を燃やすから」


 シルバーが見つけてきた油を使って、ジエルは他の4隻の海賊船を燃やした。ジエルが乗ってきたイカダも海賊の足を消すために燃やす事にした。大きな船が海上で燃えるのを見て、ジエルは()で魚が浮かび上がってきてくれないかと期待する。

 ジエルの横のシルバーは焦った様子で落ち着きがない。


「これで時間が稼げるはずだ。今のうちに残った船で島から脱出しよう。この船は1人でも動かせるが複数人の方が操作しやすい。2人でもヘンピ島まで辿り着けるはずだよ」


 シルバーの提案に、ジエルは何を言っているのだという顔をする。


「ボクはまだこの島から離れないよ。海賊達を皆殺しにするんだ」


 ジエルの殺害予告を聞いたシルバーはぎょっとした。


「何を言っているんだい!? 海賊は100人はいるんだよ!? 見張りを追い払えたという事は腕が立つんだろうけど、さすがに100人が相手じゃあ勝てっこないよ! 海賊が戻ってくる前に今すぐここから逃げ出すべきだ!」


『こいつはここに置いて、私達だけで海賊を殺しにいきましょう』


『ボクが離れた隙に船で逃げてしまわないかな』


『いくら人間でも恩人を置いて逃げたりはしないはずよ。船の留守番はこいつに任せてとっとと海賊を探しに行きましょう。ひょっとしたら海賊は船を隠していて、その船で逃げられてしまうかもしれないわ』


 魔王はジエルが離れた隙に、確実にシルバーは1人で船を使って島から脱出すると考えていた。それなのにあえてジエルをシルバーから離したのは、人間への敵対心を強めたかったからだ。

 船とシルバーが姿を消した光景を見た時、ジエルはさぞやシルバーを憎み、人間を憎む事だろう。ジエルは人型に近付いた事で人間に同情的になる恐れがあった。魔王はその可能性を潰すつもりなのだ。

 ヘンピ島への行き方はどうとでもなると魔王は思っていた。


「ボクは海賊達を皆殺しにしてくるから、きみは船で待っていて。勝手に逃げたら酷いよ」


 シルバーが止めるのを無視してジエルは森へ向かって走り出した。





 森の中には単純な造りの小屋が密集して建てられている所があった。海賊達の隠れ家だ。比較的豪華な小屋の中から男達の声が聞こえてくる。


「ですからお(かしら)! そういう次元の話ではないんですって!」


 海賊達は青ざめた顔をして1人の男を取り囲んでいる。


「うるせえぞ! ちょっとばかし強い魔物が現れたからって狼狽えるな!」


「ちょっと どころではないんです! あれは普通の魔物ではない! ありゃあ化物だ!」


 お頭と呼ばれる海賊団の船長は、動揺しきっている海賊達を見て舌打ちをした。


「わかったよ! 化物みたいに強い魔物が現れたんだろ? 世の中は広いんだ、そういう奴もいるだろうさ! 強い魔物はちょっとばかし厄介だが、俺様にはこれがあるんだ。これでそいつをぶっ殺してやるよ」


 そう言うと海賊団の船長は とある武器を得意気に掲げた。


「今回ばかしはソレでも殺せると思えません! 逃げた方が良いですよお頭ぁ!」


「やかましい!」


 海賊船長は騒ぐ海賊の1人に酒をかけた。


「自由を求めて海に出た俺達が今更どこに逃げるって言うんだ!? 魔物だろうが超常者だろうが魔術師だろうがコレの前では雑魚同然! 仲間を殺した馬鹿野郎はコレで殺してやるから安心しろ!」


 海賊船長は得意気にその武器を撫でた。海賊船長は余裕のある太々しい態度をしているが、周りにいる海賊達は全く安心できていないという顔だ。

 その時、海賊の1人が駆け込んできた。その顔は青ざめている。


「大変だぁー! あの青色の化物がこっちに来るぞぉー!」


 その知らせに海賊達が騒ぎ始める。海賊船長はテーブルを壊れる程の力で叩いて周りを黙らせた。


「やかましい! 敵の数は何人だ!?」


「例の青色の化物が1人です!」


 海賊船長は鼻で笑う。海岸にてジエルの姿を見ていない海賊達も小馬鹿にするような表情になった。


「たった1人だぁ!? こっちは100人以上いるんだぞ!? それにコレもあるっていうのに、どこまで馬鹿なんだそいつはぁ!? 馬鹿1人ぐらい俺1人で十分だ! お前らは手を出すなよ? コレの練習をする良い機会だしな!」


 海賊船長はその武器を手に意気揚々(いきようよう)と小屋を出る。


「待ってくれお頭! その1人に俺達は逃げるはめになって!」


 海賊の1人が海賊船長を止めようとするが、ジエルを見た事のない別の海賊が見下した態度をとる。


「お前らが情けないだけだろうが! お頭の活躍を見て少しは気合を入れ直せ馬鹿が!」


 ジエルを知らない海賊達が同意だと言わんばかりに嘲笑する。笑われた海賊達は悔しそうに顔を歪めた。


「おい、どうする!? 逃げた方がいいんじゃないのか!?」


「お頭の持つアレなら、あの化物でも殺せるかもしれない! 殺せるに決まっている! じゃなきゃあ俺達はお終いだぁ!」


 森の中を走っているジエルは走る速度を制限していた。逃げる海賊を追う事で隠れ家を突き止めるためだ。

 木々が少し開けた所にジエルは出た。小屋が何軒か建っているのが見える。ジエルを見て狼狽える海賊達と、ジエルを見下した態度の海賊達を背に、1人の男が立っていた。


「よう、お前か、青色の化物というのは」


 海賊船長がジエルに向かって発した言葉に、何が面白いのかジエルを見下した態度の海賊達が笑う。


「聞く話によれば少しは腕が立つみたいだが、これの前では赤子同然よ!」


 そう言いながら海賊船長が掲げた武器に、魔王は見覚えがあった。


『アレは!? 避けて!』


『アレが何なのか知っているの!?』


 ジエルは自分が知らない武器で魔王が動揺したのが分かった。見知らぬ武器は魔王が狼狽えるほど危険な物なのかと思ってしまいジエルも動揺する。その動揺が鎧越しでも伝わった海賊船長は、愉快そうに笑うとその武器を使用した。


 ――火薬が弾ける音がして、1発の銃弾がジエルの胸に命中するとジエルは倒れた。


「はっはー! どうだよこの銃の味はぁ!? 銃弾の前では鎧だってボロ布同然だぜぇ!」


 海賊船長は高らかに片手で持てるサイズの銃を掲げた。単発式の銃だ。ジエルが倒れたのを見て海賊達は安堵する。


「おお! やったぞ! 青色の化物も銃の前では無力だったんだ!」


「今にして思えば大した事なかったよな! この青色の魔物!」


 海賊船長は部下達が調子づいたのを見て満足気に微笑む。


「やっぱ俺様の仲間達はそういう顔をしていないとな! それでこそ自由を愛する海賊ってものよぉ! ん? どうしたお前ら変な顔をして」


 笑顔の海賊達の顔が急に強張ったのを見て、海賊船長は不思議そうな顔をした。落とした銃を拾おうとしたが無理だった。右腕が変な方向に曲がっている事に気が付いた海賊船長は唖然(あぜん)とする。


「なに、これ……」


 海賊船長は落ちた銃が、青色の鎧の右手に拾われたのを見た。その右手には半透明で青色の太いロープが付いていて、そのロープが縮むと青色の右手は飛んでいき、上半身を起こして海賊船長を見ている青色の全身鎧へと戻っていった。

 ジエルは右手を伸ばして海賊船長の腕を折り、銃を回収したのだ。魔王はジエルの右手に収まった銃を見る。


『これは銃という人間の発明した武器で、人間の王直属の戦力のみ保持が許されている強力な兵器よ。なぜ海賊なんかが持っていたのかは分からないけど』


『そうなんだ。どうりで強い衝撃を受けたわけだ』


 銃弾の命中したジエルの鎧の、胸の部分には銃弾がめり込んでいた。


『片手銃だからこの程度で済んだけど、両手銃だと鎧を貫通されるわよ。まだ銃を持っているかもしれないから気を付けて』


 ジエルは次に銃を向けられたら全力で回避しようと決意した。


「ぎゃあああああああ!? 俺の腕がぁあああああ!? 銃も奪われてぇええええ!?」


 海賊船長は折れた右腕から激痛が伝わってきた時、ようやく状況の深刻さに気が付いた。周りにいる海賊達は一転パニック状態になる。


「おい銃が奪われたぞ!? どうすりゃいいんだよ!?」


「俺に聞くなよ! てか銃を食らってもピンピンしているぞ!?」


「やっぱりあの青色の化物には勝てないんだあああ! ひいいい! 来ないでくれええええ!」


 海賊達の悲鳴が森の中に木霊(こだま)した。




「う、ぐ……」


 目を覚ました海賊船長は動こうとした。だが動けない。


「ぐぬぬ!? クソッ! 縛られてやがる!」


 海賊船長は自分が木の幹に縛り付けられている事に気が付いた。太い鎖が手足や首にきつく巻かれているのだ。例え骨だけになっても木から離れられないように縛られている。

 体に力を()めてみたが鎖は千切れる様子が無い。その鎖の青色に海賊船長は見覚えがあった。あの鎧の化物と同じ青色だ。


「あの青色の化物の仕業か! おい誰かいねえのか!? って、なんだこりゃあ!?」


 海賊船長は仲間を呼んで鎖を外してもらおうとした。最初は汚い布切れが辺りに捨てられているのだと思った。少し目を凝らしてみると辺りに転がっているのは海賊達の死体であると気が付いた。


「ひいいいいいい! 誰かぁ! 誰か助けてくれえええええ!」


 海賊船長の助けに応える人間はいなかった。代わりに血の臭いを嗅ぎつけた鳥やネズミがやって来る。海賊の死体に集まるネズミ達は、やがて木に縛られている海賊船長にも狙いを付けた。

 噛みついてくるネズミ達を、海賊船長は身をよじらせて追い払う。


「痛ぇチクショウ! くるな! あっちいけええええ!」


 ネズミ達は何度も海賊船長の体に集まってくる。海賊船長はその度に体をよじらせ追い払ったが、飲まず食わずのため時間が経つにつれ徐々に衰弱していき、ネズミを追い払う体力が失われていった。


「痛い……やめてくれ……誰か助けてくれぇ……」


 自由を求めて海に出た海賊船長は、木に縛られて生きたままネズミに食べられつつ、長い苦しみの末に惨めに死んだ。




 木々が朝日に照らされる中、ジエルは海岸に向かって森の中を歩いていた。


『朝までかかっちゃった』


『森の中に逃げた海賊を追って皆殺しにしたんだもの。時間が掛かって当然よ』


『あの人間、待っててくれると嬉しいんだけど』


 魔王はシルバーはとっくに1人で船を動かして逃げ出したと思っていた。ジエルもそうかもしれないと思い始めていた。ジエルの見たところあの人間は弱い。

 ジエルはもし自分があの人間だったのなら、いつ海賊に殺されるか分からない島に長居はしたくなくて、脱出できる手段があるのなら一刻も早く逃げてしまう。だからもうあの人間は自分を置いて島から逃げてしまっていると悟っていた。


 ジエルは森の中から海岸に出た。船が停まっていた海岸が見える。


 ――そこに船は無かった。


『……人間なんて嫌いだよ』


 ジエルは鎧の中で悲しい顔をする。怒りの感情も混ざっていた。魔王は計画通りだと内心ほくそ笑む。


『人間はこういう生き物よ。さて、ヘンピ島に行くためのイカダを作りましょう。さっき海賊の船と一緒に燃やしたから新しく作らないと』


 ジエルは海岸を背に森へ移動しようとした時、ラッパの音が聞こえた。


 驚いたジエルが振り返ると、入り江の影から船が現れた。その船にジエルは見覚えがある。シルバーと一緒に残してきた船だ。船が近付いてきた時、船上にはシルバーの姿があった。

 ジエルに声が届く距離まで近づくと、シルバーは声を張り上げる。


「よかった! 生きて戻ってきてくれて! 海賊達から逃げて来られたんだな! 海賊に船を奪われないために入り江に隠していたんだ! さあもうこの島から出よう! 早く乗ってくれ!」


 シルバーは落ち着かない様子で森へ視線を向けている。森から海賊の集団が今にも現れて襲いかかってくると思っているのだろう。シルバーはここまで海賊の事が怖いのに、戻ってくる保障のないジエルを1人で待っていたのだ。

 入り江の影から船が現れ、シルバーが顔を見せた時、ジエルは自分の胸の奥が暖かくなったのを感じた。ジエルはその暖かさの理由が分からない。でも悪い気はしない暖かさだった。

 ジエルは明るい表情を船上のシルバーに向ける。


「海賊達は全員殺してきたよ! もう大丈夫だよ!」


 ジエルの報告を聞いたシルバーは信じられないという顔になった。


 魔王は霊体となって外に出て、人間に笑顔を向けるジエルを横目で見た。その目には厳しさが籠められている。魔王の視線に気付いたジエルは気まずそうな様子になった。


「魔王様、ボク、あと少しだけ人間に化けていたいな」


「理由は?」


 冷たく言い放つ魔王を見てジエルは動揺するが、恐る恐る言葉を続ける。


「この島に上陸した時、魔族だとバレて海賊達の抵抗を受けた。人間に化けたままの方が抵抗を受けずにヘンピ島に上陸できると思うんだよ」


 魔王は何か言いたげな顔を見せたが、ジエルの体に中に入った。


『認めるわ。でも人間と仲良くなれるとは思わない事よ。あなたが魔族だとバレたら人間達は必ず敵意を向けてくる。あなたが助けた人間も例外ではない。その事を忘れないで頂戴(ちょうだい)


 シルバーが笑顔を向けてくるのは自分の事を人間だと思っているからだとジエルも分かっていた。ジエルが魔族だと知られれば、あの笑顔は敵意の籠った顔に変わる事だろう。


 でもあと少しだけ、人間と笑顔を向け合い続けたいとジエルは思った。

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