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ー夢一夜の章11- 墨俣(すのまた)終戦

 その城は空堀を巡らせ、逆茂木さかもぎを配置し、木の外壁が立てられた、木造の城であった。開戦から5日目、城の天守を除き、平屋建ての城がほぼ完成したのである。


 外の戦場では、馬防柵ばぼうさくのそこかしこが破壊され、野戦での防衛は絶望的となっていた。前田利家まえだとしいえ佐々(さっさ)成政、柴田勝家しばたかついえの軍は墨俣すのまたの城に撤収し、籠城戦の構えを取る。


「やったッスね、猿。ほぼできあがりッスか!」


「は、はい。皆さまのおかげで形になりました!」


 急ごしらえの漆喰の外壁が、斎藤家からの攻撃を防ぐ形になる。斎藤の軍は出来上がった木造の城を見るや、怒りに達する


「あの城を壊せ。織田軍を美濃みのの地から追い出すのだ!」


 そうこうしているうちに、長良川の西の向こうに、斎藤家の軍と思われる一団が現れる。


「おお、やっときおったか、美濃(みの)三人衆どもめ。はようこちらに加わり、あの城を落とせ!」


 しかし、一向に美濃(みの)三人衆の軍は動こうとしない。斉藤龍興さいとうたつおきは、やきもきし、その軍に伝令を飛ばす。


「草鞋のヒモが切れてうごけん。そう伝えておけ」


「こちらは朝餉あさげがまだじゃ、ゆっくり食べさせてもらおう」


「おお、持病のしゃくじゃ、持病のしゃくじゃ。わかったら龍興たつおきさまの隊へ帰れ」


 三人三様、動けぬ理由をでっちあげる。そして無碍むげもなく援軍を断る。秀吉の調略が効いているのだ。


「き、きさまら、おぼえておけよ。このことは龍興たつおきさまにしっかり報告させてもらうからな!」


「ああ、いけいけ。わしらはどんなお叱りでも受けるつもりじゃ。ただし、機嫌を損ねさせるなよ?」


 伝令のものを脅すようにいい、刀の柄を握る。伝令はひいと声を上げ、退散していく。


「さて、竹中半兵衛と木下秀吉きのしたひでよし。約束通り、わしらができるのは不戦までだ。あとはお前たちで、その窮地、脱するがいい」


 安藤守就あんどうもりなりは、長良川の向こうから、墨俣すのまた城を見やる。そして、全軍待機を命じ、メシの支度をさせるのであった。



 頼みの綱であった、美濃みの三人衆がこないことに、斉藤龍興さいとうたつおきは激怒していた。


「あいつら、道三の代から重用してきてやった恩を仇で返しおって。何様のつもりだ!」


 忠心厚く、仕えてきた美濃みの三人衆をまつりごとや軍務から遠ざけたのは、斉藤龍興さいとうたつおきとその重臣たちであり、自業自得とはまさにこのことである。


「このいくさ、終わった後に覚えておけよ。稲葉山に呼び出し、八つ裂きにしてくれよう!」


 そんなこととは裏腹に、龍興たつおきの腹の虫はおさまらない。


「ええい、何をしておる。あの墨俣すのまたの城を落とせ。火矢を射かけろ。大づちで壊せ。なんとしても潰せ!」


 稲葉山からの兵4千が怒涛のごとく、墨俣すのまたの城に襲い掛かる。あるものは弓に矢をつがえ、あるものは城門を壊すために大づちを構え、また、あるものは木の杭をもち、城門へ突っ込んでくる。


「ま、また来たッス。矢をもっと射かけるッス!」


「ん…。熱した油も忘れたらダメ」


「ガハハッ。すごい数の敵でもうす。壁をのぼって侵入してくるものたちを追い返すでもうす!」


 前田利家まえだとしいえ佐々(さっさ)成政、それに柴田勝家しばたかついえは城門や城壁に殺到する斉藤の兵たちを追っ払う。敵兵たちは逆茂木を破壊し、空堀を進み、壁にしがみついて昇ってくる。そいつらを槍や、木杭でぶん殴り、壁からはがれたやつらに熱した油をひっかける。攻めるも地獄、守るも地獄がその墨俣すのまたの城で起きていた。


「そ、そろそろです。合図の狼煙のろしをあげてくだ、さい!」


 秀吉が部下たちに叫ぶ。部下たちは盛大に赤色の狼煙のろしをあげる。その様は墨俣すのまたの城が赤く燃えているかのようにも見えた。


「ついに城に火の手があがったか?一気に畳みかけろ!」


 斉藤の軍は勢いを増して、城門に突撃してくる。城門はすでにメキメキと音を立てている。破壊されるまで猶予がないように見える。


「ここまでッスか。俺らの死に場所にしては、小城なのがちょっとアレッスけど、がんばったッスよね」


「ん…。なにを寝言を言っている。最後までがんばれ」


「そうです。なに縁起の悪いことを言っているのです。にわちゃんが代わりに、利家としいえをしばきますよ?」


「ガハハッ。これは死んでも、楽には死なせてくれないようでござるな。ならもっともっと、踏ん張らせてもらうでもうす!」


 大ピンチのなかでも、織田家の者たちはいつも通りである。あるいは秀吉の策を信じているだからこそなのだろうか。



 木曽川の南を約3千の軍が渡り、そのうち、約500の鉄砲の轟砲が戦場に鳴り響く。


「き、きました。援軍です。織田信長さまがきてくれま、した!」


「ほんとッスか。信長さま、まじらぶりー!」


 斉藤の軍はたまったものではない。織田の援軍が駆け付けたことにより、恐怖におののく。


「ええい、織田の援軍だと。しかもなんという轟砲。やつら何丁、鉄砲をもっているのだ!」


 織田信長の軍は、空砲を連続で撃ちまくる。その音は、戦場に響き渡る雷のように耳をつんざき、斎藤家の戦意もともに挫く。


「一旦、さがれ。下がるのだ。このままでは、城の内と外から挟撃を喰らってしまうぞ!」


 斉藤4千の兵は馬防柵ばぼうさくの残骸の付近まで下がる。だが、頼みの綱の美濃みの三人衆は、戦いをボイコットし、これ以上、まともに戦うことはできない。


 信長の一団は、墨俣すのまたの城へ入る。そこで下知を出す。


「斎藤家に和睦の使者を出しなさい。城は完成。これ以上の無益な血を流す必要はないと」


「ええええ。ここから一気に稲葉山城へ攻め上がるんじゃないんッスか?」


 利家としいえは不満そうに信長に言う。秀吉が付け加えるように言う


美濃みの三人衆とは、まだ不戦までの約定しか取りつけていません。ここで稲葉山を攻めれば、敵に回るやもしれま、せん」


「そういうことです。それに斉藤道三が築きし、稲葉山城。力攻めだけでは落ちません。一旦、和睦をし、外堀を埋めてから再度、攻めます」


 稲葉山城は天下の堅城と言っても過言ではない。これまで、一度も力攻めで落ちたことがない山城であるからだ。そういう堅城は力攻めをしてはいけない。長年の斉藤とのいくさで、信長が学んだことだ。


「猿。使者の準備はできましたか?」


 うきいと、秀吉は応える。


「では、3か月の停戦を申し出ましょうか。あちらも農繁期に入っていく季節です。無碍には断られないでしょう」



 織田から斉藤に使者を送ってから1時間後、一旦、兵を退くことを了承した斉藤家は稲葉山城に帰っていったのだった。そして、墨俣すのまたの城では


勝家かついえ利家としいえ佐々(さっさ)丹羽にわ、そして猿」


 皆は一様にごくりと唾を飲む。


「よくぞ、やり遂げてくれました。祝勝会で、昇進の辞令を出します」


「いえええい、やったッス。俺たち、やり遂げたッス!」


 利家としいえは喜びのあまり、舞い上がる。


「ん…。今回ばかりは本当に、きつかった。けど、やり遂げた」


 佐々(さっさ)も嬉しそうだ。


「にわちゃんが関われば、城のひとつや二つ、建ててみせるのです」


 丹羽にわが誇らしげに胸を張る。


「み、皆さんのおかげです。皆さんが居なければ、城は建ちませんで、した!」


 秀吉は、顔を真っ赤にし、大粒の涙をぼろぼろと落とす。


「ガハハッ。左様。この中の誰一人、欠けていたらできなかったでもうすよ」


 勝家が豪快に笑う。


「猿。あなたにはまだ仕事が残っています。いいですか?」


 信長は優しく猿に言う。


「猿。あなたに兵2千を預けます。ここ、墨俣すのまたの城は最重要拠点。これからも、守り切ってください」


「うひょお、兵2千ッスか。猿、大出世ッスね!」


 利家としいえの声が思わず高ぶる。秀吉はびっくりして、声すらでない。二呼吸ほど置き、秀吉は応える。


「あ、あの、あの。ほんとう、ですか?」


「ええ、本当ですよ。この信長、つまらない嘘は言いません」


 うっきいと猿が声をあげ、飛び跳ねる。


「隊長。やったっすね。これで城持ちだ!」


「秀吉さん。おめでとうございます。秀吉さんに仕えた甲斐があるというものです」


 飯村彦助いいむらひこすけと竹中半兵衛が、秀吉に祝福の言を贈る。秀吉が2千の兵を任せられるということは、彼らは、そのうちの500ずつを任せられるに違いない。秀吉が大出世なら、その部下である、彼らも大出世だ。


 彼らの出世のように、墨俣すのまたに城を築いた織田家の美濃みの攻略は、前途洋々である。


「それにしても、多少の犠牲は出るとしても、今回、稲葉山まで攻めれば、稲葉山は落ちる可能性はあったはずッスよね?」


 なんでだろうと利家としいえは信長に問う。


「それはですね。落とした後の作業をするための準備が、こちらで整っていないからです」


「準備ッスか。また何か壮大なことでもやるんッスか?」


「今回の墨俣すのまた城や、小牧山城をヒントに、いろいろ稲葉山で試したいことがあります。その準備もあるので、無理に落とすことはしませんでした」


 ですがと信長は続ける


「近いうちに、稲葉山城は落とします。ええ、準備ができたらです」


 ふっふっふと笑みを浮かべる信長であった。墨俣すのまたの城は建った。美濃みの攻略完了まで、あとわずかである。

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