ー夢一夜の章12- 対談 斉藤龍興
大軍が山城を囲んでいる。山城を囲む兵は1万をゆうに超えていた。それは相手の意思をくじくための行為であった。山城のふもと、陣幕のなかで、ひとりの男が城を見つめていた
「伝令。稲葉山より降伏の意思を示す使者が参りました!」
「ようやくですか。わかりました、使者をこちらに通してください」
織田信長は使者と面会し、和解案を提示される。その中には、稲葉山城の明け渡しと、斎藤家当主である斉藤龍興と重臣たちの助命嘆願があった。
信長はふむと、ひとつ息を吐き、使者に伝える。
「わかりました。大体の旨は了承します。速やかに稲葉山城の明け渡しのほうをお願いします。あと、斉藤龍興自身との面会を要求します」
使者は信長の意思を確認すると、本陣よりさっと出でて、稲葉山城のほうへ帰っていった。龍興と面会し何をいまさら聞くことがあるのだろうと、信長は自問しながら椅子に腰かける。
やっとだ、やっと美濃が手に入った。しかし、ここからだ。ここからが本番だ。だがその前にこれまでを清算しよう。そのための面会だ。
そうこう思ううちに陣幕に、小太りの男が通される。こちらの顔色を伺うかのようにおどおどしている。そうか、この者が5年間、美濃を守り続けてきた男か。
「こんにちは。斉藤龍興さんで間違いありませんね?」
「ひ、い。そ、そうだ、俺が斉藤龍興だ、いまさら何の用があって、俺をこの場に呼んだのだ」
龍興はおどおどしながらも、精一杯の威勢をだそうと、乱暴に声を出す。
「応えろ、信長。俺を晒しものにするために呼んだのか」
信長はふむと息をつく。さて、何を聞いたものかと思う。実際、知りたかったのは、当主について5年間。美濃を守り切った、この男を一目みたかったからという好奇心からだった。
「2、3聞きたいことがありまして、よびました。応えてくれますか?」
「い、いいぞ。どうせ、ここで終わる身。いまさら隠し立てすることなどない」
腐っても一介の大名である。覚悟はそれなりにあるようだ。
「今すぐ、この場でどうこうするつもりはありません。あなたに興味があってのことです」
「ふん。そうか、何が聞きたいのだ。好きな食べ物なら、豚の丸焼きだ」
命の心配がなくなったと思ったらしく、龍興の態度は横柄になっていく。まあ、いいでしょう。
「まず1つ目ですが、なぜ、あなたは竹中半兵衛ほどの男を軍務から遠ざけたのですか?」
「竹中半兵衛?ああ、あいつか。いまごろどこかで野垂れ死にでもしているのか。すっかり名を聞かなくなったが」
「彼は織田家で保護しています。あなたに謀反を起こしてから行くあてがなかったようですが」
「はっ。ざまあねえ。お前も気をつけておけよ。寝首をかかれないようにな。あいつは不気味な男だ」
「ほう、ずいぶん、根にもっているようですが、謀反を起こされた、あなた自身には責はなかったのですか?」
龍興は、ちっと短く舌打ちをする。
「あいつは、俺がほかの重臣を愛でていることに腹を立てただけだ。先祖ながらの土地も与え、戦に同行することも許してきた。それ以上に何を俺が与えてやれる」
「正しく重用したのに、嫉妬しやがってこのやろうと言ったとこなんでしょうか。あなたの言の言う通りなら」
「ああ、そうだ。俺が誰を愛でようが勝手ではないか。それを逆恨みしやがって、あいつめ」
戦国乱世は出世競争の時代だと思われがちだが、決してそうではない。がちがちの保守主義の世界なのである。それを打ち破りたければ、かつての主君を殺してでも成り上がらなければならない。
「竹中半兵衛を愛でなかった理由はなにかあったのですか?」
「ああ?そんなの趣味だ、趣味。俺は骨太な男が好きなんでな」
「やれやれ。そんなことで、あの竹中半兵衛を手放したというのですか。勿体ないことをしましたね」
「謀反を起こす男を飼っていられるか。きさまも気をつけるのだな」
「わたしの直臣と言うわけではないので、ご心配無用です。うちの出世頭に預けていますので」
「ほう。竹中半兵衛は、きさまでも手にあまるか」
はははと、龍興は笑う。戦国の世の大名という重責から少しづつ解放されているのだろうか、しゃべりかたも、最初のおどおどしていたときより、こちらに打ち解けてきているのがわかる。男と男の1対1の対話になりつつあった。
「さて、竹中の話はもういいだろう。他に聞きたいことはあるのか?」
「そうですね。では二つ目ですが、どうしてここまであなたは粘ったんですか?もっと早めに降れば、良い条件で、その後の身も保障されていたでしょうに」
ははっとなにかを振り払うように、龍興は笑う
「ねちっこい貴様がなにをいいやがる。美濃を渡されてからの5年間。身が休まるときなど、ほとんどなかったわ。そんなに美濃の地がほしかったのか。俺の身なぞ、どうでもいいくせに、よくも言いやがる」
ああ、そう言われれば、確かにねちっこい。徳川、浅井、武田と同盟を組み、逃がす場所を封じ込め、小牧山、墨俣と城を築き、さらには調略をもって、斎藤家家臣団を徹底的に切り崩した。これがねちっこいと言われなかったらなんだと言うのだろう。
「うっほん。それはそれ。これはこれです。ですが、ここまでやられても、あなたは最後まで根をあげなかった。その点については称賛に値します。一体、何故ですか」
「それは意地だ」
「意地ですか」
「祖父、道三より愛でられし、お前と違って、こちらは道三に疎まれた家系だ。それだけでも腹ただしい。なにが国譲り状だ、あのぼけ老人が」
斉藤道三は信長の舅だ。出来のいい娘婿の信長を溺愛し、さんざ、身内をこき下ろしたのが道三だ。極め付けは国譲り状である。息子の斉藤義龍に襲撃され、その死に際に国譲り状を家臣に託して死んでいった。その国譲り状のおかげで、信長は美濃侵攻の大義名分を得た。それがなければ、嫁の実家を攻める言い訳など立つはずがない。
「国譲り状に関しては、道三には感謝してもしきれません。あのひとがワシにくれた一番のぷれぜんとでしたね」
「ふん。良い気になりおって。だからこそ、俺はお前を許せなかったんだ。祖父に認められし、お前のことが」
「すごい意地ですね。少々、怖いと思えてきます」
「今のうちに言っておいてやる。絶対、俺はお前に復讐すると。ここで生かしておいたら、後悔するぞ」
「それはそれで面白そうなので、是非、抗ってください。生きると言うことは抗うということでもあるので」
信長は、いますぐ、この龍興をどうこうする気はない。美濃から追放するだけのことと思っている。そのあとは野となれ山となれ、勝手にしてくれればいい。
「さあ、質問はこれでおわりか?」
「では、最後にもうひとつ」
信長はひとつ息を吐き、言う
「もしも、ワシがこの世の中に存在しなかったら、あなたはどうしていました?」
「貴様がいなかったらだと。おかしな質問をするやつだ」
歴史に「もしも」はないと言われるが、「もしも」を想像するからこそ、人間の未来には選択肢が生じる。あのとき、ああすればよかった。だからこそ、次はこうしよう。だれでもそう思うはずだ。
「貴様さえいなければ、俺はのうのうと死ぬまで大名をやっていけただろう」
「それだけですか」
「ああ、それだけだ。何も変わらず、何にも恐れず、悠遊と大名をやっていけたはずだ。だが、お前がすべてを変えた。変えやがった」
「そうでしょうか」
「ああ、そうだ。貴様の領地は、人であふれ、金であふれ、物であふれていやがる。俺のとこにはないものであふれてやがる」
龍興は心底うらやむ目をこちらに向けてくる。
「貴様がすべてを変えたのだ。尾張の地だけでなく、隣国、美濃の地すらも。お前は救国の士で、おれは愚鈍な領主だ。おとぎ話を好む民はどちらを選ぶとおもう?」
「ふむ、なるほど、面白い意見ですね」
「民は黙って、大名に従っていればいいんだ。それを反転させたのが貴様だ、信長!」
「ワシはただ、民のために戦っているだけです」
「それが余計だと言っているのだ。なにが民のためだ。結局は誰でも自分の栄華のためだろうが!」
「少なくとも、ワシはそうではありません。このひのもとの国の民が幸せになってくれることが一番のワシの幸せです」
「この大馬鹿が。だれがそんなことを頼んだというのだ。民か?民がお前に直訴したとでもいうのか!」
「いいえ。誰かに頼まれたとかそんなのではありません。いえ、そうではありませんね。確かに頼まれたこともあります。でもそれがすべてではありません」
龍興と信長の押し問答は続く。どちらも引くことはないのだろう。
「愚鈍な民になにがわかるというのだ。貴様がやっていることは偽善だ、信長!」
「たとえ、それが偽善だとしても、ワシはやり遂げます。やらない善より、やる偽善です」
「民はお前を支持するかもしれん。だが、俺を筆頭に、他の大名たちは、絶対にお前を認めることはない」
「では、そんな大名、全部倒して見せましょうか」
はっと龍興は吐き捨てる。
「そんなことできるものか。そんなことできるやつはすでに人間じゃねえ」
「では、ワシは神になりましょうか」
龍興はおかしそうにゲラゲラと笑いだす。
「お前が神だと?笑い種だ。なら、俺はお前が神になれないように邪魔をしてやるからな」
「どうぞ、ご自由に。あなたごときに邪魔されてどうにかなるようなら、ワシの夢など夢のままです」
「ふん、この地獄の世の中で夢を語るか。本当に貴様は大馬鹿ものだ」
「なんとでも言って下さい。あなたのような方たちができない、平安楽土をこの国に作りますから」
龍興は、ふんっと鼻を鳴らす。
「さあ、質問は終わりか?終わりなら、俺は美濃から退出させてもらうぞ」
「はい、質問は終わりです。命はとりませんので、あとはご自由に」
斉藤龍興は最初に来たときのおどおどとした態度から、今や毅然とした姿勢で陣幕を出ていく。彼は彼なりに、この対談で成長したのかもしれない。これから先の戦場で出あえば、一介の将として手こずることになるだろう。まあ、それはそれで楽しみではありますと、ひとり思う、信長であった。




