ー楽土の章18- 御館の乱(おたてのらん)勃発
1578年3月。北陸方面指揮官の柴田勝家は春の雪解けと共に、上杉軍との決着をつけようと、再び加賀へと侵攻を開始する。だが、加賀には上杉軍の影も形もなかったのである。
「ううむ?どういことでもうす?上杉軍の兵らしきものが1兵たりとも見受けられないでもうすよ?」
勝家が不思議そうに馬上でそう言うのである。
「いったい、どうしたんッスかね?もしかして、俺たちを進軍させて、戻れなくなったところで各地で狼煙を上げるつもりなんッスかね?」
「ん…。それは充分ありうるけど、それにしても、上杉軍の旗印がひとつもない。これは上杉軍に何かあったかと推測する」
勝家隊に従軍していた利家、佐々もまた、上杉軍にまったく出会わないことを不思議に想っていたのだ。だが、その疑問を払拭する事件がその3日後に起きる。
「た、大変なのでござるううう!上杉謙信が去年の手取川の合戦の数日後に死んでいたのでござるううう!」
「な、なんと!不破よ、その情報は本当のことでもうすか!?」
「本当も本当なのでござるううう!上杉謙信が急死したことにより、謙信の跡目争いが越後で勃発したとのことでござるううう!」
「まじッスか。不破の掴んだ情報が本当なら、これは織田家にとって、絶好のタイミングッスよ!?こんなに、運の良いことなんてないッスよ!?」
「ん…。にわかに信じがたい。勝家さま。1週間ほど、様子を視て、情報収集に力を注ぐべき」
「う、ううむ。難しい判断を迫ってくるでもうすな、佐々は。しかし、情報は多いにこしたことはないのでもうす。まずは北へ進軍するためにも御山御坊を囲んでおくのでもうす。そうしつつ、上杉家の内情を探るのでもうす」
「わかったッス。おい、不破。俺たちは上杉家の動きに合わせて動けるようにしておくから、不破は上杉家の内情を探ってきてくれッス」
「わ、わかったのでござる。その大役、任されたのでござる!」
不破光治は上杉家で巻き起こった跡目争いを徹底的に調べることとなったのだ。そして、1週間後には勝家たちが掴んだ情報の正しさが証明されることになる。
「ガハハッ!不破よ、お手柄でもうす。謙信は馬鹿なのでもうす。ひとはいつか必ず死ぬのでもうす。それなのに、跡継ぎも決めていなかったとは片腹痛いのでもうす!」
「本当、謙信は馬鹿ッスね。子が居ないのはしょうがないッス。それなら、跡継ぎとして養子をもらって跡継ぎを決めておけば良かったッス。でも、なんで、景勝と景虎を同列に扱っていたんッスか?同じ養子といえども、格付けはしておくべきッスよ?」
「ん…。利家。謙信はもしかして、自分が死ぬ存在だとは想っていなかったんじゃないの?」
「ん?どういうことッスか?佐々。死なない人間は人間とは呼べないッスよ?」
「ん…。利家の言う通りだよ。謙信は自分を人間だと想っていなかったってこと。謙信は常々、自分は神仏の生まれ変わりだと吹聴していた。それは、上杉家をまとめ上げるための類じゃない」
「織田家の信長さまが第六天魔王と名乗るのとはまた別だと言いたいんッスね?佐々は」
「ん…。そう。謙信は心の奥底から、本当に本気で自分が神仏だと想っていたってこと。だから、死ぬ存在でないと考えていた。だからこそ、跡目の心配なんてしてなかったこと」
「馬鹿ッス。馬鹿の極みッス。でも、これで少し、謙信という男がどういう男かわかった気がするッス。謙信は神仏だったッス。だからこそ、不義の輩に対して、許すことができなかったってことッス」
「ん…。謙信が武田家と北条家と戦ってきたのは、武田家と北条家に領地を奪われたモノたちのため。まさに【義】そのもの。普通の人間が謙信を馬鹿と評するかもしれないけど、謙信には【理】があったってこと」
「【理】ッスか。言いえて妙とはこのことッス。義に生きて、義のために死んでいったッスか。やっぱりただの馬鹿ッスね」
「ガハハッ!評価するつもりが結局、馬鹿呼ばわりされる謙信が可哀想でもうす。さて、上杉家が内輪もめしてくれている間に、我輩らは加賀と能登をいただいてしまうのでもうす。恨むなら、神仏の化身・上杉謙信を恨むでもうすよ?」
景勝と景虎による上杉家の跡目争いは勃発してからなんと1年もの歳月をかけることとなる。この跡目争いは後の世には御館の乱と呼称されることになる。
ここで特筆すべきことは、景勝側は最初は景虎に押されに押され、居城であった春日山城を失ったのであった。窮地に陥った景勝は懐刀である直江兼続の策に頼ることになる。
「愛愛愛!景勝さま、僕をお呼びでしゅか?お昼は越中から取り寄せたホタルイカの醤油煮でしゅよ?」
「……。昼飯の心配をしている時ではないで候。居城の春日山城を景虎に奪われたで候。このままでは、それがしたちは枕を並べて、この屋敷で討ち死にとなるので候。兼続、何か策を示せで候」
「愛愛愛!そんなことでしゅか。景勝さまは心配性でしゅね?すでに手は打っているのでしゅ」
「……。すでに手を打っている?それはどういうことで候?」
「春日山城を奪われたのは手痛いのでしゅ。でも、取り返す算段はつけているのでしゅ。景虎派で、景勝さまと手を結びたいと言い出してくれたありがたい将がいるのでしゅ。そいつと話をつけてきたのでしゅ」
景勝は兼続の手際の良さに驚く。いつの間にそんな手筈を整えていたのかと。
「こう言ってはなんでしゅけど、僕、景虎さまが大嫌いなんでしゅ。なんでしゅか?あのイケメンは?ぶさいくの僕に喧嘩を売っているんでしゅか?」
「……。イケメンかどうかで好き嫌いを決めるのはどうかと想うので候」
「その点、景勝さまはいつもしかめっ面で女子が近寄らないので安心なのでしゅ。うちの嫁のお舟が、景勝さまになびく心配がなくて安心なのでしゅ」
心配するところはそこなのか?と想う景勝であったが、あごをくいっと動かし、兼続に話を先に進ませる。
「愛愛愛!では、景勝さまに春日山城を奪取してもらう理由を説明するのでしゅ。実はでしゅね?上杉家には埋蔵金が存在するのでしゅ」
「……!?埋蔵金で候?いったい、何の話をしているので候?」
「ああ、やっぱり、景勝さまも知らなかったでしゅか。春日山城の地下奥底に謙信さまがカラムシ事業で儲けたお金を不浄として、地下に埋めていたのでしゅよ。謙信さまらしいでしゅよね。お金を不浄なんて断言してしまうのなんて」
「……。金があるのはわかったので候。しかし、多少、金があったところで、それでこの圧倒的不利な状況は変わらないので候」
「多少?今、多少と言ったでしゅか?はあああ。謙信さまがいったい、どれほどあの城の地下に貯めこんだか知らないのでしゅね?僕、勘定奉行をしていたので、知っているのでしゅけど、その金額を知ると、景勝さまでも、眼の玉飛び出て、さらには口から泡を吹いて、卒倒するでしゅよ?」
「……。それがしが、金1000や2000そこらで驚くことはないので候」
金1000は並の1国で1年分の運営資金である。だからこそ、景勝は上杉家の領地の広さから考えて、その2倍程度の埋蔵金だと想っていた。
「金1000じゃないでしゅ。金4万でしゅ」
「……。……!?」
景勝はあまりにもの金の量に信じられないことを聞いたとばかりにあごがはずれてしまうのである。
「あああ。やっぱり驚いてしまったでしゅか。それもそうでしゅよね。金4万なんて信じられるわけがないものでしゅよね。でも、本当に本当のことでしゅ。春日山城の地下には普通の国なら40年は戦える金が隠されているのでしゅ。だからこそ、それを発見される前に景虎から春日山城を取り返す必要があるのでしゅ」
景勝ははずれたあごを両手でガキガキガッコーーーン!と言わせながら、なんとかハメることに成功する。
「……。わかったので候。なら、この景勝、お前の策に乗るので候。その金4万で兵糧、兵の装備を買い集め、景虎との闘いを有利に進めるので候」
「愛愛愛!違うでしゅよ?その金4万はそんなことに使わないでしゅ。武田家をまるまる買い取るために使うでしゅ」
「……。……!?」
景勝はまたもや兼続から信じられない言葉を聞き、おおいに驚く。
「景勝さまは驚いてばかりでしゅね?言っておくでしゅけど、景勝さまと景虎さまの戦いは、単純な話ではないのでしゅ。景虎は困ったことに北条氏康の息子なのでしゅ。言わば、景勝さまは景虎と戦っているわけではないでしゅ。今まさに、上杉家は北条家に乗っ取られる際にきているのでしゅ!」
「……。そんな大事件に発展しているので候か。これは単なる跡目争いではないということで候か!」
「そうなのでしゅ。しかも、武田勝頼が景虎の応援をすると公言しているのでしゅ。なので、僕、考え付いたのでしゅ。どうせ、上杉家が北条家に乗っ取られるというのであれば、関係者全員を巻き添えにしてやろうと想ったのでしゅ」