ー楽土の章13- 蘭奢待(らんじゃたい)
織田家が紀州征伐を無事に終え、10万の大軍は解散し、それぞれの領地へと帰って行くのであった。信長もまた、南近江の安土城建設予定地に戻り、丹羽、信盛と共に、安土城の建築に精を出すのであった。
そんな中、京の都より、村井貞勝が信長のもとへ訪問してくるのである。
「うっほん。殿。久しぶりなのじゃ。あの話を取りまとめておいたのじゃ」
「ああ、貞勝くん。お久しぶりです。ついに帝から許しがもらえたのですか?」
「ん?殿。朝廷に何か頼み事でもしていたのか?また、家臣の誰かに官位を求めたのか?」
「のぶもりもり。官位もそうなんですけど、もうひとつ、やってみたいことが有ったので、試しに帝に頼んでみたのですよ?」
信長の言いに信盛は何だろう?と想っていると、貞勝が応えることになる。
「蘭奢待を拝領しようと、殿が言い出したのじゃ。それで、近頃、わしが朝廷と交渉をしていたのじゃ」
「蘭奢待?あの、足利義満や足利義政などの将軍家が切り取ったやつだろ?殿は自分の権威を高めるためにも、その切り取り片をほしがるってことか?」
「まあ、のぶもりもりの言う通りですね。でも、勘違いしないでほしいところですが、先生が直々に蘭奢待を切り取ります。屋敷に運び込んで、真っ二つにして、半分くらい、もらおうという寸法です」
「殿。何を馬鹿なことを言っているのじゃ。蘭奢待は、その全長が10メートルほどあるのじゃ。その半分となると5メートルにもなるのじゃ。そんなもの、屋敷のどこに置いておくつもりなのじゃ?」
「そりゃ、のぶもりもりの屋敷の1室にどかんと置いておきますよ。先生の屋敷に置いたら、邪魔でしょうがありませんからね?」
「ちょっと待て。殿、何を言ってやがる。そんなもの、俺の屋敷の一室に置いておいたら、俺が小春に蹴られるだろうが!ただでさえ、殿の茶器の数々で、俺の屋敷の2室が埋まっているっていうのによ!」
「まったく、ああ言えばこう言うの典型ですね?のぶもりもりは。わかりました。先生も小春さんにこれ以上、迷惑をかけると、屋敷から追い出されそうなので、手のひらサイズくらいで手を打ちましょう。貞勝くん。蘭奢待の拝領の件、信盛の屋敷で行うので、蘭奢待を運びこんでくださいね?」
「わかったのじゃ。それでは東大寺との交渉に入るのじゃ。もちろん、嫌がるようなら、焼いてしまっても構わぬのじゃな?」
「はい。もう一度、奈良の大仏を焼いてほしいのならば、どれだけでも逆らってくださいと、東大寺には伝えておいてください。いやあ、これで先生は久秀くんに並ぶことができますね?」
「並ぶも何も、将軍殺しはしてないじゃねえか。主君殺しも斯波義統を殺すことに関しては殿が成し遂げたわけでもないしな?」
斯波義統。信長が織田家の家督を継いだ時には、尾張にはまだ守護大名が存在していた。それが彼である。彼は守護代である織田信友に討ち取られ、それにより、信長は大義を得て、下剋上の足掛かりとし、尾張統一にひた走ることになったのである。
「懐かしい名前を聞いたものですよ。のぶもりもりは無駄に記憶力が良いんじゃないんですか?」
「記憶力に関しては、殿に言われたくないけどな?特に将たちの嫁さんの名前だけはきっちり憶えてやがるんだから」
「そりゃ、覚えておかなきゃダメでしょ?世の中の男と言うのは、女房たちに支えられているのです。将の名前を忘れても、女房の名前から連想すれば、自ずと応えは導かれるものです」
「名前を忘れられる将も大概だと想うけどな?さて、屋敷の掃除でもしておくか。殿の茶器を片付けないと、蘭奢待を持ち込む場所がないぜ」
それから2週間後、東大寺側は嫌々であるが、蘭奢待を信盛の屋敷に運び込むことになる。信長は手に持つ懐剣でズバッズバッ!と斬り込みを入れていき、手のひらサイズの木片を手に入れることになる。
だが、その蘭奢待の木片を切り取ったあと、信長はさも感心を失くしたのか、その木片を茶会に訪れた商人にぽいっと渡してしまうのであった。
東大寺側は、信長のその行為に腹を立てるが、如何せん、東大寺に火をつけられてはたまったものではないと、その口を閉ざすことになる。
1577年8月に入ると、明智光秀による丹波攻略もいよいよ大詰めに入る。これにより、京から西へ進むための経路も確保できつつあることに信長は満足し、今度は秀吉を信盛の屋敷に招くのである。
「信長さま。紀州征伐以来なの、です。今日は私に何用でお呼びになったの、ですか?」
「ああ、秀吉くん。お久しぶりです。長浜城の建築が終わったと聞いたので、そろそろ、秀吉くんに戦をしてもらおうと想いましてね?」
「戦、ですか?私もついに、西攻めへの参加をお許しくださるの、ですか!?」
秀吉が喜色ばって、そう信長に聞くのである。
「はい。その通りです。秀吉くんには明石・播磨の方面へ兵を進めてほしいわけですよ。もちろん、領地は切り取り放題です。秀吉くん、やってくれますか?」
「それは良いの、ですが、そうなると北近江周辺は誰が治めることになるの、ですか?」
「まあ、秀吉くんが、播磨を手に入れたら、飛び地になってしまって、何かと不便になりますからね?誰か、代官を置くなりしますけど、秀吉くんが中国地方への領地が増えれば、転封となりますかねえ?」
「そう、ですか。せっかく、丹精込めて築きあげた長浜城ですが、将来的には手放すことになりそう、です。少し、残念、ですが、こればかりは致し方ないといったところ、ですね」
「秀吉くんには最前線で戦ってもらわないと困りますからね。それだけの才気を持ちながら、たかが1つの城にこだわってもらっていてはダメですよ?」
「は、はい!では、私は1国1城の主の夢から、3国以上の主になる夢を新たに掲げようと想い、ます!」
「その意気です、秀吉くん。光秀くんは近いうちに但馬、丹後、丹波の3国の主になります。秀吉くんはうかうかしていると、光秀くんに置いてけぼりを喰らってしまいますよ?」
「光秀殿はすごいの、です。私より10年以上もあとに織田家にやってきたというのに、近い将来、勝家さまを抜くほどの領地持ちになってしまうの、です」
「勝家くんは加賀攻めの最中ですが、なかなかに一向宗たちの反攻が厳しいみたいですね?まあ、それでも、あちらのほうも半年もしないうちに決着しそうですけどね?」
「そうなの、ですか。加賀を抜けば、能登も敵が居ないと同然、ですね。勝家さまも3国の主になるのは確実、ですね」
「まあ、その先は上杉家とぶつかることになりますから、すんなりと越中まで侵攻できるわけではないですが。話を戻しますが、10月には大坂の西、神戸へ侵攻できるように準備をしておいてくださいね?」
「わかり、ました!今のうちに足がかりとなる拠点を手に入れておこうと想い、ます!北近江の兵全てを持ち出して、一気に、播磨へとたどり着いてみせ、ます!」
秀吉の意気込みが感じられる返事に信長は満足気にうんうんとうなづくのであった。
秀吉は自分の本国である北近江に戻り、兵をまとめつつ、別所家、赤松家と交渉に入る。だが、その織田家の方針に水を差す事件が起きるのであった。
「おい!殿、聞いたか!ついにあの野郎、またしても謀反を起こしやがったぞ!」
そう言いながら、信長の居室に飛び込んでくるのは佐久間信盛である。彼はぜえぜえと息を吐きながら、次の言葉を紡ぎ出す。
「松永久秀が信貴山城で蜂起したぞ!それに合わせて、石山御坊の方も兵を集めているって情報だ!」
信長は信盛の言いを聞き、がばっと立ち上がり
「のぶもりもり!あなたは大坂に兵を集めてください!石山御坊からの反撃に充分、注意してください!」
「ああ、わかったぜ!殿はどうするんだ?信貴山城を攻めるのか?」
「松永久秀くんは、織田家に従属している東奈良の筒井家を攻めるでしょう。先生はそちらの救援に向かい、同時に、信貴山城には信忠くんを送ります」
信長・信盛は松永久秀の謀反に対して迅速に行動を開始する。信盛は大坂の地で細川藤孝、荒木村重を従えて、石山御坊からの攻撃を防ぐ。
そして、信長は信忠を美濃から兵2万と共に呼び出し、信貴山城へと兵を進めるように指示を飛ばす。
「父上。信貴山城を落としてしまって構わないのでござるか?」
「とりあえず、城の外に出てくる松永くんの兵を撃退しつつ、囲んでください。先生は、筒井家を襲っている松永くんの兵をぶっ飛ばしてきます!」
「わかったのでござる。父上、奈良は松永久秀にとって、庭も同然でござる。ゆめゆめ、油断せぬように注意してほしいでござる!」
「はい。わかっていますよ。信忠くんも無理に城攻めをしないように注意してください。信貴山城は総石垣の城です。無闇に攻めても、早々に落とせる城ではありませんからね?」
信長は信忠にそう注意を促す。信忠はこくりと頷き、松永久秀が待つ、信貴山城へと兵を進めるであった。