ー楽土の章11- 紀州征伐・前編
信盛のあっけらかんとした話具合に信長がはあああと深いため息をつく。
「のぶもりもり。あなた、わざと雑賀衆に無茶な要求をして、断交されたでしょ?」
「あっ。やっぱり、バレた?いやあ、だって、殿が戦が無くて暇そうだったしさあ?たまにはバッタバッタと敵兵を斬り伏せて、運動したほうが良いかと想ってさ?」
「確かに、安土城の建築に一役買っているだけで、暇といえば暇です。でも、遠交近攻を地でいく必要はなかった気もするんですが?」
遠交近攻。遠くの敵は親交を深め、味方にし、隣接する国に対しては武力で侵攻する。古来より誰もがやってきたオーソドックスな戦略である。
「まあ、そりゃそうなんだが、あちらとしてはこちらの提示する額の3倍を請求してきたんだ。元から交渉の席に座る気もなかったぜ?あれは」
信盛は雑賀衆が本願寺顕如に力を貸さぬように、顕如からもらった金の2倍を提示したのだが、向こうは3倍を欲したわけである。
「そんなことされたら、もう、こちらとしても、土地を接収するって言うしかないわけじゃん?松永久秀がうまいこと根来衆との話し合いを進めていたから、まあ、こっちはご破算で良いかって想ったわけ」
「先生としては別に3倍の金を請求されても払うだけのお金はありますから、良いんですが?まあ、過ぎた話をしてもどうにもなりませんね。のぶもりもりに乗せられて、先生も出陣しますか」
「おう。その意気だぜ。じゃあ、俺はさっそく兵をまとめるわ。信忠さまは今回、出陣してもらうのか?」
「どうせなら、信忠くんだけとは言わずに、領地経営に明け暮れて、暇そうな将を全員呼び寄せましょうか?信雄くん、信孝くんたちにも戦のなんたるかを教え込んでおきたいですし」
「殿の次男と3男もかあ。じゃあ、その目付役の一益も、出陣する義務が発生ってか」
「そのほかに丹羽くん、秀吉くんにも出陣してもらいましょう。あと、勝家くんに貸している府中三人衆である、利家くん、佐々くん、不破くんたちも呼び寄せますか!」
「なんか、同窓会って様相になってきたな。どうせなら、光秀も呼んでやろうぜ?あいつも、最近は丹波での戦いもひと段落つきそうな雰囲気になってんだろ?」
「そうですね。光秀くんは、丹後、但馬の豪族は抑え込んだみたいですし、残すは丹波のみですから、ちょっと、こちらの方に加勢してもらっても、問題ないでしょうし」
「なら決まりだな。しっかし、こりゃ、すげえ大軍勢になりそうだなあ。長篠の戦いなんか眼じゃないほどの兵数になるんじゃねえの?」
「これは一種の顕如くんへの威嚇ですからね?織田家は大軍勢を集めようと想えば、いつだって集められるという意思を見せつけることになります。どうせなら、進軍する際は石山御坊から視える位置を通っていきますか!」
「俺、わくわくしてきたぜ!ざっと計算してみても、5万以上の兵数は集まるわけだからな?それに殿、俺、滝川一益、丹羽長秀、羽柴秀吉、明智光秀、さらには殿の息子3人ってか!」
「勝家くんが居ないのが残念なところですが、彼まで呼び寄せては、顕如くんに越前で一揆を起こされかねませんからね?勝家くんには悪いですが、彼はお留守番です」
「あーあ。勝家殿は可哀想だなあ。この先、これだけの織田家の主将が集まるような戦なんて、起きるかどうか怪しいって言うのになあ?」
「仕方ありませんよ。苦渋を舐めさせ続けられた越前ですからね。勝家くんが不在では何が起きるかわかったものじゃありません」
「んじゃ、まあ、各将たちへの連絡は殿に任せておいて良いのかな?」
「何を言っているんですか。それこそ、大坂方面指揮官の、のぶもりもりの仕事でしょうが。先生は、家督を譲った身なのです。引退生活を余儀なくされているんですよ?」
「殿こそ何言ってんだか。単に他のことをやりたいだけなんだろ?」
「バレてしまいましたか。まあ、馬鹿息子の信雄くんも参戦するので、ちょっと、雑賀衆の切り崩しでもしておこうかと考えているところです。所詮、豪族たちが合力しているような土地柄なんでしょ?切り崩しが出来るならやっておこうと言うわけですよ」
「んじゃ、殿には切り崩しを任せるぜ?俺は各地の将に集合をかけておくわ。さって、2週間から3週間ってところだろうな。皆が集まるのは」
「ですね。では、のぶもりもりにはそちらを頑張ってもらいますね。さあて、良い塩梅に仕上げましょうかね!」
それから、信長は雑賀衆の切り崩しに精を出すことになる。信長自らが行ったことにより、雑賀衆だけとは言わずに根来衆まで参集することになり、残りの雑賀衆は震えあがることになるのだった。
1577年5月、雑賀衆の豪族である3家とも話がまとまり、いよいよもって、織田家の紀州征伐の軍が進発することになる。
織田家側はこの時、勝家を除く主将たちがずらりと並び、兵数は10万に届くことになる。これは長篠の戦いでの3万8千の2倍以上となり、織田家の兵数の異様さを各方面の大名たちに知らしめることになったのである。
「いやあ。こりゃまた、すごい人数の兵が集まったもんだなあ?ざっと視ても10万はくだらねえぞ?」
「しっかし、皆、暇なんですねえ?領地のほとんどの兵を持ってくるとは想いもしませんでしたよ?光秀くんは丹波攻略中のために仕方ないとしても、どれだけ、兵を遊ばせているんでしょう?織田家は」
「うッス!信長さま!久しぶりッス!信長さまのために3000の兵をかき集めて、越前から帰ってきたッス!」
そう元気に信長に言うのは、府中三人衆のひとり、前田利家であった。
「ん…。信長さま、お久しぶり。自分も利家と同じく3000の兵をかき集めてきた」
これまた府中三人衆のひとり、佐々成政が信長と謁見するのである。
「利家くん、佐々くん。お久しぶりですね。ところで、もうひとり、不破光治くんはどうしたんですか?」
「不破なら、兵が乱暴狼藉を働かないように見回りをしているッスよ?なんでも、俺と佐々の分も見回っておくって言ってくれたッス」
「ん…。利家が信長さまと甘いひと時を過ごしたいだろうって、不破が気遣ってくれた」
「なるほど。不破くんは気遣いが出来る良い将ですね?彼にはあとで感状をあげましょう」
「でたッス。必殺の感状ッス。あんな紙切れ、越前だと、寒さを凌ぐために囲炉裏に放り込まれるだけッス」
「ん…。紙切れ一枚じゃ、火も起こせない。どうせなら、感状の10枚でも送ると良い」
「ふたりとも、なかなかにひどいことを言いますね?先生直筆の感状を囲炉裏に放り込むのはやめてくれませんかね?」
「信長さまはわかっていないッス。越前の冬の寒さは格別なんッス。近江なんて関ヶ原あたりでもないと、雪が積もらないッスけど、向こうは普通に平野部でもドカ雪になるんッス!」
「ん…。越中の土地をもらえたのは嬉しいけど、あの積雪量は厳しい。この先、北上すると考えると、気が重い」
「あらあら。北陸の地は勝家くんやきみたちに切り取り放題とさせているんですし、頑張ってもらいたいところなんですけどね?多少、寒いくらいで諦めてもらっては困りますよ?」
「うッス。出来る限りはやってみるッス。でも、冬は屋敷から外に絶対に出たいとは想えないッス。信長さまにも、北陸の冬を体験してほしいッス。布団の中でしっぽり、俺と楽しみたいって想える寒さッス」
「そういえば、利家くんところは7人目を松さんが身ごもったんでしたっけ?冬は雪に閉ざされると言っても、ずっ魂ばっ魂しすぎじゃないですか?」
「仕方無いッス。冬は外に出れないッスから、松と2人、布団の中で肌を温めあっているッス。そしたら、自然とずっ魂ばっ魂に発展してしまうッス」
「ん…。単に利家の性欲が強すぎるだけの気がするんだけど?利家は小姓にも手を出していたはず」
「佐々。そ、そこはつっこまないでほしいところッス。寒いせいか、いちもつがびっきびきになってしまうんッスよ」
「あれって不思議ですよね。ストレスが溜まれば溜まるほど、いちもつって元気になってしまいますよね。北陸の冬の厳しさが、身体に危機感を与えるんでしょうか?」
「ふひっ。昼間っから、いちもつがびっきびきとか、何を言っているのでございます。皆さん、お変わりないようで、僕は逆に心配になってしまうのでございます」
そう言いながら登場するのは、明智光秀であった。彼は丹波攻略の合間を縫って、兵1000を率い、信長率いる本隊に合流を果たすのであった。
「ああ、光秀くん。お疲れ様です。北陸の寒さはシャレにならないって言う話をしていたんですよ。丹波はそんなことがないようで、こんな話とは無縁なんでしょ?」
「信長さま。ちょっと違うッス。寒いことは寒いけど、積雪がすごいって話ッス。外が雪で閉ざされるから、家の中で布団から出れなくなるって話ッス」
「ふひっ。確かに丹波は山奥と言えども、冬の積雪はそれほどすごいってことはなかったのでございます。うっすら、地面が白くなる程度でございます」
「越中はひどい時は1メートルくらい当たり前に積雪するッスからね。加賀は越中より積雪すると噂に聞いているッス。本当に同じひのもとの国の土地なのかと不思議に想うくらいッスよ?」