ー楽土の章10- 家督は譲るが、やりたい放題
1577年正月。信長の嫡男、信忠は正式に父親から織田家の家督を譲られる。正月の宴にて信忠を織田家の将や兵たちが称賛したのだが、3月に入るころには、ああ、やっぱり形だけの家督譲渡であったのだなと、皆は痛感することになる。
「勝家くんは今、北ノ庄城の建築中でしたっけ?うーーーん。遠くに離れているから、いまいち、向こうの様子がわかりませんね。勝家くんに毎日、どうなっているのか、報告を上げさせましょう。光秀くんの丹波制圧はどうなっていますか?報告が滞っていますよ!」
信長は各方面の攻略を織田家の主将たちに任せたものの、毎日の報告を義務付ける。それは家督を譲ったはずの信忠を通さず行っていたものであり、それが結局のところ、織田家の首魁は信長さまなんだなあと、皆に想わせたのであった。
「おう。殿。今日の報告だ。春野菜がいい具合に育ってるぜ?あと1週間には収穫されるぞ?」
「のぶもりもり。いくら毎日の報告を義務づけていますけど、もう少し、まともな内容のほうが、先生としては嬉しいんですけど?」
「うん?じゃあ、蒲生氏郷の嫁さん。ようは殿の娘だけど、どうやら身ごもったようだぜ?」
「ほう。それは喜ばしいことですね。って、そうじゃなくて、のぶもりもりの領地の話をしてくださいよ!」
「そんなこと言われたって、俺んとこは、忙しい勝家殿や光秀とは違って、安定してんだよ。毎日、何か事件が起きるわけがないんだよ!」
「たらららーん。丹羽ちゃんからの報告なのですー。やっと安土城の土台造りが終わりを迎えそうなのですー。土台ができたら、城下の屋敷の建設にも着手するのですー」
「丹羽くん、お疲れさまです。ちょっと、聞いてくださいよ。のぶもりもりが報告書を手抜きしているんですよ!」
「んー?では、信盛さまは磔の刑に処したら良いのですー」
「ちょっと、待てよ!丹羽!俺は、特に報告しなきゃならねえ事件自体が起きねえんだよ!手抜きじゃない。報告すべきことがないんだよ!」
信盛が丹羽に抗議するのであった。
「のぶもりもりは暇なんですねえ。わかりました。そろそろ、大坂方面の指揮官に正式に着任してもらいましょうか。3月に入りましたし、先生も久しぶりに身体を動かしたくなりましたしね?」
「ん?結局、俺が対本願寺の指揮官になるのか?細川藤孝殿辺りが担当するのかなあ?って想ってたんだけど」
「藤孝くんにも打診はしてみたんですけど、彼は自分の能力の高さは自負しているものの、出世には興味がないようです。まあ、織田家の新参者だから、遠慮している部分もあるみたいですけど」
「ふーーーん。もったいない話だな。望めば1国1城の主になるだけの器量は持ち合わせているっていうのに。勝竜寺城周りの土地だけしかないんだし、もっと欲張っても良いと想うんだけど」
「息子が元服したら、引退するって、本人は言っていますけどね。確か、忠興くんでしたかね。光秀くんとこの娘さんの珠ちゃんと婚約の話を進めている最中みたいですよ?」
「たらららーん。藤孝殿は、まだまだ現役だと想うのですが、引退なんてもったいない話なのですー」
「足利家の時代が終わった以上、自分の役目も終わりに近づいてきているのでござる、とかクッソ真面目な顔つきで言ってましたよ?横っ面を一発張り倒してやろうかと想いましたけど、代わりに、上手投げで地面に突っ伏しておきました」
「はははっ。ひでえ話だな。まあ、最近の藤孝殿は憑き物が取れたかのような、すっきりした顔をしているもんな。この前の正月の宴の時なんか、普段、女房を連れ歩いてないのに、めずらしく夫婦で仲良くしていたからなあ?」
「まあ、本人が引退したいって言うのなら、仕方ありません。やる気のないひとに仕事を任せては、せっかくの才気も無駄になりますし。藤孝くんには、歌会の主催者として活躍してもらいますよ」
「藤孝殿の引退は認めるくせに、俺は引退を認めてくれないよな?」
「のぶもりもりが仕事をしなくなったら、ただのお爺さんになってしまうからですよ。あなた、仕事がなくなった瞬間にボケてしまいそうですからね?」
信長の言いに想わず信盛は、うぐっ!と唸ってしまう。
「やべえな。俺、もしかして、貞勝殿を馬鹿に出来ないほどの仕事人間だったりするのか?」
「たらららーん。信盛殿は年がら年中、戦に明け暮れてきたのですー。もう、戦馬鹿と言っても差し支えがないのですー」
丹羽が信盛にとどめを刺しにいくのであった。
「ううう。言われてみればそうだよな。俺。殿が起こす戦にほとんど従事しているよな。逆に、殿と一緒じゃなかった戦ってあったっけ?」
「先生としても、のぶもりもりが一緒じゃなかった戦なんて、記憶にありませんね?良かったじゃないですか。おかげで今の今までボケずに済んだと想えば」
「よっし。ここは開き直ろう。俺は死ぬまで戦をし続けてやるぜ!」
「その意気で、これからもお願いしますよ?のぶもりもり。さて、対本願寺指揮官就任の祝いついでに、飲みに行きましょうか?屋敷で飲んでいると、また、小春さんとエレナさんに白い眼で見られてしまいますし?」
「なら、丹羽ちゃんもお供するのですー。今夜も飲み比べをするのですー」
「では、報告書をぱぱっと読み終えてしまいますので、丹羽くんとのぶもりもりは飲み屋を見繕っておいてください。できるなら、お寿司を食べれる店が良いですね?」
「寿司を食べたいのなら、少し歩かなきゃいけないかな?寿司を取り扱っている料理屋も増えてはきているものの、まだまだ、店主の腕がなってないところもあるからな。不味い寿司を喰わされたら、殿が店主を磔の刑にしちまいそうだしな?」
「そんなことしませんよ。水責めにするだけです。寿司が不味いだけで、死罪にするわけがないでしょ?まったく、先生を何だと想っているんですか?」
「たらららーん。信長さまはお優しいのですー。丹羽ちゃんなら、なで斬りにしてしまいそうなのですー」
信長、丹羽、信盛が冗談を交わしながら、話をするのであった。その後、仕事を終えた彼らは、街に繰り出し、お酒と寿司を楽しむのであった。
それから1週間後、信盛が正式に対本願寺指揮官に就任することになる。以前は塙直政が務めていたが、彼は去年の木津川口での海戦で敗死したため、信盛が交代して、その席に座ったのである。
「のぶもりもり。対本願寺指揮官に就任おめでとうございます。さて、さっそくですが、調べておいてほしいと言っていた件についてはどうなりました?」
「ああ。本願寺が昨年の織田家との戦で駆り出していた鉄砲隊の出どころを調べておけって話だったよな?あいつらの所為で天王寺では、陸のほうでも苦戦させられたからなあ」
信盛はそう言うと報告書を信長に渡すのである。
「ふむふむ。なるほどなるほど。紀伊の根来衆と雑賀衆が本格的に傭兵として雇われたってことですか。さすがは本願寺です。信徒たちのお布施がそちらに流れ込んでいるわけですね?」
「そうそう。特に今まで目立ってあいつらは本願寺顕如に手を貸していたわけじゃないんだが、この前の天王寺の戦いでは、積極的に介入をしたみたいだな。それで、陸部隊との激しい鉄砲の撃ち合いになったみたいだぜ?」
「鉄砲は城や砦を守る際には非常に優れた武器となります。このまま放置しておけば、石山御坊を囲むことも難しくなりますね。大坂方面指揮官の、のぶもりもりとしては、どうするつもりですか?」
「そこが問題なんだよな。どちらも攻めるには山深き場所だから、中途半端な数じゃ、こっちが逆にやられちまうって想ってるわけだ。というわけで、殿直々に出陣を願い出てたいわけでもある」
「ほう。力攻めをするわけですか。ですが、どちらか一方を攻めれば、顕如くんのことですし、雑賀と根来を合一させて反攻させるでしょうね」
「なら、どちらかを話し合いで決着させようか?もしくは、根来衆に近い土地の松永久秀を別軍として、攻めさせておくとか?」
「とりあえずは、二勢力ともに交渉に入ってみてください。どちらかひとつが、織田家と講和を果たせれば、もう一方は力攻めが可能になりますからね?」
「あいよ。じゃあ、その方法を使わせてもらうわ。根来衆の交渉には松永久秀を遣わせるかな。あいつが、もし下手こいてとっ捕まっても、俺の腹は全く痛くないからな」
というわけで、松永久秀は寝耳に水といった感じで、急きょ、根来衆との交渉役に任じられるのであった。
松永久秀はたまったものじゃないと愚痴をこぼしながらも、根来衆との和議を進めるのである。
一方、信盛は雑賀衆へと和議の使者を出す。
「ふむ。さすが松永久秀くんですね。根来衆との和議を取り付けてくるだけではなく、今後は一切、本願寺顕如には手を貸さないとの約束まで取り付けてきましたか。しっかし、信盛は交渉下手ですねえ?」
「うん。俺は交渉下手だな!雑賀州とは断絶状態になっちまった!いやあ、俺の才能の無さには感服しちまうぜ!」




