ー楽土の章 7- 岩村城攻め
1576年6月に入ると、信長は岐阜城へ移動し、岩村城攻めのために嫡男である信忠と、佐久間信盛、河尻秀隆を呼び寄せる。
「信忠くうん?そろそろ、織田家の家督が欲しくないですかあああ?」
「父上、突然、何を言い出しているのでござる!?ついに気が狂ってしまったのでござる!?」
「いえいえ。先生は至って正常です。というか、越前も取り返しましたので、そろそろ、本格的に軍団制を織田家で行おうと想っているんですよ」
「軍団制?それはどういったことでござる?」
「簡単ですよ。織田家の有望な将に兵を預けて、各方面の指揮官になってもらうんです。勝家くんは北陸方面指揮官。秀吉くんには山陽方面指揮官。光秀くんには山陰方面指揮官。そして、信忠くんには武田方面指揮官と言ったところです」
「なるほどでござる。しかし、それは危うく感じるのでござるが?もし、各方面の指揮官が謀反を起こせば、その地方の軍団がそのまま織田家の敵に回ることになるのでござるよ?」
「大丈夫ですって。先生を裏切るような将が織田家にいるわけがないなじゃないですか?」
信長の能天気な一言に信忠は、はあああと深いため息をつく。
「まあ、父上のことなので一旦言い出したら、取り下げることもないでござるから、何も言わないでござる。だが、自分に家督を譲るのは早すぎなのではござらぬか?世の中の人から見れば、まるで引退宣言でも行うように視えるでござるぞ?」
「引退はしませんよ?ただ、家督を譲るだけです。もちろん、織田家の全権は先生が握りつづけますけどね?」
「なら、それは家督を譲る意味がないのではござらぬか!?名だけ家督を譲られても、自分、ちっとも嬉しくないでござるよ!?」
「まあまあ。無料でもらえるんだから、もらっておいてくださいよ。無事、岩村城を攻め落とせたら、家督とついでに岐阜城もあげますからね?」
「あれ?そんなことしたら、殿はどこに住むことになるの?」
そう言うのは信盛である。
「そんなの、のぶもりもりが丹精込めて造った南近江の大屋敷に一緒に住まわせてもらうに決まっているじゃないですか。のぶもりもりは察しが良いのか、先生の住む部屋まで準備してあるんでしょ?」
「そりゃあ、殿がびわ湖周辺にでっかい城を造るって前々から言ってたから、多分、拠点が欲しいであろうから、殿が滞在できるようには、部屋は多めに造ってあるけどさあ?本格的に引っ越しになるとしたら、拡張しなきゃだめじゃん」
「はい。では、屋敷の拡張をお願いします。数々の名物も岐阜城からお引越しさせますんで、名物を納めるだけでも3部屋くらい必要ですね」
「まじかよ。そんなの岐阜城に置いていけよと言いたいところだろうけど、聞くわけないしなあ。わかったよ。うちの嫁さんに屋敷の拡張の話を書状で知らせておくわ。ったく、余計な仕事を増やしてくれるもんだぜ」
「さて、信忠くんと信盛くんへの話は終わりましたので、次に河尻くんの話ですね?」
「うん?我にも話があるのか?いったい、どんな話なのだ?」
「河尻くんは本日付で、先生の護衛役の任を解きます。そして、信忠くんの親衛隊になってください」
「なんと!殿の護衛役から、信忠さまの護衛役に変わるのであるか!?それは喜んでいいことなのか?」
「はい。河尻くんには大変お世話になりました。そろそろ、河尻くんに最前線で戦ってもらい、河尻くんを1国1城の主になってもらいたいと先生は想っているわけですよ」
「1国1城の主であるか。しかし、我の国など、どこにあるのだ?」
「それは、武田家の領地となりますね。武田家が滅んだあとに、信濃か甲斐、どちらかを河尻くんにまるごとプレゼントしちゃいます!」
「また、取らぬ狸の皮算用ときたものなのだ。これは喜ぶべきことであるのか?」
「まあ、このまま、戦に率先して出張らない先生の護衛役をやっているかよりは、出世の見込みがありますし、喜んでいいんじゃないんですか?とういわけで、河尻くん。息子の信忠くんの世話を任せましたよ?」
「わかったのである。その任、しかと承ったのである。信忠さま、今後ともよろしくなのである」
「河尻殿が自分の護衛兼補佐となってくれるのは、ありがたい話なのでござる。しかし、父上は、これから、誰を護衛役とするのでござる?」
「まあ、先生は利家くんとか、佐々くんとか、暇そうなのぶもりもりを引っ張り出して、その都度、護衛役にさせますよ」
「利家や佐々は可哀想だな。せっかく越前に自分の城と領地を手に入れたって言うのに、おちおち領国経営ができないってか」
「利家くんと佐々くんはまだまだ若いのです。領国いじりをして時間を潰してもらうのはもったいないと想いませんか?のぶもりもり」
「それはそうなんだけどさあ。わざわざ、越前から呼び出される利家たちが可哀想だなって想うわけだよ」
「そんなこと言われても、あくまでも、不破くん含め、あの3人は勝家くんの寄力ですからね?勝家くんの直臣と言うわけではありません。命令権は先生のほうが上というわけです」
「そりゃ、形としては、あの3人は殿の直臣だけどさあ?勝家殿も災難だよなあ。北陸攻めが再開されたとしても、いつ、あの3人が殿に呼び出されるかわからないんじゃ、なかなかに加賀へと侵攻できなくなるじゃん」
「勝家くんのところには、佐久間盛政くんを始め、優秀な直臣を与えているのです。利家くん、佐々くん、不破くんは借り物だと想って、諦めてほしいところですね」
「もしかして、自分もいきなり、父上から、信忠くーーーん?あの子を今度の戦に連れていくので返してもらいますよー!?とか言われたりするのでござるかな?」
「おっ、さすが、信忠さまじゃん。父上のことをよくわかっているな?絶対に、勝家殿と同じことをされるから、覚悟しておいたほうが良いぜ?」
「やっぱりでござるか。いきなりの異動命令には気をつけなければならないでござるな」
「まあ、いきなりの異動命令が下るとしても、先生が持っていくのはのぶもりもりくらいだと想いますよ?先生、安土建設予定地に移り住む予定ですので、その周りですぐに動かせる兵と言ったら、のぶもりもりの兵ってことになりますから」
「ああ。完全に藪蛇だったわ。俺、50歳を超えてるのに、殿にこき使われるのが明白になっちまった」
信盛がとほほと言う顔つきでそう言うのである。しかし、まさか、この時の信長の言っていることが予言となるとは信長も信盛も、この時点ではわからなかったのであった。
なにはともあれ、6月が終わるころには、信忠を総大将とする岩村城攻略部隊2万の兵が進軍を開始したのであった。岩村城には武田家の秋山信友がかつての城主であった、信長の叔母である、おつやの方と結婚しており、割と順風満帆な夫婦生活を送っていたりしていたのだった。
だが、その幸せな結婚生活も終わりを告げる時が来た。秋山信友は、おつやの方に岩村城の城代を任せ、周辺の豪族である遠野一族を従えて、信忠2万の軍と対峙するのであった。
「ふむ。小勢ながら、城から打って出るとはなかなかに豪胆な男のようである。秋山信友。油断すると、こちらが2万と言えども手こずらされるかもしれぬのである」
河尻がそう秋山信友を評価するのであった。
「じゃあ。まともにやり合う必要はないな。適当にあしらって、あちらさんが疲れたところを一気に叩こうか」
「それもそうだな。我は信盛の案に賛成である。信忠さまはどうするつもりなのである?」
「自分でござるか?ううむ。信盛殿に1万を任せ、遊軍とし、岩村城の周りの砦を攻めてほしいところでござる。その間、自分と河尻殿の2人で秋山信友を抑えるのでござる。山深い土地故、大軍を展開できない以上、それが上策だと想うのでござる」
「お?信忠さま。なかなかに良い案じゃねえか。俺の案を採用しつつ、さらに上乗せの案を提示するたあ、20歳を少し超えた程度の将ではなかなかにできないぜ?よっし。俺は信忠さまの案を支持するぜ」
「うむ。信忠さまに大器を感じるのである。では、信盛殿。岩村城の周辺砦の攻略をお願いするのである。しかし、ゆめゆめ、油断せぬことである」
「まあ、奇襲は受けないように気をつけておくぜ。周辺の豪族の遠野一族がまとめて向こうについちまったみたいだからな。周りは敵だらけって想ったほうが良さそうだな」
信忠、信盛、河尻の3名が軍議を終えて、それぞれの隊を率いるべく、本陣の陣幕を開き、出ていくのであった。
秋山信友は各地を転戦し、信忠隊2万を相手に兵5000で対等に戦うのであった。
だが、じわじわと秋山信友は追い詰められていき、開戦から2カ月も経つ頃には、岩村城の周辺の砦を全て落とされ、岩村城に籠城せざる得ない状況へと追い込まれていくのであった。




