ー楽土の章 4- 1576年 正月
1576年正月。信長は岐阜で正月の宴を催していた。各地に散っていた将たちは続々と宴の会場に現れ、久しぶりの顔合わせとなる。
「ふむ。丹羽くん。これで最終決定としましょうか。いやあ、これは素晴らしい城となりそうですよ。さすが、丹羽くんのプロデュース力は、ひのもとの国1番です」
「褒めてくれるのは嬉しいですけど、10回以上もダメだしされたら、さすがに丹羽ちゃんでも心がへし折れそうになったのですー」
「お?丹羽。やっと、殿の御許しが出たのか?」
「信盛さま、はい、そうなのですー。【安土城】の設計図が完成したのですー。これで、丹羽ちゃんもゆっくり正月を楽しめるのですー」
「お疲れさん。いやあ、しっかし、織田家の領土が増えるのは良いけど、だんだん、皆の顔が視れなくなるのは残念な気持ちだなあ。この顔ぶれが集まったのは、去年の夏の焼肉大会以来だよな?」
「ガハハッ!信盛殿。我輩の筋肉に触れられなくて、寂しかったでもうすか?正月が終われば、また、皆、自分の領地に戻るゆえに、今の内に我輩の筋肉を堪能しておいてほしいでもうすよ?」
勝家はそう言いながら、着物の上着を脱ぎ捨て、ふんっ!ふんっ!と鼻息を荒くしながら、自分の筋肉を信盛たちに見せつけるのである。
「勝家さまは相変わらずッスね。しかも、もう良い歳だというのに、未だに筋肉が衰えていかないところが不思議ッス」
「ガハハッ!利家。筋肉に限界はないのでもうす。我輩、領国経営ばかりで退屈だったゆえに、毎日、毎晩、筋肉を鍛えまくったのでもうす!」
この時点で勝家は50歳を超えていると想う方もいるかもしれないが、信長とは実は3歳差しかなく、今年で信長は42歳、勝家は45歳なのである。さらに言えば、織田家の主力でこの時代で、おじいさんと言っていい50歳に達していたのは、佐久間信盛ただ1人であったりする。
「そう言えば、信盛は今年で50歳の還暦でしたっけ?」
「そうそう。貞勝殿が48歳だから、俺が一番乗りだな。さすがに最近、いちもつの起ち具合が悪くなってきたわ。嫁連中には、毎食、やもりの黒焼きを喰わせられて、もう、大変だぜ」
「年の差を考えて、結婚するもんッスよ。まあ、うちもひとのことは言えないッスけどね?」
「ん…。利家は松ちゃんが12歳のときに結婚したから、今年でやっと29歳で合っているのかな?」
「佐々。その通りッス。てか、俺も気付けば40歳を向かえたんッスよね。もう初老ッスよ。もう、信盛さまをおっさんって呼べないッス。おじいちゃんと呼ばなきゃいけないッス!」
「おい、利家。おっさんの仲間入りを果たした瞬間、俺をおじいちゃん呼ばわりするのはやめろ?俺、結構、気にしてんだからな?」
「はははっ。人間50年と言いますから、信盛は、日々の食事には気をつけないといけませんねえ?知ってますか?鮒寿司は長命の薬と呼ばれていることを」
「んー、そうなの?殿。でも、アレ、高いからなあ。秀吉が鮒寿司職人を育成しているみたいだけど、北近江を俺たちが荒らしに荒した所為で、なかなかに厳しいみたいだしなあ」
「あらら。最近、食卓に鮒寿司が並ばないのは、そういう経緯もあったんですか?失敗しましたね。浅井家を滅ぼすついでに、鮒寿司職人まで、先生たちは滅ぼしてしまったのでしょうか?」
信長がそう言うと、どこからか秀吉がやってきて
「鮒寿司職人の数は最盛期の時に比べて、その数を5分の1にまで減らしてしまったよう、です。そのため、鮒寿司の減産をよぎなくされてしまって、その分、希少価値が上がって、値段までつり上がってしまたの、です」
「なるほど。秀吉くん。解説ありがとうございます。まあ、鮒寿司職人が滅んでいないだけマシと言ったところですね。鮒寿司の臭さと旨さは後世に残していくだけの価値が充分にあります。秀吉くん。出来る限り、鮒寿司職人の保護をお願いしますね?」
「は、はい!わかり、ました!北近江の地が再び、鮒寿司の匂いで充満するくらいにまで復活させて、みます!」
「ふひっ。そこまでやると、逆に、北近江にひとが住めなくなってしまうほどの激臭に包まれてしまうのでございます。秀吉殿。物事はやりすぎないように注意しなければならないのでございますよ?」
「光秀殿。それもそうですが、やはり、それくらいの気持ちでないと、絶滅しかけの鮒寿司職人が救われることは無いと想うの、です。やりすぎるくらいが調度良いときも、時にはあるの、です」
「ふひっ。秀吉殿の言いに一理あるのでございます。要らぬ忠告をしてしまい、申し訳なく想うのでございます」
「い、いえ。光秀殿の言いたいことも充分に理解して、います。これからも、どんどん、私に忠告をしてくだ、さい!」
秀吉と光秀のやりとりをうんうんと満足気に頷きながら、信長は視ていたのだった。
「秀吉くんと光秀くんは良いライバル関係ですねえ。そうやって、お互いの意見を尊重しつつ、お互いの言いたいことを譲らない。これなら、畿内より西は秀吉くんと、光秀くんに任せっきりで大丈夫でしょう」
「おっ?殿。ついに、西方攻めを本格的に開始するのか?なんか、光秀だけ、先に丹波を攻めさせているみたいだけどよ?」
「ええ、そうですね、のぶもりもり。西方攻めの足掛かりは作っておかないと、先生のひのもとの国改造計画が遅れてしまいますからねえ。顕如くんには散々に手こずらさせられています。越前を取り返すのはもちろんとして、顕如くんとの戦いを終えた先をそろそろ考えておかないと、先生がおじいちゃんになってしまいますからねえ」
「なるほどなあ。まあ、俺は先におじいちゃんになっちまったし、人生の先輩として、色々と助言するぜ?」
「のぶもりもりはどうせ、若い奥さんとの夜のイチャイチャくらいしか、先生に助言できることなんてないんでしょ?そんなことより、信忠くんといっしょに岩付城の奪取にでも向かってくださいよ」
「ああ、あの城かあ。信忠さまと一緒に取り返しに行くのは行きたいんだけど、おつやの方はどう扱ったら良いんだ?信忠さまがどうしたもんかって悩んでいたぞ?」
「そんなの簡単ですよ。生け捕りにしてください。そしたら、先生が、この世の拷問の数々を行うだけですから」
信長がそうきっぱりと信盛に告げるのであった。信盛は、あちゃあと言う顔つきになり
「うん。正月のめでたい席でする会話じゃなかったな。殿、この話はやめよう。あとで、俺が信忠さまと話し合いしておくからさ?」
「それもそうですね。祝いの席で拷問とか口走ってたらいけませんね。さあ、気分を変えるためにも少し、お酒を飲み直しましょうか。秀吉くん、なみなみと先生の杯にお酒を注いでください」
信長の命令に、秀吉がぺこりと頭をさげて、とっくりを手に持ち、信長の杯になみなみと酒を注ぎこんでいく。
「秀吉、悪いッスけど、俺の杯にも酒を注いでほしいッス」
「わかり、ました。ちょっと、待ってくださいね?信長さまの分で、とっくりが空になってしまい、ましたので」
「ふひっ。そう言えば、今年は樽酒で飲まないのでございますか?勝家さま」
「ん?我輩でもうすか?すでに蔵の中で、樽ごと酒をたらふく飲んできたのでもうす。それ故に、我輩、既に良い感じになっているのでもうす」
「なるほどなのでございます。先ほどから、ふんどし一枚で、ふんぬっ、ふんぬっと筋肉を見せつけているのは酔っ払っているからでございますね?」
「我輩、酔っ払っておらぬでもうすよ?ひっく!この程度で酔っ払うほど歳は取っておらぬでもうすよ?ヒック!」
「あああ。酔っぱらいの酔ってないって嘘だって、証拠をまざまざと見せつけられてる気分だぜ。酒は飲んでも飲まれるなって言うのにな?」
信盛がやれやれと想いながら、手に持つ杯を傾ける。
「だから、我輩、酔ってないでもうすよ?ヒック!」
「まあまあ、正月くらい、飲みすぎたっていいじゃないですか。しかし、京の都の清酒には、すっかり慣れてしまいましたね。先生、舌がおかしくなってしまったんでしょうか?」
「ただ単に、歳を取って、味のくどいものに飽きてきただけじゃねえの?俺も最近、肉の脂がきつくなってきたしな」
「そういえば、のぶもりもりは焼肉大会でも赤身ばっかり食べてましたね?脂も取らないと、体力が衰えてしまいますよ?」
「まあ、そうなんだが、どうしても、肉の脂が胃にきつくてよお。肉を喰い過ぎた次の日は必ず腹を下すからなあ?」
「信盛さま、いい加減、引退してくれッス。そしたら、俺の領地が増えるッス。なあ?佐々」
「ん…。信盛さまは引退したほうがいい。肉を喰えなくなったら、将としては終わり」
「きっつい言いだなあ、利家、佐々。まあ、俺もあと何年、最前線で戦えるのかなあ。死ぬまで戦場で戦うつもりだけど、そろそろ、老後を考えるのも悪くないかもなあ?」
「まあ、のぶもりもりにはまだまだ頑張ってもらうつもりですよ?病気にならないように注意してくださいね?」
信長がそう言い、信盛をねぎらうのであった。
「ふひっ。僕は今年は大躍進となる年としたいのでございます。秀吉殿、僕はあなたを越えていきたいと想っているのでございます」
「光秀殿?私を越えると言われても、私はそれほどたいしたことはないの、です。目標にする相手を間違えているのではないの、では?」
「何を言っているのやらでございます。信長さま公認のライバル関係なのでございます、僕と秀吉殿は。秀吉殿。切磋琢磨していこうなのでございます」
光秀はそう言うと、秀吉に向かって杯を突きだす。秀吉もまた、手に持つ杯を突きだし、カチンッと軽くぶつけ合い、ぐびっとその中身を飲み干すのであった。
 




