ー楽土の章 2- 浄土から楽土へ
丹羽が城の建築に関して、自信なさげであることに信盛がうん?と不思議な顔つきになる。
「なんだ?丹羽。お前らしくもないじゃん。お前ほどの鬼才があれば、城のひとつやふたつ、楽勝で建設できるだろうが?」
「信盛さまはいつも通り、お気楽極楽でうらやましいのですー。信長さまが作れと言っている城は城ではないのですー」
「ん?どういうことだよ?殿はいったいどんな城を造れって言ってるんだ?3層の天守閣付きじゃなくて、もしかして4層の天守閣付きでも造れって言われてるわけ?」
「4層どころではないのですー。その倍の8層の天守閣付きなのですー」
「はあああ!?8層の天守閣付きだって!?そんなの建設可能なのかよ!?前代未聞も良いところだろ!」
丹羽の8層天守付きという発言に信盛だけではなく、周りで聞いていた各将たちも驚きを隠せなくなる。
「ガハハッ!殿の無茶振りも極みも極みでもうすな!どうやったら8層の天守閣付きの城など造れるのか想像がつかないのでもうす」
勝家が半ばあきれ顔でそう言うのである。
「8層の天守閣付きならば、なんとか建設も可能なのです。でも、信長さまは4層から6層を吹き抜けにしろとのめちゃくちゃな注文をつけてきたのですー。しかも、その吹き抜けを渡れるように橋までかけろとか、本当にめちゃくちゃなのですー」
「うっわ。丹羽。それはひどい話ッスね。城の中に橋をかけるって、いったい、どんな城なんッスか?もう、それは城と言っていいもんなんッスか?」
「ん…。利家。城とは呼べないシロモノだよ。吹き抜けにするってことは籠城を考えたモノとは想えない」
利家の疑問に佐々が城ではないと断言するのである。
「そうなのですー。佐々の言う通り、これは城なのではないのですー。信長さまは神殿を造れと言っているのですー」
「ん…?神殿ってなに?神社って言う意味なの?」
「そうなのですー。神社なのですー。8層の天守閣付きの本殿が備わっている神社なのですー。城壁や堀はもちろん、セットで建設はするのですー。でも、肝心の城自体は籠城を考えているとはとても言えないのですー」
丹羽はさらに補足で皆に説明を開始する。
「信長さまは草津の近くの丘陵を土で盛り上げて、そこに神社を建てるつもりでいるのですー。しかも、水堀を2重に張り巡らせて、その水堀の内側には皆さんの武家屋敷を全て作るつもりなのですー。もちろん、兵士たちの長屋も作るつもりなのですー」
「水堀の内側に将や兵士の住処を造るってのは、まるで南蛮人たちの城に似ているけど、なんで、その中心たるところに8層の天守閣を備わった神社なんて造る必要があるんだ?さっぱり、意味がわからないんだけどよ?」
「ふっふっふ。のぶもりもり。それは先生が神になる必要があるからです!」
「ガハハッ!神でもうすか!これは大きく出たものでもうすな!殿がひとをやめて、ついに神となるのでもうすか!」
勝家が信長の言いに、想わず笑ってしまうのである。
「勝家さまー。笑い事ではないのですー。信長さまは本気で神になろうとしているのですー。だからこそ、城ではなく神社を造れと言っているのですー。しかも、信長さまの案では、その神殿の入り口に大きな御影石を置いて、拝観料を取るつもりなのですー」
「はあ!?拝観料でもうすか!?マジで殿は神社を造るつもりなのでもうすか!?」
笑っていた勝家が驚きの表情に変わる。
「マジもマジなのですー。城もとい、神社の1層目までは、庶民も出入り自由となるのですー。境内となる部分にはその御神木ならぬ御神石を置くつもりなのですー。その御神石は信長さま自身と言うことで、拝観料を取るつもりなのですー」
「殿!さすがにそれはやりすぎなのではないか?でもうす。そこら中の宗派に喧嘩を売るような行為なのでもうすよ!?」
「そうです。勝家くんの言う通り、喧嘩を売っているのですよ。特に現人神である本願寺顕如くんに対してですよ」
本願寺顕如。彼の宗派である浄土真宗は妻帯を禁止していない。それはどういう意味であるか?それは、開祖・親鸞の血が連綿と続いているということである。
他の宗派はこの時代においては、妻帯を禁止している。だから、開祖の血などとっくに途絶えている。だが、本願寺顕如は違う。神と崇められた親鸞の血が受け継がれているのだ。
だからこそ、顕如はこのひのもとの国において、血筋の尊さは帝の血筋に匹敵するほどの高位なのである。それ故、本願寺は準皇位なのだ。だからこそ、一向宗の信徒たちは、彼のために命を粗末にできるのだ。
そうだからこそ、織田家にとって、武田家より厄介な存在として、本願寺家が君臨するのである。軍事的な意味では、統率の取れきれぬ一向宗は、作戦をしっかり立てて望めば、それほど脅威とはなりえない。
だが、一向宗を信じる民全てが敵に回るということは、その土地での統治が難しくなる。政治的な意味で非常に扱いにくいのだ。しかも、顕如は信長が一向宗たちにその教えを捨てろと言うとんでもないことを大宣伝している。
顕如は神なのだ。神の言葉は信徒にとっては絶対なのである。だからこそ、頑強に一向宗たちは信長に対して、反攻を行うのだ。
「顕如くん。いや、一向宗の信徒たちに教えなければならないことがあります。神はひとりではないと言うことです」
「だからと言って、殿が神になると言うのは少し違うと想うのでもうすよ?それに神と言うのであれば、顕如だけではないのでもうす。帝にまで喧嘩を売ると同義なのでもうすよ?」
勝家の問いに信長が口の端を歪ませて、不気味な笑みを浮かべるのである。勝家は信長の邪悪な笑みを視て、察するモノがあった。だからこそ、勝家は背筋にゾゾゾと悪寒が走るのであった。
「ま、まさか!殿は帝に対しても、自分が神であることを主張する気でもうすか!?それは危険極まりないのでは!?」
「今でこそ、織田家の権威は帝ならびに朝廷によって保全されていると言って過言ではありません。まあ、将軍である義昭くんを京の都から追い出しましたからね?それは仕方ありません」
ですが、と信長が続ける。
「このひのもとの国には、将軍家を凌駕する権威として、神が居るわけです。それが本願寺顕如くんと帝です。その権威を凌駕しなければ、本当の意味では、先生はこのひのもとの国の1番とは成れないのですよ」
「ううむ。殿の言い分は最もでもうすが、いくらなんでも不遜ではないのでもうすか?最悪、ひのもとの民全てから恨みを買うことになるのでもうすよ?」
「勝家くん。民が神を信奉するのは何故だと想います?」
信長の問いかけに勝家がうむむ?と唸る。
「そ、それは顕如で言えば、極楽浄土に導く存在だから、民が顕如を信奉するのでもうすよな?」
「そうです。顕如くんは一向宗たちに、極楽浄土への切符を発行するというご利益をもっているのです。ならば、先生も同じく、民にご利益を与えれば良いということになるのですよ」
「殿がご利益でもうすか?いったい、どんなモノなのでもうす?」
「商売繁盛、家内安全、交通安全、戦勝祈願、それとついでに安産もつけておきましょうか?ほら、こんなにご利益たっぷりですよ?勝家くん、先生にお賽銭をお願いします」
「ううむ。商売繁盛、家内安全、交通安全は殿の今までやってきた施策を考えれば、あながち間違いとは言えないでもうすが、さすがに戦勝祈願と安産は欲張りすぎではないか?でもうすよ」
「あの戦国最強の武田騎馬軍団をけちょんけちょんのぎったんぎったんにしたんですよ?勝家くんは先生のご利益に不満でもあるんですか?」
「ううむ、それはそうでもうすが、殿はひとが良すぎて、義昭や顕如に翻弄されすぎでもうす。最終的には上手くいっているから良いモノを、殿でなければ、とっくに心の病になっているでもすよ?」
「なるほど。勝家くんの言い分にも一理ありますね。では、最後は必ず勝つ祈願に変えましょう。それなら、嘘にはなりませんからね」
「そういうのは、ややこしくてながったらしいから、最初から戦勝祈願にしておけば良いんじゃね?神さまも律儀に人間の願い全てを聞き届けるわけじゃないんだしさ?」
信盛が半ばあきれ顔でそう、自分の主君に言うのである。
「それもそうですね。では、戦勝祈願で決まりということで。もしも、一向宗の信徒たちが、先生の城にやってきて、戦勝祈願をしていったら、ちょっと笑えてしまいますね?」
「それはさすがにないんじゃないの?あちらさんは、ちゃんと祈りを捧げる対象がいるんだしさ。まあ、お参りに来たいって言うのなら、どうせ、殿のことだし、止める気はないんだろ?」
「はい。人間、何を信じ、何に殉じるかは、先生は自由でありたいと想っていますから。浄土に行きたいのであれば、顕如くんを信じれば良いんです。だけど、楽土に行きたいと言うのであれば、先生を信じれば良いんですよ」
「楽土?ああ、なるほど。顕如が極楽浄土なら、殿は平安楽土ってことか。でも、すでに平安京があるのに、帝に対して、殿は喧嘩を売るつもりなのか?」
「まあ、そこはやんわりと、【安土】とでもして、お茶を濁しておきましょうか。さて、丹羽くん。【安土城】の設計図を早く完成してくださいね?来年の初めには着工に移りたいですからね?」