ー楽土の章 1- 長篠の戦い その後
長篠の戦いにおいて、武田家は武田四天王のうち内藤昌豊、山県昌景、馬場信春の3人が戦死する。さらには原昌胤、原盛胤、真田信綱、真田昌輝、土屋昌続、土屋直規、安中景繁、望月信永、米倉丹後守までもが戦死した。
まさに将だけ数えても、有力なモノたちが半数近くがこの1戦で亡くなったのである。武田家の損害はそれだけではない。武田家の誇る騎馬隊がほぼ壊滅したことである。馬を戦場で乗りこなすほどの腕になるのには、幼い頃からの修練が欠かせないのである。
それ故、馬だけ買いそろえれば、武田家が復活することにならないのである。馬を戦場で乗りこなせるモノたちをまた1から育てあげねばならないのであった。さらには、騎馬軍団を育成しようにも、若い衆たちを育て上げるための人間のほとんどを失ったのだ。
武田家が本当の意味で復活するには、これから10年、いや、20年以上かかるのではないか?
だが、それをさせてたまるものかと、家康は長篠での戦の熱も冷めやらぬうちに、遠江へと侵攻を開始したのであった。
「今が好機なのでござる!長篠の戦いの勢いを利用して、遠江を奪還するのでござるううう!」
長篠での織田・徳川と武田の1大決戦が終わってから、早1カ月余りが経とうとしていた。季節は7月に入り、夏真っ盛りだ。照り付ける太陽の日差しは徳川軍の兵士たちを問答無用に焼くのである。
「ううう。暑いなのだ。こんなに急がなくても、武田家はまともに兵なんか集められないなのだ。秋の刈り入れが終わったあとにでもゆっくり遠江を攻めればいいなのだ」
そうぼやくのは、本多忠勝である。彼は軍配をぶんぶん振り回して激を飛ばしまくる家康の傍らにて、竹筒を口につけ、水をごくごく飲むのである。
「忠勝!何をのんびりしているのでござる!お前も城攻めに参加するのでござるううう!」
「何をそんなにいきり立っているなのだ。城は逃げないなのだ。のんびり時間をかけて落とすなのだ」
「忠勝?何やら、お前からやる気を感じないのは何故でござる?徳川家の領土が増えるのは嬉しくないのでござる?」
「織田家の皆は、戦勝祝いに、びわ湖に泳ぎに行っているなのだ。おいらも参加したかったなのだ」
「よそはよそ。うちはうちでござる。よそさまがのんびり休暇を取っているからと言って、うちが休暇を取ることはないのでござる」
家康がそうきっぱりと忠勝に言い放つのである。忠勝は、ぶーぶーと文句を垂れる。
「いつもは、今宵の蜻蛉切は血を欲しがっているのだ!と息巻くくせに、本当にやる気を感じないでござるなあ?」
「当たり前なのだ!休暇が欲しいなのだ!1年くらいのんびりさせてほしいなのだ!」
「では、この城を落として来たら、忠勝には休暇を与えるでござる。まあ、三日ほどでござるが?」
「三日だけって、どういうことなのだ!もしかして、この城を落としたら、すぐに次の城に向かうつもりなのだ?」
「おお、忠勝。よくわかっているでござるな?よおし、今年中には武田家に奪われし遠江の半分を奪い返すでござるぞおおお!」
家康が意気揚揚とそう言うのである。忠勝は、はあああと深いため息をつき、しばらくは休暇をもらうのを諦めるのであった。
一方、織田家の方と言えば、びわ湖の中ほどにある草津に織田家の主将たちや兵たちが集まり、焼肉大会を催していたのである。
「ガハハッ!豚の丸焼きは美味いでもうすなあ!この甘辛いタレが最高に食欲を満たしてくれるのでもうす!」
「おいっ。利家!佐々!光秀!それは俺が焼いていた鹿肉だろうが!ああ!肝の部分が最高に美味いっていうのに、お前ら、がっつきやがって!」
「信盛殿、お肉は早いモノ勝ちッス。俺のために焼いてくれて感謝ッス!モグモグ!」
「ん…。やはり新鮮な採れたての鹿の肝は最高に美味い。信盛殿、自分のためにもどんどん焼いてほしい。もぐもぐ」
「ふひっ。僕は長篠の戦いに参加してないのに、焼肉大会に呼んでもらって、感謝感激なのでございます。あっ、信盛さま。僕のためにモモ肉を焼いてくれてありがとうございます。もぐもぐ」
「てめえら。なんで俺ばっかりに肉を焼かせてんだよ!」
「もぐもぐ。それはのぶもりもりが焼肉奉行だからしょうがありません。あっ、秀吉くん。お酒を注いでくれませんか?なみなみとお願いしますね?」
「は、はい!でも、久しぶりに皆さんの笑顔を視た気が、します。信長さまに至っては、これまでに視たこともない、晴れやかな顔になって、います」
秀吉がそう言いながら、とっくりを手に持ち、信長の持つ杯になみなみと酒を注ぐのである。信長は注がれた酒をぐいっと杯を傾けることにより、ぐびぐびと一気に飲み干すのである。
「ぷはあああ。そりゃ、散々に苦しめられた武田家をけっちょんけっちょんのぎったんぎったんに倒しましたからねえ。1週間ぶりのお通じ以上の快感ですよ!」
「おい、殿。メシを喰っているときに汚いことを言ってんじゃねえよ!ったく、もう少し、まともな表現を使いやがれ!」
「もぐもぐ。いちいち、のぶもりもりはうるさいですねえ。そんなことより、肉を焼いてください。じゃんじゃん食べますよおおお!」
「わかったわかった。焼肉奉行たる俺に任せておけ。てか、少しは野菜も喰えよ?肉ばっかり喰ってるから、野菜が炭になっちまってるぞ?」
「おや?これはいけませんね?光秀くん。焦げた野菜は、髪の毛にとっても良いって、曲直瀬くんが言ってましたよ?」
「ふ、ふひっ!?信長さま、それは本当なのでございますか?では、焦げた野菜は僕が全て、もらうのでございます!」
光秀は半ば炭と化した野菜を箸でひょいひょいと掴み、パクパクと平らげていくのであった。
「あ、あの。信長さま。焦げた野菜が髪の毛に良いって、本当なの、ですか?」
「ん?秀吉くん。もちろん、でまかせに決まっています。しっかし、光秀くんは相当、生え際のことを気にしているんですねえ?いい加減、諦めたら良いと想うんですけど?」
「信長さま。曲直瀬殿には毛生え薬を作ってもらわないんッスか?」
利家がモモ肉にむしゃぶりつきながら、そう信長に問うのである。
「うーーーん。曲直瀬くんでも、髪の毛をふっさふさにする薬を作るのは難しいようですよ?生え際の後退を抑える薬は作れても、禿げあがった部分に再び髪の毛を誕生させるのは、不可能に近いのではという見解ですねえ」
「ん…。生え際の後退を抑えれるだけでも、すごいけど、禿げあがった部分の復活は無理なのか」
「ええ、佐々くん。どうも、毛根?と呼ばれるところが死ぬのが禿げる原因みたいなのですよ。曲直瀬くんでも死んだモノを復活させるのは無理だということみたいですね?」
「残念なことなのじゃ。わしも曲直瀬殿の薬には期待していただけに残念無念なのじゃ。今は、生え際がこれ以上、後退しないことを祈るのみなのじゃ」
そう力なく言うのは村井貞勝である。彼も休暇をもらい、この織田家の焼肉大会に参加しているのであった。
「まあ、光秀と貞勝殿が禿げ上がってきている理由の9割近くは、殿が原因だと想うけどな?いっそ、1年くらい休暇をもらったほうが生え際の後退を防げる気がするけどな?」
信盛がそう言うのである。だが信長は信盛の言葉を全否定する
「ダメです。貞勝くんと光秀くんにはこれからもバリバリ働いてもらう予定です。例え、つるつるてんてんに禿げ上がろうが、先生がこき使います。さあ、焼肉を食べて体力も気力も充分に回復させてくださいね?」
「だそうだ。光秀、貞勝殿。俺にはどうにもできないようだわ。さあ、俺が肉を焼いてやるから、せめて、どんどん食べてくれよ?」
「ふひっ。焦げた野菜を食べても毛根とやらは復活しないのでございますか。こうなれば自棄食いをするまででございます。信盛さま、じゃんじゃん焼いてくださいなのでございます!」
「くっ。酒じゃ、酒も持ってくるのじゃ!秀吉、さっさと注ぐのじゃ!こうなればもう、禿げ切ってみせるのじゃ!」
光秀と貞勝は開き直り、信盛が焼き続ける肉をガツガツを喰い、秀吉に注がれた酒をごくごくと飲み干すのであった。
信長はそんな彼らを視ながら、ニコニコと笑顔を作るのである。
「たららーらーん。信長さまー。すっごくご機嫌なのですー。丹羽ちゃん、信長さまが幸せそうに笑っていると、自分も笑顔になってしまうのですー」
丹羽はそう言いながら、笑顔で信長に話しかけるのである。
「ああ、丹羽くん。先生はすこぶる上機嫌ですよ。この前の武田家の一大決戦では、敵方の将を10名近くも討ち取れました。これで武田家からちょっかいを出されることもありません。織田家はやっと、西に全力で侵攻できることになりますからね?」
「うふふー。丹羽ちゃんも西方攻めに参加させてほしいのですー。丹羽ちゃんにも、もっと槍働きをさせてほしいのですー」
丹羽の言いに、信長が少し顔を曇らせる。
「丹羽くんを西方攻めに参加させたいのはやまやまなのですが、その前に、このびわ湖沿岸に城を築いてもらいたいんですよね。丹羽くんでなければ、先生の思い描く新しい城を建設できませんから」
「やっぱり、丹羽ちゃん、その城の普請役になるのですねー?うーん、残念ですー。でも、建設予定の城の設計図を作成中ですが、これは丹羽ちゃんでもなかなかに実現可能なのか、今から心配なのですー」




