ー長篠の章11- 高屋城の戦い
「三好家の十河一行及び、それに呼応し、一向宗が大坂の高屋城に向け、進軍を開始しましたのござる!」
1575年4月8日朝、伝令が京の都に滞在する信長に一報をもたらす。信長は食事中であったため、目の前の膳をはね飛ばし、激を飛ばす。
「さあ、待ってましたよ!三好家に本願寺顕如くん!伝令の者。柴田勝家、佐久間信盛、明智光秀、それに細川藤孝に出陣をしろと伝えてください!」
信長の命令を聞いた伝令はすぐさま部屋から飛び出し、京の都周辺に兵を伏していた各将にそれを伝えに行く。
信長は、ひっくり返した膳をよいしょっと戻し、もう一度、朝ごはんを食べ直すのであった。
「ふう。朝からご苦労なことです。まあ、勝家くんとのぶもりもりに任せておけば、大丈夫でしょう」
信長はぽりぽりとたくあんをかじりながら、米のご飯をかきこみ、さらに味噌汁をずずずっと飲む。その悠長な姿を隣に座る彼の嫡男・信忠が想わず、父親に意見するのである。
「父上。何を悠長に構えているのでござる。この戦い、早期に決着をつけねば、後に迫る武田家との一大決戦に支障をきたすのでござる!」
「ぽりぽり。そんなこと言われなくてもわかってますよ。ずずずっ。でも、戦の前にはしっかりお腹に食物を入れておかなければなりません。なんたって、京の都から岐阜、尾張、三河を通り、長篠までつっきるんですからね?最悪2週間で辿りつかなくてはなりません。信忠くんも食べれるうちにしっかり食べておくことです」
「そ、それはそうでござるが、少し、のんびりとしすぎではないか?でござるよ。自分、気が気でないでござる」
「どっしり構えておきなさいな。それと、先生はこの後、大坂の地まで出張りますけど、信忠くんはいつでも長篠に行けるように、しっかり、皆を鼓舞しておいてくださいね?」
「わかっているのでござる。変に兵士たちに重圧をかけぬよう、士気を上げるのでござるよな?ううむ、自分、変なことを言いそうで怖いのでござる」
「適当に武田家は雑魚の集まりだあああ!って言っておけば良いんですよ。肩に力を入れすぎないように。さて、食べ終わったので、そろそろ、先生も出陣してきますかね。じゃあ、信忠くん、あとは頼みましたよ?」
「わかったのでござる。前哨戦だからと言って、くれぐれも張り切りすぎないようにしてほしいのでござる」
信長は、はいはいと信忠に応え、手をひらひらと振りながら部屋を退出する。残された信忠は、はあああと深いため息をつくのであった。
「おっ?殿。遅かったな。もう出陣の準備は整っているぜ?勝家殿と光秀は先に行かせたぜ?」
「ありがとうございます、のぶもりもり。ところで、細川藤孝くんは荒木村重くんと勝竜寺城から出陣するんでしたっけ?」
「うーーーん。その辺、詳しく知らないけど、たぶん、そうじゃないかな?なんか気になることでもあるのか?」
「いや、村重くんって少し気性の荒いところがありますから、ちゃんと藤孝くんの指示を聞くのか、ちょっと心配でしてねえ。うーーーん、筒井くんって暇してましたっけ?」
「筒井って、奈良の筒井順慶殿のこと?そりゃあ、織田家に従属してから、松永久秀の監視くらいしかしてないけど?なんだ?今回の戦に呼ぶのか?」
「そうですね。後詰として呼んでおきましょうか。久秀くんがどう動きを見せるのかも気になるところですし」
「久秀かあ。あいつ、去年、殿に降伏したあと、すっかり威勢を失ったけど、殿としては信用してないってことか?」
「まあ、そんなところですね。筒井くんが動けば、奈良の東はからっぽとなります。そこで、久秀くんが何か動きを見せるようであれば、対応を間違えるわけにはいきませんし。まあ、大人しくしてくれているのが1番なんですがねえ?」
「いくらなんでも降伏から1年も経たずに、また反旗を翻すほど馬鹿じゃないだろ、久秀も」
「それなら良いんですけどねえ。まあ、とりあえず、隙を見せてみようと言うところです。さて、そろそろ行きましょうか」
信長は信盛を促し、大坂の高屋城へと向かう。
続く、4月9日、信長の危惧していた通りのことが起きる。細川藤孝の寄力であった、荒木村重が突出しすぎていたため、十河一行に撃退されると言う大失態を犯すのであった。
「やっぱり、やらかしてくれましたか、村重くんは!だから、気性が荒い将って言うのはダメなんですよ!ちょっと、藤孝くん経由で先生が激怒しているって伝えておいてくれませんかね?再度、同じことをしたらはりつけに処すって!」
「と、殿?落ち着いてくれ?まだ、前哨戦だからよ?初戦で敗退しといて良かった良かったくらいの想いでさ?」
信盛がそう信長に意見する。信長はじろりと信盛を睨みつけて、手に持った軍配をたかだかと振り上げる。信盛は想わず、ひいいい!と悲鳴を上げてしまう。だが、信長にはまだ理性がわずかながら残っていたのか、振り上げた軍配をゆっくりゆっくりと降ろしていく。
「どうどうどう。落ち着いて、落ち着いて?深呼吸、深呼吸だぞ?」
信盛が信長の気を鎮めようと、おそるおそる静止をかける。
「ふううう。のぶもりもりの言う通りですね。ここで一度、失敗しておくほうが良いですね。全部が全部、自分の想い通りに行くわけがないのです」
「そ、そうだぜ?完璧にこなそうとすれば、必ず、失敗してしまうんだ。荒木村重はそれを殿に教えてくれたと想っておけば良いって!」
信長は落ち着きを取り戻し、全体の戦の流れを視ていくのであった。それから1週間後の4月15日、初戦の失敗を取り戻すべく、荒木村重が奮戦し、十河一行を討ち取ると言う快挙を成し遂げるのであった。
「おお、おお、おお!村重くん、やるじゃないですか!まさか、十河を討ち取るとは、先生、さすがに想ってもいませんでしたよ?いやあ、罰しなくて良かったですよ」
信長が喜色ばる姿を視て、信盛はホッと、胸をなでおろす。
「待てば海路の日よりありって、まさにこのことだなあ。十河が討ち取られたってことは、三好家の残る戦力は三好政康って奴だけだなあ。殿、どうするよ?」
「大勢は決しましたね。あとは、本願寺家の対処をすれば良いでしょう。あちらが築いた砦が高屋城の周辺にありましたよね?あれを藤孝くん、光秀くん、それに筒井くんに破壊させましょうか」
「じゃあ、俺と勝家殿、そして殿は京の都へ帰る準備でもしておけば良いのかな?」
「そうですね。将は下げますけど、兵の半分はここに置いていくので、引継ぎ作業に入っていください。あと、塙直政くんはどうしてます?」
「うーーーん。いきなり長篠行きが決まって、慌てふためいていたぜ?そんなの聞いていなかったでござるううう!って涙と鼻水を流してた」
「あらあら。先生も急に想いついたことですからねえ。でも、鉄砲隊を扱える将はひとりでも多く連れていかなければなりません。それほどの戦いがかの地では待っていますからね」
「そうだな。ついに、武田家との勝負か。さすがに俺でも武者震いがしてきたぜ」
「なんですか?のぶもりもり。あなたらしくもないですね。いつもどおり、どーーーんと構えていりゃ良いんですよ」
「だって、徳川家がずたぼろにされたあとに、俺も一益と一緒にずたぼろにされた相手なんだぜ?落ち着けって言われても、無茶ってもんだぜ」
「そんなのぶもりもりに朗報です。のぶもりもりは別動隊として動いてもらいます」
へっ!?と信盛は想わずすっとんきょうな声をあげてしまう。
「のぶもりもりは徳川家の後詰となります。家康くんとこが総崩れにならないよう支えてもらいますよ?」
「ま、まじか。もしかして、俺の隊がびびったら、織田家と徳川家が総崩れを起こすってことじゃん?」
「はい、その通りです。いやあ、さすがは織田家の頼れる2枚看板の1人です。ちなみに勝家くんが織田家の後詰となります」
「もしかしてだけど、俺と勝家殿に前線から逃げる兵がいたら、ぶっ殺せとか言う命令じゃないよな?」
信盛の言いに信長がふふっと笑う。
「さすがに逃げる兵を斬れなんて命令なんかしませんよ。織田家は金で雇った兵なんですよ?いっつも逃げるひとたちが出ているんです。そんなことしてたら、自滅しちゃいますよ」
「まあ、そりゃそうだな。斬らないまでも、叱咤激励してやりゃあ良いってことだな」
信盛は、ほっと胸をなでおろし安堵する。
「ガハハッ!殿、信盛殿。大坂は決着でもうすな。十河一行が死んだ今、三好家も戦う意思はくじかれたでもうす。さて、いよいよ武田家との決戦でもうす。是非とも、我輩に期待してほしいでもうす!」
「勝家くんは恐れ知らずですねえ。のぶもりもりも勝家くんの雄姿を見習ってほしいです」
「ああ。俺も勝家殿の勇気をわけてほしいぜ。よっし。やるぞ、やるぞ、やるぞーーー!」
「ふむっ。信盛殿がいきっているでもうすな。肩に力が入りすぎでもうす。いつも通り、ひょうひょうとしておけば良いでもうす」
「そ、そう?うーーーん、難しい注文だなあ。奮い立たせつつ、ひょうひょうってか。こんな感じ?」
信盛が無理やり笑顔を作ろうとし、その間抜けな表情に信長と勝家が笑うのであった。