ー長篠の章 7- 士気を高める策
季節は進む。今は1574年12月末。織田家と徳川家は一丸となり、来たる武田家の一大決戦に向けて着々と準備を進めていた。ある者は余りの訓練の厳しさに脱走をしかけたり、ある者は自分に出番がないだろうとタカをくくり、よっし、お前は最前線だぞ!と上司からぽんと肩を叩かれて、涙を流すのであった。
やはり、いくら、主君が必勝の策を用意してようが、下級兵士には戦国最強と謳われる武田騎馬軍団は恐ろしいのである。特に織田家の下級兵士のほとんどは武田家の騎馬軍団の怖さを体験しているわけではない。そのため日々、不安に押しつぶされそうになるのである。
織田家の各将たちは兵士たちの士気が日に日に堕ちていくことに危機感を募らせることになる。
「信長さま。困ったッス。また兵士が脱走を企てたッス。このままだと、武田家と戦う前に、織田家は瓦解してしまうッス」
「ん…。うちの隊も同じ状況。赤母衣衆、黒母衣衆の皆も不安がっている。ここはどうか、皆に自信を持たせるための何かが必要だと判断する」
武田家との一大決戦において、鉄砲奉行を任されている前田利家と佐々成政が信長に兵士たちの現状を伝えるのであった。
「うーーーん。それほどまでに織田家の兵士たちは武田騎馬軍団を恐れていますか。やはり、お金で雇った兵に逃げるなと言うのが不可能ですよねえ。困りましたねえ。お給金を上げたところで解決する話でもないですし」
彼ら3人が今居る場所は岐阜城の大屋敷の一室であった。年末も差し迫っていると言うこともあり、岐阜で年を越し、正月をゆっくり過ごそうと信長は想っていたのだった。
だが、岐阜で彼を待っていたのは、不安な顔つきの利家と佐々だったのである。
「何か兵士たちの士気を上げる方法が無いですかねえ?ここは女のぬくもりでもあてがってみますかねえ?」
「鉄砲隊だけでも述べ、5千人くらい居るんッスよ?岐阜中から遊女を集めても足りないッスよ」
「ん…。なら、遊女をあてがうのではなくて、彼女や嫁をもらえば良いんじゃないかな?人間、守るモノがあれば、必死に戦うもの」
「なるほど。佐々くんの言う通りですね。ひと晩限りの遊興は一時しのぎになるかも知れませんが、永続的なモノではありませんし。そうですね。しばらくぶりにアレをやってみましょうか?」
「うッス。ここ3年ほど、織田家は大変だったッスから、なかなか開けなかったアレッスね」
「ん…。でも、丹羽殿も秀吉も居ない。だれが、司会進行をするの?」
「うっ。佐々くんは痛いところをついてきますね。秀吉くんは長浜城新築。丹羽くんは若狭の統一ですし。仕方ありません。先生が司会進行をしましょうか?」
「それはダメッス。信長さまがそんなことをしたら、会場がカオスになるッス。それに、信長さまは新しい妾を作る気ッスよね?」
「うーーーん。さすがに11人目の妾をつくると女房連中から総そっぽを向かれそうなんですが。しかし、やはり、若い娘を味わいたい気持ちもあります」
信長、利家、佐々がどうしたものかと頭を悩ませていると、その部屋の襖をガラッ!と勢いよく開けて現れる2人組が居た。
「話は聞かせてもらったのじゃ!合同結婚会。略して合婚を開くのじゃな!」
「ふひっ。呼ばれて飛び出てじゃじゃんじゃーんなのでございます。光秀、坂本の地より参上なのでございます!」
現れたのは、村井貞勝と明智光秀である。彼らは襖の向こうで、信長たちの話をこっそり盗み聞きしていたのであった。
「いやあ、久方ぶりの開催なのじゃ。ここは光秀と新生コンビを組ませてもらうのじゃ!いつも丹羽にひっかきまわされて大変だったのじゃ!」
「ふひっ!一度、合婚の司会進行をやってみたかったのでございます。秀吉殿はそつなくこなすため、僕におはちが回ってこなかったのでございます。今こそ、我ら、胃薬を欠かせないーズが見事に合婚を仕切ってみせるのでございます!」
「あ、あの?盛り上がっているところ、悪いんですが。あなたたち2人だと、すっごくお堅い合婚になりそうなんですが?」
「何を言っているのじゃ。そもそも、男女の結婚は神聖なるモノなのじゃ。厳かであることこそが本来の姿なのじゃ!」
「ふひっ。僕は古今東西の礼節を細川藤孝殿に叩きこまれたのでございます。織田家に今こそ、品格を取り戻す時が来たのでございます!」
光秀がそう言ったと同時に、もう一方の襖がバーーーン!と音を立てて、開けられる。そして、ひとりの男がずんずんと足音を立てて、部屋に入ってくる。
「礼節と品格の代表格と言われた拙者を忘れてもらっては困るのでござる!拙者こそ、礼節と品格の体現者、細川藤孝なのでござる!」
藤孝が鼻息を荒くして、そう宣言するのである。信長はこめかみを指で抑えながら、はあああと深いため息をつく。
「誰ですか?この礼節馬鹿を岐阜城に呼び寄せたのは?合婚が堅苦しいどころか、ガッチガチになりますよ、利家くん。粗大ごみの日って、明日でしたっけ?明後日でしたっけ?」
「ちょっと待つでござる!粗大ごみ扱いするのはやめてほしいのでござる!久しぶりに顔を合わせたら、ひどい言いぐさではないか?でござる!」
「だって、そんなに鼻息をふんふんっ!させながら、真冬に暑苦しいことを言われたら、誰だって、粗大ごみの日に出したくなるものでしょうが。貞勝くん、光秀くんはともかくとして、藤孝くんには本願寺顕如の動きを視ておけと命じていたはずですよ?」
「監視だけなら赤子でもできるのでござる。だが、合婚は待ってくれないのでござる!」
「わかりました。わかりましたよ。そんなに合婚の司会進行をしたいのであれば、先生は止めません。でも、堅苦しいのはやめてください。それだけが先生からのお願いです」
「うむ。そこは考慮するのじゃ。多少、ハメを外すのは若い男女の特権なのじゃ。じゃが、そこに品格を持たせるためにも、歌会と茶の湯を合婚に取り入れてみようと想うのじゃ」
「ふひっ。男女が互いに恋の歌を唄いあうのでございます。これぞ、ひのもとの国の古来からの醍醐味なのでございます」
「そして、冷えた身体を温めるために、お茶で身体を温めるのでござる。若いゆえに互いの肌を重ねて、暖めたいと言いたいところであろうが、そこは問屋が卸さないのでござる」
「俺は別に勢い余って、イチャイチャしだしても良いと想うッスけどね。まあ、会場でやられちゃさすがに迷惑ッスから、茶室でしっぽりしてもらえば良いッス」
「ん…。利家。それだと、茶室が盛り場になってしまう。出来るなら、和歌の会場でしっぽりしてもらうほうが良い。愛もささやき合えて、雰囲気も盛り上がるし」
利家と佐々が、そう3人の意見に注文をつける。
「ちょっと待ってほしいでござる!?和歌は確かに愛をささやき合うにはちょうど良いかもしれないでござるが、和歌の会場を盛り場にするのはやめてほしいでござる!」
「藤孝くん。ならば、どうしろと言うのですか?先生、わざわざ、合婚に集まる男女のためにイチャイチャするための会場を用意しなければならないのですか?身体の相性って言うのも、相手を決める一因になるんですから、和歌の会場くらい、貸してやりなさいな」
信長の言いに藤孝がぐぬぬと唸る。
「貞勝殿、光秀殿!信長さまに言われっぱなしで良いのでござるか?このままだと、合婚の会場がずっ魂ばっ魂の会場になってしまうでござる!由々しき問題でござる!」
「ん?別にそれでも良いのはないのかじゃ?気にがあう男女が出会えば、そりゃあ、ずっ魂ばっ魂のひとつくらい、したくなるものじゃ。まあ、合婚の会場でされてはたまらんから、茶室と歌会の会場でしてもらうのが良いのじゃ」
「ふひっ。合婚の新しい形でございますな。気が合って5秒でずっ魂ばっ魂企画。久しぶりの合婚には刺激的な企画も大切なのでございます」
「くっ!味方はひとりもいなかったのでござる!考えてみれば、織田家の連中はこんな奴らばっかりだったでござる!藤孝、一生の不覚でござるううう!」
「貞勝くん、光秀くん。気が合って5秒でずっ魂ばっ魂企画自体は良いですけど、無理やりイチャイチャになったりとか、やり逃げをしようとする男は、厳罰に処してくださいね?やっちゃった以上は責任をしっかり取らせる。そこが肝心です」
「わかっておるのじゃ。合意イチャイチャが織田家の鉄則なのじゃ。無理やりイチャイチャを行った者には、逆さ磔の刑に処しておくのじゃ」
「ふひっ。ところで男同士でくっついたら、どうするのでございます?昨今、兵士たちの間にも衆道が広まりつつあるようなのでございます」
「うーーーん。難しい問題ですねえ。そっちのほうも無理やりイチャイチャや、やり逃げならば厳罰に処してください。ちなみにはってん場は準備しないように。あくまでも男女相手の合婚とします」
「わかりましたのでございます。もし男同士ではってんし始めたら、会場から追い出すとお触れを出しておくのでございます。やりたきゃ会場の外で勝手にやってろと言うスタンスで行きたいと想うのでございます」
「はい。光秀くん、その通りに事を運んでください。日時は正月が終わってから1週間ほどあとの10日前後で、場所は岐阜の城下町でも使ってください。さすがに2万近くの兵士たちの合婚ですから、岐阜城では収まりきれませんからね?」
「わかったのじゃ。さて、年末年始は忙しくなりそうなのじゃ。光秀、藤孝殿、合婚を性交、いや、成功させるのじゃ!」




