ー長篠の章 6- 一大決戦に向けて
信長は各地の視察を終え、9月頃には京の都へ戻る。それと同時に書状で信盛、勝家とさらに家康を京の都へと呼び出していたのであった。
「やあ、皆さん。お久しぶりです。先生、のんびりとそこらじゅうを漫遊ごほんごほん、視察を行っていました。これ、お土産の鮒寿司です。ゆっくりご賞味してください」
「な、なんなのじゃ!この腐った匂いは?なのじゃ!一体、いつ購入したやつなのじゃ!」
「貞勝くん、そんなに匂います?って、くっさ!いけませんね。樽から出して、早2週間ほど経っているかもですね。いやあ、これは捨てておきましょう」
信長はそう言うと、側付きに鮒寿司を渡す。側付きの者は鼻をつまみながら、走って、それをゴミ捨て場に持っていくのであった。
「ふう。二条の城が危うく腐った鮒寿司の匂いで汚染されるところでしたよ。いや?そもそもすでに腐っているから大丈夫だったり?あ、すいません。やっぱり、あれ、試食してもらって良いですかね?もしかしら、発酵が進んで、美味しくなっているかもしれませんので」
信長の言いに明らかに嫌な顔をする側付きたちである。だが信長は、ニコニコとした笑顔で圧迫するため、結局、彼らは試食をするハメになるのであった。
「さて、遊んでいる場合ではありませんね。さっそく本題に移りましょう。勝家くん。わかっていると想いますが、朝廷の御所におもむき、正式に官位をもらってください。従六位と言えども立派な官位です。お礼に貴族たちに頭のひとつでも下げてきてください」
「ガハハッ!そうしたいのはやまやまでもうすが、御所に着ていく服がないでもうす!」
「なら、その辺の呉服屋で買ってきてください」
「服を買いにいく服がないでもうす。京の都の呉服屋は汚いなりをしていると、嫌味を言われて適当にあしらわれるのでもうす」
「うーーーん。困りましたね。一度、火をつけたくらいじゃ、あの嫌味な性格は直りませんか。3族皆殺しにでもしないといけませんかねえ?」
「やめておくのじゃ。いくら、京の都の民たちの性格が歪んでいると言っても1000年近く前からの嫌味なのじゃ。そんなことをしても直るわけがないのじゃ」
「そうですか。では、諦めましょう。貞勝くん。適当に勝家くんの服を見繕っておいてください。馬子にも衣装くらいには着飾っておいてくださいね?」
信長の言いに貞勝がわかったのじゃと応える。
「さて、次の話に移りますよ。勝家くん、信盛くん、それに家康くん。織田家、徳川家でそれぞれ、鉄砲は何丁、新調できそうですか?来年の2月頃までにです。ここ、大事ですよ?」
「うーーーん。織田家の領地にある鍛冶屋をフル動員させてやっと3000丁、ぎりぎりってところかなあ?なあ、勝家殿」
「信盛殿、まあ、そうでもうすなあ。射程が今までの1.5倍あって、しかも、3匁弾を使うやつでもうすよな。ぎりぎり、そのラインでもうす」
「はい、のぶもりもり、勝家くん。ありがとうございます。で?家康くんのところはどうなっているのですか?」
「す、すまないのでござる。1丁も準備できないのでござる」
家康の言いに信長がはあああと深いため息をつく。
「やっぱりそうですか。家康くんを京の都に呼び出して正解でしたね。書状だったら、1000丁準備できるでござるぞ?嘘ではないでござるぞ!?と見栄を張られる可能性がありましたからね」
「うっ。見破られていたでござるか。くっ、この家康、くやしいのでござる。遠江のほとんどを失った今、金が足りぬでござる。とてもではないが、鉄砲を生産する力は徳川家にはないのでござる!」
「まあ、そんなことだろうと想っていました。のぶもりもり、勝家くん。鉄砲が出来次第、優先的に徳川家に1000丁送ってください。新型鉄砲に慣れてもらわねば、戦いにもならないですからね」
「そんなに大量に徳川家に融通しちゃって良いの?まあ、それをやれって言うならやるけどさ?」
「ありがたい話なのでござる!ありがたい話なのでござる!1000丁もあれば、300丁ほど、遠江から武田家の侵攻を防衛するためにも回せるのでござる!ちらっ」
家康は信長の顔色をうかがうようにチラ見するのである。
「だめですよ。新型鉄砲は武田家の一大決戦に使用するモノです。射程が1.5倍もあるなんて、バレたら困るでしょ?旧型鉄砲を300丁、融通するので、そちらを防衛に使ってください。一益くんあたりに融通するよう、あとで書状を送っておきますよ」
信長の言いに家康はニヤリと笑う。信長は家康くんも随分がめつい、いや、たくましくなったものだと想うのであった。
「新型鉄砲を製造したら、次にやってもらいたいのがその鉄砲で早合の練習に励んでもらいたいのですよ。新型のは旧型に比べて、銃身が太く、長くなっています。その違いは戦においては使いまわしにかなりの差を生むはずです。ぶっつけ本番とか、絶対にさせないように。これは厳命です」
「ん?殿。まず、新型鉄砲を作るだろ?んで、鉄砲奉行の予定の利家、佐々とかに送るだろ?そして、あいつらに早合の練習をさせておけば良いってこと?」
「そうです。そのとおりです、のぶもりもり。利家くん、佐々くん、さらに追加で任命した鉄砲奉行、総勢5人。それと家康くんのところを優先で回して、早合の練習をしてもらうというわけです」
「殿、なんで早合の練習がそこまで必要なのでもうす?確かに新型鉄砲となれば、今までと勝手が違うのはわかるでもうすが、そこまで殿が推すのはなんででもうす?」
「光秀くんが鉄砲2段撃ちを発明したのですよ。これで、今までの鉄砲の射撃間隔が半分になりました。その要が早合の技術となるのですよ」
「ふむ。なるほど、よくわからないが、とにかく、その2段撃ちとやらを視てみたいのでもうす。光秀のところへ視察すれば良いのでもうすか?」
「それには及びません。すでに鉄砲奉行に任じたあの5人は、光秀くんのとこで視察をしてこいと命じてあります。彼らが勝家くん、のぶもりもり、一益くん、さらに家康くんところにその技術を伝番させにいきます。そっちのほうが効率的でしょ?」
「なるほどなのでもうす。2段撃ちの方法は利家たちが学んでくる間に、我輩らはその2段撃ちの要となる早合の技術を磨いておくわけでもうすな?それは無駄がなくて良いのでもうす」
勝家は信長の考えに納得し、うんうんと首を縦に振り、うなずくのであった。
「まあ、言葉で説明すると、要らぬ先入観を与えることになるので、それはしません。あともうひとつ、やってほしいことがあるのですよ」
「ん?殿。まだ何かあるの?」
信盛がそう信長に尋ねるのである。
「のぶもりもりはあまり関係ない話ですが、武田家が潰走状態に陥った時に突撃部隊になる勝家くん、それに家康くんのところの問題なのですが、火薬が破裂する音に馬を馴らしてほしいのですよ。まあ、織田家では常識的なことなので、勝家くんはすでに実行していると想いますが」
「うむ。馬は神経が細かい生き物でもうす。だから、織田家では馬は火薬の破裂音で驚かないように馬にも訓練をほどこしているのでもうす。それなのに何を心配しているのでもうす?」
「想像してごーらん。3000丁のおおお。一斉射撃音んんん~」
信長の朗らかな歌声に勝家が、はっ!となる。だが、家康はなんのことでござる?という顔つきになる。
「どどん、どんどん。どどどん、どんどん!」
「信長殿。頭がおかしくなってしまったでござるか?良い医者を知っているでござるよ?曲直瀬と言う頭がおかしい医者でござるけど」
「なんでここまで説明してわからないんですか。家康くんは察しが悪いですねえ!」
「まあまあ。殿。家康殿には我輩が教え込んでおくのでもうす。ところで、馬の訓練のために火薬をいつもの10倍もらうでもうすが、良いでもうすよな?」
「はいはい。もちろんですよ?堺からがんがん輸送させますので、突撃部隊の勝家くんは特に念入りにお願いします。あと、家康くんには身体で教え込んでください。その分も火薬は回しますんで」
「なにか嫌な予感がするのでござる。俺、今の内に逃げた方が良いのでござるかなあ?」
「まあまあ。我輩が優しく丁寧に教え込むのでもうす。だから、家康殿は心配しなくて良いでもうすよ?」
勝家の優しい言葉遣いにぞぞぞ!と背筋に冷や汗が吹き出す家康である。この場から逃げようと想い、走りだそうとしたが時すでに遅し。勝家はすでに回り込んでいたのだった。
「助けてでござるううう!助けてでござるううう!」
「さて、家康くんは勝家くんが事情を叩きこんでくれるので、次の話に移りましょうかね」
「ん?次の話?まだ、何かあるわけなの?」
信盛が他に議題があったっけ?とハテナマークを頭に浮かべるのである。
「決戦の地をどこにするかを決めていないではないですか。まあ、候補地は2つに絞っているわけですけどね」
「三方ヶ原か長篠って聞いてるけど、どっちかひとつに決めるってこと?殿。それだと、もし逆を攻められたら、めんどうなことになるぞ?」
「自分たちの思い通りに決戦の地を選んでもらうように仕掛けていくのですよ。そうですね。わざと城の防御を担当する人数を減らしたりとかですね。家康くんにその辺の腹芸ができるかどうかが決めてとなりそうです」
「うーーーん。俺は余り、その考えには賛成できないなあ。殿の策に反対ってわけじゃないけど、それを実行するのは家康殿なんだ。家康殿には三方ヶ原での失敗がある。俺にはそこがひっかかるんだ」
「だからこそですよ。家康くんは同じようなへまを2度しないことが彼のもっともたる才能なのです。先生は信じています。家康くんなら、武田勝頼くんを死地に誘い出すと」