ー長篠の章 1- 長島攻めの論功行賞
信長による長島に籠る一向宗の信徒たちの根切りが終わった。信長は従兄弟や兄弟を数人亡くすと言う失敗を犯し、大成功と言える結果ではなかったのだった。
「ふううう。もう少しうまくやれると想ったのですがねえ。完勝しようとしたこと自体が間違いだったのかも知れませんね」
「殿。あまり気を落とさないでくれよ?俺が出来ることがあったら、相談に乗るからな?」
「のぶもりもりは相談に乗ると言いつつ、本当に話しか聞いてくれませんからねえ。あんまり当てに出来ないところが傷ですよ」
「まあまあ。話せば楽になることだってあるさ。で?論功行賞を行うんだろ?丹羽にはきつく当たるんじゃねえぞ?あいつがやってくれなかったら、俺の隊も危険になるところだったんだからさあ?」
「わかってますよ。丹羽くんはやるべきことをやってくれました。先生は感謝はしても恨むことは決してありませんよ」
信長は信盛にそう言うと、長島攻めについての論功行賞を行うために岐阜の大屋敷の大広間に向かうのであった。
信長は上座に座り、集まった将や、功績の大きい兵たちに、今回の戦いでの褒賞を言い渡すのである。
「じゃあ、のぶもりもり。加増が良いです?それとも転勤が良いです?」
「えっ?ちょっと、転勤はやめてほしいかも?」
「仕方ないですねえ。じゃあ、南近江の京よりに転勤させます。領地には色をつけますので、よろしくお願いします」
「ええ?結局、転勤なのかよおおお。俺、どんどん、岐阜から遠ざけられてないか?嫁さん連中にどやされるんだけど?」
「まったく、文句が多いですねえ。勝家くんなんて、越前を丸々もらえるところを何も無しなんですよ?領地が増えるだけ喜んでくださいよ?」
「はいはい。すいませんでした。わがまま言って、申し訳ありませんでした。ありがたく頂戴いたします。ああ。小春とエレナをいい加減、岐阜から領地に招かないといけませんねえ。赤味噌が無いと、あいつら、すっげえ文句を言うからなあ」
「合わせて味噌職人でも岐阜から連れていきなさいな。さて、勝家くん。せっかく、加増と行きたいところなのですが、越前を取り戻すまでもう少しまってくれませんか?代わりに勝家くんに官位をもらえるよう、朝廷に働きかけますので」
「ガハハッ!しょうがないでもうすなあ。官位をもらえるのなら、それで充分、有りがたい話なのでもうす。せっかくなので、武家としての役職もほしいところでもうすなあ?」
「ああ、それなら、勝手に自称でもなんなりしてください。越前の守でも、今の内に名乗っておくのも悪くないかもですね。そう言えば、先生も武家としての役職を勝手に名乗りましょうかね?朝廷からは参議をいただきましたが、武家としての役職は尾張の守しか持っていませんでしたよね?」
「何なら将軍を自称したらいいんじゃねえの?足利義昭は、未だに将軍だけど、もう、なんの実権なんか持ち合わせていないんだしよ?毛利家くらいだろ。足利の幕府が無くなっても、あんなもん、ありがたく思ってるのなんてよ」
信盛がそう信長に言うのであった。
「それなら良いんですけどねえ。実は無くても名だけは立派な将軍ですし、利用価値があると想うひとならば、それを利用するんじゃないんですか?」
「たららーーーん。丹羽ちゃん、想うんですけど、あんまり義昭を放置しておくのは良くない気がするのですー。毛利家が義昭を奉戴する気を見せるのであれば、毛利家を叩くべきだと想うのですー」
「うーーーん。丹羽くんの言う通りですよねえ。あっ、丹羽くん。長島攻めでは織田家の軍を支えてくれてありがとうございます。丹羽くんの褒賞は若狭1国を好き放題にしてもらうってことで良いですか?」
「それは、若狭武田家を追放しても良いってことですかー?」
「はい。そのように受け取ってもらって良いですよ?殺すのはためらうって言うのであれば、北近江にでも食い扶持を与えておきますけど?」
「じゃあ、そうしてもらうのですー。若狭を掃除しておきますので、あとのことは信長さまに任せたのですー」
「じゃあ、丹羽くん、お願いしますね。若狭武田の元明くん以外は好きにして良いですよ?旧臣は自分の配下にするなり、ぶっ殺しても構いませんからね?では、次、一益くん」
「うっす!俺っちには何がもらえるっすか?」
「長島の地を丸々あげますよ?どうです?嬉しいでしょ?」
「うーーーん。嬉しいことは嬉しいっすけど、散々、殺しまくったっすからねえ。俺っち、もしかして、やばいことにならないっすか?」
「そこは、一益くんの統治力の見せ所ですよ。長島を含めれば、北伊勢の半分ちかくが一益くんの領地です。見事、治めてくださいね?あっ、言っておきますが、一益くん、武田家との一大決戦と、越前攻めには従事してもらうんで、覚悟しておいてくださいね?」
「あああ。俺っちにはゆっくりしている時間はないんっすね。わかったっす。鋭意、努力させてもらうっす」
「あれ?一益が越前攻めに行くってことは、俺はどうなるわけなの?殿」
「のぶもりもりは塙直政くんと一緒に、対本願寺攻めとなります。まあ、武田家との一大決戦には呼びますけれど、越前攻めでの出番は考えていませんね」
「なるほどなあ。だから、俺の領地が京よりになるってことかあ。てか、俺なんかで良いのか?勝家殿のほうがよっぽど功績をあげれそうだけど?」
「勝家くんは北陸を攻め上がってもらう予定なんですよ。だから、のぶもりもりと塙くんで、本願寺顕如をどうにかしろ言う話です」
「あああ。一番しんどいところに回された気がするぜ。誰か変わってくれないかなあ?ちらちら?」
「こっちを視ないでほしいっす。俺っち、長島の地を治めなければならないっす。しんどいのはこっちほうっす」
信盛は一益をちらちら見つめていたが、一益に無下にもなくあしらわれるのであった。
「ちっ。一益の野郎、ちょっと北伊勢の半分を手に入れたからと言って、でかい態度取りやがって。なあ、殿。秀吉と光秀はどうするんだ?あいつら、遊ばせておくにはもったいないだろ?」
「秀吉くんと光秀くんには別命を与える予定ですので、もちろん、のぶもりもりの手助けはさせませんよ?いい加減、腹を括ってくれませんかね?」
「あああ。秀吉と光秀の知恵が借りれれば楽できると想ったのになあ。ちなみに、あいつら2人には何をさせるんだ?」
「光秀くんには、丹波の国をどうにかしてもらうつもりですね。そして、秀吉くんは、北近江の地で城を建設してもらったあとには、あそこを拠点に山陰地方の攻略を任せようかと想っています」
「なるほどなあ。秀吉も気付けば一国一城、いや、半国一城の主かあ。遊ばせておくわけないもんなあ、この殿がなあ?」
「なんか含みのある言い方ですね?のぶもりもりは。良いですか?越前の国を取り戻せば、北陸方面は勝家くんが。京から西は秀吉くん、光秀くんが担当することになるわけですよ?のぶもりもりはうかうかしていたら、この3人から置いてけぼりを喰らうことになるんですよ?」
「ああ、俺は悠々自適な老後生活はないわけかあ。そろそろ50歳になるんだけどなあ。俺、死ぬまでこき使われるのが決定ってことかあ」
「まあ、諦めてください?それにのぶもりもりの長男もそろそろ元服でしたよね?ちゃんと教育しておいてくださいよ?そうじゃなければ、あなたが現役引退するのがますます遅れることになりますからね?」
「信栄のことかあ。うーーーん。だめだな。俺、死ぬまで現役確定だわ。あいつのことは諦めてくれ」
佐久間信盛には奥方・小春との間に2人、男の子をもうけていたが、そのひとりが信栄であった。だが、この息子が信盛以上のおっとり屋であり、信盛は馬や相撲の調練をやらせてはいるが、いまいちパッとしない息子であった。
「信盛っちのところも息子の教育には苦労しているみたいっすね。俺っちのところも、なんで、こんなに愚鈍なのかと嘆いてしまっているとこっす。いっそ、養子を迎え入れたほうが良いんじゃないのか?とさえ想ってしまう今日このごろっす」
「ガハハッ!信盛殿、それに一益。養子は養子で跡継ぎで揉めることになるのでもうす。うちはうちで勝政、勝豊で憎みあっているのでもうす。佐久間一族からもらったはずなのに、血が濃いほど相争うものなのでもうすかなあ?」
「うーーーん。俺の親族連中は俺の代までは仲良くやっていたんだけどなあ?やっぱ、若い時に親を亡くしたのが悪影響を及ぼしているのかなあ?」
信盛がそう疑問を呈する。勝家は桶狭間の戦いで散った佐久間盛重の遺児たちを養子に迎えていたのである。それが勝政と勝豊なのだ。だが、この2人の仲は非常に悪く、勝家としても困り果てていたのだ。
「いっそ、盛政くんを養子にもらったらどうなんです?勝家くん。のぶもりもりの親族の中では彼が飛びぬけて優秀ですよ?」
「ううむ。そうしたいのはやまやまでもうすが、そうなれば、跡取り問題で柴田家が内乱を起こしそうな気がするのでもうす。我輩、そんなことになれば、3人まとめて、びわこに沈めてしまいそうになるでもうす」
「どこもかしこも跡取りには苦労してるってことですねえ。我が子の代になる前に、親の代で天下を平らげておかないと、ひどいことになりそうですねえ」
信長はふうううむとため息をつく。現役の織田家の主将たちは申し分ない功績をあげてきた。だが、それを継ぐ者たちにその器があるかどうかは期待できないものであったからだ。織田家の課題は外だけでなく、内側にもあったのだ。