ー浄土の章17- 長島は浄土へと生まれ変わる
長島の周辺は一向宗の信徒たち、民たち、そして、織田家の兵士たちの血により紅く染まって行くのであった。
織田軍の兵たちの誰しもが、相手を殺すため、相手に殺されぬために矢を射て、刀を振り回し、槍を叩きつけて奮戦する。だが、それでも、一向宗たちはその勢いを保ったまま、織田軍の兵が乗る舟のヘリに捕まり、揺らし、ドボンッ!と木曽川に落としていく。そして、溺れる兵士たちに一向宗は絡みつき、そのまま、木曽川に沈んで行くのであった。
織田軍は長島勢の反抗に対して、突然の天候の悪化も手伝うことになり、苦戦を強いられる。
「くっそ。持ちこたえろ!この季節の大雨は通り雨だって、相場が決まってんだよ!皆、持ち場を離れるんじゃねえ!下手に逃げ腰になったら、崩れちまうぞ!」
「ガハハッ!ここからが正念場でもうす!あせらずじっくり、天気が良くなるのを待つのでもうす!」
信盛と勝家はさすがに織田家の双璧と言うだけあって、長島勢からの反抗に対して、じっくり相手をするようにシフトしていく。そして、歴戦の勇士でもある滝川一益、丹羽長秀も、崩れることは無かった。
だが、織田軍の誤算は、信長が自分の従兄弟や兄弟を功稼ぎのために、主将たちに随伴させたことであった。彼らは戦の経験自体が浅く、戦況が変わってしまったことに驚き、我先へと、戦場から離脱を開始してしまったのだ。
「むむう。これは困ったことになったのでもうす。信盛殿の左翼を任せられている隊が、総崩れを起こしてしまったのでもうす。あそこに配置されていたのは、殿のご兄弟だったはずでもうすよな?」
勝家は自分から向かって西側の方を高台から視ていた。あのまま看過すれば殿のご兄弟は討ち取られる可能性が出てくる。
だが、ここで自分の隊が、あの部隊を助けに動けば、信盛隊の後ろがぽっかり空くことになり、今度は信盛隊が総崩れになる状況になってしまうことは明白である。
「ぐっ。どうしたものでもうす。ここは動けぬのでもうす。殿に裁可をいただくべきでもうすか?」
勝家は自分から東の方面に陣取る信長本陣のほうを見やる。
「我輩は、ここから動くことはできないでもうすな。下手をすれば、殿の本陣まで危険に晒されてしまうのでもうす。殿、すまないのでもうす!」
勝家はぎりぎりと両手を組み、そして何かを諦めたかのように、ひとつ、ふうううとため息をつくのであった。
長島勢が反攻を行ってから、早1時間が経とうとしていた。先ほどの大雨は既に止んでおり、織田側からの鉄砲による銃撃が再開されていた。信盛隊の左翼に展開していた信長の兄弟たちの隊は総崩れしており、そこを逃げ口にしようと城から民たちが殺到しようとしていた。
「たららーらーん!さあ、皆さん、味方ごと撃ち殺してくださいなのですー。負けが確定しているような相手に総崩れを喰らうような無能は、織田家にはいらないのですー」
「ええっ!?丹羽殿、そんなことをすれば、信長さまから叱責をくらうッスよ?信長さまのご兄弟があの群れの中に居るッスよ!?」
「信長さまは根切りを所望したのですー。それを遂行できないようなら、いくら自分のご兄弟と言えども、きっと処罰を与えるはずなのですー」
丹羽は砦の包囲を佐々に任せ、利家の隊と共に南下して、総崩れとなった信長の兄弟たちの隊の穴埋めをするためにやってきたのである。
「信長さまは自分の親族には激甘ッス!だから、丹羽殿と言えども、あそこに銃弾をぶち込めば、丹羽殿のほうが叱責を喰らうッスよ!」
「えええー?それは困りますねー。利家殿の言う通り、信長さまは身内にだけは甘いですからねー。ううんー。それなら、どうしますー?このまま、指を咥えて、一向宗たちが逃げていくのを見守っておくんですー?」
「まずは信長さまのご兄弟が生きているか死んでいるか確認するッス。もし、すでに長島勢に討ち取られているのならば、攻撃をするッス!」
「なるほどなのですー。さすがは利家殿なのですー。すでに死んでいたのなら仕方ないのですー。では、確認を急いでほしいのですー。自分たちは信長さまのご兄弟の報復のために味方ごと撃つことにするのですー」
丹羽と利家は、崩れていく目の前の味方に信長の御兄弟がどうなったのかを確認していく。だが、彼らは恐慌状態に陥っており、自分の将の行方すらわかっていない状況であった。
しかし、丹羽と利家には運があった。信長の従兄弟と兄弟は合わせて4人、長島の戦いに参加していたのだが、そのうちの1人と出くわすことになったからだ。
「ううう。4人いるうちの3人までもが討ち取られたのでござる。丹羽殿、利家殿。どうか、一向宗たちに報いを与えてほしいのでござる!」
丹羽と利家はこれにより、味方ごと敵を撃って良いと言う許可を得ることになる。
「皆さんー、一斉発射なのですー。許可は信長さまのご兄弟の生き残ったひとからもらったのですー。これで、心置きなく、一向宗たちを殺し尽くせるのですー」
丹羽と利家は、潰走していく味方ごと、長島の城から逃げ出さんとする一向宗と民たちを銃撃し、矢で射殺していく。長島勢は一旦は開かれた逃げ道を防がれることにより、その士気を一気に下げることになる。
「ひえええ。やっぱりだめだぎゃーーー。あいつら、味方ごと射殺しているんだぎゃー。俺たちゃ、ここで死ぬんだぎゃー」
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。短い人生だったのらー。顕如さま、恨むのだのらー」
長島の城から飛び出して行ったモノたちは、西を丹羽・利家の隊から攻撃され、さらに東を信盛隊によって攻撃され、まさに挟撃体勢を取られることとなってしまったのだった。
「ふううう。丹羽の奴が来なかったら、長島の地から大勢の一向宗たちを逃がすことになりかねなかったぜ。だが、丹羽は正気なのか?味方ごと一向宗たちを撃ってるけど、殿にお咎めを喰らうのが怖くないのか?」
信盛は戦の推移を見守っていた。確かに丹羽の動きは称賛に値するものであるが、それでも味方殺しは許されざる行為である。
「まあ、丹羽が動いてなかったら、俺が下手すりゃ、長島勢にやられていた可能性もあるからなあ。殿に丹羽が叱責を喰らうようであれば、俺が丹羽を庇ってやるかあ」
信盛は仕方なしと想い、改めて、自分が率いる兵たちに号令をかけていく。信盛と丹羽の挟撃により、長島勢は抑え込まれ、結局、長島の城へ再度、押し込まれることになる。
「ふむ。一時はどうなるかと想いましたが、丹羽くんの動きが良かったですね。あそこで動かねば、信盛くんも他の隊の潰走に巻き込まれていたかもしれませんし。しっかし、これは判断しづらいことをしてくれたものですねえ」
「信長殿、これは丹羽殿を褒めるべきでござる。あそこで、味方ごと撃たなければ、織田軍全体が総崩れとなっていたはずなのでござる。叱責は控えるべきなのでござる」
長島攻めの全体の推移を木曽川の東の丘陵から信長と家康が見守っていたのである。
「さて、決着ですね。あとは全員もれなく死んでもらいましょうか。伝令をお願いします。各隊は、城と砦の一向宗の信徒を殺し尽くしてくださいと。もちろん、女、子供関係なくです。全員、極楽浄土へと旅立ってもらってください」
伝令の者たちは、はっ!と応え、各隊に伝えるべく舟に乗り、移動していくのであった。その姿を満足そうに信長は見つめるのである。
長島の城と砦は業々と燃え上がって行く。何もかもを燃やし尽くすように炎は渦となり、天空高く舞い上がる。そして、その煙は周りの国からも確認できるほどであったと言われるのであった。
「さあて、やっと終わったなあ。一時はどうなるかと想ったけど、長島の地を取り返せたわけか。犠牲も結構なもんだったけどなあ」
「ガハハッ!終わり良ければ全て良しでもうす。だが、丹羽からの報告では、信長さまの従兄弟とご兄弟が合わせて3人、亡くなったそうなのでもうす。殿の怒りはますます燃えたぎりそうなのでもうす」
信盛は勝家と合流し、今回の戦について感想を言い合うのである。
「問題はそこだよなあ。殿はこれからもまだまだ一向宗の信徒たちを殺すことに力を注ぐんだろうなあ。この戦いに本当に終わりなんかくるのかねえ?顕如が折れる日なんてくるのかねえ?」
「わからないでもうすな。長島の地での戦いが終わっただけでもうす。越前は未だに、一向宗たちが幅を利かせているのでもうす。そして、越前の国の北、加賀や能登でも、一向宗たちはその勢いを増しているのでもうす。殿が越前を攻めれば、きっと、北へ北へ攻め上がるはずなのでもうす」
「まあ、そうなるだろうなあ。一体、顕如はあと何人、一向宗の信徒が死んだら、矛を収めるのかねえ?もしかすると、顕如は自分ひとりでも生き残れば、一向宗はこの世から消えないとでも言いたいのかねえ?」
「為政者としては失格でもうすな。だが、宗教者としては間違ってはいない態度ではあるのでもうす。自分が間違いを犯したと認めることこそ、顕如にとっては死に値する罰となるのでもうす」
「まったく、いやな話だねえ。どっちかが死に絶えるまで戦うなんて、不毛極まれりだぜ。だが、それでもやるしかないんだろうな。殿が目指すこの国のあり方への挑戦はさ。さて、俺は殿のために戦い続けれることを祈りますかね」
「何の神に対して祈るべきなのかがわからなくなってきたでもうすな。だが、我輩らは突き進むと決めたのでもうす。このひのもとの国を、民たちを真に救うと決めたのでもうす。民たちに恨まれることになろうが、やらねばならぬでもうす」




