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ー浄土の章 9- 再び燃える越前

「ふーーーん。信長のあほは正月気分で浮かれているんかいな。さぞかし気分が良いんやろうなあ?三好三人衆、朝倉義景あさくらよしかげ、浅井長政を屠り、そして、将軍・足利義昭あしかがよしあきまでをも京の都から追い出したんやさかい」


「はっ。物見ものみの様子では、朝倉義景あさくらよしかげと浅井長政の髑髏を使って、黄金の酒杯に作り替えたと報告が上がっているのでございます、顕如けんにょさま」


 ここは大坂の地、本願寺の総本山。石山御坊で本願寺顕如ほんがんじけんにょ下間頼廉しもつまらいれんが話し合っていたのである。


「まあ、悪趣味な供養もあったもんやで。わてがやったら、信徒さんたちから袋叩きやで。何、死体であそんでいるんや!ってな。わてもおもろい法要をしたいんやけどなあ?」


「一向宗は他の宗派と違って、自由度が高いので、それほど反感は持たれないと想うのでございます。まあ、それでも、他の宗派からは袋叩きにあいそうでございますが」


「ほんまになあ。妻帯禁止を律儀に守るのはそれはそれでええとは想うんやけど、わてらのところにまで口出しするのはやめてほしいとこやで。わての女房にケチをつけるのはやめてほしいとこやで。なんなら、信長のあほを潰す前に、近隣の他宗派を潰してもうたほうがええんやろうかな?」


「はははっ。ご冗談をおやめくださいなのでございます。そんなことをすれば、日蓮宗が黙っていないのでございます。ただでさえ、衝突していると言うのに、いらぬ敵を増やすのは得策ではないのでございます」


「あそこはなあ。ほんま、うちの信徒さんを無理やり改宗させようとするのは、やめてほしいとこやで。あいつら、ほとんどの宗派から嫌われていることに、いつになったら気付くんや?」


「あのようにならないためにも、顕如けんにょさまには他宗派への圧力はほどほどにしてほしいところでございます。これから、織田家と全面戦争になるのでございます。ゆめゆめ、油断せぬようにご注意してほしいとこでございます」


「わかってるんやで?で、加賀と越前のほうとは連絡は取れているんかいな?上手くいきませんでしたわじゃ困るんやで?」


「はっ。正月の法要が終われば、すぐにでも動きだすことができるのでございます。大聖寺だいしょうじから起きた火事は越前全土へ広がるはずなのでございます」


頼廉らいれん、はずじゃあ、困るんやで?必ずなんや。越前さえ手に入れば、そこから、若狭、北近江へと一気に反撃を行うことができるんやで?ここ大坂から反撃するにはなかなかに厳しいんや。それに、信長を油断させるためとは言え、この国に2つしかない灰被天目はいかつぎてんもくの1つを贈ったんやで?」


「わかっているのでございます。顕如けんにょさまが断腸の想いで手放したことを知っているのでございます。それに見合った成果をあげますゆえに、お楽しみにしてほしいのでございます」


「期待しているやで?さて、正月の行事を済ませなあかんなあ。今年も信徒さんたちが仰山、門前町に集まっているんやで。たんまりお布施してもらわんとなあ?」


「信長が一向宗の信徒を殺せば殺すほど、逆に信徒たちからは顕如けんにょさまへのお布施は増えているのでございます。早く、顕如けんにょさまに極楽浄土へ逝かせてほしいと、泣いてせがんでいるのでございます」


「さよか。なら、それに応えるのも、わいの仕事やなあ。ほな、頼廉らいれん、信徒さんたちに顔見せしにいくやで?わての顔面に直接、賽銭をぶつけてくるあほがいたら、捕まえて、説教してくれやで?」


顕如けんにょさまのご尊顔を拝めるのは、信徒たちにはありがたい話なのでございましょうが、それはやめてほしいところでございますな。拙僧の仕事が増えて、大変なのでございます」


 顕如けんにょ頼廉らいれんは、はははっと笑い、御山御坊を出て、正月の行事にいそしむのであった。


 それから、正月が明け、1週間後、越前と加賀の境である、大聖寺だいしょうじにて、一向宗たちによる蜂起が起きる。


 織田家側は本願寺との和議により、しばらくは交戦はないだろうとタカをくくっていたため、越前全土において、兵を1万足らずしか配置しておらず、対処に苦慮していた。


「こ、これは一体どういことでござる!本願寺顕如ほんがんじけんにょは信長さまと1カ月前に和議を結んだばかりなのでござる!なのに、何故、蜂起したのでござるか!」


景鏡かげあきらさま、大変です!大野郡において、一向宗に煽られた民衆たちが一揆を起こしたのでございます!このままでは、この城が囲まれるのも時間の問題でございます!」


 朝倉景鏡あさくらかげあきらの側付きの者が顔を真っ青に染めて、そう景鏡かげあきらに告げる。


「くっ!ここで大野郡を捨てて逃げれば、われは信長さまに叱責され、下手をすれば切腹を命じられるのでござる。進むも地獄、退くも地獄とはこのことでござるか!」


「しゅ、周辺の村々から続々と民たちが集まっているのでございます!やつらの狙いはこの城で間違いないのでございます!どうか、景鏡かげあきらさまだけでも逃げてくだされでございます!」


「ならぬ、ならぬでござる!この勝山かつやま城は死守するのでござる!粘れば越前にある他の城からも援軍がやってくるはずでござる!信長さまを織田家を信じるのでござる!」


 景鏡かげあきらはそう、兵たちを叱咤する。だが、本願寺との和議のせいもあって、この城には1000も兵は居なかったのだ。


 さらに景鏡かげあきらにとって都合の悪いことに、越前の各地で一向宗たちによる扇動により、越前全土での一揆が多発同時的に起こったのである。こうなっては、もう手のうちようが、織田家側にはなかった。


 イナゴの群れのように膨れ上がった一揆勢は越前中の各城、各砦を襲い、火をつけ、略奪をほしいままに行ったのだ。越前に配置された織田の将は命からがらに逃げることしかできなかったのである。


 そして一番の損害を被ったのは、元朝倉家の遺臣たちであった。彼らはそもそも逃げる場所などない。自分たちが治める土地を追われれば、そこに待つのは飢え死にだけだ。織田家との長年の確執があるため、北近江や若狭に逃げようが、信長から食い扶持をもらえる保障などどこにもなかった。


 だから、彼らだけは逃げ出さず、一揆勢に対して、闘い続けたのである。ある者は一揆勢に捕まり、はりつけにされて、さらに火をつけられた。ある者は生きたまま、はらわたを引き裂かれ、苦しみもがきながら死んでいった。


 またある者は一揆勢に降伏したが、くわすきでめった打ちにされて、なぶり殺しにされた。そして、景鏡かげあきらにも同じように死が訪れようとしていた。


「もう、ダメです!城門がこじ開けられます!たかだか1000にも満たない兵で、城を守ろうと言うこと自体が間違っていたのでございます!」


「うるさいのでござる!泣き言など聞きたくないのでござる!そんなことを言っているひまがあれば、矢の1本、油壺のひとつで投げるでござる!」


「た、大変なのでございます!裏手の門を突破されてしまったのでございます!ここは降伏しましょうなのでございます!」


 景鏡(かげあきら)の配下の者たちが、涙を流しながらそう訴えるのである。だが、景鏡(かげあきら)は徹底抗戦を謳う。


「想い出すのでござる!あいつらが敵とみなした者を生かしたことがないことをでござる!どうせ死ぬのなら、最後の最後まで足掻くのでござる!奴らをひとりでも多く道連れにしてやるでござる!全員抜刀!」


 だが、誰も景鏡(かげあきら)の言葉など聞かない。我先に手に持つ槍、刀、弓を放り投げ、城に雪崩こんでくる一向宗に対して、命乞いをする。


「へへっ。馬鹿なお侍さんたちだべ。おいらたちに許しを乞うているべ。構うなだべ!皆、殺してしまえだべ!」


 城内のあちこちから、あああ!や、ぐふううう!と言った悲鳴があがる。そして、勝山城は火をつけられ、業々と燃え上がって行く。景鏡(かげあきら)はもはやこれまでかと覚悟を決める。


「この命、一向宗などに取らせはせぬでござる!おい、お前、今から俺は腹を切るのでござる。介錯を頼むでござる!」


 景鏡(かげあきら)は鎧兜を脱ぎ捨て、手に持つ刀を自分の腹に向ける。そして、一気に腹に突き刺し、ぐぐぐっと真横に引き裂いていく。


「信長さま。拙者を生かしてくれたことは感謝するのでござる。だが、それも無駄に終わってしまったでござるな、はははっ!」


 景鏡(かげあきら)がそう叫び終わったあと、彼の配下は、彼の首級(くび)を刀ではね飛ばす。そして、景鏡(かげあきら)首級(くび)を大事に抱えて、うずくまる。


「ひひっ。こいつ、何か大事そうに抱えていやるのだ。お宝か何かなのだ?それ、こっちに寄越すのだ!」


 だが、景鏡(かげあきら)の配下は涙を流しながらも、首を左右に振り、拒むのである。


「生意気な奴だべ!こいつ、殺してやるだべ!殺したあとに、奪ってやるだべ!皆、めった打ちにするんだべ!」


 一向宗どもが激昂し、彼を槍で刺したり、ぶっ叩く。だが、景鏡(かげあきら)の配下の者はそれでも、首級くびを抱えてうずくまり、絶対に一向宗どもに渡すことはなかったのであった。


「ちっ。何かを抱えたまま、死におったんだべ。まあ、良いんだべ。お宝は城にあるんだべ。おいっ!城が焼き堕ちる前に、金品や米を運びだせだべ!織田家の兵は全て殺して焼いておけだべ!」


 越前での一向宗たちによる暴動は留まることを知らなかった。そして、朝倉家が代々、守り続けたモノは織田家による侵攻だけでなく、一向宗どもの蜂起により、火の海に沈んで行く。


 一向宗たちの侵攻は2週間経っても収まることは知らず、ついに、信長は越前の全領地を失うことになるのであった。

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