ー浄土の章 7ー 逃げろ家康!その赤味噌がきれるまで!
「それでは続きまして、徳川家康さま主演の【逃げろ家康!その赤味噌がきれるまで!】です。これは、家康さまが三方ヶ原の地で信玄にぼろ負けしたあと、浜松城まで逃げ切る物語、です。ぜひ、家康さまの逃げっぷりを、皆さま、お楽しみ、ください!」
司会進行役の秀吉がそう皆に宣言する。名前を呼ばれた家康が檜舞台に立ち、挨拶を始めるのである。
「ああー。織田家の皆さま。お久しぶりでござる。ご紹介に預かりました、徳川家康でござる。徳川家は信玄相手に頑張り抜いたでござる。その中で、俺はあと一歩で浄土へと旅立ちそうになったのでござる。あの時、平手汎秀殿が身を挺してくれなければ、きっと、俺は死んでいたでござる。この演目は彼の魂を無事、極楽浄土へ送るためなのでござる」
皆が、さっさと始めろよと想う空気を醸し出していたが、それに気づかず、家康の前口上は続くのである。それが5分10分と経っていくにつれて、宴会会場は殺気立っていく。司会進行役の秀吉は困ったぞと想い、無理やり、進行を進めるのである。
「そ、それでは特別出演としまして、信玄役には、織田家より、柴田勝家さまと河尻秀隆さまに任せてみたいと想い、ます!」
秀吉の声と同時に、勝家と河尻が舞台にあがる。そして、何を想ったのか、勝家は河尻を肩車し、河尻は河尻で、左右の手に金砕棒を持ち、それを自由自在に振り回すのであった。
「ガハハッ。我輩は信玄の馬役でもうすヒック!家康殿がウンコを漏らすまで体当たりをするのでもうすヒック!」
「おお。さすがに勝家殿だなヒック!金砕棒をぶんぶん振り回しても、勝家殿の上は安定するのだヒック!これは、下手な名馬よりも乗りやすいぞヒック!」
「ちょっ、ちょっと待ってほしいでござる?いくら信玄が恐ろしいと言えども、勝家殿と河尻殿、2人分までには匹敵しないでござる?こんな2人に追い回されたら、俺、死んでしまうでござる!」
「問答無用なのでもうすヒック!さっきから、長々と前口上を垂れおってでもうすヒック!いい加減、無様に逃げ回る様子を再現するでもうすヒック!」
「ああ。この景色はすばらしいのだヒック!さぞかし、信玄は家康殿を追っかけている時には、天にも昇りそうな気持ちだったのだろうヒック!さあ、名馬・勝家よ。あの間抜けづらの家康殿を吹き飛ばすのだヒック!」
家康は背中に鈍い冷や汗が噴き出るの感じる。この2人、相当、酔っ払っているのでござる。このままでは、赤味噌を全部ひねり出し、さらに人間として漏らしてはいけないモノまで漏らしてしまうのでござる!と想うのである。
「くっ!このままでは、俺の命が危険でデンジャラスなのでござる!ここは、逃げの一手でござる!忠次、榊原、そして忠勝!あの信玄を止めるのでござる!俺は逃げさせてもらうのでござる!」
「おうよ!この徳川四天王がひとり、酒井忠次が、見事にあの信玄を止めて見せるのでござる!殿は早く、浜松城へと逃げ帰ってくれでござる!あべしいいいいいいいい!」
だが、酒井忠次はその一言を口から発した直後に、河尻が振り回す金砕棒をまともに顔面にくらい、宙に舞いながら舞台上から消えていくのである。
「くっ!忠次をいとも簡単に吹き飛ばすとは、さすが信玄なのでござる。榊原よ、俺を守るのでござる!俺は逃げさせてもらうのでござる!」
「しょうがないだぎゃあ。本当はいの1番で浜松城に逃げたのは自分なのだぎゃ。まあ、舞台くらいでは、格好つけさせてもらうのだぎゃ。さあ、信玄よ!殿には指一本ふれさせないのだぎゃ、ひでぶううううううう!」
榊原が口上を垂れながら、槍を構えようとした瞬間に勝家の突進を喰らい、彼もまた、大空に舞い上がり、舞台上から消えていくのであった。
「ぐぬぬぬ!徳川四天王のふたりがあっさりやられたのでござる。忠勝!忠勝!俺の代わりに死んでくれでござるううう!」
「ん?家康さま。おいらを呼んだのだ?おいらは今、イノシシの丸焼きを食べているところなのだ。大体、家康さまを三方ヶ原の地で見捨てて、おいらは浜松城へと先に入らせてもらったなのだ。いくら、演目上のことでも、嘘はあまり好きではないなのだ」
忠勝の見事なまでの正論に、くっ!と唸る家康である。だが、こうしている間にも、勝家と河尻の合体した異形なる何かが、ずしんずしんと足音を立てて、家康に近づいて行く。
彼らの口からは白い吐息がハアハアと漏れ出している。冬の寒さがそうさせるのか、はたまた、異形なる何かに変わった、彼らの体内の熱がそうさせるのかはわからない。だが、家康にわかることはただひとつ。ここで忠勝を犠牲にしなければ、自分の命がないということである。
「忠勝!蜻蛉切を新調したくないでござるか?武田勝頼との闘いで、穂先にヒビが入ってしまったのだと言っていたではないか?でござる。その修繕費を俺が出すのでござるよ!?」
「蜻蛉切はそろそろ飽きてきたなのだ。もっと違うのを欲しいと想っているとこなのだ。蜻蛉切から卒業しようと想っていたなのだ」
「くっ!ならば、真・蜻蛉切を準備させるのでござる。今までの蜻蛉切は実は実力をだしきっていなかったのでござる!だが、真・蜻蛉切は違うのでござる!」
「真・蜻蛉切かなのだ。ちなみにどんな姿をしているなのだ?」
「真・蜻蛉切は柄の部分まで鋼で出来ているのでござる!だから、簡単には曲がらぬし、それこそ馬ごと叩き切っても折れないのでござる!しかも、その槍の作成費は全部、俺が出すのでござる!」
「商談成立なのだ。仕方ないのだ。一度、勝家殿とは力比べをしてみたかったのだ。家康さま、おいら、逝ってくるのだ!」
忠勝はそういうと、手に持っていたイノシシの丸焼きを側付きの者に手渡し、その場から跳躍し、舞台上にあがるのである。
「ほほう。徳川家で武勇第1と呼ばれた、忠勝殿でもうすか。これは面白いことになったのでもうす。河尻殿、すまぬが、ここは男と男の1対1の勝負をさせてもらいたいのでもうす!」
「わかったのである。だが、ゆめゆめ油断せぬことだ。彼の速度はひょっとすると勝家殿をうわまる可能性があるぞ?」
「心配無用でもうす!速度だけが勝負を決するのであれば、この勝家、利家にすら負けてしまうのでもうす。速度を超えた筋力のすばらしさを忠勝殿に見せつけるのでもうす!」
「へへっ。最初から本気を出してくるということなのだ?面白いなのだ。なら、おいらも全力で行かせてもらうなのだ!」
忠勝はそう言うなり、その場で反復横飛びを開始する。だが、その速度は高速化していき、ついには宴に集まる兵や将たちには、忠勝が2人に分身しているように見えるのだ。
「おお。忠勝さまが2人に見えるぜ!こりゃ、忠勝さまは忍術まで使えるのか?」
「よく見るんだぶひい。あれは足の筋肉を全開にして、素早く動いて、まるで分身したかのように見えるだけの錯覚なんだぶひい。その証拠があのシュタタ!シュタタ!と言う音なんだぶひい」
「オウ。田中さん、よくわかりマスネ。弥助には何がなんやらわかりまセンヨ」
「うおっ。忠勝さまがさらに速度を上げたんやで!今は、3人、いや、4人に見えるんやで!」
外野がそう忠勝を評価するのである。忠勝の売りはその速度である。今日は鎧や数珠を身につけていないために、最初から全力だ。
「ガハハッ!速いとは聞いていたでもうすが、我輩の眼でも忠勝殿の姿を追うのがやっとなのでもうす。これは、少しだけ苦戦しそうでもうす」
「へへっ。随分、余裕な発言なのだ。かつて、姉川の戦いで真柄直隆を破ったときよりも速度をあげているなのだ。あれから、服部半蔵殿に分身の術を教えてもらったなのだ。ただの分身とは想わないことなのだ!」
忠勝はそこまで言うと、4つに分身したまま、勝家に襲い掛かる。勝家から見て、扇型に展開し、そこから4方向同時に体当たりを喰らわせに行くのである。
「まあ、忍術と言えば、我輩も一益殿から習ったでもうす。まだ上手く使いこなす自信はないでもうすが、ここは、使ってみるのでもうす」
勝家はそっと1度、眼を閉じる。その姿を視た忠勝は勝負をあきらめたなのだ?と一瞬、想った。だが、勝家が次に眼をカッと開き、両腕を大空に突きあげ、雄たけびを上げる。
【金縛りの術】
勝家が力ある言葉を口にする。その瞬間に忠勝のみならず、宴会の会場にいた者のほとんどが、動きを封じられるのである。
「な、なんなのだ!?きゅ、急に身体の動きが鈍くなってしまったなのだ!」
「ほう。この金縛りの術をくらっても、まだ動けると言う、忠勝殿は充分に強いのでもうす。しかし、自慢の分身の術は解けてしまったようなのでもうす。さあ、あとは仕上げでもうす」
勝家はそう言うと、ゆっくりと忠勝に近づいていく。忠勝はこのままではやばいと想い、その場から逃げ出そうとする。だが、その逃げようという足もすくんでしまい、簡単に勝家に捕まり、そして、彼に優しく抱擁される。
「感謝の筋肉130パーセント解放なのでもうす!」