ー浄土の章 6- 正月の大宴会
1574年正月。岐阜城において、信長は大宴会を開いたのである。岐阜の城下町もその余波を受けて、正月だと言うのに、飲めや歌えや踊れやのどんちゃん騒ぎの場となるのであった。
「それでは、次の演目は柴田勝家さまの「かかれ!柴田」を上演させて、もらいます。主演・勝家さま。一向宗役として黒母衣衆な面々、です!」
司会進行役の秀吉がそう皆に告げる。
「ガハハッ!我が槍を馳走するのでもうす!さあさあ、皆の者、一向衆のつもりで我輩にかかってくるのでもうす!なあに、手加減はするのでもうす。日頃の訓練のほどを我輩が見てやろうなのでもうす!」
勝家は次々と襲い掛かる一向宗役を任された黒母衣衆の面々をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、ちぎっては投げていく。
ある者は大空高く舞い上がり、ある者は地面に叩き伏せられる。そして、ある者は城壁を飛び越えてふっ飛ばされていくのであった。
「ああ。勝家殿のアレって、まさか、1回目の長島攻めの時のやつを演じているのか?聞いた話だと、1000人の一向宗相手に大立ち回りをしたやつだろ?いくら手加減したからって、死人のひとりくらいでるんじゃねえの?これ」
「ん…。黒母衣衆は、大きくなりすぎた。それにうちの部隊は精鋭でなければいけない。勝家さま相手と言えども、槍先ひとつつけれないようではダメ」
「うむ。そうであるな。越前、北近江を手に入れてから、少し、調子に乗っている奴らも出てき始めていたのだ。気を引き締めるためにも、ちょうどいい相手なのだな!」
黒母衣衆の副官・佐々成政と、隊長の河尻秀隆の言いである。信盛は黒母衣衆に配属されなくてよかったなあああと酒をちびちび飲みながらそう想うのである。
「たらたららーん。にわちゃん、やっと岐阜に帰ってこれたのですー。いやあ、信長さまは豪快に下京を焼きすぎなのですー。にわちゃんの家臣団が五条河原で炊き出しをしてくれていますが、まったく人手が足りないのですー」
「んん?丹羽。それなのに、なんで、お前がここにいるの?家臣団をほっぽらかして、こっちに来てていいのかよ?」
「うっほん。何やら、殿が丹羽にやってほしいことがあると言っていたらしく、それで、岐阜にやってきたのじゃ。ついでにわしも丹羽が何かやらかさないように目付役として、岐阜に帰ってきたのじゃ」
「貞勝さまは、ただただ、仕事がいやになったから、口実を見つけて、正月の酒宴に参加したかっただけなのですー。にわちゃんを出汁に使うのはやめてほしいのですー」
「まったく、貞勝さまには困ったものでござる。貞勝さまの家臣団が泣いていたでござるぞ?少しは京都所司代の責務を果たすべきなのでござる」
「何を言っているのじゃ、玄以。お前こそ、もう下京の再建はいやでござる。書類の山に埋もれる毎日はいやでござる。遊女とイチャイチャしながら、酒をかっくらいたいのでござる!と言っていたのじゃ。そんなにわしに文句を言うのであれば、京の都に帰ればいいのじゃ」
「い、いや。別に貞勝さまに文句をつけるつもりは無いのでござる。拙僧を無理やり岐阜に連れてきてもらえたこと、感謝しているのでござる。ああ、やはり勝ち戦のあとの酒は美味いのござるな!」
あっ、こいつ、今、ごまかしやがったなと想う面々である。
「まあ、宿敵の三好三人衆、朝倉義景、浅井長政を屠って、さらに義昭を京の都から追放できたもんな。これで、飲まずに働けって言われたら、さすがに俺でも織田家から出奔しちまいそうだぜ」
「たららんらんらーん。やっぱり、岐阜は良いですねー。我らのふるさとと言ったところなのですー。あっ、尾張がふるさとでしたっけー?にわちゃん、そこら中を転々とさせられたので、どこがふるさとなのか、最近、わからなくなってきたのですー」
「丹羽はまだましなのじゃ。ここ3年、ずっと、わしは京の都から移動させてもらえなかったのじゃ。まったく、いくら、義昭を見張れと言われても、舌が麻痺するほどのふるさとの赤味噌を味わえないのは苦痛だったのじゃ」
「ああ、赤味噌は織田家の活力源だからなあ。ああ、この子ブタの丸焼きにたっぷりと赤味噌を塗りたくって、しゃぶりつくのは、たまらない幸せを感じるぜ」
信盛はそう言うと、子ブタのモモ肉にかぶりつくのである。
「まったく、あなたたちは、いつも文句たらたらですねえ。少しは正月らしく、愚痴を言わずに、酒と肴を存分に楽しんでくださいよ。主催者の先生としては、この3年間の嫌な想い出を全て、洗い流したいくらいなんですから。ヒック」
「おっ。酔っぱらい参上だぜ。殿、今日は嫁さん連中とはイチャイチャしながら、酒を飲んでないな?どういった風の吹き回しなんだ?」
「大晦日の晩から、今のいままでたっぷりとエキスを絞りとられてきましたよ。まったく、もうちょっとで赤玉が出るところでした。さすがにひと晩で5人を相手にしてはいけませんね。ここ最近、戦続きでたまりまくったと言っても、少々、無理がありました」
「まあ、殿も今年で41歳になるもんな。少しは俺の苦労がわかってきたか?40超えて、いちもつがもげそうなほど、嫁さんから求められる気分を。割とガチで、根本からもげるんじゃないかってくらい、許してもらえないからな?」
「正月から下品な話をしてくれますね、のぶもりもりは。まあ、小春さんは良い歳ですから、3人目は難しいかも知れませんが、エレナさんはまだまだ若いですからね。これから脂がのってくるんです。のぶもりもりはもげてしまえば良いのですよ」
「まあ、もげたらもげたで、曲直瀬殿が治してくれるだろ。ところで貞勝殿はそういうことは奥さんとはしないの?」
「仕事づくめでそもそも、岐阜に戻ってこれなかったのじゃ。離縁状を叩きつけられなかっただけでもマシなのじゃ。わしが居ない間は孫を可愛がっていたようなのじゃ。佐々のほうがよっぽど大変だったのじゃ」
「ん…。梅ちゃんが息子をお義母さんにとられるー!なっちゃん、どうにかしてー!ってのは書状に届いていた。けど、自分も戦に出ずっぱりだったから、岐阜に帰ってきた時に、梅ちゃんと大喧嘩した。まあ、今は仲直りしたけど」
「すまないのじゃ。娘婿に苦労をかけさせてしまったのじゃ。まったく、うちの女房には困ったものなのじゃ。いくら孫が可愛いからと言って、梅から育児を奪ってはいけないのじゃ」
「ん…。梅ちゃんも助かっている面が多々あるから気にしてない。でも、さすがにいきすぎているみたいだから、梅ちゃんが怒ってた」
「どこの家庭も大変ですねえ。まあ、顕如くんとも和議を結びしましたし、しばらく戦はないと想いますよ?2人目、3人目を作りたいひとは、今のこの平和な内に、奥さんたちに種を仕込んでおいてくださいね?」
「にわちゃんは、そろそろ3人目がほしいと想っていたのですー。男2人なので次は娘がほしいとおもっていたのですー。だから、今年はゆっくり嫁ちゃんとイチャイチャさせてもらうのですー」
「おい、殿。丹羽って嫁さんとどんなイチャイチャしてるんだ?俺、聞くの怖いんだけど」
そう、ひそひそと信盛は信長に耳打ちする。
「うーーーん。至ってノーマルだと想うのですが。でもわんわんが好きなので、わんわん体位でガンガン、イチャイチャしているくらいじゃないんですかね?」
「これで首輪でも嫁さんにつけてたら、番所につれていかなきゃならんのかな?」
「いやあ、イチャイチャの一環ですからねえ?折檻だったら、番所行きですが、丹羽くんの場合は難しいところですねえ?」
「信長さまー、信盛さまー。何をひそひそ話しているんですー?何か面白いことでもたくらんでいるんですかー?」
「いやいやいや。何でもないぞ。勝家殿の次は誰が、何をするのかなあ?って聞いてただけだぜ?なあ、殿」
「そうですね。勝家くんがぽいぽいと黒母衣衆たちを大空高くふっ飛ばしているので、次に何かするひとは重圧が半端ないですねえって考えてただけですよ?」
「なーんだ、そんなことでしたかー。次は確か、家康さまの「逃げろ家康!その赤味噌がきれるまで!」だったはずですよー?なんか、三方ヶ原の地で信玄に追っかけられた時の大脱走劇を演じるみたいなのですー」
「うーーーん。ワシは止めたのじゃが、家康さまがぜひとも、あの時の悲壮感を織田家の皆々に教えておきたいと言っていたのじゃ。樽一杯の赤味噌を準備しておいてほしいと言われていたので、何やら不安しかないのじゃ」
「俺と一益は家康殿の救援に行ってきたから、信玄の怖さを知っているけど、実際、家康殿はどうやって逃げ切ったんだろうな?かなり興味があるぜ」
「でも、こういった演目って、どうしても誇張表現がでてくるじゃないですか?もしかしたら、家康くん、劇中に信玄くんを討ち果たす流れになるかもですよ?」
「ん…。さすがに家康さまがウンコを漏らしたのは周知の事実。それを信玄を討ち果たしたと持っていくのは無理があると想う」
「いやあ。宴会会場が赤味噌まみれになるのは、ともかくとして、さすがに演目でウンコを漏らすのはやめてほしいところですね。でも、家康くんが元気になってくれてうれしいですよ。もし、再起不能の心の傷を受けたのであれば、先生、曲直瀬くん作の気付け薬を大量に徳川家に贈ることになっていましたからねえ?」




