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ー浄土の章 3- 義昭と細川藤孝

 1573年10月13日。ついに下京が燃え尽きることにより朝廷もその重い腰を動かす。みかどより直々に将軍追放の勅令が、義昭よしあきに持たされたのである。


「なんたる屈辱でおじゃる!誰が喰わせてやっていると想っているのでおじゃる!みかど如きがまろを追放するとは一体、どんな言いぐさでおじゃる!」


 義昭よしあきは涙を流し、歯がみする。勅令の書かれた書状をびりびりに破りたい。だが、そんなことをすれば、全国の大名、いや、ひのもとの国に住む民の全てを敵に回すことになる。それだけは避けなければならない、義昭よしあきである。


「将軍さま。ここまででございます。信長に降伏しましょうなのでございます。みかどによる追放令が出た以上、信長が将軍さまを処刑することはできなくなったのでございます」


「くううう!いっそ、斬り殺されていたほうがましなのでおじゃる!そうすれば、将軍殺しの汚名を信長に被せることができたのでおじゃる。まろは、自分の命すら、自由にできないのでおじゃるか!」


 義昭よしあきは地団駄踏んでいた。何もできぬ身ゆえに、心が掻き毟られる想いである。


「将軍さま!信長から使者がやってきています!しかも、細川藤孝ほそかわふじたか殿なのでございます!」


「な、な、なんだとでおじゃる!細川藤孝ほそかわふじたかがまろに会いたいと言うのでおじゃるか?あいつは、いつから、信長の家臣になったのでおじゃる?あいつは、足利の幕臣であることすら忘れたのでおじゃるか!?」


「いかがなさいましょうでございます。もしかすると、将軍さまに秘策を持ってきたのかもしれないのでございます」


「ふんっ。そんなわけがないのでおじゃる。今まで散々に藤孝ふじたかを冷遇してきたのでおじゃる。奴は、まろに嫌味でも言いに来たのでおじゃる。藤孝ふじたかと謁見するゆえ、二条の城の門を開けるのでおじゃる。いくさはこれにて終わりでおじゃる」


 義昭よしあきの言いに、彼の側付きはほっと安堵し、胸をなでおろす。追い返せと言わないだけ、将軍さまはまだ正気を保っているのだと。


 それから30分後、二条の城の城門はゴゴゴと言う音と共に開かれることになる。その城門を通り、細川藤孝ほそかわふじたかが兵を1000引き連れ、二条の城に入城を果たすこととなったのだった。


「将軍・足利義昭あしかがよしあきさま。お久しぶりなのでござる。細川藤孝ほそかわふじたか、最後のご奉公をしに参上したのでござる」


「ふんっ。なにが最後の奉公なのでおじゃる。大体、貴様の心の中ではかなり昔から、信長に臣従していたはずでおじゃる。まろのような間抜けに忠臣として振る舞い続けてきたこと、大義だったのでおじゃる」


「何を言っているのかわからないのでござる。自分の心は未だに足利の幕府に忠誠を誓っているのでござる。しかし、それも今日までと言うだけのことでござる」


「前口上はどうでも良いのでおじゃる。信長はまろをどうする気でおじゃる?裸踊りでもしながら、二条の城を出れば良いのでおじゃるか?」


「いやいや。そんな辱しめを将軍さまにさせる気は信長さまには毛頭ないのでござる。ただ、二条の城から、京の都から出て行ってほしいだけでござる。ちなみに、将軍さまの所有物は一切、信長さまに返還してもらうのでござる」


「信長からもらったものでおじゃるか。はて?何をもらったのでおじゃるかな?元々、ひのもとの国の金銀財宝は、まろが所有しているのでおじゃる。その全てを信長に渡せばいいのでおじゃるか?」


「はははっ。将軍さまはご冗談が上手いのでござる。二条の城にある蔵の中身、そして、将軍さまが身につけているものだけで良いのでござる」


「ちょっと待つでおじゃる!まろが身につけているものまで返せと言うのでおじゃるか?それは、この童子切安綱どうじきりやすつな鬼丸国綱おにまるくにつなのことを言っているのでおじゃるか!?」


「そんなの当たり前でござる。それは、松永久秀まつながひさひで足利義輝あしかがよしてるより奪い、一度、信長さまの手に渡り、そして、信長さまが将軍さまに貸与したのでござる。貸しだされていたものを信長さまに返すのは当たり前なのでござる」


藤孝ふじたか、き、貴様!なにが幕府の忠臣でおじゃるか!貴様ならわかっているはずでおじゃる!童子切安綱どうじきりやすつな鬼丸国綱おにまるくにつなをまろが所持している意味をでおじゃる!」


「はて?ただの銘刀と言う以上の意味があったのでござるか?その二振りの刀には?信長さまは世の中の名品全てをその手中に収めたいと言っていたのでござる。信長さまの収集癖を満足させるためだけにしか価値はないのでござる」


「ふざけるなでおじゃる!この二振りの刀は、将軍が将軍であるあかしなのでおじゃる!それを、ただの名品扱いとはふざけているのでおじゃる!信長は将軍のくらいを一体、なんだと想っているのでおじゃる!」


「はて?将軍職に意味などあるのでござるか?今や、みかどすら、京の都に足利の将軍は要らぬと言っているのでござる。将軍さまには、みかどからの勅令が届いていないのでござるか?」


 細川藤孝ほそかわふじたかの言いに義昭よしあきが、くっ!と唸り、腰にいた童子切安綱どうじきりやすつなの柄に手をつける。


「な、なりませんぞ、将軍さま!ここで、織田家の使者を斬れば、将軍さまはみかどの勅令を反故ほごにすると言う意味と同じになるのでございます!ここは、その怒りを収めてくださいなのでございます!」


 義昭よしあきの側付きの者が顔を真っ青に染めながら、義昭よしあきに物申すのであった。義昭よしあきはギリギリギリと歯がみをし、やがて、諦めたのか、刀の柄を握っていた手を力なくだらりとさせる。


「わかったのでおじゃる。童子切安綱どうじきりやすつな鬼丸国綱おにまるくにつなはくれてやるのでおじゃる。だが、将軍のくらいまで捨てる気はないのでおじゃる!まろを将軍のくらいから引きずり落としたいのなら、まろの首級くびをはねると良いのでおじゃる!」


 義昭よしあきは精一杯の反抗の意思を言葉に乗せて言う。だが、藤孝ふじたかは気にもしないと言った感じで


「そんなものいらないのでござる。信長殿は義昭よしあきさまの身柄を毛利家に預けると言っているのでござる。義昭よしあきさまは、新たな地で、余生を送ってほしいのでござる」


「も、毛利家だと?あんなど田舎で、まろに何をしろと言うのでおじゃる!まさか、隠岐おきにでも流すつもりなのでおじゃるか!?」


「さあ?そこは毛利家の者にでも聞いてほしいのでござる。毛利家には小早川隆景こばやかわたかかげ吉川元春きっかわもとはる毛利両川もうりりょうせんとまで言われた将がいるのでござる。きっと、然るべき待遇を将軍さまに与えてくれるのでござる」


「ふ、ふざけるなでおじゃる!毛利家の当主は毛利輝元もうりてるもとという若造でおじゃる!実質、毛利両川もうりりょうせんが本家を乗っ取っていると同じでおじゃる!そんなところにまろのような身分の者が行けば、邪険にされるのが眼に見えるのでおじゃる!」


 義昭(よしあき)は両眼をぎらつかせて、藤孝(ふじたか)を睨みつける。藤孝(ふじたか)もまた、その視線に対して、怨嗟の色を両の眼に宿す。


「信長さまに散々、逆らってきた将軍さまが悪いのでございます。おとなしく傀儡(かいらい)になり、神輿に乗り続けていれば良かったのでござる。何一つ、まともな政策も発案できぬものに、ひのもとの国の代表者づらをされては困るのでござる!」


「な、な、何を言っているのでおじゃる!まろはまろができることを精一杯やってきたのでおじゃる!全国の大名を従えるべく行動してきたのでおじゃる!何もしてないとは言いがかりなのでおじゃる!」


「それが馬鹿の極まりだと言うことが何故、わからぬのでござる!何が上洛しろだ、何が敬えだ、何が土地を引き渡せだ、将軍さまのやっていることは時代を逆行させているのでござる!」


「じ、時代を逆行させているだと言うのでおじゃるか?このまろが。このひのもとの国で一番偉い、このまろが!まろは天下静謐てんかせいひつをしようとしたのでおじゃる!この戦乱に荒れ狂う、ひのもとの国を(いくさ)のない国にしようと努力してきたのでおじゃる!」


「何が(いくさ)のない国でござるか!ちゃんちゃらおかしいのでござる!この国が疲弊しているのは、(いくさ)だけのせいではないのでござる!大名が、寺社が、商人が、力ある者全てが民を塗炭の苦しみを味合わせているのでござる!それを変えようと、必死に努力しているのが信長さまだけなのでござる!」


「民がどうしたと言うのでおじゃる!民など、放って置いても、あひんあひん言いながら、好き勝手に産まれてくるのでおじゃる!大切なのは、まろなのでおじゃる!まろが、このひのもとの国に君臨し、まろが(いくさ)をこの世から消せば、それで民も救われるのでおじゃる!」


 義昭(よしあき)藤孝(ふじたか)の胸ぐらを掴む。だが、藤孝(ふじたか)も負けずと義昭(よしあき)の襟首を掴む。


藤孝(ふじたか)。貴様はまろの何を知っていたと言うのでおじゃるか!まろが、どれほどこの国のために心を砕いてきたのかがわからぬのでおじゃるか!」


「それを知っているからこそ、義昭(よしあき)さまは邪魔なのでござる!あなたは政治の表舞台に出てきてはいけない男だったのでござる。それを気付かずに義昭(よしあき)さまを奉戴し、信長さまを諭し、信長さまの手を煩わせて、義昭(よしあき)、貴様を将軍のくらいにつかせたのは、この藤孝(ふじたか)、産まれてきてからの最大の罪なのでござる!それを今、清算させてもらうのでござる!」


 藤孝(ふじたか)はそう言うなり、義昭(よしあき)の左脇に右腕を差し込み、そして、すくい上げるようにして床にたたきつけるようにぶん投げる。全てはこれで決着とばかりに藤孝(ふじたか)は両の眼から涙を流しながら、義昭(よしあき)との別れの相撲を1番、とったのであった。

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