ー崩壊の章17- 京極(きょうごく)は奪いたい
「京極ちゃん!どうしたのー?なんで、京極ちゃんはここに居るのー?義昭ちゃんは信長さまに降伏したのー?」
京極は義昭の奥方であるお竹が保護されている屋敷へとやってきていた。義昭に斬られて、血が流れる左腕を右手で抑えながら、お竹の前で力尽きるように倒れ込む。
「うううっ。お竹殿。無事だったでがんすか。僕は嬉しい限りなのでがんす」
「あたしは大丈夫だよー。そんなことより京極ちゃん、ぼろぼろだよー?一体、何が起きたのー?」
お竹は倒れ込む京極高吉の頭付近でひざを折り曲げ、京極の頭を持ち、そう尋ねるのである。京極はお竹から匂ってくる体臭をふんふんっと嗅ぎながら、つい、鼻の下を伸ばしてしまう。
「お竹殿は良い匂いがするのでがんす。ああ、僕はこのまま死んでしまっても良いのでがんす」
京極はそう言い、意識を失ってしまうのであった。
それから1時間後、京極は眼を覚ます。しまったのでがんす。自分は血を流し過ぎてしまったのでがんすか?一体、どれほど眠っていたのでがんすか?と想うのであった。
「あっ。京極ちゃん。おはようー。よく眠れたー?」
京極の顔を上から覗き込んでくるのはお竹である。京極はお竹の顔が近いことに慌ててしまうのである。
「あっ!まだ、動いちゃだめだよー。京極ちゃんは左腕を斬られていて、血を流し過ぎたんだからー。身体が冷えるでしょー?ちょっと、待っててねー?すぐに暖かいお茶を持ってくるからー?」
お竹がそう言うと、パタパタと走り出し、湯飲み茶碗と包み紙を持って、また戻ってくる。京極は布団に入ったまま、それを受け取り、包み紙の中身をガバッと口の中に放り込み、そして、ぐいっと湯飲み茶碗を傾けて、一気に飲み干すのであった。
「その薬は冷えた身体を温めてくれる効果があるって、曲直瀬ちゃんが言ってたよー?だから、すぐに京極ちゃんの体力は元に戻るはずだよー?」
「す、すまないのでがんす。おおお、なんだか身体がポカポカとしてきたのでがんす。この薬、高かったのではないでがんす?僕、給料をそれほどもらっていないから、薬代は払えないでがんすよ?」
京極の言いに、お竹はフルフルと首を左右に振り
「そんなの気にしなくて良いよー。着物を1着、売っただけだしー。それよりも、あたしは京極ちゃんに助けられたんだから、これで、おあいこだよー?」
お竹の言いに京極は頭が下がる想いだ。それと同時に着物を売ったと言う台詞を想い出し、お竹の姿を京極は見る。お竹は、二条の城に居たころとはまったく違った、見るからに着物の質が2、3段階堕ちた服を身に着けていた。京極は、それが堪らなく、悔しい想いになってしまうのである。
「信長殿はひどいのでがんす。いくら、敵対する将軍さまの奥方と言えども、扱いがぞんざいすぎるのでがんす。奥方殿に辱しめを与えるなど、僕は許せないのでがんす」
「そんな、大げさだよー。信長ちゃんは、今、忙しいから、あたしに構っている暇がないだけだよー。それに、あたし、決めたんだー。義昭ちゃんとは別れるってー。だから、あたしはただの幼子を抱えたひとりの女なだけなんだよー」
お竹の言いに京極は、ぎょっと両眼を剥き出しにする。
「そ、そ、それはどういうことでがんすか!将軍さまと離縁など、世間が許してくれないのでがんす!お竹殿は、自分の言っていることの重大さを分かっているのでがんすか?」
「うーん。わかっているつもりだよー?多分、あたしは京の都には、居られなくなるねー。だって、将軍さまを裏切る行為だもんー。でもね?義昭ちゃんがこれからどうなるにしろ、あたしが義昭ちゃんと一緒に居たら、娘たちに危険が及ぶと想うんだよー。あたしは、自分が産んだ娘たちの安全を優先したいんだよー」
「まあ、確かに、あの荒れ狂った将軍さまの側に居るのは危険なのでがんす。でも、それでも、お竹殿は義昭さまの奥方さまなのでがんす!」
「そうだねー。世間は認めてくれないかもねー?でも、あたし、決めたんだー。あたし、娘を守るためなら、京の都の皆を敵に回しても良いんだってー。京の都の皆が、あたしを認めてくれなくても、あたしは娘たちと生きていたいんだー」
お竹は憂い顔でそう言うのであった。京極は、ぐっと唸るのである。
「お竹殿はご立派なのでがんす。京の都の民を裏切ることは、即ち、ひのもとの国の民を裏切るにも等しいのでがんす。でも、それでも、お竹殿は、娘たちを守るために、その命を使いつくすと決めたのでがんすな?」
「うんー。京極ちゃんの言う通りだよー。あたし、皆に恨まれたって良いんだー。でも、娘たちだけは、あたしが守ってみせるよー。きっと、あたしは皆から石を投げられるかもしれないけど、その石が、娘たちに当たることがないようにだけはしたいんだー」
「立派なのでがんす!お竹殿は立派なのでがんす!あの、自分のことしか考えてない義昭なぞに比べれば、よっぽど立派なのでがんす!」
京極は両眼から涙をハラハラと流していた。自分が淡い想いを抱いていた女性がこれほどまでに心が、芯が強いひとだったことに、自分が矮小に視えて、情けなくて、涙が溢れだすのであった。
「京極ちゃんが言うほど、あたしは立派じゃないよー。ただ、娘たちを守りたいだけなんよー。信長ちゃんは、昔、言ってくれたんだよー?このひのもとの国から、理不尽に泣く者たちを無くしたいってー。だから、僕は信長ちゃんがそんな世を作ってくれるまで、あたしは娘たちのために戦おうって決めたんだー」
お竹の眼には強い意思が宿っていた。京極は想わず、そのお竹の眼に宿る炎の意思に身がすくんでしまう。これほどまでに、この女性は、娘たちを守りたいのでがんすかと、自分の身を捧げてでも、娘たちを理不尽から救おうとするのでがんすかと想うのである。そして、京極は自分に言い聞かせるように言葉を発する。
「僕にもそのお竹殿の夢を手伝わせてほしいのでがんす!」
「えっ?京極ちゃん、一体、何を言っているのー?これはあたしの想いなんだよー?京極ちゃんが手伝う義務なんてないんだよー?」
「義務とかそんなことはどうだって良いのでがんす!ぼ、ぼ、僕は!お、お、お竹殿ををををを!」
お竹は京極がどもっていることに、うん?と想ってしまうのである。
「僕は、お竹殿が好きなのでがんす!お竹殿を愛しているのでがんす!義昭の手から、お竹殿を奪いたいといつでも想っていたのでがんす!」
「えっ?えっ?」
「僕は、お竹殿が困っている時、泣いている時、守りたいと想っていたのでがんす!お竹殿が義昭に抱かれている時、おいどんは、唇を噛み切って、悔しい想いをしてきたのでがんす!」
「ちょっ、ちょっと、落ち着いてよー?」
「落ち着いていることなんて、出来ないのでがんす!僕はお竹殿が欲しいのでがんす!お竹殿を抱きたいと想っていたのでがんす!お竹殿を孕ませたいと想っていたのでがんす!」
「な、なにを言ってるのー?あたし、そんなの望んでいないよー?」
「義昭の手から奪ってやるでがんす!お竹殿を幸せにするのは、僕なのでがんす!お竹殿。僕にお竹殿とその娘たちの面倒をみさせてほしいのでがんす!」
「だ、だから、落ち着いてほしって言ってるでしょー?あたしは、義昭ちゃんの奥方なんだよー?それに、京極ちゃんは義昭ちゃんの家臣なんだよー?」
「やめるのでがんす!義昭なんかの家臣は今、ここでやめるのでがんす!それにお竹殿は義昭と別れると言ったのでがんす!だから、お竹殿は自由なのでがんす。今度はその自由を縛るのは僕の番なのでがんす!」
「もう!ちゃんと聞いてよー!そんな自分勝手なことばっかり言われても、あたしは困るだけだよーーー!」
「嫌でがんす!お竹殿こそ、勝手なのでがんす。お竹殿はひとりで行ってしまう気なのでがんす。でも、僕はそんなの嫌なのでがんす。自分の愛する女性がひとり行ってしまうのを僕は拒否させてもらうのでがんす!」
「なんで、あたしの言うことを聞いてくれないのー?あたし、そんなの嫌だよーーー」
お竹は涙をハラハラと流し始めていた。一度は娘たちだけと静かに人知れず生きていこうと決めていたのだ。だが、目の前の男の言葉がお竹の決心を激しく揺さぶるからだ。
「嫌とは言わせないのでがんす!僕はお竹殿と生きるのでがんす!お竹殿がひとりで勝手に行ってしまうのなら、僕も勝手にお竹殿についていくのでがんす。お竹殿がひとりで立派に娘さんたちを育てると言うのであれば、僕もお竹殿と一緒に2人で立派に娘さんたちを育てる手伝いをするのでがんす!」
「ほんと、ひとの話を聞かないひとなんだよー。京極ちゃんは。僕はそんな京極ちゃんが嫌いなんだよーーー」
「嫌いで結構でがんす。でも、僕は勝手にお竹殿。いや、お竹さん。いや、お竹ちゃんを守ると決めたのでがんす!お竹ちゃんは僕が嫌いなのでがんすか!?」
「大嫌いだよーーー。そんな身勝手な京極ちゃんなんて大嫌いだよーーー!」
「嫌われるのはつらいのでがんす。でも、僕は決めたのでがんす。お竹ちゃんを奪うのでがんす。義昭から奪うのでがんす。でも、お竹ちゃんには幸せを与えるのでがんす。お竹ちゃんを好きなのは僕だけなのでがんす!」
お竹は、一言、ばかあああと言って、泣く。京極はただ、黙って、お竹を抱きしめる。そして、涙を流すお竹の唇に自分の唇を重ねる。
「まずはお竹ちゃんの唇を奪ってやったのでがんす。お竹ちゃん、僕にお竹ちゃんの全てを奪わせてほしいのでがんす」
その後、お竹と京極はめちゃくちゃイチャイチャしたのであった。