ー崩壊の章12- 秀吉は使者になる
「うわあ。中に通されたは良いけど、皆、殺気だってるなあ?これ、俺たち、無事に返してもらえるよな?もらえるよね?返してください!お願いします!」
「彦助、ぶつくさうるさいんだぶひい。そんなみっともなく、命乞いなんてしているんじゃないんだぶひい。使者を斬るような馬鹿なんて、そうそう居ないから、安心しろだぶひい」
「さすが、田中さんは肝が座っているのデスネ。弥助は田中さんの男っぷりにお尻が濡れてくるのデス!」
「あいかわらず、弥助くんは男が好きなんやなあ?いい加減、嫁ちゃん一筋にならないと、刺されてしまいまっせ?」
「彦助殿、田中殿、弥助殿、そして、四殿。あなたたちは良い意味でマイペース、ですね。私はうらやまし想いになり、ますよ」
秀吉はわずかなお供を引き連れて、小谷城に入城したのである。秀吉はここが正念場だと感じていた。この交渉で何が何でも、お市さまの身柄を確保するきっかけを作らねばならない、ですねと。
秀吉と他数名は、小谷城の三の丸近くの小さい屋敷に通される。その道すがら、秀吉はきょろきょろと頭を動かし、小谷城の堅城っぷりを確認することになる、さすがは信長さまでも力攻めを嫌うだけはあると、そう想わせるほどのものがこの小谷城にはあった。
小谷城の三の丸は急峻な山肌を切り崩し、台地にしたところに設置された場所である。通常、ここまで急峻なところを敵としてもわざわざ進軍経路に選ぶことは少ない。だが、それでも、油断なきよう、三の丸を置いて、防御力を高めているのである。
「これは、どう攻めるのが良いん、でしょう?うーーーん。裏手から攻めることなんて、無理、ですし」
秀吉たちは屋敷の1室に通されていた。そこで、お茶とせんべえが出されて、それをいただいていた。使者として通されたものの、なかなかに応対する浅井側の将が現れないため、時間をつぶす意味も込めて、秀吉たちは、この城をどう攻め落とせるものかと、話合うことになる。
「うーーーん。やっぱり、この三の丸の裏手からこっそり忍び込むのが良いんじゃね?ここは、本丸から離れているから、守備は手薄のはずだしよ?」
「からめ手は定石ぶひいねえ。でも、問題はこんな急峻なところを登っているところを発見されたら、必ずと言っても良いほど、全滅させられてしまうぶひい」
「では、夜の闇にまぎれて、山肌を登るのはどうデスカ?弥助は御免こうむりマスガ」
「自分が嫌な策を人に勧めたらダメなんやで?でも、この城の攻略の要は、ここ、三の丸やしなあ?ここを突けば、正面の門へ戦力を集中できなくなるさかいなあ?」
「あれ?ひとつ想ったんですけど、別に三の丸に無理やり侵入しなくても、良いんじゃ、ないですか?」
そこまで秀吉たちが話を進めているところに、ガラッと部屋の襖が開く。そして、その部屋の中に入ってきた男たちを見て、秀吉はおおいに驚くことになる。
「な、長政さま自らがお出でになるとは、想いません、でした。これは光栄の極み、です」
「世辞は良いのだぞ。俺と一緒にいる男は海北綱親なのだぞ。秀吉殿、将軍・義昭さまが将軍に就任した時の宴以来なのだぞ。元気にしていたのか?だぞ」
「は、はい。長政さまお久しぶりです。そして、海北綱親さま。初めまして、です」
秀吉はあぐらのまま、頭を下げる。それにつられて、秀吉のお供も頭を下げるのである。長政は少し、頭を下げて、どかりと畳の上に座るのである。綱親もまた、静かに座る。
「で。秀吉殿自ら使者になってまで、何を伝えにきたのだぞ?俺に義兄・信長に対して、助命嘆願を申し出ろと言うのだぞ?」
長政がそう切り出す。だが、秀吉は頭を左右に振り、深々と頭を下げて、言う。
「長政さまへの降伏勧告では、ありません。本日は、お市さまを救うべく参上したの、です」
「ふむ。そうかなのだぞ。では、勝手に連れていくが良いのだぞ。あと、俺とお市の息子と娘を連れていってほしいのだぞ」
長政のあっさりとした返答に、逆に面喰うのは、秀吉である。
「えっ!?良いんですか?お市さまは、浅井家にとっては最後の頼みの綱となるはず、です。失礼ながら、お市さまを利用すれば、長政さまは織田家と和議を有利に進めることすら可能、ですよ?」
秀吉がそう長政に問いかける。だが、長政は、ふうううと息を吐き
「そんなことをすれば、義兄・信長は、市の命を省みずに、ここ、小谷城を全力で落としにくるのだぞ。そうなれば、市の命は、危険にさらされるのだぞ。朝倉家が滅びに向かう今、事ここに至り、義兄・信長が、市の命ひとつで、長政を許すことなど、ありえないのだぞ」
長政がそう秀吉に返答する。長政の言う通り、秀吉にもその危惧はあった。だからこそ、自分が使者となり、そうならないために、お市さまの命を救うべく行動したのである。
秀吉は、襟を正し、まっすぐに長政を見て、そして口を開く。
「お市さまと、その娘たちはもらい受けます。でも、長政さまのご子息の命までは保証できま、せん。信長さまは、優しいひと、ですが、長政さまがこのたび、起こした織田家への反逆の罪は重いの、です。連座でご子息に罰を与えるのは、間違いないと想って、います」
「そうかなのだぞ。やはり、万福丸は許されないのか、だぞ。わかっていたことだが、自分の息子の命が助からないのは、つらいことなのだぞ」
「平清盛が頼朝、義経の助命嘆願を聞きいれたために平家は滅びてしまったのでござる。これは武家の常識なのでござる。長政さま、心中、お察しするのでござる」
綱親がそう、長政に言うのである。長政はなんとも形容しがたい、苦渋の顔をしていた。そこにある男が一言
「でも、長政さまの息子って、信長さまは顔を見たことがないんだろ?どうやって、判別するんだ?」
そう言いだしたのは、秀吉のお供のひとりである飯村彦助であった。
「彦助、馬鹿なことを言うんじゃないんだぶひい。そんなの、小谷城に居る兵士たちや将たちが検分するに決まっているんだぶひい。それで、信長さまが確認するんだぶひい」
「でもよ?田中。それは将や兵士たちが信長さまに本当のことを言わなかったら、済む話だよな?まあ、それでも、こっそり、信長さまに告げ口する奴はでてくるかも知れないけど、その長政さまの息子にそっくりな奴を準備するって手もあるし?」
「彦助さん。良い考えではありマスガ、なかなかに成功させるにはなかなかに難しいデスヨ?そんな簡単に、そっくりさんが都合よくいるわけではありまセンシ」
「そうなのかあ。俺にしてはなかなかの良い策だと想ったんだけどなあ?替え玉を準備できなかったら、そもそも、この策って成功しないもんなあ?」
秀吉のお供たちがやんややんやと言いながら盛り上がるのである。長政はあっけにとられて、その話し合いを聞きいるのであった。
「殿。僥倖でござる。殿の息子の万福丸さまと瓜二つの男がいるのでござる!長政さまの父上の久政さまのご兄弟の孫が、万福丸さまにそっくりなのでござる!」
「しかしだ。その者を犠牲にしてまで、我が子を生かすのは畜生道にも劣る行為なのだぞ!綱親は俺に畜生道に堕ちろと言っているのか?だぞ!」
「いいえ。言わせてもらうのでござる。浅井の血を、男子の血を残すことこそ、大切なのでござる。我らはこれから死ぬ身でござるが、万福丸さまには、浅井の家名を残してもらわければならないのでござる!」
綱親の言いを聞き、長政は苦虫を噛み潰したような顔付きになる。我が子可愛さに他の者の子を殺す。それはどれほどの罪となるのだろうかだぞ?俺はきっと、死んで、転生を果たしたとしても、ひとの身として、下天には産まれ堕ちることができなくなるのだぞ。だが、それでもだぞ!
「綱親。わかったのだぞ。我が子、万福丸を生かしてほしいのだぞ。俺は畜生道に堕ちることを決めたのだぞ」
長政は静かにそう言う。綱親はよくぞ、決心されたのでござる!と長政に対して、平伏するのであった。
長政と秀吉の交渉は続く。市とその娘3人、それと息子の影武者を秀吉に渡すことが決定する。長政の本物の息子は裏手の山より脱出させて、身を隠すことになったのである。
「じゃあ、わいが、万福丸くんを連れて、小谷城の裏手の山で隠れていたらええんやな?秀吉くん」
「そう、ですね。でも、四殿、気を付けて、くださいよ?四殿がヘマをかませば、連座で私たち全員が、信長さまから叱責を受け、ます。最悪、切腹を言い渡される可能性だって、あります、からね?」
「わいにまかせときいや?わいには48の寝技と52の得意技があるんや。その52ある得意技のひとつに変装があるんやで?万福丸くんをまるで流浪の民のように変装させておくんやで?」
「四さんの変装はすごいからなあ?たまに四さんが乞食か何かに見えるときがあるもんなあ?なあ?田中」
「彦助。それは四さんが貧困調査を行っているからだぶひい。その一環で本当に乞食みたいに変装しているだけだぶひい。でも、地獄の餓鬼みたいになっている時があって、僕は恐怖を感じるときがあるんだぶひい」
「貧困調査は大切やからなあ?秀吉くんが民たちの本当の声を聞きたいって言うからなあ?だから、わい、秀吉くんのお金を使って、遊女たちの貧困調査をしているんやで?」
「四さん。お給金から四さんが無駄遣いしている分は差っ引いておきます、からね?とにかく、長政さまの息子の万福丸さまの件は任せ、ます。ほとぼりが冷めるまで、かくまって、くださいね?」




