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ー崩壊の章 5- 織田を継ぐ者として

「驚くのはまだ早いのですー。さらに、外周にもうひとつ水堀を造るのですー。そうですねー。城下町がすっぽり入るくらいの水堀を造るのですー」


「おいおいおい。丹羽にわ。それ、どんだけの規模になるんだよ!もう、城なんて呼べるシロモノじゃねえぞ!」


丹羽にわのぷろでゅーす力は恐ろしいのでもうす。まさか、これほどの考えなど、ひのもとの国では誰ひとり、思いつかないのでもうす!」


 信盛のぶもり勝家かついえもまた、驚きを隠せないのである。石山御坊は天然の要害であったが、殿との丹羽にわは天然ではなく、ひとの手により要害を造ろうと計画しているのだと。


「信長さまと丹羽にわがすごいことを考えているのは分かったッス。でも、そんな城、造ろうとしたら、一体、どれだけの年数がかかるんッスか?10年、いや、20年くらい必要になるんじゃないッスか?」


「にわちゃんの概算ですと、越前と北近江を手に入れれば、それだけ雇える人夫にんぷが倍増することになるのですー。いくさで荒れた土地は喰うに困る民が増えるのですー。仕事ほしさに城造りに従事したがるひとは腐るほどいるのですー。ですから、5年もあれば造れるはずなのですー」


「でも、問題がひとつあるのですよね。丹羽にわくん?」


「はい、そうなのですー。石が大量に必要になってくるのですー。堀に水を張るとなると、ただの盛り土だと水による侵食を受けることになるのですー。だから、水堀の垣もできるなら石造りにしたいところなのですー」


「石かー。石ねー。うーん、どこかに大量に石が転がってないもんかなあ?」


「観音寺城で使われていた石を流用するのはどうでもうす?そうすれば、ある程度は補えるはずなのでもうすよ?」


「その分はもちろん、概算に含めているのですー。でも、観音寺城規模の城をあと2、3個、潰さないと足りない感じなのですー」


 丹羽にわの言いに皆がうーん?と頭を悩ませることになる。だが、信長は、ふっふっふっとひとり笑うのである。


「ん?殿との、暑さのせいでついにおかしくなったのか?びわこがあるんだし、飛び込んで来たらいいぞ?」


「失礼ですね、こののぶもりもりと言うひとは!まったく、せっかく、先生がとびきりのアイデアを持っていると言うのに、言う気を失くしてしまいました。あああ。こんなに良いアイデア、他にはありませんよ!」


「まあまあまあ。殿との、落ち着いてくれでもうす。そうかっかせずにびわこに飛び込んでくるでもうす」


 勝家かついえがそう言うなり、信長はダダダッ!と走って行き、どぼおおおん!とびわこに飛び込むのである。


「ううん。勝家かついえ殿、ちょっと煽りすぎたんじゃね?殿とのが、本当にびわこに飛び込んじまったぞ?」


「ガハハッ!本当に殿とのはノリが良いのでもうす。さて、殿とのが風邪を引かないように、誰か、手ぬぐいを用意しておくでもうす」


 5分後、びわこでひと泳ぎしてきた信長がもどってきて、蘭丸らんまるにその濡れた身体を拭かせるのである。


「ふうう。良い水浴びでした。さて、そろそろ、小谷城への進軍を再開しましょうか?」


「あれ?石をどうにかするとかの話はしなくて良いわけ?」


「取らぬ狸の皮算用にはなりたくないですからね。まずは越前、北近江を手に入れましょう。それが終わって、落ち着いてから、ちょっと丹羽にわくんと計算してみます。うまく行くようでしたら、皆さんに発表することにします」


「なるほどなのですー。せっかく良いアイデアだと想っていても、計算違いが出てくることは多々あるのですー。うっかり、ぬか喜びだと、盛り上がった分、その反動は大きいものになってしまうのですー」


丹羽にわくんの言う通りです。と、いうわけなので、丹羽にわくんとの話し合いで目処が立ちましたらと発表するということで。では、皆さん、それぞれの部隊に戻ってください?2日後には、小谷城の南下の山までたどりつきますよ?」


 あいあいさーーー!と各将たちは声をあげる。そして、各々の部隊を前進させるべく、自分たちの配置に戻っていくのである。


「さあて、長々と横道にそれてしまいましたけど、ようやく、決着をつける時が来ましたね。信忠のぶただくん。わかっていると思いますが、先生の手腕をよくよく見ていてくださいよ?」


「わかっているのでござる。自分は父上の跡を継ぐ者でござる。武田勝頼たけだかつよりのような馬鹿に成り下がるつもりはないのでござる!」


「まあまあ。そんなに今から、いきってどうするんですか。まったく、肩の力を抜きなさい。信忠のぶただくんが先生のようになれるのは、至極当然くらいの意気込みでいるくらいが調度良いのです」


 信長の嫡男である信忠のぶただが、うむむと唸る。


信忠のぶただくんの才気は、織田家うちの主将たちに劣ることは決してありません。だから、自信を持ちなさい。あなたは最近、ますます若い頃の先生に似てきているのですからね?」


「しかし、父上のように今川義元の首級くびをあげるような大功をあげた経験もないのでござる。やはり、そのような偉大な父親を持つ自分は、焦ってしまうのでござる」


 信忠のぶただの言いに信長がやれやれと想うのである。


「まったく、先生と信忠のぶただくんは置かれてきた環境が違うのです。先生、今だからこそ言えますが、今川義元くんが尾張おわりに攻め込んできたときに、たった2000の兵で奇襲をかけたのは馬鹿も馬鹿な行為だったと想うんですからね?」


「そ、そんなことはないのでござる。父上の義元奇襲は英断なのでござる!ひのもとの国の誰も、同じことなどできないのでござる。父上は自分の誇りなのでござる!」


「はてさて。失敗に終わっていたら、一体、今頃、先生はどう世の中に評価されていたんでしょうね?馬鹿が奇襲なんかに頼ったと、未来永劫、語り継がれてそうな気がしますねえ?」


「いや、しかし、それはもしもの場合の話なのでござる。結果は覆らないのでござる」


信忠のぶただくん。あなたは大きな勘違いをしています。あなたから見て、先生は数々の偉大な功績を残している父親に見えているかもしれません。ですが、それは結果だけを見ているから、そう感じるのです」


 信長がぴしゃりと信忠のぶただにそう告げる。


「未来が決まっていることなど、何一つありません。先生と先生に仕えている将たちは、泥水をすすって、見えない未来という名の一寸先の闇を手探りで進んできているのです。あなたは【もしもの場合の話】と言いましたが、その【もしも】をいつでもいかなる時にでも考えて、悩んで、突き進んできた道なのです!」


「す、すみませんなのでござる。つい、父上の偉業がまぶしくて、当たり前のことのように考えてしまっていたのでござる」


 信長に叱責を受けたことにより、信忠のぶただが萎縮しながら謝罪をする。


信忠のぶただくん。あなたが真に学ばなければならないのは、泥臭い生き方なのかもしれませんね。敗北に敗北を重ねても、生き残ろうと言う意思をです」


 信忠のぶただは父親の言葉をただ黙って聞く。


「もし、仮にこの越前、北近江攻めで、想わぬ反撃を先生が喰らい、それによって、先生は死ぬ間際に追いやられることになったとしましょうか。その時、信忠のぶただくんは何をしなければならないと想いますか?」


 信忠のぶただは、ううむと唸りながら考え込み、1分後、自分の考えを述べる。


「父上を救うべく、救援の兵をまとめて、すぐにでも駆けつける所存でござる!父上が死ねば、全てが終わりでござる!」


「はい。ダメです。全然ダメです。0点。本当に0点。はあああ、どこで教育を間違えたんでしょうね?ちょっと勝家かついえくんを呼んできましょうか?その間違った脳みそに、張り手を一発喰らわせて、正常に戻してもらいましょうか?」


 信長の評価点の低さに信忠のぶただは驚きを隠せない。


「な、何が間違っていると言うのでござる?お言葉でござるが、勝家かついえ殿の張り手を喰らうべきなのは父上でござらぬか?」


 信忠のぶただの抗議に信長は頭痛がする想いになる。そして、眉間を右手の親指と人差し指で挟むようにこすりながら


信忠のぶただくん。先生が3年前の越前の入り口、金ケ崎で浅井長政くんの裏切りを知った時、どういった行動をとったか、もう忘れてしまったのですか?」


 父親にそこまで言われて、信忠のぶただは、はっ!と言う顔付きになる。


「ま、まさか、父上を捨てて、自分だけ京の都に逃げ帰れと言うのでござるか?」


「はい。良くできました。まあ、まだ80点ですね。織田家うちの主将たちを全員、捨ててでも信忠のぶただくんだけは逃げ切ってください。それが言えるのなら、100点をあげましょう」


 父上は何を言っているのでござるか!怒りが、信忠のぶただの心に去来する。信長は息子が何か言いたげなのを察し、言葉を繋げる。


「良いですか?何故、先生が信雄のぶかつくんでなく、信孝のぶたかくんでなく、信忠のぶただくんを跡継ぎに指名しているのか?それは、先生が亡くなった時に、あの2人ではこの強大になりつつある織田家を引き継ぐことが出来ないからです」


信雄のぶかつの大馬鹿はともかくとして、信孝のぶたかならまだなんとかなる可能性があるのでござる。し、しかし、父上の言う通り、この越前・北近江での闘いが終われば、織田家うちの領土の広さは中国地方の毛利家とほぼ同じになるでござる。うむむむ」


 そこまで大きくなったら、あの2人では到底、織田家を統率できるはずがないのは、信忠のぶただの眼から見ても明らかであった。


 信長はひとの才能を見抜く能力がケタ外れである。その才能を少なからず信忠のぶただもまた、受け継いでいた。そんな自分ですら、信雄のぶかつ信孝のぶたかのダメさはわかっているのだ。


 だからこそ、父上は自分こそが父上亡きあとに、織田家を引っ張っていける唯一無二の存在であることを告げているのだ。

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