ー崩壊の章 4- びわこに城を
1573年8月3日、ついに織田軍6万の軍勢が京の都から北近江へと侵攻を開始する。信長は大津、草津を経由し、びわこの南をなぞるように侵攻する。その途上のことであった。
「うーん。暑いですねえ。ここらで一旦、休憩しましょうか。しかし、今日は良い天気ですねえ。びわこの南端から向こう岸まで見えそうなくらい晴れ渡っていますよ」
「ああ。殿がひのもとの国の歴史に新たな一歩を刻むには、絶好の日よりだぜ。しっかし、暑いなあ。ちょっと、びわこで泳いできて良いか?」
「のぶもりもりは緊張感の欠片もないですねえ?まあ、良いですよ?5分だけあげます」
信盛は5分だけかよ!と思わずツッコミを入れる。だが、信長は涼し気な顔で
「びわこはすばらしいですね。この湖を北に渡れば、すぐに越前ですし、東は小谷城、そして西は淀川を降れば、堺周辺までいけます。岐阜は陸地の交通の要所ですが、ここは水運の要所ですね」
信長はびわこの南の中ほどで全軍を一旦、小休止に入らせる。兵たちは暑さを少しは和らげようと、次々と足をびわこの水に浸らせていく。
「ガハハッ!殿のことだから、一気に小谷城へと向かうと想っていたのでもうす。こんなところで立ち止まるとは、何か想うことがあるのでもうすか?」
勝家が信長に歩み寄ってきて、彼にそう告げるのである。
「急いだところで、朝倉家が北近江まで出向いてきてくれないと、策は実行できませんからね。休める時に休んでおきたいだけですよ。でも、本当、この地は良いですね」
「うん?確かに、殿の言う通り、ここからは大津、草津が近いでもうす。それゆえ、かつては六角家が南の山中に観音寺城を構えていたのでもうす」
「本当に、六角家は度し難いレベルの馬鹿ですね。先生なら、山の上に城は作りません。これほどまでに利用性が高い、びわこがあるのですからね」
「ううむ。殿が言わんとしていることがいまいちわからないのでもうす。こんな丘もないようなところに城を造りたいのでもうすか?それでは敵から攻められれば、一巻の終わりでもうすぞ?」
「うーん。勝家くんには、この土地の有効性がいまいちわかっていないようですね。丹羽くんが居れば、説明が楽になるのですがねえ」
「にわちゃんをお呼びなのですか?信長さまー」
信長は突然の丹羽長秀の声に、びっくううう!と身体が震えあがる気持ちになる。そして、ふあああ!と変な声をあげつつ、丹羽の声がする方向を見るのであった。
「にわちゃんと久しぶりに会えたのが、そんなに嬉しいのですかー?信長さまはー。まったく、いつまでも佐和山城の守りばかりでは腕がなまってしまうのですー」
「に、丹羽くん。佐和山城の守りはどうしたんですか!こんなところに居たら、ダメでしょう?」
「部下に任せてきたのですー。どうせ、長政さまは小谷城から出てくるわけがないのですー。で、勝家さまと何かむつかしそうな話をしていたように見えたのですー」
丹羽はくりくりとした可愛らしい眼つきで信長と勝家にそう尋ねるのである。
「う、うむ。殿がこの地はとっても魅力的であると言うのだが、こんなところに城を造っても守りようがないのでもうすと言っていたのでもうすよ」
勝家の言いに丹羽はふむふむと頷き
「さすがは信長さまなのですー。丹羽ちゃんも信長さまにこの地のすばらしさをとくとくと語りたいと想っていたのですー」
「じゃあ、丹羽くん、城造りも含めての解説を勝家くんにしてもらえませんか?」
「いいですよー?でも、せっかくなので、皆を集めて、講義としませんかー?そしたら、いちいち、他のひとたちに説明する時間も省けますしー」
「そうですね。では、この休憩時間を使って、丹羽くんに、この地に城を造る有用性を語ってもらいましょう。蘭丸くん、主だった将たちを、5分以内に集めてきてくれます?」
ご、5分で?と想う森蘭丸であったが、有言実行を尊ぶ信長さまであるので、言い返す前に急ぎ足で伝令に向かう蘭丸であった。
「あれあれー?蘭丸くん、まだ元服前じゃなかったでしたー?戦に連れてきて良かったんですかー?」
「まあ、彼は森可成くんの血を濃く引き継いでいます。彼は将来、兄の長可くんすら飛び越えていくだけの才能があります。だから、先生が今から手塩にかけて育てているわけなのですよ」
「ふーん。それだけじゃない気もするけど、にわちゃんはいちいちツッコむのはやめるのですー」
「ええっ?ツッコんでくれても良いんですよ?そこはお尻目当てのくせにっ!とか?」
信長と丹羽が久々の再会を喜びでわかち合っている間に、ぞろぞろと織田家の主将たちが集まりだす。
「蘭丸に呼び出されたッスけど、どうしたんッスか?信長さまが裸踊りでもしてくれるんッスか?」
利家は不機嫌そうに信長にそう言う。彼としては、信長に対しての定位置を蘭丸に盗られた気分なのである。だからこそ、ぶしつけな態度なのだ。
「ん…。利家、あきらめろ。男と言うものはいつでも若い男を欲しがるもの。信長さまもその自然の摂理にさからえなかっただけ」
「わかってるッス。そんなことくらいはっ!でも、それはあと3年くらいあとのことだと想っていたッス!俺はくやしいッス。蘭丸のようなかわいらしさが俺にも欲しかったッス!」
利家が悔し涙を流すのを佐々がなだめている。そして、佐々は、キッと信長の顔を睨みつける。だが、信長は、ぴゅーぴゅーと口笛を吹きながら、やや、斜め上方向を見ているのであった。
「ふむ。自分も小姓を雇う際はも気を付けたいと想うところであるな。妻だけでなく、男から背中をいきなりぶすりと刺される可能性がある」
河尻秀隆が、はははっと笑いながら参上する。
「あ、あの。河尻さま。背中をいきなりぶすりではなくて、お尻をいきなりぶすりだと想い、ますよ?」
えっ?まじなのであるか?と河尻は横に並ぶ秀吉にそう言うのであった。
「は、はいっ。うちの家臣団では、男漁りをしている弥助と言う男が居まして、しょっちゅう、彼氏や元彼氏とくんずほぐれず、挿しあいをしているようで、なかなかに手を焼かされています」
なんか嫌な話をしているなあと、遅れてやってきた信盛がそう想うのである。
「で、殿。それに丹羽。こんなところに俺たちを集合させて、何を講義してくれるわけ?」
「信盛さま、お久しぶりですー。ここに城を造っちゃうと言う話なのですー」
ああ?こんな平地のしかも、びわこに面したところでか?と疑問に想う信盛である。
「まず、最初に言いますが、びわこの有用性は言わずともわかっていますよね?のぶもりもりは」
「ああ。北は越前の入り口、西は淀川を降れば堺まで直行だ。水運を考えれば、これ以上、有益な湖は無いと想っているぜ?でも、守るには最低最悪の場所だ」
信盛の言いに信長がふむと息をつく。
「のぶもりもりの言う通り、ここは丘と言うにも申し訳ないくらいのものくらいしかありません。ですが、実は、ここと似たような土地がありながら、先生が攻めるのもちゅうちょしている城が、このひのもとの国には存在しています」
「ん?水運の利がありながら、たいした丘もないような土地に城が?しかも、殿が攻めるのにちゅうちょする?うーーーん?」
信盛はそんな城、あったっけ?と首を捻る。
「簡単な謎かけなのですー。畿内にその城はあるのですー。信長さまはその城を参考に、ここ、びわこの沿岸に城を造ろうと考えているのですー」
丹羽がそう応えるのである。そこまで言われて、信長と丹羽以外の将たちがあるものを想い出す。
「あああああ!あれかあああ!確かに、平地のど真ん中と言えば、ど真ん中じゃねえか。なんで気付かなかったんだろうな?あそこの城はあまりにも川が四方八方に流れていたから、逆に気付かなかったわ!」
「盲点だったでもうす。平地にありながら、天然の要塞と化しているのでもうす、かの城は。殿はそこからヒントを受けたと言うことでもうすか!」
「はい、のぶもりもりも、勝家くんもようやく気付いたようですね。本願寺顕如くんが籠る、大坂の石山御坊です。本当に困った存在ですよ。ちょっと、誰か、あの城に忍び込んで、火でもつけてきてくれませんか?」
「ん…。忍び込もうにも、あの城に接近自体が難しい。何か他の方法を考えてほしいところ」
佐々のツッコミに信長がはあああと深いため息をつく。
「まあ、それは置いておいて、ここに城を造る話に戻しましょう。要は川さえあれば、こんな平地にでも城を造っても、防御力と言う意味では問題が無くなると言うことです。
「ん?でも、川なんてどこにも流れてないぜ?申し訳ない程度の小川なら、ちらほらあるけどさ?もしかして、掘るの?」
「はい。のぶもりもり、正解です。なかなか冴えてますねえ。何か悪い物でも食べたんですか?」
信長の言いにうるせえ!と文句を言う信盛である。
「にわちゃんが続きを説明するのですー。まず、びわこを背面として盛り土をするのですー。そこに石垣を造るのですー。さらにその上に城を乗せるのですー。そうすれば、平地と言えども、その城の天守閣はなかなかの高さにまで達するのですー」
丹羽の説明をふむふむと皆が頷きながら聞くのである。
「さらに堀を巡らせるわけなのですが、通常の城なら空堀ですが、びわこの水を利用させてもらうのですー。ここでポイントとなることがあるのですー。平地ゆえに鉄砲を撃ちこまれやすいのですー。だから、堀は城ぎりぎりに造るのではなく、なるべく、堀から城の距離が長くなるように造るのですー」
思わず、ほっほおー!と皆が感嘆の声をあげるのであった。