ー狂喜の章16- 信長、大坂の地を掌握する
結局、三好三人衆はこの信長の大坂攻めにより、一人残らず駆逐されることになる。三好長逸は稲葉一鉄の手により、三好政康は塙直政の刃に倒れ、そして、岩成友通の首級は仲良く2等分されることになる。
「いくら、俺が最期に働かなかったからと言って、2等分はひどいんだぜ。最初は仲良く3等分しようと言ったのは正則なんだぜ!」
「うるさいっす。働きの悪い奴に分ける功はどこにもないっす。どうせ、格好つけて、いつもの妄想を楽しんでいたっすね?そんなことだから、嫁をもらうのが遅れるっす」
正則の言いに清正がうぐぐっ!と唸る。
「まあまあ、良いではないかでございます。これで、自分と正則殿は嫁もちになれるでござる。清正殿。先に童貞を失ってしまうことになって、本当にすまないでございます。うひっ!」
盛政は普段は眉根麗しく、鼻すじも通り、美男子の類に属すのであるが、この時ばかりはまだ見ぬ将来の嫁を想像して、鼻のしたを伸ばし、ほくそ笑んでいたのである。
「くっそ!こんなことになるなら、俺も敵陣につっこんでおくんだったぜ!ああああ。俺も可愛い嫁さんが欲しいんだぜ!」
「後悔、先に立たずっす。醜女相手にいちもつが起たないっす。今度からは変な妄想を働かせる前に槍働きをするっす」
「ん?自分は醜女でも起つのでございます。女は顔じゃないのでございます。美味いメシを作れることこそが肝要でございます」
盛政の言いに、こいつ何言ってんだ?と顔をしかめる清正と正則である。
「おいおいおい。それなら、最初から、勝家さまの紹介する女性と結婚しておくんだぜ!なんで、わざわざ、功をあげる代わりに嫁が欲しいなんて言っているんだぜ?」
「自分は自分好みの嫁が欲しいのでございます。それが顔が少々、アレでも関係なのでございます。ただ、勝家さまは、性格まで醜女なのを押し付けてくるので嫌なのでございます!」
「ああ、それはわかるっす。やっぱり女は顔で選んではいけないっすよね。美味いメシが作れて、性格が良くて、おまけで美人だったら良いのになあ程度っす。わし、盛政殿のおかげで眼が覚めたっす。全部、揃っている早川殿を嫁に持っている氏真を後ろから刺してやるっす!」
なんか不穏なことを言っている若手たちですねえ?と想う信長である。信長は、うっほんとひとつ咳払いをし
「盛政くん、正則くん、槍働き、お見事ですね。では、先生、今度開く合婚で盛政くんと正則くんが好みそうな女性を積極的にあてがいましょう。ええ、先生、こう見えても縁結びの合婚の神さまと言われています。心配しなくても美味いメシを作れる女性を見つけてみせますよ?」
「ほ、本当でございますか?あ、あと、わがままな申し出でございますが、おっぱいはご立派さまとまではいかなくても、揉み応えがある女性が良いのでございます!」
「盛政殿はご立派信仰なんっすか。わしと対極っすね。わしはおしとやか信仰っすから、合法幼子でなおかつ控えめなおっぱいが良いっす。それ以上の高望みはしないっす」
うーん?充分、高望みのような気がするのは気のせいなんでしょうかね?と想う信長であるが、まあ良いでしょう。それだけの槍働きをしてくれた2人なので、やれることはやって見せましょうと。
「では、盛政くんはご立派で、正則くんは合法幼子で控えめですね?先生、ちゃんとメモをしておきましたので、あとは貞勝くんに丸投げするだけの簡単なお仕事です」
「はっくしょんなのじゃ!」
「貞勝さま。風邪でございますか?6月も半ばを過ぎたと言うのに、今年は肌寒いのでござる。今年の稲穂の実り具合が心配なのでござる」
「玄以、このくしゃみは風邪ではないのじゃ。きっと、あの馬鹿がわしに無茶振りをする前触れなのじゃ!ええい、このくそ忙しい時に、あの馬鹿は何の仕事を押し付けてくるつもりなのじゃ!」
貞勝があさっての方向を見ながら唸っているのを見て、前田玄以は、この上司、大丈夫でござるか?と疑問が生じるのである。
「まあまあ。信長さまは大坂攻めで忙しい身でござる。主君が居ない地で、もろもろの諸事をこなすのは、官僚である我々の仕事でござる。多少の無茶など、屁のかっぱでござるよ?」
「甘い、甘いのじゃ!玄以はカステーラのように甘いのじゃ!金平糖のように甘いのじゃ!そんなことで危機管理を担う行政官をやってのけれるとは思わないことじゃ!」
想わぬ貞勝の叱責にうぐぐっ!と唸る玄以である。
「お、お言葉ですが、信長さまの無茶振りを平然とこなすことこそが、我らの務めでござる!貞勝殿はアレでござるか?寄る歳に勝てずに弱音を吐いているのではござらぬか?」
「ほっほう!これは面白いことを言うのじゃ。では、今度、殿から無茶振りが来たら、玄以に頼むのじゃ。せいぜい、殿が満足する結果を出すことなのじゃ」
「ああ、わかりましたでござる!きっと、信長さまに貞勝くんより玄以くんは役に立ちますね?今度、玄以くんに女性を紹介しましょう。えっ?僧籍だから、嫁は取れない?いやいや、還俗の手伝いくらい、先生に任せてくださいよ!って言わせてみるのでござる!」
売り言葉に買い言葉とはまさにこのことである。後日、玄以は信長からの無茶振りで畿内だけでなく、岐阜、尾張、果ては伊勢にまで、ご立派さまと合法幼子でかつ控えめな女性を探し出す旅に出ることになるのであった。
三好三人衆を駆逐することに成功した信長は、続けて、大坂の地の三好方の城を落としにかかる。三好家の代表たる三好三人衆を失うことにより、各城では一気に士気を失い、一斉に落城することになる。
一向宗の反撃により、多少の被害は出たものの、結果としては織田家の圧勝ということになる。大坂の地のほとんどは本願寺顕如が拠点とする石山御坊とその周りの砦や城を残して、信長の手に落ちることとなるのであった。
「ふう。やっと大坂の地は安定へと向かうのだぎゃ。一時は身を隠さねばならかったのだぎゃ、これで堺を本当の意味で織田家で牛耳ることができるのだぎゃ。浅井長政さまが信長さまを裏切ってからは、堺の商人たちは反攻を企んでいたのだぎゃ。これは少々、粛清せねばならないのだぎゃ」
そう、ひとり呟くは、信長に堺の奉行を任されていた松井友閑である。彼は浅井長政の離反から始まり、一向宗の蜂起、三好三人衆の復活により、織田家の中で一番、その被害を受けた男であった。
堺はもともと権力者からの独立気質が高く、松井友閑を追い出せとの論調が強くなっていたのである。だが、主君である信長さまが、再び、大坂の地を手中に収めたことにより、今まで身を隠していた松井友閑は、堂々と表舞台へと帰っていくのである。
そして、松井はその手に持った大ナタを堺の商人たちに存分に振るっていくのである。
「さあ、今まで散々、調子くれてたやつらを始末してやるのだぎゃ!ついでに財産も没収してやるだぎゃ!」
「ちょっ、ちょっと待ってほしいんや。この今井宗久の顔に免じて、財産没収までは勘弁してやってほしんや!」
「あかんのやで。そんなことをしたら、信長さまの名声が堺の地ではずたぼろになりまっせ!この津田宗及が堺の商人たちをまとめさすさかい、どうかどうか、許してほしいんや!」
しかし、堺を代表する今井宗久、津田宗及の頼みをもってしても、松井友閑の大ナタが止まることは無かったのである。
この粛清によって、ついに長年続いていた堺の自治都市としての権限は失われることとなる。信長の堺掌握は三好家を大坂の地より駆逐したことで完全なものとなるのであった。
「さあて、三好三人衆は無事、全員、なで斬りにしました。さらに大坂の各地の城も手に入りました。ここまで順調だと何か怖い気がしますねえ?」
「まあ、本当なら浅井長政さまが裏切らなかったら、殿が天下を順調に取っていたんだ。それがまさかの包囲網を敷かれたんだからなあ?逆転からの逆転で何とかここまで失地回復できたのって、結構、奇跡だと想うぞ?」
「ガハハッ!そう言えば、殿のマゲが宙高く飛んで行ったり、へにゃりと垂れ下がったり、大変だったでもうすな。今日の殿のマゲは気合が充実している感じに見えるでもうす」
勝家がそう言うので信長が自分のマゲをクイクイッといじる。その瞬間、ポロリとマゲが地面に転げ落ちる。そのため、信盛と勝家がギョッとするのである。
「あっ、あれ?しょっちゅう、つけ外ししてたら、接続部がガバガバになってますね。うーん?どうしましょう?このまま、取り付けが不安定だと、先生、身体のバランスが取れなくなってしまいます」
信長が地面に転がった自分のマゲを右手で拾い上げ、どうしたものかと思案していると、河尻が裸の男を3人従えてやってきて
「炊き立ての米粒でもつけておけば良いのだ。そうすれば、糊の代わりになるのだ。まったく、マゲをいじるのはほどほどにしておいてくれと頼んでいたのだ」
「ああ、河尻くん。そうですか、炊き立ての米粒ですか。応急処置としてはそれで充分ですねえ?って、まだ、河尻くんの性欲は収まりきれていないんですか?」
「うーむ。戦をすればするほど、昂ってしまうのだ。殿よ、さあ、次の戦場を自分に示すのだ。次も先鋒に名乗りを上げるのだ!」




