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ー狂喜の章14- 三好長逸(みよしながやす)は生き延びたい

「はあはあはあ。やっと瀬田に着いたのでそうろう。本当にあの後、道端で拾った大福を食べて、腹が下ったでそうろう山内一豊やまうちかずとよ、侮れぬでそうろう。あの時もらった紙の束の恩は敵と言えども忘れないでそうろう


 山県昌景やまがたまさかげはかつての主君である信玄さまのことを思い出していた。宿敵であった上杉謙信から塩を送られた事件があったのだが、まさに山県やまがたにとって、山内はそういう宿敵になる男なのだろうとそう想うのである。


「さて、長らくお待たせしたのでそうろう。信玄さま。瀬田に武田家の御旗を立てるのでそうろう!ひのもとの国の大名よ、民よ、将軍よ!武田家は瀬田に到着したでそうろう!さあ、今こそ、憎き信長を地獄へと落とすのでそうろう!」


 山県やまがたは京の都の東の入り口である瀬田の地で高笑いをするのであった。その時の山県やまがたは武田家の勝利を、織田家の滅亡を信じて疑わないのであった。




「さて、そろそろ頃合いですかね。狼煙のろしを盛大に上げてください!三好三人衆をこの世から消します。ここ、飯盛いいもり城のみならず、高屋たかや城、岸和田きしわだ城、そして有岡城を攻めるよう伝令を飛ばしてください!」


 信長は部下たちにそう命令を下す。飯盛いいもり城の東の地で盛大に狼煙のろしを上げさせ、他の地にいる配下の将たちに合図を送るのである。


「おっ?やっと飯盛いいもり城から狼煙のろしが上がったか。よし、お前ら、岸和田きしわだ城の手前で待機している勝家かついえ殿に伝わるようにこっちでも狼煙のろしを上げるんだ!いくぞ。これで三好三人衆はこの世から引退だ。お前ら、きばっていけよ!」


 飯盛いいもり城から南に位置する高屋たかや城の近くで兵を伏せていた信盛のぶもり隊も動き出す。


 さらに高屋たかや城から西の岸和田きしわだ城の近くで兵を伏せていた勝家かついえ高屋たかや城方面から上がっている狼煙のろしを見て、おおいに笑う。


「ガハハッ!やっと岸和田きしわだ城を攻めていいとの許しがでたのでもうす。貴様ら、わかってはいると思うが、まずは、みなとを制圧するでもうす。三好三人衆をこの大坂の地から脱出させぬようにするでもうす!」


「では拙者が兵1000を率いて、岸和田きしわだ周辺のみなとを制圧してくるでござる。なあに、そちらのほうに三好三人衆が来たら、首級くびをとっていいのでござるよな?」


 そう言いながら不敵な笑みを浮かべるは元・美濃みの三人衆のひとり、稲葉一鉄いなばいってつである。彼は氏家卜全うじいえぼくぜんが長島攻めの際に落命したあと、柴田勝家しばたかついえの副将のひとりとなっていた。


「ガハハッ!一鉄殿。ゆめゆめ油断されぬことでもうす。窮鼠きゅうそ、猫を噛むと言うことわざがあるでもうす。くれぐれも氏家殿のように早死にしてはいけないでもうすぞ?」


「ふむ。わかったのでござる。ならば、3人とも首級くびを斬り飛ばしたいところであるが、2人までで抑えておくでござる。残りは勝家かついえ殿にお譲りするでござる」


 一鉄の言いに思わず吹き出してしまう勝家かついえである。


「ガハハッ!減らず口をそこまで叩ければ心配無用でもうすな!では、みなとのほうは任せたゆえ、我輩は我輩の仕事をするのでもうす!」


 勝家かついえはそう言うと、のっそりと自分の馬にまたがり、鞘から刀をスラリと抜き出す。そして、その刀を前方の岸和田きしわだ城へと突きだし


「全軍、突撃でもうす!三好三人衆がこの地へ来る前に落としてしまえでもうす!」


 突然の大坂の地にある三好方の3城同時攻めにより、摂津の勝竜寺しょうりゅうじ城を囲んでいた三好三人衆はおおいに慌てることになる。


「ど、どういうことなり!何故、飯盛いいもり城、高屋たかや城、さらに岸和田きしわだ城までもが攻められているんだなり!織田は東からやってくる武田信玄が怖くないのかなり。3城が攻められたと言うことは、少なくとも3万以上の織田兵たちに攻められていることになるんだなり!」


 三好三人衆のひとり、岩成友通いわなりともみちは何が起こったのか全く把握できていなかった。彼らは織田のほとんどの兵は東の地からやってくるはずである武田信玄の対策のためにこちらに力を注ぎ込むことができなとタカをくくっていたからである。


「一体、何を考えているのでござる、信長は!生地せいち尾張おわりを武田信玄に蹂躙されてでも我らの首級くびが欲しいと言うのでござるか?狂っているのでござる、信長は狂っているのでござる!」


 三好政康みよしまさやすは、混乱の極みであった。徳川家が去年、武田信玄の手により完敗を喫したと言うのに、その信玄を信長はまるで怖くないのかと。3万以上と言えば、尾張おわりと岐阜でねん出される兵数とほぼ同等だ。その全てを信長は、ここ、大坂に展開しているのである。


「た、大変なのでしゅ。有岡城までもが、織田方の兵に取り囲まれているのでしゅ!3城同時じゃないでしゅ。4城同時攻めを信長は敢行しているのでしゅ!」


 そう言いながら、三好の本陣に飛び込んでくるのは三好長逸みよしながやすである。彼は真っ青な顔で岩成友通いわなりともみち三好政康みよしまさやすにそう告げるのである。


「逃げるのでしゅ!こん勝竜寺しょうりゅうじ城なんて放っておくでしゅ!このままでは、三好家は大坂の地から追い出されるだけではすまないでしゅ。僕たちの命も危ぶまれる状況なのでしゅ!」


 長逸ながやすは悲痛の叫び声をあげる。だが、岩成は本当に織田家が4つの城を同時攻めしているとは思えなかったのである。単純に考えれば、ひとつの城に最低は1万の兵を当てがうと考えても、4つの城となれば4万の兵が必要となるからだ。それほどの軍を織田領の東から持って来れば、武田信玄により、尾張(おわり)だけでなく、岐阜も抜かれ、南近江まで侵攻を許すことになるからだ。


「本当の本当に、大坂の地にある三好家の城は攻められているのかなり?怪しいなり。攻めると見せかけて、小勢で陽動をかけているだけではないかなのなり?ここは、もう一度、物見(ものみ)を飛ばすなり」


「な、な、何を言っているでしゅ。最初の報告だけで充分、危険だと言うことは判明しているでしゅ。ここで、そんな悠長なことを言っていると、本当に死んでしまうのでしゅ!」


「そう思わせることこそが信長の策略なんだなり。4つも城を同時に攻めさせれば、東の守りはガタガタになるはずなんだなり。ここ、勝竜寺(しょうりゅうじ)城の包囲を解かせることこそ、信長の真意なり!」


 岩成が自信有り気にそうのたまう。だが、長逸(ながやす)としては付き合ってられるかとばかりに


「岩成がそう言うのであれば、物見(ものみ)を飛ばせば良いでしゅ。だけど、僕は先に淡路へと逃げさせてもらうでしゅ!」


「き、貴様!信長の策に自らハマるつもりかなり!小勢で4つの城を同時につついているだけなり!そんなこともわからんから、長年、信長如きに苦渋を味らわせられることになっているんだなり!」


「言いたいことはそれだけでしゅか?僕は退散するでしゅ。次に会う時は黄泉比良坂よみひらさかでないことを祈っているでしゅ!」


 長逸ながやすは吐き捨てるように言い、本陣から出ていく。そして、自分の馬に跨り、一目散へと淀川沿いを駆けて逃げていくのであった。


「ど、どうするのでござる?長逸ながやすは逃げてしまったのでござる。拙者たちも逃げたほうがいいのではないかでござる?」


 政康まさやすは岩成に詰めかかる。だが、岩成は知ったものかと言う顔つきで


「臆病者など放っておくなり。それよりも勝竜寺しょうりゅうじ城を落とすなり。そうすれば、陽動策など無意味になるなり。政康まさやす、一気に攻めたてるなり。あの城を守る、細川藤孝ほそかわふじたかを討ち取るなり!」


 岩成はあくまでも強攻策を提示する。政康まさやすはそれに否応なく従うしかすべはなかったのであった。




「はあはあはあ。ここまで逃げれば、あとは舟に乗り、淡路に渡るだけでしゅ。いくら奇襲と言えども、信長もこのみなとまで封鎖できるわけではないでしゅ!おい、そこの船頭、僕を舟に乗せるでしゅ!」


「おおう。これは身分が高そうな武士もののふでござる。三好三人衆のだれかひとりと見受けられるでござる」


「う、うるさいでしゅ。そんなことよりも、さっさと舟を出せでしゅ。僕は三好長逸みよしながやすでしゅ。褒美は淡路に着いたときにでも渡すでしゅ。僕を安全に淡路に送り届けろでしゅ!」


 長逸ながやすはまくし立てるように船頭と想われる男に言いのける。船頭はにやりと笑い、長逸ながやすを乗せて、みなとから出発する。


「ふう。助かったのでしゅ。これで、僕だけは逃げのびることが出来たのでしゅ。岩成と政康まさやすは馬鹿でしゅ。あいつらこそ、三好家の癌だったでしゅ。僕が三好家を立て直してくれるのでしゅ!」


 岸から離れるにつれ、長逸ながやすは岩成と政康まさやすに恨み事を言いのける。しかし、何故、織田家はその全力に近い形で大坂の地を攻めてきたのか。武田信玄の侵攻が怖くないのかと想うのである。


 長逸ながやすはそう想いながら、ふと気づくことがある。


「お、おい。船頭!なんで、方向転換をしているでしゅ!そちらの方角は岸和田きしわだ方面でしゅ!僕を騙したのでしゅか?」


「あーははっ!俺は船頭ではないでござる。織田の将、元・美濃みの三人衆がひとり、稲葉一鉄いなばいってつでござる。頑固一徹と言ったほうがわかりやすいでござるか?」


 長逸ながやすは騙されたことにようやく気付く。そして、腰にはいた刀をすらりと抜き出し、一鉄に斬りかかるのであった。


「ふむ。三途の川を渡るには駄賃が必要でござる。さて、長逸ながやす殿の首級くびを一体、いくらで信長さまは買い取ってくれるでござるかな?」

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