ー狂喜の章 9- 足利義昭、蜂起する
カーカーカー!チュチュチュチュチューーーン!
「うるさいなのでおじゃる!今、一体、何時だと想っているなのでおじゃる!毎日、毎日、朝っぱらからカラスとスズメが鳴き叫びおってからになのでおじゃる!いい加減、京の都からあいつらを全部、駆除するのでおじゃる!」
義昭はさぞ機嫌が悪そうに布団から飛び起きて叫ぶのである。
「将軍さま、朝なのでがんす。カラスとスズメがうるさいのは仕方ないのでがんす。それよりも、今日は大事な日なのでがんす。将軍さまが寝坊されては困るのでがんす」
義昭が起きたのは朝5時であった。京極が義昭を起こしにきたわけだが、その前に義昭は鳥たちの鳴き声で眼を覚ましたのである。
「おおう。そうだったのでおじゃる。京極、まろが寝る前に頼んでいたことはきっちりやってくれたでおじゃるか?いよいよ、まろの新たな人生が始まるのでおじゃる。失敗は絶対に許されないのでおじゃる!」
義昭が京極に対して、語気を強めて言う。
「心配めされるなでがんす。ちゃんと将軍さまの命じられた通り、本圀寺跡から物資をここ二条の城へと搬入し終わっているのでがんす。これで10年は二条の城で戦えるのでがんす!」
「兵はどうしたのでおじゃる?頼んでいた5000の兵はひとりたりとこ欠かずに、京の都の近郊から二条の城へと移動できたでおじゃるか?」
「信長めが関所撤廃をしていたおかげで、何の障害もなく、5000ものの兵が二条の城へと入れたのでございます。皆、武具を身に着け終わっているのでがんす。あとは将軍さまの一言で、皆、動きだせるのでがんす!」
京極の強い言いに、義昭が鼻をふんっ!と鳴らし
「よっし。京極。しっかり仕事はこなしてくれたようでおじゃるな。この蜂起が成功した暁には想いのままの褒賞を与えるのでおじゃる。さて、朝めしを喰いながら、まろも鎧姿へと着替えるのでおじゃる。朝6時には蜂起の宣誓ができるようにするのでおじゃる!」
義昭はそう言いながら、足早やに寝室から出ていく。その後を追って、側付きの者たちや京極が続くのである。
1573年5月5日 朝6時 運命の歯車が回りだす。
「まろは織田信長から独立を宣言するのでおじゃる!全国の大名たちよ。武田信玄が上洛するのでおじゃる!それに合わせて、ひのもとの国に大乱を起こした男、織田信長を討つのでおじゃる!」
ついに、将軍・足利義昭が信長に対して蜂起を実行する。二条の城には義昭が集めた5000の私兵がうおおおおおおお!と雄たけびをあげる。
この報に歓喜したのは畿内周辺の大名たちであった。
「おお!ついに義昭さまが立ちあがったのだぞ!これで、信長包囲網は本当の意味で完成なのだぞ。あとは、信玄殿と歩調を合わせて義兄・信長を討ち果てせば良いだけなのだぞ!」
浅井長政は狂喜していた。信長に反旗を翻してから3年。ずっと、信長の猛攻に晒され、北近江の各地の砦を取られまくっていた。浅井家は風前の灯であったが、これでようやく反攻に討って出ることができるようになる。
「朝倉義景殿の軍をたった3000で追い返した徳川軍を信玄殿は完膚なきまでに叩き伏せたのだぞ!その信玄殿が、織田家を東から犯すのだぞ。これで、織田家が滅亡するのは必定なのだぞ!」
長政は復讐の炎を両眼に宿していた。そして、失われた領地を取り戻すべく、盟友・朝倉義景に出陣を促すことになる。
「うむ。義昭さまが京の都で蜂起したのは朗報なので候。年末年始に越前に帰らなければならなかったのは口惜しいことだったので候。だが、そのおかげで、今年は春の苗付けがしっかりできたので候。全力を持って、浅井長政殿に助力をするので候!」
義景もまた、金ケ崎、姉川、比叡山での戦いで受けた屈辱に身を炎で焦がす想いであった。武田家が織田家を脅かすことにより、これは絶対に勝てる戦いであることに疑いを持たないのであった。
「我ら三好三人衆なり!今から、大坂の地を取り戻すべく、動くのなり!三好政康、三好長逸、俺に続くのなり!」
三好三人衆がひとり、岩成友通が淡路に兵を集めて、海を渡り、大坂の木津川口へと兵を満載した舟を出していた。
「やっと大坂の地に戻ってくることができたのでしゅ。三好長逸、感激なんでしゅ!」
「拙者も屈辱の日々を過ごしてきたのでござる。思えば、大津の地で大敗したときからの因縁なのでござる。ああ、信長め。お前の首級を取るのはこの、三好政康なのでござる!」
三好三人衆もまた昂っていた。かつては主君である三好長慶が足利義輝を神輿に担ぎ、京の都で足利の幕府で美味い汁を吸い続けてきた。
将軍家の傀儡化は松永久秀の足利義輝謀殺のせいで、一度はとん挫したが、足利義栄を次の将軍に就けることにより、栄華は続くと思われた。
だが、それを邪魔したのが義昭奉じる織田信長であった。三好三人衆は事あるごとに義昭自身を誅殺しようとしてきたが、それも叶わず、ついに自分たちが奉じてきた足利義栄が病死してしまう。
このことにより、三好家はかつての権勢を失い、京の都のみならず、大坂の地からも追われることとなる。三好三人衆は反撃の機会をうかがっていた。本願寺顕如と手を結び、顕如を通じて、現将軍である義昭と通じ、あとは義昭本人の蜂起と信玄の上洛を待つだけだったのだ。
今まさに、反信長陣営は、天の時、地の利、人の和を得たのである。
だが、反信長陣営の中でひとりだけ、この一連の動きに不審感を持った男がいた。
「どういうことなんやで?なんで、武田軍は一度、本国・甲斐の国に戻ったんやで?おい、頼廉。説明してみいや?」
「そ、それはいくら武田家と言えども、春の苗付けは必須なのでございます。それくらい、顕如さまでもわかっているはずなのでございます」
頼廉にそう言われ、顕如は、あああああああああん?と怒りをあらわにする。
「そんなことは言われなくてもわかっているんやで。わての言いたいことはそう言うことじゃないやんけ!なんで、全部の兵を退く必要があるんやと、言っているんや!2万4千の内、半分も帰せばいいだけの話やろ。武田軍が上洛した時には、わてら本願寺が兵糧の供出をすると言う約束をしていたんや!」
顕如はそう言いながら、頼廉の胸ぐらを掴む。
「そ、そんなことを拙僧に言われても困るのでございます。た、たぶん、野田城攻めに時間をかけすぎたために兵糧を喰いきったのかも知れないのでございます」
「そんなわけあるかいな!」
そう顕如は頼廉を怒鳴りつける。だが、頼廉の言いを思い返し
「いや、待つんや。頼廉、お前の言うことも一理あるんや。野田城の奴らに思わぬ反撃を喰らって、兵糧を焼き尽くされたのかも知れへんな。それで、軍の維持がままならぬことになったと言うわけかいな。くそっ。信玄は役立たずやで」
「ま、まあ。今は5月に入ったのでございます。あと1週間もすれば、武田家も苗付けを終えるはずなのでございます。そうすればまた信玄殿は2万を超える大軍勢で織田領を侵犯するのでございます」
「ほんま頼みまっせ、信玄。あんたさんがおらんかったら、この信長包囲網は意味をなさんのや。はよう、戦線に戻ってきてくれやで?」
畿内の諸大名たちはこぞって、信玄の再来を待ち望んでいたのであった。そして、将軍・足利義昭が二条の城で蜂起した2週間後、ついに武田軍は動き出す。
「ふう。信玄くんが亡くなったのは本当の話みたいですね。先生、これで一安心ですよ。さて、東は家康くんに全て任せましょう。織田家は畿内の掃討戦を開始します!」
「勝頼も馬鹿だよなあ。わざわざ、俺たちに信玄が亡くなったと宣伝してくれてるんだしさあ。甲賀の方も片が付いたし、まず、大坂に攻めてきている三好三人衆を蹴散らすわけ?殿」
武田勝頼は1万ほどの兵を率いて、遠江の天竜川を越えて、二俣城へ侵攻を開始した。だが、それがいけなかった。信玄が亡くなったことを信長へ逆説的に証明してしまったのである。
しかもだ。信玄の死は公としては他国には伏せられていた。この時点で信玄の死を事前に知っていたのは、信長、家康、それにそれを信長に伝えた謙信だけである。
「まったく、1週間で片をつけろと命じていたのに、何を2週間かけているんですか?のぶもりもり。ちょっと、余裕もできたことですし、小一時間、説教でもしましょうか?」
「ちょっ、ちょっと待ってくれよ!俺と勝家殿はしっかり仕事したじゃん。でも、殿が訝しがって、本当に甲賀が降伏するつもりなのかどうか、実地見分しはじめたのが原因だろうが!」
信盛の言う通り、確かに1週間で甲賀の住民たちは織田家からの降伏勧告を受け入れた。だが、信長が本当に不戦の約束を守るのかどうかと、甲賀の各地の里長たちひとりひとりに念書させたのである。それで追加で1週間かかっただけなのである。
「あれ?そう言えばそうでしたっけ?先生、記憶力が悪いので、すっかり忘れてましたよ。いやあ、歳はとりたくないものですねえ?」