ー狂喜の章 3- そういえば勝家くんに言い忘れていた
「武田家の100騎馬イコール1勝家くんですか。では、勝家くんを100人用意しないと、武田家とは決戦を行えないと言うことですね。と言うことなので、信玄くんは亡くなりましたけど、武田家攻略は後回しにしましょう。信玄くんが亡くなったからと言って、武田四天王まで一緒に死んだわけでもありませんし、まだまだ、織田家には戦力が足りませんねえ」
信長は腕を身体の前で組みながら、うんうんとうなづき、ひとりで納得する。
「殿ひとりで納得されても、俺たち、困るんだけど?俺たち3人を呼んだ以上は、信玄が亡くなった今の機会を使って、織田家の敵たちに反撃に出ようって話をしたいわけだろ?」
「そうですね。では、のぶもりもりたちが岐阜と尾張で戦っていた間に畿内で起きようとしていることを説明しましょう。貞勝くん、例のアレを持って来てください」
わかったなのじゃと貞勝は信長に応え、部屋から一旦退出し、5分後、戻ってきたときにはひとつの書状をその手に持っていた。
「これは義昭の、うーむ、そうじゃな。将軍・足利家の軍事担当の長から色々と尋問ごほんごほん、相談した内容をつぶさに書き綴ったものなのじゃ」
将軍・足利家の軍事担当と言うもったいぶった言い方にうん?と不可思議な顔つきになる勝家、信盛、光秀である。
「どう言うことでもうす?殿はかつてより、義昭が軍隊を持てないように散々、土地を与えることをしてこなかったでもうす。あやつの軍事担当と言えば、今は亡き和田惟政殿の跡を継いだ京極高吉殿だったはずでもうす。京極殿を尋問したごほんごほん、相談したとはどういうことでもうす?」
勝家がさっぱり話がつながらないと言った感じで貞勝に尋ねるのである。
「それについては先生が貞勝くんに代わって説明しましょう。義昭くんが織田家から離反する予定です」
えええええええええ?と再び、勝家が眼の玉を引ん剥くことになる。だが、信盛と光秀はそんなことを以前、殿と話していたなあと想い出すだけである。
「ど、ど、どどどどど、どういうことでもうすか!いくら、信玄が亡くなったからと言って、将軍を手放すことになるのでもうす!何故、殿はそんな大事なことを我輩らに言ってくれなかったでもうすか!」
激しく動揺する勝家に対して、信長がたいして気にもせずと言った感じで返す。
「いやあ。そろそろ、足利の幕府を潰してしまおうと想っていたところなんですよ。本当のところ、武田家をどうにか本国で封じ込めれた後にでもと想っていたのですが、いやあ、信玄くんが良いタイミングで死んでくれましたからねえ。これで後顧の憂いなく、足利の幕府を潰せるって言ったもんですよ!」
「それで俺たちに信玄の死は誰にも言うなって言ったわけか。やっと話がつながってきたぜ。で、勝家殿がまだよくわかってないようだけど、もっと説明しといたほうが良さげだよなあ?」
「そうでもうす。何やら、信盛殿たちは義昭の件について知っているようでもうすが、我輩は初耳なのでもうす。どういった流れになっているのでもうす?」
事情がわからぬ勝家に対して、信長たちは身振り手振りでいきさつを説明する。義昭が武具や兵糧を本圀寺の跡地に集めていること。信長がわざとそれを見逃してきたこと。そして、本来なら武田家が本国に帰還したあとに隙を見せて蜂起させようとしたところ、絶好のタイミングで信玄が死んだことを説明するのである。
「なるほどなのでもうす。やっと頭の回転が鈍い我輩にも理解できたのでもうす。いやあ、こんな面白そうな企画、何故に我輩に教えてくれなかったでもうすか?」
「いやあ。実際に義昭くんの蜂起計画を知ったのが3か月ほど前なんですよ。たまたまなんですよ。貞勝くんが夜、京の都を酔っ払って千鳥足でこの屋敷に戻ろうとしたときに、本圀寺跡の横を通り過ぎたんでしたよね?」
「わしもあの時ばかりは何が起きているのかは、よくわかっていなかったなのじゃ。本当にたまたま、本圀寺跡で立ちションをしていたら、奥でガサガサと物音とひとの話し声が聞こえてきたのじゃ。怪しい集団だと想い、改めて次の日に調査をしてみたら、義昭がそこに物資を運び込んでいたと言う話なのじゃ」
「なるほどなのでもうす。酔っ払った夜の立ちションがこれほどまでに重大な件を探りあてることになるとは、誰も予想がつかないでもうすな。我輩も今度、酒に酔っ払って立ちションをしてみるでもうす。何か重大な秘め事に出くわすのかも知れないのでもうす」
勝家が真面目な顔つきでそう言うので信盛は
「やめとけ、やめとけ、勝家殿。勝家殿がそれをやると、義昭の件以上にやばそうなものに出くわしそうで寒気がするぜ?今はもう、これ以上の面倒ごとは御免こうむる気分だぜ」
「うーむ、そうでもうすか。我輩も一大スクープをゲットしたい気分でもうす。織田家の情勢が落ち着いたら、やってみるでもうす」
「ふひっ。結局は立ちションをするつもりなのでございますね。良いのでございます。僕もその時はお供して、一緒に立ちションをするのでございます。男の友情は連れションと相場が決まっているのでございます」
光秀の言いになんだかなあと想う信盛であるが、これ以上、ツッコミを入れていたら本題からドンドンずれていくのでやめることにする。
「で?殿と貞勝殿の見立てでは、義昭はいつ、蜂起を決行するわけなの?1カ月後とかその辺り?」
「明日ですよ?」
信長の簡素な応えに、思わず信盛も、へっ?と応えてしまう。
「いや、だから、明日の明朝ですよ。二条の城を乗っ取ると言うのもおかしな言い方ですけど、義昭くん、今晩、兵士たちが寝静まった隙を突いて、本圀寺の跡地に集めた物資と京の都の周りに伏せてあった私兵を二条の城に入れるつもりなんですよ」
「おいおいおい。いくらなんでもいきなりすぎるだろ!こっちとしては何の準備も出来てないんじゃないの?こっちの動ける将と言えば、殿を入れれば4人だけだぜ?」
「何を言っているのですか、のぶもりもりは。勝家くん、光秀くん、のぶもりもり、そして先生がそろっているのですよ?義昭相手には充分すぎる戦力じゃないですか?」
「ま、まあ、それはそうだけどよお?京の都に連れてきた兵士なんて、光秀の子飼いの3000だけだぜ?あとは、貞勝殿が二条の城から義昭を出さないための2000だろ?いくら、相手が義昭だけと言っても城を囲むだけで何もできないぜ?なんなら、堺の方を担当してもらってる細川藤孝殿に救援を呼んだ方が良いと思うんだけど」
「それは無理でしょう。義昭が蜂起すれば、勢いづくのは三好三人衆と顕如くん率いる一向宗たちなのです。その相手をしなければならないのが藤孝くんです。あれ?今、想いましたけど、藤孝くんって、西と南から同時に攻められて死んでしまうんじゃないんです?」
「ふひっ。後から藤孝殿にめっちゃくちゃ怒られそうでございますね。信長さまのことだから、藤孝殿には義昭蜂起の話は一切、していないのでございますよね?」
「もちろんです。別に藤孝くんが義昭の蜂起を聞けば、あちら側に寝返ることを心配しているわけではなく、彼の家臣には幕臣が多いのです。その者たちが離反する可能性がある以上、藤孝くんには教えられないと言うわけです」
「藤孝殿も難儀なお方なのじゃ。心はすでに織田家にあると言っても、家中ではそういかぬものなのじゃ。いっそ、全部、斬り捨ててしまえば良かろうものなのじゃ」
「そんなことしたら、藤孝殿が今度は義昭の奴に疑われることになるじゃん。貞勝殿、いくらなんでもその考えは軽率すぎると思うぜ?」
「わかっているのじゃ、そんなことくらい。ちょっとした言葉のあやと言うものじゃ。さて、藤孝殿の家臣を一新させるには良い機会なのじゃ。反逆者リストでも今の内に作っておくことにでもするのじゃ」
貞勝がふーんふんふーんと鼻歌まじりに紙に何かを墨で書き綴るのである。それを見た信盛はぞぞぞと何か背中に寒気がする想いになる。
「で、殿。義昭が明日、蜂起をするのはわかったのでもうす。それで、織田家はすぐにでも京の都の半分を火で灰塵に帰すのでもうすか?」
勝家がそう信長に問う。信長はけろりとした顔つきで
「いえ?しばらく、二条の城を包囲するだけですよ?そんな京の都を焼く程度じゃ、将軍としての権威は地に堕ち切ることはありません」
信長の応えに勝家がふむと息をつく。
「では、いつ頃、義昭を二条の城から、ここ京の都から追い出すのでもうす?余りに遅すぎては奴の権威は逆に増してしまうでもうす」
続けて勝家が時期について信長に問う。信長は、うーんと唸り
「義昭が蜂起してからこそが肝心なのですよね。武田家は多分ですが、今年いっぱいは嫡男の勝頼くんが信玄くんの跡を継ぐためにいろいろと軍事関連でやらねばならないはずです。甲斐や信濃などの各地の豪族たちと改めて、良好な関係を築くのに時間を割くことになるでしょう。この今年1年を使って、義昭の権威を確実に失墜させねばなりません」
「なるほどなのでもうす。殿が考える時間制限は今年いっぱいだと言うことでもうすな?では、次に、何をして義昭の奴の権威の衣を剥ぐでもうすか?」
「これは至って簡単です。義昭の頼る者すべてを斬り倒すだけです。そう、なで斬りです!」