ー大乱の章 4- 信盛(のぶもり)の憤慨
「顕如くんは、もしかして、信徒たちの命など、虫と同程度だと思っているんじゃないですか?それこそ、畑か何かから、勝手に生える雑草などと変わりがないのかも知れませんね」
「たまったもんじゃねえな、そんな考えの宗主を神として仰いでいる一向宗どもは」
信盛がまるで苦虫を噛んだかのような渋面になる。
「まあ、産まれながらにして現人神なんです、顕如くんは。ひのもとの国に住む人間なぞ、帝を省いて、すべてを見下している可能性が高いですね。こちらから言わせれば、何言ってやがるって文句のひとつでも言いたい気分ですよ」
そう言いながら、信長は思う。将軍を傀儡化した、自分だって、顕如くんに言わせれば、そこらの石ころと同価値に思われているのやも知れないと。
「結局、現人神と対峙するには、こちらも神を名乗らなければならないのでしょうかね。そうでもなければ、同じ交渉の机の席にすら、つくことはないでしょうね」
「殿は、この一向宗たちとの戦いがいつまで続くと睨んでいるんだ?」
「そうですね。織田家が滅びるか、もしくは、顕如くんが考えを改めるまで続くやも知れませんね。それこそ、石山御坊を完全包囲して、顕如くんの反抗心を根こそぎ奪い尽くすまで続くかも知れません。下手をすると、中国に覇を唱える毛利家を相手にしたほうがよっぽど早く決着が着くんじゃないですか?」
「毛利家攻略より時間がかかるって言うのかよ。そりゃあ、大変すぎだぜ。俺が生きている間に、この戦いが終わるのか、怪しくなってきたなあ」
「何を言っているんですか。のぶもりもり、きみ、今年でまだ、44歳でしょ。可愛い盛りの息子が居るのに、何を早死にするつもりでいるんですか」
「ええ!人生50年だぞ。それで44歳なんだ。楽隠居させてくれよ」
「何を言っているのやら。そんなこと言い出したら、先生だって、今年で37歳なんですよ?先生だって、長政くんから始まった、この一斉蜂起がなければ、楽隠居を決め込みたかったんですから」
「殿が楽隠居、決め込んじゃだめだろ!人生50年まで、10年以上あるじゃねえかよ」
「ええ?先生だって、しんどいんですよ。馬鹿将軍相手に、言いたくもないおべっかを言わされたりとか、勝家くんの筋肉によって、破壊された城の修繕をやらされたりとか、もう、うんざりなんです」
「確かに、それはしんどいな。てか、壊れた城くらい、勝家殿自身にやらせればいいじゃねえかよ。なんで、殿がわざわざ、直してるわけ?」
「だって、壊れたついでだから、いろいろと匠の技を凝らしたものを作りたくなるじゃないですか?義昭が将軍就任してから、一度、皆で奈良にある久秀くんの信貴山城を見にいったじゃないですか。あれはうらやましい限りに良い城です。先生、刺激を受けてしまいましたよ」
「ああ、あれなあ。城が総石造りの石垣だわ、城に天守閣を作ったりとかな。あれは俺の眼から見ても、あれにまさる城は織田家を探しても無いと言って過言じゃないからなあ」
松永久秀が建築した、信貴山城。それはひのもとの国、始まって以来、初めての試みがなされた城である。その特徴として、城の垣に使う石はこの時代では、手を加えることはなく、土と石で構成されたものが主流であったのを、石を加工し、その石と石の隙間をまた、小さな石で埋めた、総石造りの石垣であったのだ。
それだけでなく、現代では普通に見られる天守閣であるが、その天守閣もまた、この時代では珍しいものであり、その最初に建てられたのが信貴山城なのである。
その数々の新しい試みがされた信貴山城は、信長に大きな影響を及ぼすのであった。
「本当なら、越前の攻略が無事、終わっていたら、南近江か大坂の地に新しい城を作りたかったんですよね。六角家の観音寺城があるじゃないですか」
「ああ、あれな。殿が山城はもう嫌だ。あんなとこまで登りたくないって言いだして、使われずに放置されてるやつな」
「ほんと、山城なんて、岐阜城でこりごりですよ。なんで、金華山にわざわざ新しく城を作っちゃったんでしょう、先生。岐阜に帰るたびに憂鬱になりますよ」
「てか、殿は、まだあそこに住んでいるからいいじゃん。俺たちなんて、わざわざ、毎日、あの岐阜城に行かなきゃならないんだからよ」
「先生だって、年がら年中、城に籠ってるわけがないじゃないですか。町に下りて、屋台で買い食いしてるんですからね。帰り道のしんどさと言ったら、たまったものじゃないですよ。のぶもりもり、きみの屋敷と岐阜城を交換してくれませんか?」
「ええ?俺に何の得もないじゃん。結局、殿に会いに、城から殿いる屋敷にまで山を下って、また、寝に山を登って、城に帰らなきゃならなくなるじゃんかよ。何も変わらないじゃねえか」
「先生が楽になるからいいんですよ。他の家臣たちだって、山を登る必要が無くなります。のぶもりもりだけ損をすれば、丸く収まるじゃないですか」
「嫌だよ。それなら、勝家殿の屋敷と交換しろよ!」
「勝家くんには、病弱な奥さんの香奈さんがいるじゃないですか。彼女に毎日、山を上り下りしろとか、のぶもりもりは鬼か悪魔の生まれ代わりじゃないんですか?」
「ああ、そういえば、そうだった。こればっかりは俺が悪い」
「まったく、のぶもりもりは、そう言ったことまで、ちゃんと気にかけてないと、ダメですよ?小春さんにきつくお仕置きしてもらってください」
「って、元はと言えば、殿が岐阜城を山の上に建てるのが悪いんだろ。なんで、俺のせいにされるんだよ。話がおかしいだろ」
「いや、まあ、なんと言いますか、あの金華山からだと、天気が良い日は岐阜から尾張の南まで見渡せて、気分が爽快なんですよね。思わず、自分が天下人か何かかと勘違いさせられる風景なんですよ」
「完全に、殿の自業自得じゃねえか。今度、城を作る時はちゃんと考えて作りやがれ。俺が迷惑を被るのは筋違いってもんだろ」
「先生、反省します。次は山ではなく、平地に壮大な城を作りましょう」
「ああ、でも、平地に城を作るとなると、防御の面で心配だなあ。殿はその辺、どう考えているわけ?」
「簡単ですよ、小牧山城を思い出してください。あの城は丘の上に簡素な城と、その周りに堀を作ったじゃないですか」
「んー?でも、土を掘った程度のもんだったじゃん、あれ。あんなので城の防御力が高くなるとは思えないんだけど?」
「堀も石造りにするんです。さらにそこへ水を流し込みます。ほら、石山御坊って、周辺に川が流れていて、天然の要害になっているじゃないですか、あれと同じイメージです」
「なあるほど。人工の川で城の防御力を高めるってわけか。それなら、平地の城と言えども、簡単には落ちなくなるな。殿にしてはよく考えられてるじゃん」
「水堀に関しては、丹羽くんのアイデアなんですよね。フロイスくんからよーろっぱの城の図面を見せてもらったときに、ひのもとの国ではどうしたものかと思案したそうです。あちらの国々では、基本的には城の周りをぐるっと壁で囲むそうなんですよ」
信長の言いに信盛がふむふむと頷く。
「城を壁で包むのかあ。ひのもとの国と大差ないんだな、よーろっぱの国々も」
「のぶもりもり、何か、勘違いしているかもしれませんが、あちらの国々は、基本、平地や起伏が少ない丘陵に城を建てているのですよ。そして、街や畑をぐるっと囲むように城壁を作っているんです。ひのもとの国のような、城のみを城壁で囲むわけではないんですよ?」
信盛はそう聞き、驚きを表情に浮かべる。
「え、まじかよ!城下町や畑まで城壁で囲んじまうわけ?いくらなんでも、城として規模がでかすぎだろ。一体、どれだけの石を使えばいいわけだよ」
「ですから、ひのものとの国では、よーろっぱのような城は作れないと丹羽くんが言ってましたね。そもそも、城を総石づくりにするだけの石自体、数が足りないそうですから。従って、城下町まですっぽり入るような城壁を作るわけにもいきません」
「なるほどなあ。だから、丹羽は城壁で囲むんじゃなくて、地面を掘って、そこに水を張ることを思いついたわけか。掘った土も土塁として他の城で再利用できるしな。さすが丹羽だぜ」
「丹羽くんのプロデュース力には感心せざるおえませんね。建てるのが無理なら地面を掘ってしまえばいいなんて、中々、常人では考えが及びません。まさに、ころんぶすの玉子ってやつですね」
のぶもりは聞きなれない言葉に、んん?と言う表情を作る。
「なあ、殿。ころんぶすの玉子って何?転んだブスが玉子をおっとこしたのか?」
「何を言っているんですか。よーろっぱの国のことわざですよ。よーろっぱの国では今から70~80年前に、天竺を目指すための新航路を発見しようと血なまこになっていたそうです。のぶもりもりはこの大地が丸くて、西と東の端はつながっていると言うことは知っていましたっけ?」
「ああ、殿が自分の部屋に飾ってある、あのチキュウギ?って奴だろ。世界は平らな地で出来ているとばっかり思ってたから、そのチキュウギを見た時は、本当かどうか怪しんだものだぜ」
「実際に、この大地が丸い球状だと言うことを、船を使って、1周した人がいるそうですから、本当の話なんでしょうね。で、話を戻しまして、よーろっぱから西に行けば、地球は丸いはずなんだから天竺に着くと思っていたのが、ころんぶすと言うひとだったわけです」
「ほうほう、なるほどな。で、そいつと玉子がどういう関係があるんだ?」
「自分で言うのもなんですけど、大概、そういう時代の先駆者って言うのは、周りの人間からは疑いの眼を持たれるわけですよ。で、航海中に船の乗組員が、この大地が丸いわけがなく西の果てに行けば、地獄の奈落に転落すると騒いで反乱を起こしたわけです」
「そりゃあ、そうだよな。俺だって、半信半疑なんだ。本当に、この大地をぐるっと1周できたかどうかだって、怪しんでいるんだ」
信長はふむと息をつく。
「まあ、のぶもりもりの反応は、ごく自然な話ですよね。しかも、ころんぶすがよーろっぱの西を目指した当初は、まだ、この大地を1周したものがいなかった時代ですから、余計に、それを信じるひとが少なかったはずです」