ー大乱の章 2- 半蔵(はんぞう)の策
「半蔵殿、救援、かたじけない。だが、三河の兵を含めたとしても、相手は倍だ。このままでは尾張の奥まで一向宗たちが進軍してくるのは必至だ」
「案ずることはないでござる。すでに手は打っているのでござる。忍者おぶ忍者の手腕、見てもらおうでござる」
半蔵はすでに手勢3000の内、500を渡河させ、長島の北の堤防に兵を伏せていたのであった。半蔵は狼煙を配下の者に上げさせる。
すると、長島の北の堤防に伏せていた500の兵は一斉に堤防を破壊する活動を行ったのである。
「おう、者ども、頭からの合図だ。一斉に堤を破壊しやがれ!」
1時間後、堤防は決壊し、木曽川の濁流が長島に襲い掛かったのである。
これに仰天したのは、下間頼廉率いる、一向宗たちであった。長島の地は、みるみると水かさが増し、腰の位置にまで濁流が襲い掛かったのである。ある者は必死に家々にしがみつき、そうできなかった者たちは、濁流に飲みこまれていくのであった。
「なんと、水計でございますか。うむむ、これでは戦えないのでございます。皆の者!どこかの堤防を破壊されたやも知れぬ。急いで堤防を復旧させるのでございます!」
濁流渦巻く、長島の復旧に一向宗たちは手をこまねくことになる。その隙をついて、半蔵たちは奪われた小木江城の奪取に向かうのである。
「今が好機。奪われた小木江城に残る一向宗どもは数が少ないはずでござる。池田殿。皆に号令をお願いするでござる」
「う、うむ、わかったのだ。皆の者!一向宗どもの脅威は去った。小木江城に向けて、進軍するぞ」
池田5000と半蔵3000の兵が、奪われた小木江城に殺到する。一向宗の兵たちは突然の長島への水計で混乱をきたしていた。約3000の一向宗の兵たちは、果敢に池田隊と半蔵隊と戦ったが、長島からの援軍を見込めぬとわかり、玉砕覚悟で、城から討って出る。
「こやつら、勝てぬと見て、玉砕をするつもりなのか。ええい!皆の者、槍を手にもていいい。一人残らず、殺してしまうのだ」
池田が配下の者たちに号令する。だが、また死ぬまであきらめぬ敵兵と戦わねばならぬのかと、新兵たちの中から脱走者が現れたのである。くっと唸る池田である。
「所詮、金で集められた兵か!」
いきどおりを隠せない池田であったが、逃げぬ兵もまた存在する。彼らを必死に鼓舞しながら、池田は半蔵と共に、指揮を執る。池田は自分の軍才の無さに歯がみするばかりであった。
なんとか、一向宗たちの猛攻を防ぎ切ったときには、すでに、長島の一向宗の蜂起から早、2週間が経っていた。しかし、予断は許さない状況である。長島の水害が収まれば、また再び、奴らが攻めよせてくるのではないかと、気が気ではない、池田であった。
半蔵の水計の効果は、一益の籠る城にも波及していた。城を囲んでいた一向宗軍隊は、拠点の長島が水害に襲われたことにより、復旧活動に専念せざるおえなくなり、一時撤退を行ったからである。
「どうやら、尾張の方で何か、策を弄してくれたみたいっすね。おかげで、こちらも助かったっす。一豊っち。今の内に、城の壊れた箇所の修繕を兵たちに伝えてほしいっす」
「はっ、わかりましたでござる、一益殿。指揮でさぞかし疲れたでござろう。ゆっくり休んでおかれるがいいでござる」
「そうも言ってられないっすよ。一豊っちも、働きづめで、さらに、これから城の修繕作業だって言うのに、俺っちだけひとり、休むわけにはいかないっすよ」
「指揮官は休むことも仕事の内でござる。些事にかまけている時間があるのならば、休めるうちに休んでおいてくださいでござる」
一益は一豊の進言をありがたいものだと思う。南近江での六角義賢の暗躍に対して奔走し、次いで、ここ伊勢の地での一向宗の蜂起だ。最近、まともに寝れてなかったこともあり、身体はくたくたに疲れていた。
「じゃあ、皆には悪いっすけど、お言葉に甘えて、少し休ませてもらうっす。でも、何かあったら、すぐに起こしてほしいっす」
「兵たちにも交代で休むよう、指示を出しておくでござる。ささっ、早く、寝所に向かってくだされでござる」
一益は一豊に促されるように寝所に入る。すると、寝所には一益の奥方・香がすでに布団の中に陣取っていたのだった。
「一益、お疲れさま。戦のほうは、もう大丈夫なの?」
「ううん、何とも言えないっす。大事をとって、香を自分の手の届くところに置いていたのが功を奏したっすかねえ」
「長島の一向宗が蜂起したんだもんね。伊勢には一向宗を信じる民たちが多いから、外を出歩くのは少し怖いよ」
「それに南近江でも六角がゲリラ活動をしているっす。民たちは安心して夜を眠ることはできないっす」
「嫌な世の中になったもんだね。つい、この前までは、信長さまが将軍を傀儡化させて、天下は丸くおさまろうとしていたのに。これじゃあ、また、戦乱の世の中に舞い戻っちゃうよ」
「織田家の領内はまだ安全かと思っていたっすけど、これからどうなるか、わからないっす。これ以上、何事も起きないことを願うっす」
そう言うと、一益は香が入っている布団の中に潜り込んでいく。
「なあに?疲れてたんじゃないの?一益う」
「えへへ。疲れてるときほど、いちもつは元気になるもんっすよ。よいではないか、よいではないか」
「まったく、皆の前では威勢が良いのに、ほんと香と2人っきりになったら、甘えん坊さんになるんだから。こんな姿、一益の配下の人たちには見せれないね」
「いいんっすよ。仕事と私生活は別もんって考えないと、やってられないっすからね。皆が俺っちのために作ってくれた時間なんだし、有意義に過ごすっす」
一益はそう言うと、香の長襦袢の胸の部分に手をつっこみ、おっぱいを揉み始める。香は、うんっと声を漏らしながら、一益に口吸いを求める。
一益は唇を尖らし、香の唇をちゅっちゅぅと吸う。2人は布団の中でイチャイチャしながら、お楽しみの時間を過ごすのであった。
一方、近畿の方の情勢は、浅井・朝倉が比叡山の麓に陣を敷いたままであった。信長が村井貞勝に命じて、比叡山に検地で奪い取った所領を総て返すと書状を送らせたのであったが、比叡山からの返事はつれないものであった。
「あくまでも、この信長に逆らおうと言うつもりですか!ああ、いいでしょう。そちらがその気なら、こちらにも考えがあります」
比叡山からの返事に信長は激怒していた。仏敵・信長と交渉する気はないとのそっけない内容だったからである。それでも、信長は何度も諦めず、比叡山に浅井・朝倉に基地として比叡山を使わせるなと要請を送る。
だが、一向に比叡山は言うことを聞かず、1570年11月に入った現在も浅井・朝倉の補給基地として、比叡山は機能した。
「貞勝くん。先生が比叡山に対して、所領を返還しようとしたことを全国各地にお触れを出してください。世の中の人々に、比叡山は、中立を捨てたことを宣伝してください!」
「ははっ。わかったのじゃ。これは、殿がもしもの場合の時を考えてのことなのじゃな?」
「はい、その通りです。非は比叡山にあると、宣伝しまくってください。護国鎮護としての比叡山は死んだのだと、世の中に知らしめてください」
貞勝は自分の配下の者たちに指令を飛ばす。比叡山に送った書状と、比叡山からの返事を大量に書き写しさせ、畿内、美濃、尾張だけではなく、周辺国にも、その写しを立て札などに張りつけたのであった。そして、各地を治める大名たちにも書状で比叡山との交渉内容を知らしめたのであった。
信長はさらに動く。宇佐山城に詰めていた秀吉に、美濃と南近江の国境で蜂起を繰り返す一向宗たちの掃討を命じる。
「秀吉くん、いいですか?一向宗たちは死ぬまで戦う兵です。それならば、その全てを斬り殺しなさい。もし、相手が負けが濃厚になり、逃げだしたとしても、捕まえ、全ての首級をはねてやってください!」
「え、そんなことをしたら、ますます、一向宗たちは反抗をやめないと思うの、ですが。蜂起を抑えるには逆効果になるのでは、ないの、でしょうか?」
「極楽に行きたいがために、先生たちと戦うと言うのです、彼らは。それなら、信仰に殉じさせてやりましょう」
信長は心の奥底から湧き上がる、ドス黒い感情に支配されかけていた。愛する弟・信興を見殺しにせねばならなかった、自分に対して、怒りを感じずにはいられなかった。
信長の表情は険しかった。その表情を見て、秀吉は何も言うことができない。しかし、根切りにするまでのことはないであろうとも思うのであった。
逡巡する秀吉の顔を見て、信長は言う。
「秀吉くん。もし、根切りがつらいと言うのであれば、丹羽くんも一緒に派遣しましょうか?秀吉くんは根が優しいため、一向宗どもに手心を加えたくなるでしょう。丹羽くんなら安心して、任せられますからね」
そう言うと、信長は丹羽を本陣に呼び出す。呼ばれた丹羽は、何用なのかと、不思議な顔つきで信長の命を聞くことになる。
「え?丹羽ちゃんも美濃と南近江の国境に行けばいいのですか?」
「はい、そうです。丹羽くんなら、先生の望みを叶えてくれそうですからね」
「一向宗どもに産まれてきたこと後悔するようにプロデュースすればいいのですね?それなら、丹羽ちゃんが華麗に一向宗どもを極楽浄土に送ってあげるのです!」
「秀吉くんの分まで、殺しつくしてくれるよう、期待してますね?丹羽くんには佐和山城を与えますので、美濃と南近江の通行を確保するだけではなく、散々に極楽浄土への手続きを進めてください」
「の、信長さま!私も、一向宗どもを根切りに、します。信興さまの敵討ちをさせて、ください」
信長はふむと息をつく。
「秀吉くん。そうは言いますが、きみにそれが出来るのですか?無理をせずとも、丹羽くんに任せておけばいいのですよ?」
「できます。やらせてください、信長さま!信長さまが一向宗どもを根切りにしろと言う以上、単なる恨みのためだけに命じているとは思えま、せん。きっと、何か理由があると思って、います」




