ー反逆の章14- 宇佐山(うさやま)城の戦い その2
「景鏡め、何をやっているので候。たかだか1000相手に撤退をし、さらには1000もの傷兵を出すとは。あいつは役に立たないので候。ああ、真柄が生きていれば、こんなことにはならなかったで候」
朝倉が誇っていた豪勇第一の男、真柄直隆は、先の大戦・姉川の戦いで徳川家の本多忠勝に討たれていた。惜しい男を亡くしたものだと義景は後悔の念がぬぐえない。だが、いないものはしょうがないのだ。景鏡には頑張ってもらわないと困るのである。
義景は景鏡にさっさと坂本を抜けろと命じる。だが、成果は思ったほどに出ない。それほどまでに織田の1000が粘るのである。
先鋒の景鏡が苦戦して3日後、ついに義景は増援を決定する。斉藤龍興に3000の兵を率いさせ、坂本の峠の北側から攻めさせることにする。
対して、森可成は、織田・信治に500の兵を預け、北から回り込んでくる3000の敵兵に当てる。
「これ以上、敵を生かしておくわけには行かないぞ。さあ、この龍興が来たからには、敵兵すべてを屠ってやる!」
龍興は全軍に突貫を命ずる。しかし、対する信治は林に潜み、散発的に、龍興が向かってくる左右から、槍を手に持ち襲いかかり、龍興が上手く戦えないよう、伏兵作戦を展開するのであった。
龍興はそれでも突貫を止めずに、無理に兵を突き進めさせる。いたずらに傷兵を増やしていくのであった。
「この林を抜ければ、伏兵を配置することは出来なくなるのだ!早く、この林を抜けろ」
しかし、龍興の思い通りに戦は運ぶことはなかった。林を抜けようとしたその道の先を、倒木で塞がれていたからである。
「くそっ!これでは、林を抜けることはできんではないか。兵たちよ、さっさと倒木をどかせ」
龍興は配下の兵たちにわめき散らす。兵たちは参ったものだと思いながら、倒木をどかす作業に移行する。だが、その倒木に手をかけた瞬間、さらに、左右から木が倒れてくるのであった。その倒木により、龍興の兵が数名まきこまれることになる。
「さあ、今が攻めどきじゃ。矢を射かけろ!」
信治が自分の兵に指示を飛ばす。林の中から龍興の3000に向けて、四方八方から矢の雨を降らせる。龍興はひいと声を上げ、我先と来た道を逃げ出す始末であった。
しかし、来た道を戻っている最中、さらに木が左右から倒れてくる。その倒木をかいくぐり、必死に龍興は逃げようとする。信治が林に伏せておいた兵が、龍興めがけて踊りでる。
「なんなのだ。何故、俺がこんな目に会わなければならないのだ!」
龍興は、鞘から刀を引き抜き、それを上下左右に振り回し、向かってくる織田の兵を切り伏せていく。しっちゃかめっちゃかに刀を振り回すため、織田の兵も龍興には手を出せずにいた。
龍興は林に自分の兵を置き去りに1人、逃げ去るのであった。それにより、率いていた3000の兵は完全に崩壊する。龍興は惨敗することになったのだ。
その勢いをもってして、可成は兵を奮起させる。
「北から向かってきた朝倉3000の兵は瓦解したでござる。信治殿ばかりに功を稼がせてはいけないでござるぞ。さあ、こちらも5000の兵を押し返すでござる!」
可成が率いる500の兵は、信治の勝利に勇気をもらい、うおおおおお!と声を上げ、10倍に値する、景鏡5000の兵を押し返すことに翻弄することになる。
勢いづいた500の兵に、景鏡はまたしても苦戦することになる。
「なぜ、龍興は、たかだか500の兵を倒すことができないのだ!ええい、情けない話だ。今度こそは、こちらも退けぬ。目の前の500を倒すのだ」
可成500と景鏡5000は、まともにぶつかり合う。坂本の峠の奪いあいは激しさを増していくのであった。だが、信治500の兵が可成に加勢することになり、景鏡側は一気に押されることになり、撤退せざるおえなくなるのであった。
それに激怒したのは、義景である。何故、併せて8000の兵をつぎ込みながら、たかだか1000の相手を潰せないのかと。
「景鏡、龍興は馬鹿の極みで候。何をしたら、1000の兵相手に5日もかけているで候。しかも、龍興は負けて帰ってくるとは、どう言うことで候!」
激怒した義景は、龍興を本陣に呼び出し叱責を喰らわす。
「龍興、お前は何を考えているで候。聞けば、率いた3000の兵を置いて、ひとりで逃げてきたと。お前は馬鹿か何かで候」
「しかし、敵は少数と言えども、上手く伏兵を配しているのだ。いたずらに兵を送れば、こちらが痛い目を見るだけなのだ」
「言い訳無用。500を相手に3000で負けるような奴が何を言っているで候。ええい、下がれ。お前には今回の戦いでは何も期待しないで候」
義景に怒鳴りつけられた龍興はがっくりと肩を落とす。龍興は、此度の失策で兵を率いる権限をはく奪されることとなるのであった。
朝倉義景の軍の散々たる失態に、浅井長政は歯がみする。5日だ。5日経っても、たった1000の敵兵を屠れないのである。誰の眼から見ても、朝倉の軍の弱さは際立っている。しかし、義景に何か言えば、気を悪くされて、浅井・朝倉連合軍が瓦解する危険がある。文句の一つも言いたいのだが、長政は言うことができないのである。
坂本での戦いが開始されてから5日目の昼、朝倉軍が苦戦しているところに、思わぬ加勢がやってくる。龍興の抜けた穴を埋めるように、3000の僧兵が坂本に向けて、北から参戦したのである。
「なにごとで候。あの僧兵の群れは。恰好から考えれば、比叡山のものたちで候。何故、我らに味方するので候?」
比叡山の僧兵たちの参戦に不思議な顔をする、義景である。まさか、長政殿が、比叡山と話をつけたのかと思っていた矢先、比叡山からの使いだと名乗る僧兵が義景の陣幕に入ってくるのであった。
「通してくれて感謝するのでごじゃる。我輩は、比叡山の高僧の1人、願慈位でごじゃる。ひのもとの平和を脅かす仏敵、信長を討てと言う、本願寺顕如の要請を受け、浅井・朝倉殿の加勢に参ったのでごじゃる」
「おお、なんと、比叡山が味方になってくれるので候か。これは朗報で候。恥ずかしい話、たった1000の信長の兵に手こずっていたので、これこその渡りに船で候」
「さあ、手を取り合い、憎き仏敵、信長を共に討ち取ろうでごじゃる。兵糧の供出もさせて頂くでごじゃる」
義景にとって、兵だけではなく、兵糧まで譲ってくれると言う話に心が躍りそうになる。比叡山は言うことを聞かぬと言われた者たちである。その僧兵たちを動かした顕如の手腕に驚くと同時に感謝をしたくなる気持ちである。
比叡山の僧兵が加わることになり、右肩下がりであった、朝倉の軍の士気は再び高まっていく。比叡山の僧兵たちは我さきにと、可成・信治たちの1000の兵を食い破っていくのである。
比叡山はもともと、森深き場所であり、森や林の中での戦闘はお手の物だ。信治は必死に林の中で、僧兵たちと戦っていたのだが、比叡山の僧兵たちは、ここら一体はかつての所有地であり、土地勘も持っていることもあり、信治500を相手に、苦戦することもなかった。
たまらず、信治は撤退命令を兵たちに出す。このまま林の中で戦っても、有利なのは比叡山の僧兵たちのほうである。
「くっ。比叡山まで信長さまに反旗をひるがえすとは予想外なのじゃ!これでは坂本を守りきるのは不可能なのじゃ。一旦、可成殿と合流し、策を練るのじゃ」
信治は素早く、撤退を開始する。だが、比叡山の僧兵たちによる追撃の手は緩まることを知らず、一気に信治の軍との距離を詰める。
「敵は逃げたしたのごじゃる。さあ、者どもよ。仏敵に神罰を喰らわせるのでごじゃる。敵を1人屠るごとにひのもとの国から仏敵が1人、減るでごじゃる。さあ、皆の者。すべての仏敵を屠るでごじゃる!」
願慈位は配下の僧兵たちを焚き付ける。僧兵たちは、薙刀を手に持ち、それを振るい、逃げ惑う信治の兵を後ろからなで斬りにしていく。願慈位の3000の軍に追われ、信治の500はついに瓦解するのであった。
命からがら、可成に合流した信治は、可成に謝罪する。
「すまないのじゃ、比叡山からと思われる僧兵たちが蜂起したので、ついにもたなくなってしまったのじゃ。任された500の内、400は瓦解したのじゃ」
「信治殿。気にする必要はないでござる。それよりも、よくぞ、今まで粘ってくれたでござる。おかげでこちらも、目の前の5000をなんとか抑えることができたのでござる」
可成は坂本の峠で必死に500の兵で5000の敵兵を抑えていた。しかし、傷兵は増えに増え、まともに動けるものは、今や200を切っていた。こと、ここに至って、坂本の地を放棄せざるおえない状況になっていたのである。
「しかし、あと3日は粘るのでござる。聞くところによると、信長さまは摂津の地で三好三人衆と一向宗の戦いにケリが着きそうだと伝令から教えられたのでござる。さあ、あとひと頑張りでござる」
「可成殿。わかったのじゃ。この命、全て使い切り、信長さまの到着を待とうなのじゃ!」




