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ー反逆の章10- なむあみだぶつ

「くっくっく。信長のやつめ。今頃、あわてふためいているでっしゃろ。散々に痛めつけた三好三人衆がまさか息を吹き返し、大坂から京に向かうとは思いもしなかったでっしゃろ」


 男は口の端をゆがめ、ほくそ笑んでいた。


「わての領土を没収し、関所撤廃のお触れを出し、あろうことか、矢銭5000貫も要求してきた。不遜も不遜。しかし、4万の軍を有する信長に、わてがひとり、反攻したところで奴には痛くも痒くもなかったでっしゃろ。長政の離反は僥倖でんな。まさにわてのために天が味方してくれたんでっしゃろ」


 男はさらにどす黒い気を身にまとい、笑いだす。


「くひゃーはっはっは。さあ、信長よ。三好三人衆という餌に喰らいつけ。その時が、お前の最後だわさ!」




 三好三人衆が大坂の摂津に入ろうとしていた。その報を聞き、信長は京周辺の兵をかき集めることとなる。摂津までくれば、京の都とは眼と鼻の先になる。なんとしても、摂津の手前で三好三人衆を抑えなければならない状況であったのだ。


 しかし、信盛のぶもり、秀吉、光秀、丹羽にわの召集は間に合わず、勝家かついえ、それと赤母衣あかほろ衆を束ねる利家としいえ黒母衣くろほろ衆を束ねる河尻かわじり佐々(さっさ)だけで、三好三人衆と対峙することとなったのであった。


 三好三人衆率いる1万の軍と信長率いる1万5000の軍が摂津の入り口で相対する。


「京の都は目前ぞ!今こそ、憎き信長を討ち取ってくれん」


 三好三人衆の1人、岩成友通いわなりともみちが吠える。彼は3000の兵を率いて、目の前で陣を構える勝家かついえ隊3000とぶつかる。勝家かついえは、抜かせてたまるかとばかりに馬上で槍を構え、岩成の軍を迎え撃つ。


「ガハハッ!三好三人衆もしつこいものでもうすな。散々に打ち破ってやったと言うのに、まだ懲りずに京の都を欲しがるでもうすか。そろそろ、決着をつけてやらねばならぬでもうす」


 勝家かついえは配下の兵に指示を飛ばす。兵たちはうおおおお!とときの声を上げ、岩成の隊と真正面からぶつかりあう。矢を射かけ、馬で突進し、槍を持って打ち倒す。


 岩成のほうも負けてはいない。今度こそ決着をつけるとばかりに兵たちの士気は高い。しかし、その兵たちの中には、手首になにやら数珠を巻いて戦うものたちがいた。


「あれ?お前、この前、三好に加入してきたんだったよな。いくさ場に数珠を持ってきているとは、おかしな奴だな」


 三好の兵が隣に立つ男にそう声をかける。


「なむあみだぶつ、なむあみだぶつ。いつ死んでも良いように数珠を手にしているだ。おらには生き仏さまの加護がついているだ」


 念仏を唱える男を、胡散臭いものを見るかのように三好の兵が見つめる。


「まあ、いいか。どっちにしろ、共に戦ってくれるんなら、なんだっていいさ。さあ、信長の首級くびを取ってやろうぜ!」


「なむあみだぶつ、なむあみだぶつ。仏さま、おらの戦いを見ていてくださいだ」


 そういうと、数珠を手首に巻いた男は槍を手に持ち、目の前に迫る勝家かついえの兵に踊りかかっていく。勝家かついえが一騎当三千の将ならば、それに仕える兵もまた、織田家最強の兵と言っても過言ではなかった。


 勝家かついえの兵たちは、隊列を組み、一斉に三間半の槍を上段構えから一気に、下へ振り下ろす。念仏を唱えていた男の肩にもろにぶち当たり、ぐしゃあああと言う音と共に、鎧はひしゃげ、男の左肩の骨は砕け散る。


 しかしだ、信じられないことに、その男は砕けた左肩を気にもせず、ひとり、勝家かついえの兵たちの前へと突き進んでいく。驚くのは勝家かついえの兵たちであった。その男を止めようと、3本の槍が彼の腹や胸、そして足のふとももに突き刺さる。


 それでもその男は動きを止めようとせず、手に持った槍をブンブンと振りまわすのである。


「なみあみだぶつ、なむあみだぶつ!ああ、仏さまの優しい笑顔が見えるだ。おらを極楽に行かせてけんろっ」


 さらに3本の槍がその男の身体に突き刺さる。その男は何事かをわめき散らしたあと、急に糸が切れたかのようにがくりと身体から力がぬけ、だらりと動かなくなってしまったのである。


 絶命したかのように見えたその男から、兵たちは槍を引き抜く。支えを失った男は地面につっぷしたのである。なんだったんだ、こいつと思った瞬間、こと切れていたはずの男が跳ね上がる。


「なむあみだぶつ、なむあみだぶつ!ああ、まだ仏さまは、おらに生きろと命じるだ。そんなことで極楽にいけるかと言ってくるだ。おらは敵をひとり殺さないと極楽にいけないだ。だれか、おらのために死んでくれだああああ」


 身体に穴を穿たれた男が、全身から血を流しながら意味不明なことを絶叫しながら、勝家かついえの兵に襲いかかっていく。その異様な光景を目の当たりにした兵たちは恐慌状態に陥りそうになる。


「かっとばせ、ホームラン!フルスイングっす」


 ある兵が、金砕棒を両手に持ち、思いっきり振り回し、向かってくる謎の男の頭部を粉砕する。


「おお、いいスイングだぜ、正則まさのり。こりゃ、今日の夕飯はかつ丼で決まりなんだぜ」


「うえっぷ。敵兵の頭が粉々なのでおじゃる。自分はとてもではないが、しばらくお肉は食べられないのでおじゃる」


「なーに、情けないことを言ってやがんだぜ!氏真うじざね、てめえもしっかり、敵兵を討ち倒して褒賞もらわなきゃいけねえんだろが。今度、嫁さんが子供を産むんだろ?ここで稼げなきゃどうするんだぜ」


「そうは言っても、清正きよまさ先輩。自分にはいくさ場はつらいのでおじゃる。普通は、罵声飛び交い、にらみ合うだけでおじゃるよ」


「そんな文句は敵さんに言ってくれっす。頭を砕かなきゃ止まらない兵なんて、わしだって見たことないっす」


 清正きよまさ正則まさのりが、へなへなと腰砕けになりそうな氏真うじざねにはっぱをかける。氏真うじざねは仕方なしとばかりに鞘から太刀を引き抜き、三好の兵と対峙する。


「へっ、やっこさんたち、来やがったぜ!ありゃあ、普通の敵じゃあねえなあ。怪しげな薬でも飲んでいるとしか思えないんだぜ」


 清正きよまさが前方を見て、なむあみだぶつ、なむあみだぶつと唱えながら、槍を振り回す3人組を見る。


清正きよまさ、左の奴は任せたっす。わしは真ん中の奴をやるっす。氏真うじざね、右を頼むっすよ!」


 正則まさのりは金砕棒を両手で持ち上げ、前方の敵に挑みかかっていく。つられて、清正きよまさ氏真うじざねは両脇の敵に突貫していく。


 清正きよまさは手に持つ片鎌槍を豪快に左から右へと振るう。向かってきた敵兵の両腕の肘から先は清正の剛腕により、ちぎれ飛ぶ。よし、やったと思った清正きよまさの顔に驚愕の色が映る。なんと、両腕を断たれた敵兵が念仏を唱えながら、なおも清正きよまさを組み伏せようと突進をかますからである。


 清正きよまさの持つ片鎌槍は、3メートルとリーチが長く、ふところに飛び込まれると弱点となる。清正きよまさは組み伏せられぬよう、突進をしてくる敵兵の胸を正面から蹴りつけ、吹き飛ばすことにより、間合いを開ける。


 敵兵は断たれた両腕から血をぼたぼたと噴出しながらも、まだ執拗に、清正きよまさに挑みかかってくる。


「くっ、こりゃあ、思った以上にやっかいなんだぜ。こいつも首級くびをはね飛ばさなきゃ、止まらないっていうのかだぜ!」


 清正きよまさは大きく、片鎌槍を横に振りかぶる。敵兵は、なむあみだぶつを唱えながら、再び、突進を開始する。長政は片鎌槍をしならせ、その向かってくる敵の首級くびめがけて横一文字に斬り結ぶ。


 敵兵の首級くびは胴体から、ちぎれ飛び、ようやく動きを止めるのであった。


「一体、何なんだ、こいつは。って、おい、氏真うじざね、大丈夫かなのだぜ!」


 自分が苦戦するような相手なのだ。氏真うじざねにとっては死活問題に達するやもしれない。急ぎ、清正は氏真うじざねの方を向く。


「なんとも面妖な敵なのでおじゃる。しかし、首級くびを斬れば止まるというのであれば、簡単な話なのでおじゃる」


 氏真うじざねはそう言うと、手にした太刀の柄を右手で絞り込むかのように持ち、左手の親指と人差し指をワイの字を作り、太刀の先端部分に持っていき、そのままの姿勢で敵兵に突貫していく。


 敵兵は槍で突き刺そうと、突貫してくる氏真うじざねの左胸めがけて、槍を押し出す。だが、氏真うじざねはすんでのところで目の前に迫る槍を左にわずかに軌道修正することによりかわす。そして、その勢いのまま、まるで弾丸が撃ち込まれるかのような速度で、柄をつかんだ右手を前方に押し出し、敵兵の首級くびに突き刺す。


 なみあむだうごごと首級くびを貫かれた状態でも敵兵は念仏を唱えることは止めない。あろうことか、首級くびを太刀で刺しぬかれながらも、両手で氏真うじざねの首根っこを捕まえてこようとする。


 氏真うじざねはその敵兵の右太ももを左足で強く蹴り、その勢いをもってして、上半身を後ろにそらし、太刀を首級くびから引っこ抜く。そして、その場で自分の身を半回転させ、太刀により敵兵の首級くびを斬り飛ばす。


 その一連の流れを見ていた清正きよまさは思わず、おおと感嘆の声を上げる。まさか、氏真うじざねにこのような太刀さばきができるものなのかと感心するばかりである。


「おい、氏真うじざね、お前、すげえじゃねえかだぜ。どこでそんな剣術、習ってきたんだぜ。こりゃあ、驚かされたぜ!」


「自分の剣術でおじゃるか?鹿島新當流かしましんとうりゅう塚原卜伝つかはらぼくでん殿から教わったのでおじゃる」


塚原卜伝つかはらぼくでん!?そりゃ、あの剣聖・塚原卜伝つかはらぼくでんかよ。すげえのに師事したんだな。見直したんだぜ」


「そんなにすごいことでおじゃるか?自分のようなものでも、奥伝を教わったのでおじゃる。それほど難しいことではないのでおじゃるよ」


 氏真うじざねは自分の剣技がどれほどのものかということをわかっていない。秘伝【一の太刀】ですら、剣豪将軍と名高い、足利義輝あしかがよしてるはそこまでしか教えられてないのだ。その上を行く奥伝を教わったとさらりと言いのける氏真うじざねである。


「お前ら、何をくっちゃべっているっす。敵はまだまだくるっすよ。よそ見をしている暇があったら、一兵でも多く、討ち取るっす」


 正則まさのりの足元には、顔面をぐちゃぐちゃに潰された敵兵が息絶え倒れている。飛び散った目玉が正則まさのりの鎧にべったりとくっついているのであった。


 それを見た氏真うじざねがおえっと吐き出しそうになる。なんだかなあと思いながら、その氏真うじざねの姿を見る清正きよまさである。

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