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ー反逆の章 4- 姉川の合戦 その4

 浅井長政は小谷城の南の高台から西の方を見ていた。朝倉の援軍と合流し、一気に信長へ勝負をつける算段であった。だが、寡兵の徳川家に朝倉家は押され、その望みは達成できぬと考えるようになった。


 前方には織田2万の軍が姉川を挟んで陣を敷いている。こちらはその半分の1万に過ぎない。無闇に突撃をしたところで散々に弓や鉄砲で撃たれ、無駄死にするだけだと馬鹿でもわかる。


 できることなら、堅城で名高い、山城である小谷城にて籠城戦を決め込みたい。だがしかし、南に位置する横山城を見殺しにすればどうなるか?火に焼かれる北近江の民たちを見殺しにすればどうなるか?


 結果は言わずともしれている。次に見殺しにされるのは自分の番なだけだ。せめて、果敢に戦ったという姿勢だけでも見せなければならない。しかし、そのために、今ある兵たちを見殺しにしなければならないのだ。


 長政は歯がみする。もし、金ケ崎の地で義兄・信長を討てていれば、こんな事態にはならなかったのだ。まさか、全ての兵を残したまま、京の都に我先に逃げ帰るなど、誰が想像できるものか。


 それだけではない。あの時の殿しんがりである織田2000の兵ですら、浅井・朝倉2万の兵で全滅させることはできなかったのだ。あれさえ打ち破れれば、織田軍本隊3万に大打撃を与えることだって出来ていたのだ。それすら叶わず、いま、無傷に近い織田の兵たちが、眼下に広がっているのである。


 数々の誤算が長政を襲ったのである。いや、そもそもの誤算の始まりは将軍・足利義昭あしかがよしあきの言葉に乗せられたことから始まったのかも知れない。


殿との!突撃の下知はまだでごんすか。敵は姉川を渡ろうとしているでごんす。今、動かねば勝機を失ってしまうでごんす」


 遠藤直経えんどなおつねが長政に進言する。今、動こうが、後で動こうがどこに勝機などあると言うのであろうか、長政はそう思うのである。


 長政は右手の親指の爪をぎりぎりと噛み、前方の織田軍をぎらぎらとした眼で睨みつける。何か、何か策はないのかと、この状況を打開する策が無いのかと頭を悩ませる。


 ふとどこからか、言いも知れぬ腐ったような臭いが漂ってくる。長政は何が起こったのだと、椅子に座ったまま首を左右に振り、臭いの出どころを調べるのであった。


 1人の小姓が皿にあるものを乗せて、陣幕に入ってきたのである。


「ふ、な寿司?何故、このようなところに鮒寿司を持ってきたのだぞ。まだ、メシを喰らうような時間ではないのだぞ」


「長政さまの奥方、お市さまからの差し入れでございます」


 小姓はそう、長政に返答する。


「お市?まだ、織田に帰ってなかったのかだぞ。いつでも故郷に帰れと言ったはずだぞ、俺は」


 長政は小姓が運んできた皿を受け取り、鮒寿司を口の中に放り込み、むしゃむしゃと食べ始める。鮒寿司の強烈な臭いが鼻腔を突き抜け、長政はつい、将軍・義昭よしあきとの鮒寿司の商談のことを思い出す。


「ああ。俺はあの時、決めたのであったのだぞ。義兄・信長に代わり、この国の天下を手中に収めることをだぞ」


 長政は眼を閉じながら、口の中いっぱいの鮒寿司をかみ砕き、喉に通す。そして、それは胃に入り、同時に長政の気持ちがすとんと座ったものになったのだ。


 長政は両眼をカッと開く。


「これより、我が軍は姉川を渡ろうとする織田軍を叩く!全軍をもって、姉川を渡せるではないぞ」


 長政は陣幕を飛び出し、伝令に言付けする。海赤雨うみあかあめ3将に、信長の軍へと突貫せよと指令を飛ばす。伝令は、頭を一度下げ、野村に陣取る3将に向けて、馬に乗り、長政の言葉を届けに行くのであった。


 10数分後、野村に陣取る3将たちの陣から、うおおおおおお!と雄たけびが上がる。


殿とのがついに御決心あそばれたでござる。皆の者、決して、織田軍を姉川より先に行かせるなでござる!」


 海北綱親かいほうつなちかが兵たちに号令をかける。兵たちは長政の意に同意するが如く、手に持った槍を地面にドンドンドンと打ち付ける。


「全軍、出陣でござる!姉川を織田の兵たちの血で赤く染め上げろ」


 海赤雨うみあかあめ3将が率いる兵たちは、その号令の下、今まさに、姉川を渡河しようとする織田の軍に突貫していくのであった。


 その動きに驚いたのは、先鋒を任された秀吉、光秀であった。彼ら2人は姉川の渡河地点確保のために兵4000で姉川を横断している最中であった。


「油断して、いました!相手はこちらの半分の兵力のため、無闇に突っ込まずに固く陣を守ると思っていたのが、裏目にでま、した」


「ふひっ。やばいのでございます。まさか、全軍で突貫してくるとは、夢にも思っていなかったのでございます!」


 浅井1万1千の軍が、防御を捨てて、秀吉・光秀4000の軍にまともに前方から挑みかかってきたのである。策など何もない。ただの玉砕行動である。それゆえ、秀吉・光秀の2人をもってしても、この動きを予測できなかったのである。


 秀吉・光秀の後方を進軍する信盛(のぶもり)も慌てることとなる。


「おい、なんだ敵さん。全軍、つっこんできやがる。このままじゃ、先を進んだ秀吉や光秀たちがやべえ!お前ら、急いで川を渡りやがれ」


 信盛(のぶもり)は配下の将達に指令を与える。そのうちの1人、森可成(もりよしなり)が3000を率い、秀吉・光秀の西側へ急ぐ。


「秀吉たちをやらせてはならん。皆の者、突貫せよ!」


 すでに秀吉・光秀たち4000は、海赤雨(うみあかあめ)3将に包囲されつつあった。森可成もりよしなりがそれを秀吉たちの左翼から押し返し、秀吉たちが壊滅するのを防ぐことに成功する。


 だが、浅井の勢いはすさまじく、秀吉・光秀・森の3将によっても、防戦一方となるのであった。


「か、川の中のため、水に足をとられて満足に動くことができ、ません!ここは一旦、引くことも考えない、と」


 姉川の水は腰近くまでに達しており、鉄砲や弓を扱うどころか、槍すらも満足に振るうことが難しいのである。しかし、浅井側はそれを気にせず、槍を使えなければと手で組み伏せてしまえとばかりに、踊りかかってくるのである。


「ふひっ。あちらは僕たちをおぼれ死にさせるつもりでございますか?わざわざ付き合う必要はないのでございます」


 秀吉・光秀隊は浅井との相対を嫌がり、東の方へと隊を少しずつ移動させることにする。相手の塊の1部を引き寄せ、向こうの隊列に穴を開けさせるつもりであった。


「目の前の敵は引いたぞ。追うな!このまま、姉川をつっきり、信長の本陣へと突き進め」


 海北綱親かいほうつなちかは目の前しか見ていなかった。秀吉たちの動きを陽動と見切り、誘いには乗らず、ただまっすぐに兵を信長の方へ向けさせたのである。


 開いた穴を浅井側は遠藤直経えんどなおつねが先鋒となり、姉川を渡河せんと突き進む。しかし、その先に待っていたのは、信盛のぶもり隊の本隊5000であった。信盛のぶもりにもわかっていた。自分が抜かれれば殿とのが危ないと。敵にはそう思えるだけの勢いがある。


「ちっ。秀吉たちが東に移動したのが裏目に出ちまったか。残りの者よ。俺たちも川に飛び込むぞ!殴り合いだ。覚悟を決めろ」


 信盛のぶもりはそう部下たちに号令をかける。兵たちは、うおおおおとときの声をあげ、我先に水の中に飛び込んでいく。信盛のぶもりも兵たちと同じく水に入ると


「くそっ。これは思ったより深いな。こりゃ、川まで浅井の味方と思って間違いないぜ」


 信盛のぶもりは流れる川の水に対して、悪態をつく。しかしだ。ここでこいつらを先に行かせるわけにはいかない。なんとしても、敵を姉川の藻くずに代えなければいけないのである。


「弓隊、矢を放て!それと同時に、槍隊、突貫。馬は役にたたねえ、降りて抜刀して戦え、いくぞ」


 西に森3000、東に秀吉・光秀4000、南に信盛のぶもり5000が、浅井3将9000、遠藤1000を包囲するかのように姉川の中で激闘を繰り返すことになる。


 段々と織田、浅井両軍の血で姉川の水は透明な色から、赤色に変色していくのである。浅井の兵は槍で刺されようが、刀で斬られようが、前進を止めようとはしない。


 後詰となっていた信盛のぶもり本隊であったが、川の中では隊列を組むことは難しく。中央を段々と侵食されていく。


「行くでごんす!この姉川を渡れば、織田の本隊があるでごんす。憎き信長の首級くびを取って見せろでごんす」


 浅井の先鋒を行く、遠藤直経えんどなおつねの軍は矢傷や槍傷をものともせず、ただただ、まっすぐに突き進んでいく。遠藤1000の兵で無傷のものなど誰一人としていない。それを率いる遠藤もまた、左腕に矢が突き刺さったままに兵たちに指示を下すのである。


 姉川での死闘が開始されてから2時間後、ついに、遠藤は信盛のぶもり本隊を抜く。その数、若干100数名であったが、姉川をついにわたり切ることに成功したのだ。


「やったでごんす!ついに姉川を渡ったでごんす。さあ、行け、皆の者。信長は近いでごんす」


「くそっ。まさか100名ほどとは言え、抜かれちまったぜ。利家としいえ佐々(さっさ)、後は任せたぞ!」


 信盛のぶもりは唸る。抜かれた100数名を追えば、前から迫ってくる浅井に崩壊させられてしまう。今は、これ以上、抜かせぬために敵を抑えなければならないと判断する。


「うひょおおお、浅井の奴ら、すごいッスね。まさか、秀吉・光秀たちだけではなく、信盛のぶもりさままで抜いてくるとは思わなかったッス。さすがは玉砕覚悟でつっこんできただけはあるッスね」


「ん…。利家としいえ、100数名とは言え、これは油断できないかも。全員、殺す気でいかないとダメ」


 佐々(さっさ)利家としいえにそう進言する。


「わかってるッスよ。こいつらは最初から生きて帰れるとは思っていないッス。なら、きっちり俺らの功にさせてもらうだけッス」


 利家としいえは馬上で槍を悠然と振るう。そして、配下に号令をかけ、先頭を駆け始めるのであった。

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