ー反逆の章 2- 姉川の合戦 その2
「義景さま。徳川に動きがありますぞ。こちらを急襲する気みたいですぞ!」
朝倉義景の親族に当たる、朝倉景鏡が声を上げる。徳川軍が朝倉軍を追撃に出てきたのである。
「徳川め。我らを浅井救援に向かわせぬ気で候。景鏡よ。真柄直隆と斉藤龍興と共に、徳川を出迎えてやれで候」
ははあっと景鏡が叫ぶ。そして、真柄直隆と斉藤龍興と共に、向かってくる徳川軍と相対するのであった。
斉藤龍興は、美濃を信長に奪われ、放逐されたのち、越前の地に流れ着いていた。彼は今まで無為に過ごしてきた時間を悔い、朝倉義景の元で、軍略を学んでいたのであった。
憎き信長に一矢、報いようと、龍興は日々、切磋琢磨してきたのだ。その機会がついにやってきたのである。龍興は狂気乱舞しそうになっていたのだ。
「信長め。ついにこの時が来た。てめえの野望、この北近江の地で打ち砕いてやる!」
「龍興殿。そう気を昂らせるでないでござる。徳川との戦いは、言わば前哨戦。ここで力を使い果たさぬよう、留意することでござる」
真柄直隆は、鼻息荒い龍興を諫めるように言う。直隆は身長2メートル以上もある筋肉だるまであり、その筋肉量は柴田勝家に匹敵していた。
彼は長さ175センチはあろうかという大太刀【太郎太刀】を肩にかけ、【次郎太刀】を腰に結わえていた。その姿、まさに悪鬼羅刹の生まれ変わりの如しである。
そんな大男にじろりと睨まれ、龍興は萎縮してしまう。つい、昂りすぎていた気も冷や水を被せられたかのように急激に冷え込む気分である。
そんな萎縮する龍興を見て、直隆は笑う。
「がははっ。気を昂らせすぎるのは悪いが、萎縮しすぎるのもダメなのでござる。将とは常に心に冷静さと、勇猛さを兼ね備えなければならないでござる」
「う、うむ。助言ありがたく受け取ろう。だが、直隆殿を目の前にすれば、誰でも萎縮してしまうのであるわ」
直隆は大太刀を持たぬ左手であごをさすりながら
「織田家の柴田勝家は、そうではないでござろうな。あの御仁は生きる筋肉の伝説でござる。俺も筋肉には自信はあるが、奴めと1対1で戦った場合は、どうなるかはわからないでござるな」
「なんと、直隆殿でも信長の家臣のひとりでしかない勝家には勝てぬともうすか!」
龍興は信じられないと言った顔つきで直隆を見る。この男が誰とでも1対1であるなら負けるはずがないと思っていたからだ。
「必ず負けるとは言っていないでござるよ。ただ、どちらが勝ったとしても、無傷では済まされぬと言いたいだけでござる。さて、その勝家に匹敵するような男、徳川家康は持っているかでござるかな?」
直隆は不敵な笑みを浮かべ、向かってくる徳川の兵たちを遠目で見る。
「直隆、そして、龍興殿。我は中央を行く。直隆は右翼、龍興は左翼を任せる。相手が少数といえども、決して油断するではないぞ」
「さあて、仕事でござる。龍興殿。死んではいけないでござるぞ。貴殿にはまだまだ教えることがあるのでござるからな」
直隆はそう言うと、のっしのっしと太郎太刀を肩にかけたまま、自分が率いる兵の元へと歩いていく。龍興はその悠然たる男の背を誇らしく思い、いつかはあの男に追いつこうと思うのであった。
「朝倉義景の兵は越前に引っ込むしか能のないやつらと思ったが、存外やるものでござるな!」
酒井忠次は前方で待ち受けていた、景鏡3000の兵と相対する。三河の兵は織田の兵の3倍強いと豪語してきた。まさに、今、忠次1000の3倍である、景鏡3000と戦っていた。
織田の兵と比べれば、朝倉の兵など軟弱だと思っていたが、存外に強い。さすがは年がら年じゅう、一向宗と戦ってきただけはあるかと思うのであった。
「だが、率いる将が凡将であることが悔やまれるとこでござるな。せっかくの兵の強さの半分も発揮できていないでござる。その証拠が数に劣る拙者と互角に渡り合っていることだ。さて、拙者はハズレを引いてしまったのでござるかな?」
軽口を叩く忠次である。だが、兵の数で言えば、3倍違うのである。いくら凡将が率いていると言っても、そう簡単に倒せる相手ではない。忠次は気を入れ直し、兵たちを鼓舞する。
「さあ、お前ら。がんばれでござる。相手の首級を取れば、康政と忠勝から遊女をおごってもらえるぞ!勇んで戦うでござる」
「むむ?敵の勢いが強いなのだ。それにあの大太刀を操る先頭のものは何者なのだ?三河の兵が簡単に吹き飛ばされているなのだ」
忠勝は、つっこんできた朝倉3000の兵の先頭を大太刀を振るいながら、のっしのっしと歩いてくる男を見る。あれほどの剛の男、朝倉義景の家臣に居たのかと、思わず息を飲む。
「面白いなのだ。ここはひとつ、蜻蛉切でお相手してもらおうなのだ!」
忠勝はまたがっている馬を走らせ、三河の兵に道を開けさせる。そして、そのままの勢いのまま、蜻蛉切を頭上で回しながら、大太刀を振るう男に突っ込んでいく。
「おいらは、本多忠勝!そこの大男よ、尋常に勝負なのだ」
忠勝は大男に向かい、まっすぐに馬を走らせる。対する大男は身をよじり、水平に大太刀をぶん回す。
大男の大太刀は忠勝の馬めがけて振り回されることとなる。まずいと思った忠勝は馬から飛び降りる。
ぐしゃあああああ、めきいいいと言う音と共に、忠勝の乗っていた馬の首級がへしゃげ斬り飛ばされ、宙に舞う。あのまま、馬に乗ったままだったら、乗っていた忠勝ごと、粉砕していたかもしれない。
忠勝は、額に冷や汗が浮かぶのを止められない。馬から飛び降り、片膝つく、忠勝は、蜻蛉切を杖代わりに跳ねあがる。
そのまま、宙にまった忠勝は大男の頭をかち割らんと、槍を叩きつける。だが、大男は無造作に大太刀を斜めに振るい、宙に舞う、忠勝を叩き落とす。
予想外の膂力に忠勝は驚きを隠せない。この男の筋力は、柴田勝家殿に匹敵するのではないのかさえ思えてくる。だがしかしと忠勝は思う。あの歩く筋肉の悪魔と比べれば大したことはないと、心の中で念じるのである。
忠勝は1度、勝家の戦いぶりを見たことがある。あの筋肉の悪魔が手にしたものは、例え、か細い槍であろうが、刀であろうが、金砕棒であろうが、すべてが1撃で絶命に至る威力を発揮する。
それどころか、手に持つ武器が全て、粉砕するのだ。だからこそ、筋肉の悪魔の補佐は、10数本の槍を一抱えに持ち、次々と勝家に渡していくのであった。
あの悪魔に比べれば、目の前の大男など、容易いものだと、そう忠勝は思うことにする。
叩き落とされた忠勝はよろよろと蜻蛉切を杖代わりに立ち上がり、仁王立ちし
「おいらは、徳川四天王がひとり、本多忠勝なのだ!その方、名を名乗るのだ」
大男は大太刀を肩に担ぎ直し、大声で叫ぶ。
「自分の名は、真柄直隆でござる。そして、この大太刀は太郎太刀と言うでござる。冥土への土産として、この名、忘れずに持っていくでござる!さあ、尋常に勝負でござる」
真柄直隆はそう言うと、大太刀【太郎太刀】を上段から斜めに振り下ろす。忠勝は蜻蛉切の柄の部分ではじき飛ばす。
「ほほう。俺の太郎太刀をはじくとは、なかなかの槍でござるな」
今まで、太郎太刀で粉砕できぬものなどなかったが如くに、直隆は言う。並の相手なら、鎧ごと身を粉砕することなど容易いと思っている。だが、目の前の忠勝と名乗る男は、2度、俺の太郎太刀を受けている。だが、この男はまだ立ち上がってくる。よろよろとだが、身を起こして、俺に立ち向かってくるではないか。
「おいらの槍は、蜻蛉切なのだ。穂先に止まったトンボが、貧乏ゆすりで真っ二つに割れたほどなのだ。貴殿の太郎太刀ごときで、折れるとは思わないでほしいのだ!」
忠勝はそう叫ぶと、槍を逆手に持ち、石突き部分で突きを連打する。直隆はその連打を太郎太刀を高速に振り回すことにより、はじき飛ばそうとする。
だが、忠勝は突きの連打を段々と速めて行く。直隆の肩や、胸、腹に蜻蛉切の石突き部分が数度かぶち当たる。たまらず、直隆は忠勝と距離を開ける。
「ぬうう。やるでござるな。では、こちらも本気を出そうでござる」
直隆は額から流れる汗を左の手のひらでぬぐい、その汗を左手を振るうことで地面に飛ばす。そして、その左手で腰の右に結わせていた、次郎太刀を引き抜く。
「自分に次郎太刀を抜かせたのは、貴様が初めてでござる。この二刀流、貴様に受けきることは果たしてできるでござるか?」
直隆は右手の太郎太刀を右肩にかけ、左手の次郎太刀を下段に構える。そして、深呼吸を数度繰り返し、ふんっと鼻息を鳴らした直後に忠勝めがけて突進をするのであった。