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ー大誤算の章 2- 金ヶ崎の撤退 その2

 信長たちが陣幕を飛び出してから1時間後、ようやく残った3万の兵たちは金ヶ崎城から撤退を開始する。


 柴田勝家しばたかついえ滝川一益たきがわかずます、そして丹羽長秀にわながひでが2万3千の兵を率いて、京に向けて進発したのだ。


 勝家かついえ一益かずますはそれぞれ1万ずつ兵を引き従え、びわこの西沿岸に向けて歩を進め始める。兵の大多数は歩兵の足軽であるが、日夜、鍛え上げた足腰のおかげで行軍は、他国の軍と比べてかなり早いものである。


 しかし、小荷駄隊の丹羽にわの3000の軍は、食料を運んでいるだけあって、足は遅い。余分なものを捨てて、最低限のものに抑えてはいるものの、3万人分の食料なのだ。


 食料を減らすことはできる。だが、水だけは捨てるわけには行かないのである。人間、食べなくても3日ほどもつかもしれないが、水がないと、1日ですらもたないのである。途上の村で水を確保すればいいかもしれないが、そんなことは決してできない。


 井戸に糞や毒を投げ込まれれば、どうなるか?水を確保できない3万の兵は死ぬだけである。信長だけが生き残ったのではダメなのだ。出来る限り、この信長の主力である3万を無事に、織田領に運ばなければならないのだ。


 その生命線を握っているのが丹羽にわの3000の小荷駄隊なのである。あと、水で気をつけないといけないのは、湧水や川の水である。井戸水とは違い、それらの水はろ過されていないからだ。


 別に、この時代の川の水が汚れているからではない。生水は腹を壊す可能性が高いのだ。雨水ならともかく、山からの湧水や川の水は何がまざっているかわかったものではない。


「がははっ!猿よ、光秀よ。あとは任せたのでもうす。しっかりと我輩らの尻を守るのでもうすぞ」


「確かにおっかけてくる連中の大半は男だと思うっすけど、俺っち、掘る趣味はあっても掘られる趣味はないっすよ」


「皆さんのお尻の危機は、私たちが守り、ます!だから、安心して逃げて、ください」


「ふひっ。皆さまのお尻を守るために、僕は自分のお尻を敵に晒されるのでございますね。貞操の危機でございます」


「あ、あの。なんで皆、お尻の心配をしているのでござるか?命の心配をしたほうがいいと思うのでござるが」


 織田家の諸将たちが軽口をたたいていることに、一抹の不安がよぎる家康である。


「そりゃ、いくさッスから、負ければ組み伏せられて、尻のひとつやふたつ、凌辱されるのは、この時代の常ッス。家康さまこそ、何を考えているッスか?」


 利家としいえに突っ込まれ、あれ?俺、また変な並行世界に迷い込んでしまったでござるか?と自分の身が心配になる。


「ん…。戦場に出てくる男たちは、飢えている。相手が女だろうが男だろうが構わないもの」


 佐々(さっさ)の言いに、家康は、尻の穴がきゅっとしぼむ思いだ。


「あ、あの。利家としいえ殿、佐々(さっさ)殿。俺の尻をしっかり守ってくれるでござるか?」


「いいッスよ。でも、安全は保障できないッス。家康さまは、おいしそうなお尻をしているからッスね」


「え?俺の尻はそんなに、おいしそうに見えるでござるか?皆の尻と変わらないでござるよ?」


「ん…。相撲をとっているときの、家康さまのお尻は、ぷりぷりしている。信長さまが手を出さないのが不思議なくらい」


 信長殿が俺と相撲を取っているときに、まわしをとらずに、尻を掴んでくるのはそう言う理由だったのでござるかと、家康は軽くめまいが起きそうになる。


「お前ら、何をくだらぬ冗談を言っているのだ。さっさと逃げるぞ。家康殿、いい加減、からかわれていると気づいてくだされ」


 河尻秀隆かわじりひでたかが、のっそりとあらわれ、皆を叱責する。


「がははっ。河尻かわじり殿は真面目でもうすなあ。もう少し、時間があれば、家康殿をちびらせることができたのにでもうす」


「ちょっと、まってくれでござる。また、勝家かついえ殿は、俺をちびらせる気でござったのか?こんな非常事態にやめてくれなのでござる!」


「だから、そういうやりとりは、京に帰ってから思う存分にやれと言っている。今は逃げるのである。猿、光秀。あとは任せたぞ」


 ははあ!と、秀吉と光秀が河尻かわじりに対して、返事をし、頭を下げる。河尻かわじりは、ふむと息をつき、黒母衣くろほろ衆たちに指示を飛ばす。


黒母衣くろほろ衆たちよ、家康殿の尻を懸命に守れ。決して、浅井方に尻を掘らせるではないぞ!」


 あれ?冗談ってどこの部分が冗談だったのでござる?尻を掘られる可能性は捨てきれないのでござるか?


 家康は不安げな顔つきになりながら、前を利家としいえ率いる赤母衣あかほろ衆、後ろは河尻かわじり佐々(さっさ)が率いる黒母衣くろほろ衆、合せて5000の兵に守られながら、金ヶ崎城から進発するのであった。


 金ヶ崎城に残るのは、秀吉1000、光秀1000の兵となったのであった。


「ふひっ。騒がしい皆さまがいなくなると、急にさびしくなるのでございますね、秀吉殿」


「そう、ですね。また、皆さんに会えるんでしょうか?」


「んっんー。3万の兵の撤退を成功させるための殿(しんがり)とは、またとない、秀吉さまの活躍の場面ですね。私は心が浮き立つ思いです!」


 悲壮感、漂う金ケ崎城の中で、ひとり、心躍らせている男がいる。秀吉配下の竹中半兵衛である。


「あ、あの。半兵衛殿、何をそんなにうきうきしているん、ですか?朝倉と浅井の2勢力から挟み撃ちを喰らうの、ですよ?」


「おや?秀吉さまは心が躍らないのですか?ここで、殿(しんがり)を務めあげれば、秀吉さまの名前は全国に知れ渡るのですよ?」


 秀吉は竹中の言いに、ううんと唸る。


「ですが、少なくとも、朝倉、浅井は合わせて2万はやって、きます。それに対して2000の兵で殿(しんがり)を務めなくてはならないの、です。不安な気持ちのほうがいっぱいなの、です」


「ふひっ。秀吉殿。僕たちは運が良いのでございます。天下1の軍師、竹中半兵衛殿がやる気になっているのでございます。きっと、2000で2万を打ち破る策を持っているのでございます」


 光秀の言いに対して、竹中は、んっんーと喉を鳴らす。


「そんな、2000で2万を打ち破る策なんて、持ち合わせていませんよ」


「ええ?じゃあ、なんで竹中殿はそんなにうきうきしているのでございますか?僕には理解ができないのでございます」


「打ち破る策はありません。ですが、織田3万の兵を逃す策ならあるのですよ。私たちの任務は殿(しんがり)です。相手を打ち破る必要などないのですよ」


 なるほどと、光秀は思う。朝倉、浅井を打ち破るのではなく、織田3万を逃すのでございますかと。


「わかっていると思いますが、相手の首級(くび)を取るための2000ではありません。織田3万の兵を無事に京へ送り届けるために、朝倉・浅井へのいやがらせをするための2000です」


「2000で推定2万を相手にするの、ですよね?ここ、金ヶ崎城で、時間を稼げるだけ稼ぐというのが、上策だと思うの、ですが」


「確かに、ここ、金ケ崎城で時間を稼ぐ必要はあります。でも、ここで私たちが全滅してはいけないのですよ。ですから、時が来れば、ここの2000は、金ケ崎城を捨てます」


 竹中の言いに光秀が驚く。時間を稼ぐには、ここ、金ケ崎城を枕に討ち死にをする覚悟でもあったからだ。


「城を捨てていいのでございますか?それでは、守るに適した地を自ら捨ててしまうことになるのでございます」


 竹中は、ふふっと笑う。そして


「別に、守るに適した地は城だけではないですよ。林や森、そして山などと言った、道の狭いところで戦うのですよ」


「な、なるほど。平地で戦うのではなく、数の優位が成り立たないところで、待ち伏せれば良い、わけですね?」


「はい、その通りです。2000の内、500を先発させて、林や森や山の狭い道に簡素な砦を築いてもらいましょう」


「2000の内、500も使うのでございますか。それでは、金ケ崎の防御はおろそかになってしまうのでございます」


 光秀の心配を他所に、竹中は続ける。


「金ケ崎で持ちこたえるのは、林とかの簡易砦ができあがるまででいいのですよ。私たちの目的は、この城を枕に討ち死にすることではありません。第一、こんなところで私たちが全滅しようものなら、朝倉・浅井が、本隊の3万に喰いついてしまうではないですか」


「砦の建設に500を拠出するのはわかり、ました。人選をどうしま、しょうか?」


「秀吉さまの部下に彦助(ひこすけ)さん、田中さん、弥助(やすけ)さん、(よん)さん、そして、秀吉さまの弟の秀長さんがいるじゃないですか。彼らに先発隊を任せましょう。彼らに100ずつ兵を与え、次々と砦を建設してもらいましょうか」


「確かに、信用できる皆さん、ですね。逃げ出す心配もないと言ったところ、ですね。皆さんを呼んで指令を与えましょう、か」


 秀吉はそう言うと、部下に件の5人を呼んでくるように頼む。その部下は頭を下げ、部屋を飛び出し、急いで秀吉の令を伝えにいく。


 5分後、彼らはやってくる。


「おお、ひでよしさま。俺らに用って何?ここで死ねとか無しだからな。俺は一国一城の主になるんだからよ」


彦助(ひこすけ)はまだ、叶わぬ夢をみているんぶひいか?いい加減、自分の才能に見切りをつけるんだぶひい。30を越えて、何とち狂ってるんだぶひい」


「オウ。彦助(ひこすけ)さんは相変わらずなのデスネ。また、奥さんにどやされマスヨ?」


「ちょっと、待ってくれよ。夢を見るのは勝手だろう?うちの嫁にちくるのは、やめてくれよ」


「なんで、彦助(ひこすけ)の奥さんは、こんな男を選んだぶひいかね?ひでよしさまも不思議に思わないぶひいか?」


「え、えと、皆さん。危機的状況にありながら、普段通りで、こちらが驚いてしまい、ます。あと、別にここで死んでくれという指令ではないので、安心して、ください」


「そりゃ、良かったぜ。この彦助(ひこすけ)さまが、こんなところで死んだら、嫁に何を言われるかわかったもんじゃないからな。墓に蹴りを入れられそうだぜ」


彦助(ひこすけ)の奥さんなら本当にやりそうで怖いんだぶひい。今でも、変わらないんぶひいか?」


「ああ、ちょっと、他の女性のおっぱいをガン見しただけで、拳が飛んでくる。なんで、俺、あんなの嫁にもらっちまったんだろうなあ?」


「奥さん以外の女性のおっぱいをガン見して、殴られるのは自業自得だと思うのデスヨ。彦助(ひこすけ)さんは悔い改めて、デウスの教えを信じてクダサイ」


 彦助ひこすけ、田中、弥助やすけの言い合いは止まらない。秀吉もどうしたものかと、思案にくれる。


彦助ひこすけさん、田中さん、弥助やすけさん。お話はその辺で止めて、秀吉さまの話を聞いてくださいますか?」


「ん?そうだな。なんで俺たちは顔を合わせると、無駄に話をしちまうんだろな?」


彦助ひこすけがいつも通り、馬鹿なのが悪いんだぶひい」


「そうデスネ。9割くらい、彦助ひこすけさんが話を迷走させる原因なのデス」

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