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ー亀裂の章16- 鮒寿司の真意

 鮒寿司に毒が混ざっていないことも確認できたので、皆で鮒寿司を食べることにする信長たちであった。


「うーん。匂いがきつい!しかし、美味い。(いくさ)場で食べる鮒寿司は格別ですねえ」


 信長は白いご飯の上に鮒寿司を乗せ、茶をぶっかけて食べている。皆、ご満悦な顔で昼ごはんを食べ終わる。


「さて、これからどうするか、先生たちは考えねばなりません」


 食後のお茶をすすりながら、信長が言う。


「ん?昼めしも食べたんだから、これから元気に、朝倉攻めだろ?何を考える必要があるわけ?」


 信盛(のぶもり)がそう、信長に進言する。


「え?まだ気づいてないんですか?のぶもりもりは。この鮒寿司の意味が」


 うん?と信盛(のぶもり)が怪訝な顔付きになる。


「鮒寿司の意味?そんなこと言われても、長政さまが、俺たちに気を利かせて陣中見舞いにとくれただけだろ?」


 あっと言う顔になる信長である。


「そう言えば、あの場に居たのは、将軍さまと、長政くんと先生、他数名でしたね。すっかり忘れていましたよ」


「ん?なんかあったわけ?その3人がそろっているとなれば、この前の長政どのが上洛したときだっけ?俺は同席してないから、知るわけないじゃん」


「先生としたことがうっかりしていましたよ。あの時、義昭(よしあき)と長政が鮒寿司の商談をしていたんですね?2人が熱く、商談を交わしていたので、よっぽどなことだとは思ってはいましたけど、まさか、これですもんね」


「ん?どういうこと?さっぱり意味がわからんのだけど。ちゃんと説明してくれよ」


「あの時、口を使って、商談をやり合えばいいものを、わざわざ紙と筆を用意させてたんですよ。そして、義昭(よしあき)が自分が不利になるからと言って、先生は2人が何を書いているのかわからない位置に座らせられたわけです」


 それを聞き、信盛(のぶもり)は、ぴーんとくるものがある。


「じゃあ、何か?殿(との)は、うっかり商談の話をしていると思っていたところ、義昭(よしあき)と長政さまは、今回の朝倉攻めについて、何か約束事をかわしてたってことになるわけ?」


「そうでも考えない限り、長政くんに、今回の朝倉攻めが漏れること自体が不思議なんですよね。義昭(よしあき)は相変わらず、全国の大名に書状を送ろうとして、勝家(かついえ)くん、光秀くん、藤孝くんが握りつぶしてきましたしね。長政くんに今回のことを告げるには、あの時以外、機会がないんですよね」


「でだ。長政さまに今回の朝倉攻めが漏れたのは、まあいいとして、それで景気づけに鮒寿司を送ってくれたってのは、おかしいわな」


「はい、そうですね。なぜ、自分たちを置いていったのかと文句の書状を送ってくるのが普通です。だって、家康くんは呼んでいるのに、1番近場の長政くんを呼んでいないんですからね?」


 信盛(のぶもり)は、ううんと唸り、首を左右に捻る。


「じゃあ、何か?この鮒寿司には、祝いとは違うメッセージが込められているってことか?」


 そう疑問する信盛(のぶもり)であったが、陣幕に客が訪れ、思考を中断する。


「おお、信長殿。やっと追いついたのでござる。とんでもない速度で行ってしまうので、なかなか追いつけなかったでござるよ。もう少し、ゆっくり行ってくれてもいいのでござるよ?」


「ああ、家康くん。電撃作戦のため、置いていってしまって、すいませんでしたね。あまりにもの快進撃だったので、ついつい存在を忘れるところでしたよ」


「まあ、足の遅い三河の兵が悪いと言えば悪いでござるが、本当に、信長殿の軍は健脚でござるな。何を喰ったら、そんなに足が速くなるのでござるか?」


「たっぷりの訓練と、たっぷりの食事、そして、たっぷりと休憩をすることですよ。家康くんとこは質素倹約をするのはいいのですが、しっかり食べさせないと、兵たちは、ここぞと言うときに力を発揮できませんよ?」


「耳が痛い話なのでござる。ごはんの椀に石を入れ、普段から食べ過ぎないように勧めているのが悪いのでござるかなあ?」


「家康くん。よりにもよって、白いご飯をけちってはいけませんよ。曲直瀬(まなせ)くんが言っていましたが、白いご飯こそ、力の源になるそうですよ?人間、野菜を食べるばかりではダメなんですからね?」


「ううむ、野菜の天麩羅(てんぷら)なら、健康に良いと思い、たくさん、兵たちに食べさせているが、白いご飯のほうが重要でござったか。それは失敗だったのでござる」


「確かに、野菜を食べるのは健康に良いことは確かです。先生もしっかり、毎日、食べていますからね?でも、食事はバランスが重要です。肉は筋肉を作りますし、野菜は身体の調子を整えてくれます。けど、それは身体を動かす力の源である、白いご飯を食べてこそなのですよ?」


「以後、気を付けるでござる。石でかさましするのは味噌汁のお椀のほうにするのでござる」


 本当にわかっているのかなあと思う、信長であったが、この性格は治らないものだろうと思い、スルーすることにした。




「さて、信長殿。金ヶ崎城も落とし、いよいよ、越前の入り口にまでやってきたわけでござるが、この後も一気に攻めたてるつもりなのでござるか?」


 家康の言いに、ふむと息をつく信長である。


「少し、気になることができましたので、ここで一度、立ち止まります。なんだか悪い予感がするのですよね」


「朝倉が罠を仕掛けていると言うのでござるか?あちらは、今回のいきなりの(いくさ)で、兵もまともに集められていないでござろう。そんな心配はないと思うのでござるが?」


「いや、朝倉ではありません。浅井長政くんの動向が気になるのですよ。伝えてもいない朝倉攻めをどうやら、知っているようなんですよね」


 信長は何か思案気に金ヶ崎から南の方を向く。まさかとは思うが、万が一のこともある。


丹羽(にわ)くん、食事休憩のところ悪いのですが、一益くんを呼んできてはくれませんか?急ぎの件なので、なるべく早く来るように伝えてください」


「わかりましたのです。ちょっと待っていてくださいなのです」


 丹羽(にわ)はそう信長に返事をすると陣幕を出ていく。そして10分後、滝川一益(たきがわかずます)を引き連れて、戻ってくるのであった。


「信長さまっち。一益(かずます)、参上なんっす。俺っちを呼んだと言うことは、隠密部隊に偵察をしてこいってことっすか?」


「さすが、一益くんは察しが良いですね。話が早くて助かります。少し、小谷のほうに隠密部隊を放ってくれませんか?気になることがあるのですよ」


 一益(かずます)は信長の言いに不可思議なことを聞いたが如くの顔付きになる。


「ん?一乗谷のほうじゃなくて、小谷のほうなんっすか?理由はよくわからないっすけど、長政さまが何かあるんっすか?」


「まだ可能性と言う段階でしかないのですか、先生の予感だと、長政くんは兵を率いて、ここ、金ケ崎城に向かっていると思っているのですよ。あくまでも予感なのですが」


「予感っすか。うーん、予感で兵を動かすとは何事だーって普段の信長さまっちなら言いそうっすけど、らしくないと言えばらしくないっすね」


「先生だって、予感で兵を動かすのは嫌ですけど、こればっかりはこの予感が当たれば、織田家が滅びかねないことに発展するんですよ。だから、今は、この予感を信じています」


 織田家が滅びかねない事態が起きようとしているのかと、陣幕に集まる諸将たちが、ごくりと唾を飲みこむ。


「そこまで、信長さまっちが言うのであれば、俺っちに異論はないっす。ここから小谷までの距離を考えれば、1両日中には隠密部隊からの報告がのぼってくるはずっす」


 一益(かずます)はそう言うと、陣幕を出て、自分が有する隠密部隊に、小谷への偵察任務を与えに行くのであった。


「なあ、殿(との)殿(との)の予感ってのは、一体、何を知らせているんだ?」


 信盛(のぶもり)がそう、信長に尋ねる。


「長政くんが離反し、先生たちを攻める算段を企てているという予感です。最悪の展開を考えれば、すでに長政くんは小谷から軍を進発させている可能性すらありえます」


 その信長の言いを聞き、陣幕の武将たちは大いに動揺する。


「そ、そんなこと、起きえるはずがないの、です!長政さまはお市さまと結ばれて、信長さまとは義兄弟の間柄なの、です。そんな不義理を行ってまで、長政さまが織田家を攻めるということ自体がありえないの、です」


 秀吉がそう、信長に進言する。だが、信長は


「血がつながっている親兄弟でも殺し合う時代に、血もつながってない義兄弟を攻めることになんの不義理が成り立つと言うのですか。考えを改めなさい、秀吉くん」


「それでは、お市さまの身はどうなっているでもうすか!今頃、良くて幽閉。悪ければ、命を取られている可能性があるのでもうすよ」


 勝家(かついえ)もまた、長政離反の言いに動揺を隠せないでいる。


「市は、もしかすると、もしかするかも知れませんね。ですが、女の命ひとつに今、構っていられる余裕はありません。冷たい言いようではありますが、先生たちは、長政くんと一戦交える可能性が高いのです」


 同盟を結ぶために嫁入りさせた、お市がまさかの人質となるのである。お市の命は長政に握られていると言って過言ではない。もし、本当に長政が同盟を破り、織田家に攻め入ることになれば、お市の身の安全はまったくもって保障などない。


「しかし、信長殿。長政殿には、織田家を攻めるだけの大義がござらぬ。織田家に弓引くことは、今や、将軍・足利義昭(あしかがよしあき)さまに弓引くことと同じ。長政殿は将軍家の名誉に泥を塗ることになるでござる」


 家康が慌てふためきながらも、長政の不義について説く。だが、信長はふうとひとつ、息をつき、そして家康に応える


「その将軍さまが直々に、長政くんに織田家討伐を依頼すれば、逆に不義理を働いているのは、織田家ということになるのですよ。先生たちは将軍の名を借りているだけの存在です。将軍が直々に他の大名に依頼をすれば、そっちのほうが大義名分としては有利となります」


「しかしでござる。将軍を保護しているのは信長殿でござる。傀儡(かいらい)化を終えた、あの将軍の威に応える意味などないのでござる」


「家康くん?落ち着いてください。将軍は将軍なのです。武士の頂点なのです。例え、傀儡(かいらい)になろうが、将軍は将軍なのです。先生たちは油断していたのですよ」


 信長の言いに、家康は愕然となる。信長殿の長政離反の予感が外れることに淡い期待を込めるばかりであった。

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