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ー亀裂の章14- 長政の企み

「急げ!兵をかき集めるのだぞ。義昭よしあきさまのご意向、寸分たがわず、やり遂げるのだぞ」


 北近江に戻った、浅井長政は家臣たちに号令をかける。


殿との。何をそんなに慌てているのでござるか。この農繁期に徴兵を行うなど、国が滅びに向かってしまうのでございますぞ」


 長政の家臣、海北綱親かいほうつなちかが長政の号令に批判的な態度をとる。だが、そんな綱親(つなちか)の態度もよそに長政は言う


義昭よしあきさまより、出兵するよう、要請を承ったのだぞ。この機を逃せば、浅井家は衰退の一途を辿るだけなのだぞ!」


「しかし、一体、どこと戦うための徴兵でございますか。まさか、朝倉へ攻め入るおつもりなのでございますか?」


 長政は首を横に振り、否定の意思を示す。そして、海北綱親かいほうつなちかに近寄り、耳打ちをする。まわりの者に聞こえぬ声で言うは


「義兄・信長殿を討つ。そのための出兵だぞ。他の者には時期が来るまで悟られぬよう、黙っておくのだぞ」


 綱親つなちかは、ぎょっとした顔をし、顔を怒気でみるみると紅く染め上げる。


「何を考えているのでございますか!殿とのといえども言っていいことと、悪いことがあるのでございます」


 怒る綱親つなちかに対して、彼の両肩を掴み、長政はやさしく肩を揉む。そして、再び、まわりの者に聞こえぬ小声で長政は綱親つなちかに耳打ちする。


「信長殿は近いうちに朝倉家に攻め込む予定らしいのだぞ。信長殿が越前深くに入り込んだ後、その後ろを急襲すれば、信長殿と言えども、死地から逃れることは出来ないのだぞ」


「しかしでございますが、織田家は総勢3万から4万の大軍勢でござるぞ。もし、信長殿を越前で討てたとしても、その後はどうする気でござるか」


 綱親つなちかも長政に小声で耳打ちする。


「ふっふっふ。義昭よしあきさまから、お義兄さんを討てば、好きな幕府の役職をくれると言ってもらえたのだぞ。その見返りに俺は管領職をもらうのだぞ。その威厳を持って、畿内周辺国に号令し、織田家を潰してやるのだぞ」


 綱親つなちかは、長政の言いにううむと唸る。確かに殿とのが言う通りにことが進めば、このひのもとの天下は、浅井家に転がり込んでくるのだ。


 話としては格段に美味しい話である。今まで、織田家が築いてきた功績を総て、浅井家が乗っ取れるのである。坊主丸儲けとはまさにこのことだ。


 だが、しかしだ。それは越前に出兵する信長を、背後から襲い、討ち取れたならの話である。取らぬ狸の皮算用になるのではないかという危惧もある。


 そもそもだ。こんな危険を冒せと本当に、義昭よしあきさまは、殿とのに命じたのであろうか?それ自体を疑わしく思ってしまう、綱親つなちかである。


「一体、いつの間に、将軍・義昭よしあきさまと、そのような話をつけてこられたのですか?この前、信長殿と義昭よしあきさまの連判れんばんによる、殿中御掟でんちゅうおんおきての追加の5条で、義昭よしあきさまの書状は、信長殿が握りつぶしているではないのですか?」


「ふふふっ。この前、上洛をしてきたときに、鮒寿司の商談をしてきたのだぞ。あの商談は面白かったのだぞ。信長殿は、全然、俺と義昭よしあきさまのやりとりの真意に気付かず、今、思い出せば、中々に滑稽だったのだぞ」


 長政は不敵な笑みを浮かべる。長政が上洛したときに、義昭よしあきと長政がやりとりした、鮒寿司の商談は、実は信長を討ちとる算段をつけていたのだ。


 義昭から提示された3枚の紙には


【信長を討て】


【奴は朝倉を攻める】


【褒賞は思いのまま】


 と書かれていた。その返事に、長政は【管領を頂きたい】と返事をしていたのだ。


 確かに、義昭よしあきからの各大名家に送る書状は、信長により検閲されており、あの商談の場以外に、義昭よしあきが長政に出兵を促すことはできなかった。


 お義兄さんに傀儡かいらい化された、ぼんくらな将軍と言う印象であったが、さすがは一介の男である。虎視眈々と反攻に移るための算段を考えていたのだ、義昭よしあきは。


 長政は義昭よしあきの評価を変えざる得ない気持ちである。もし、上手く、越前の地で信長を討ち、織田家を畿内から一掃し、義昭よしあきから管領職を頂いたとしても、彼は一筋縄では行かない人物に成長しているだろうと。


 できるなら、織田家に成り代わり、将軍・義昭よしあき傀儡かいらい化したいと思うが、そうすれば、織田家の後に、この浅井家が義昭よしあきの策謀により、他家に追いやられる可能性だってありうる。


 将軍・義昭よしあきとの二人三脚が妥当と言ったところかと、長政は、この時、思うのであった。


「さあ、綱親つなちかよ。考えるより、まずは手を動かすのだぞ。浅井が天下に名乗りを上げる、千載一遇の機会なのだぞ。このいくさ、必ず勝つのだぞ!」


 長政は否応にも、心が湧き立ってくる。天下が苦労もなく転がってくるチャンスなのだ。抑えようにもつい顔がにやけてしまう。


「朝倉家には伝えておかなくてよろしいのでござるか?仮にも、織田家が朝倉家を攻めれば、彼らとて準備をする必要があるでございましょう」


 綱親(つなちか)が長政に進言する。しかし、意に介さぬように長政が応える


「なあに、朝倉には何も伝えなくて良いのだぞ。せいぜい、織田家を引き付けるための生き餌となってもらうのだぞ。後でなんとでも、ごまかしようがあるのだぞ」


「しかし、それでは、朝倉家が食い破られでもしたら、この策自体、危ういものになってしまうのでございますぞ」


「そこまで、朝倉は軟弱な兵ではあるまいぞ。年がら年中、一向宗とやりあっているのだぞ。金で集められた織田の兵なぞに滅びることはないのだぞ。それに俺らが信長を討ち取れば、朝倉には恩を売れるのだぞ」


 綱親(つなちか)は、ううむと唸る。昨今、浅井家が織田家と交流を結んでいるせいか、すっかり朝倉とは疎遠になっていた。しかし、一言くらい、朝倉と話をつけておかねば、万が一、信長に逃げられたときのことを考えた時、危ういのではないのかと、そう思う。


「何を心配しているのだ。綱親(つなちか)よ。俺が天下を握れば、お前はその天下の参謀になるのだぞ。どっしりと構えておくのだぞ」


「わかりましたでござる。信長殿を討ち漏らさぬよう、精鋭部隊を編成しておくのでございます。されど、お市さまは、どうなされるつもりなのですか?織田を攻めれば、破談になってしまいますでござるぞ」


「お市?ああ、子は産んでもらったのだ。役目は充分、果たしてもらったのだぞ。実家に帰りたければ勝手に帰ればいいのだぞ。ただし、帰る家が残っていればの話だがなだぞ」


 綱親(つなちか)は、普段、仲睦まじい2人を目の当たりにしてきた。その殿(との)が、豹変している。それほどまでに、天下という蜜は甘いのかと思ってしまう。


「ふふっ、ふふっふふふ、あーははっはは。ダメだなんだぞ。抑えようと思っても、この胸の高まりは抑えきれないのだぞ。さあ、義兄・信長殿。天下をかけて、戦うのだぞ!」




 そんな、義昭(よしあき)と長政の事情も知らずに、信長は信盛(のぶもり)が岐阜で編成してきた3万の兵の前に立つ。


「さて、皆さん。わかっていると思いますが、あなたたちを京まで寄越したのは、別に上洛にくる大名たちの威嚇のためだけではありません。将軍さまの上洛命令を無視した逆賊・朝倉家を討ちます!」


 織田家の兵士たちが、信長の声に呼応し、うおおおおと雄たけびを上げる。


「京よりびわこの西を北上し、若狭を通り、一気に越前、一乗谷へと駆け上りますよ!織田の力を存分に発揮してください」


「さあ、お前ら、稼ぎ時だ!しっかり功をあげてこいよ」


「何を言っているんですか、のぶもりもり。あなたも功を上げてきてくださよ。人任せじゃ、ダメなんですからね?」


「ええ?前途ある若いやつらが功をあげたほうが喜ぶだろお?俺が活躍しちまったら、みんな、悲しんじまうぜ?」


「俺は信盛(のぶもり)さまが活躍できなくても、いいッスよ?越前の土地を俺がもらうッスから」


「ん…。利家(としいえ)。自分も越前の土地がほしい。そろそろ1国1城の主になりたい」


佐々(さっさ)も欲しいんッスか?じゃあ、半分こでどうッス?北が佐々(さっさ)で、南は俺ッス」


「がははっ。それでは我輩がもらえる土地がなくなるでもうす。少しは先達に分け前を譲る気はないでもうすか?」


勝家(かついえ)さまは、昨年、近江に領地をもらったからいいじゃないッスか。俺も領地をたくさんもらいたいッスよ」


「では、越前だけでなく、加賀まで攻め上がろうではないでもうすか。そうすれば、越前、加賀を3分すればよかろうでもうす」


 勝家(かついえ)の言に、利家(としいえ)が、ううんと唸る。


「それもそうッスね。加賀まで行ってしまうッスか。一向宗どもに占領させておくのは、もったいないッスからね」


「きみたち、越前を落とす前に先のことを言っていても、しょうがないですよ?朝倉をまずしっかり、根絶やしにしてからのことです。加賀は」


「ええ?どうせなら、行けるとこまで北上したいッスよ。支配する土地が増えれば、喜ぶのは、皆なんッスよ?」


 利家(としいえ)の言いに、やれやれと言った感じの顔をする信長である。


「わかりました。朝倉を滅ぼしたら、次は加賀に行きましょうね。なあに、総本山の本願寺の命令を聞かない加賀一向宗を潰したところで、文句は言われないでしょうからね」


「やったッス!信長さまの許しが出たッス。お前ら、気張っていくッスよ!」


 利家(としいえ)が壇上から兵士たちに声をかける。兵士たちも調子がいい利家(としいえ)の明るさにつられて、やってやるぜええ!と声を上げる。


 まあ、士気が上がるのは、いいことでしょうと、信長は息巻く利家(としいえ)や兵士たちをそのままにする。


「さて、それでは、越前・一乗谷に向けて出発進行です!遅れたひとは、河尻くんが最後方から竹刀をもって、けつ罰刀(ばっと)をしていきますので、心してくださいよ」


 兵士たちの間から、ええええ、それはやめてくれーと声が上がるが、信長は無視を決め込むことにする。

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