ー亀裂の章11- 義昭の彼女はお竹ちゃん
「義昭ちゃん、義昭ちゃーーーん!」
「おお、お竹ちゃん、無事であったでおじゃるか!何かされなかったでおじゃるか?」
義昭が追加の5条の書状に判を押し、信長が連判する。すると、光秀がとある女性を、部屋に通してきたのだ。その女性は、正月の合婚で、将軍・足利義昭と仲良くなった、お竹と言う、町民の出の者であった。
「ふひっ。お竹殿が、将軍さまにお会いになられたいと言っていたのですが、大切な話があるので、待っていてもらっただけでございます。なあに、織田家は、女性の扱いに長けたものばかりでございます。一切、危害を加えてないので、安心してほしいのでございます」
「本当でおじゃるな!それが嘘だと判明すれば、貴様たちを決して許さないでおじゃるからな」
「義昭ちゃん。落ち着いて?光秀さまがおっしゃることは、本当だよ?わたしが義昭ちゃんに会いたくて、会いたくて、無理を言っちゃっただけなの!」
「そうなのでおじゃるか?お竹ちゃん。何もされていないのでおじゃるか?全部、しゃべってくれて構わぬのでおじゃるよ?」
「やだあ。義昭ちゃん。心配しすぎー。変なことなんて、まったくなかったよ?それどころか、光秀さまは、お茶とかすてーらを出してくれたんだよー?かすてーら、すっごく、おいしかった!今度、義昭ちゃんの分までもらっておくね?」
義昭は、がばっとお竹を抱きしめる。そして、涙をはらはらとこぼし始める。
「どうしたの?義昭ちゃん?何か怖いことでもあったのー?」
「まろは、お竹ちゃんに何かあったのかと思い、心配だったのでおじゃる。無事で本当に良かったのでおじゃる。まろは、お竹ちゃんが居なくなってしまったら、生きてはいけないのでおじゃる」
義昭は涙を流しながら、ぶるぶると震えている。お竹は、そんな義昭の頭をよしよしと撫でる。
「義昭ちゃん。何があったかわからないけど、安心して?いつでも、わたしは義昭ちゃんの味方だからね?」
信長とその家臣たちは、その2人の姿を見、お邪魔しては悪いとばかりに、部屋から退席するのであった。
「さて、秀吉くん。またで悪いのですが、追加の5条の写しを大量に作成してもらえませんか?」
「はい、わかり、ました!これを庶民や各地の大名家に送れば、いいの、ですね?」
「はい、その通りです。1字1句、間違わないようにしてくださいね。いよいよもって、義昭の傀儡化の宣伝ですから、大いに写しをばらまいてください」
「思えば、長かったなあ。やっと、あの馬鹿将軍も折れてくれたし、これで、天下は織田家の思い通りってことだな」
信盛がそう、感想を述べる。
「信長さま、おめでとうッス!これで、あの馬鹿の裁可を仰がなくて良くなったッスね。これで、信長さまのやりたい放題ッス」
「やりたい放題って。まるで、先生がこれから悪いことでもしそうな言い方ですね。言っておきますが、先生はひのもとの民のための政治を行っているのです。そんな悪代官が権力を握ったみたいな言い方は、良してくださいよ」
そう、利家を非難しつつも、信長は笑顔である。
「ところで、光秀くん。お竹さんには、何もしてないでしょうね?義昭への後押しと言えども、女性に乱暴するような策は、先生、好みませんからね?」
「ふひっ。お茶と、かすてーらでもてなしをさせて頂いただけでございます。かすてーらを2本も平らげたのには、こちらのほうが面喰らってしまったくらいでございますよ」
「ふふっ。中々、面白い女性ですね。そう言えば、あのお竹さんは、誰が手配したのですか?」
しかし、信長の家臣団一同は、え?という顔付きになる。
「お竹さんって、てっきり、殿が合婚に連れてきたと思ってたんだけど、違うの?」
「俺もそう思ってたッス。義昭を好きになるような女性なんて、信長さまじゃないと、探し出せないと思っていたッス」
「わたしも、畏れながら、信長さまのご配慮だと思っていたの、ですが、ちがうん、ですか?」
「いやいやいや。ちょっと、待ってくださいよ。いくら目利きに自信がある先生でも、あの馬鹿を好きになる女性なんて、皆目、検討がつくわけないでしょ!」
「ちがうのでございますか?僕も、てっきり、信長さまがあてがった女性だとばかり思っていたのでございます」
「じゃあ、お竹さんは、好き好んで、あの馬鹿を選んだってことなんですか?そりゃあ、一応、合婚ですから、義昭には、身分を隠すようにとは言っておきましたが、まさか、将軍の地位に目を向けずに、あれを好む女性って、どういうことですか!」
「ガハハッ!たで喰う虫も好き好きと言うでもうす。義昭のことを真に好いている女性ならば、問題はないでもうすよ」
「いや、それはそうなんですけど、もしも、どこかの大名家の差し金だったら、どうするんですか。秀吉くんか、光秀くんの手のものだと思っていたのに、違うって、危険ですよ!」
「殿。安心するでもうす。お竹殿の身辺調査は、すでに我輩が行っているでもうす。正真正銘、ただの町民の娘でもうすよ」
勝家の言に信長は、ほっと安堵の息をつく。
「まあ、勝家くんの調査で何もないと言うことは安全だと言うことでしょうね。ですが、今度からはちゃんと、皆さん、義昭に近づく人物には警戒を怠らないようにしてくださいね」
「ふひっ。気を付けてさせて頂くのでございます。ですが、傀儡を認めた義昭に今更、何ができるとも思えないのでございます」
それもそうですかと信長が光秀に応える。
「さて、天下泰平まで、いよいよ大詰めになってきました。まずは追加の5条の流布。そして、近隣諸国の大名への上洛命令を出します。逆らうものは全て、潰します」
「波多野、一色、別所、赤松、筒井、それに越前の朝倉あたりに上洛命令を出せばいいのかね?まあ、朝倉以外は頭を下げてきそうだけど」
信盛がそう、信長に告げる。
「とりあえずは、そんな感じでしょうね。いい加減、朝倉も目を覚ましてほしいところなんですが、そういうわけには行かないんでしょうね」
「お、畏れながら、追加の5条を流布すれば、ますます、反抗してきそう、なんですが。朝倉は」
秀吉が信長にそう進言する。
「ん?そりゃそうでしょうね。将軍を傀儡にしましたよーって宣伝するんですから、そりゃあ、反抗してくるに決まっていますけどね」
信長がほくそ笑む。朝倉が反抗するなぞ、目に見えている。あえてこその上洛命令なのだ。
「さて、のぶもりもり。岐阜で軍の再編を急いでください。3万ほど兵を整えれば、越前まで一気にいけるはずです。散々、織田家の要請を断ってきたのです。朝倉は滅ぼされても文句は言えないでしょう」
「3万の編成かあ、準備に1カ月ってところだな。鉄砲隊も連れていくのか?」
「そうですね。織田家に逆らえば、どうなるかと言う意思表示のためにも1000丁、持っていきますか。秀吉くんと光秀くんの部隊にも100ずつ、配備をお願いしますね」
「佐々300、利家300、んで、俺が200で、残りは秀吉と、光秀ってところだな。よし、じゃあ、ちょっくら岐阜に帰って準備をしてきますかね」
「頼みましたよ。あと、一益くんにも出陣してもらうので、伊勢路を通って、京に上る準備を伝えておいてください」
「一益も使うって、朝倉を本気で潰す気、まんまんなんだな。てっきり、殿の親族をまた養子にでも入れるつもりなのかと思っていたけど」
「北陸は各地に大名がいますが、もし、上杉が西進すれば、織田家と隣合わせになります。最前線に、先生の親族を配置するようなことをするわけがないじゃないですか」
「ふーん。じゃあ、朝倉が滅びたら、あの地には誰を配置するつもりなんだ?」
「そうですねえ。勝家くん、利家くん、それに佐々くん辺りがいいんじゃないですか?まあ、でも一向宗の一揆が多発している地域ですから、それで、主力の3人がかかり切りになるのも、あれですし、ううん。困りましたね」
「一向宗と言えば、本願寺ッスっけど、総本山に話をつけたら、北陸の一向宗の一揆は収まるんじゃないッスか?」
「それで済むなら、かの朝倉宗滴も、一向宗に悩まされることはないですよ。北陸のほうは石山御坊から遠いことを良いことに、好き勝手やってるみたいですからね」
石山御坊とは、本願寺勢力が法華宗により、京の伏見で焼き討ちをされ、その総本山もまた戦火の渦に巻き込まれた際に、本願寺勢力が大坂に拠点を変え、築いた城である。
一向宗もとい、浄土真宗は畿内、岐阜、尾張、三河、そして北陸といった広範囲に信徒がいる。多くの地域では、領主に何か不備が無い限りは、大人しいものではあったが、北陸の加賀の一向宗だけは毛色がちがったのである。
「加賀の大名を滅ぼし、一向宗がそのまま占拠している状態みたいですね。加賀一向宗と言うよりは、1大名として数えておいた方がよさそうな気がします」
「交渉の余地があるといいんだけどなあ。朝倉1国でさえ難儀するような相手に、勝家殿がかかり切りになるんじゃ、戦力の分散になっちまうぜ」
「そうなんですよねえ。宗教勢力の厄介なところは、一度、反抗を行えば、滅びるまで、いや、滅びたとしてもその民の親族たちが敵に回ることですね。終わりなき戦になるんですよ」
「石山御坊のほうでなんとかならんもんかねえ。総本山は俺たちに恭順の意を示してるんだ。わざわざ敵を増やすこともないだろうに」
「まあ、武力で物言わせるような宗派なら、その武力を潰してしまうしかないでしょうね。例え、それが終わらぬ戦いになろうとも」