表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
153/415

ー亀裂の章 5- ずっ魂(こん)ばっ魂(こん)

 友達。その言葉を聞き、またひとつ、氏真うじざねの胸にどきんと言う音が鳴る。


「私には友達と呼べるひとが、ひとりしかいなかったのでおじゃる。それどころか、私の地位を狙う者のほうが多かったくらいでおじゃる」


「へえ。お武家さんにはお武家さんなりの苦労があるってんのかあ。俺も将来は偉くなりたいから、そういう苦労に出会うのかなあ」


「そんな奴ら、ぶっとばしてやれば良かったっすよ。なんなら、僕がいまからそいつら、ぶっとばしに行ってもいいっすよ?」


 氏真うじざねの沈んだ気持ちを吹き飛ばすかのように、清正きよまさ正則まさのりは言う。若いっていいなあと思う氏真うじざねである。


「そのほうらに吹っ飛ばされたら昇天しそうな気がするのでおじゃるが、気のせいでおじゃるかな?」


「大丈夫だぜ。加減はするぜ?9割殺しってところだし」


清正きよまさ、物騒っすね。8割5分殺しってところが苦しみが一番強いっすよ」


 うーん。9割も8割5分も、どっちも死にそうな気がしてならないのは気のせいでおじゃろうか?


「せめて、半殺しくらいで止めておいてほしいのでおじゃる。あれでも、皆、私のために働いてくれたものでおじゃる」


氏真うじざねは優しいんだぜ。俺の産まれた村じゃ、牛泥棒なんかした日にゃ、市中ひきまわしの上、打ち首もんだったんだぜ」


「ああ、田吾作たごさくだったっけっすか。清正きよまさの家の牛にちょっかいかけた奴はっす。女子にもてないからと言って、牛をてごめにしようたあ、だいそれた奴っす」


正則まさのり、お前、感心しているようだが、こっちは大変だったんだぜ。俺んちの花子がショックで、しばらく乳を出さなくなって、津島の町の銭湯に卸していた分が出荷できずに、【おおいお湯】が潰れかけたんだぜ」


「え?まじっすか。僕たちの憩いの場所、【おおいお湯】に、そんな大ダメージだったんっすか。それなら、9割殺しも納得っすわ」


【おおいお湯】とは何でおじゃろう?銭湯の話をしている以上、店名であろうことは想像はつくが、いまいち、つながらない。


「その【おおいお湯】と牛の乳が一体、何の関係があるのでおじゃるか?」


「大有りだぜ。【おおいお湯】は風呂上りに冷えた牛の乳を出してんだ。それを一手に請け負っていたのが、俺の出身、中村の牛たちなんだぜ。その稼ぎ頭の花子が乳を出せなくなったんだぜ。大変だろ?」


 まくしたてるように清正きよまさが、氏真うじざねに言う。その勢いについ気圧されてしまう氏真うじざねである。


「まあ、なんとなく大変だったのは、わかるのでおじゃる。して、花子殿は、その後、どうなったのでおじゃる?」


「そこは正則まさのりが、あの手この手で、花子の乳を優しくもんだり、時には強くつねったりと、あらんばかりのテクニックを披露してくれたんだぜ」


「あの時は、よく事情がわからなかったら、とにかく揉んでみてくれと懇願されてやってたっすけど、結構、僕、清正きよまさんちの生命線に関わっていたんっすね」


正則まさのりの乳の揉み方は天下逸品だぜ!嘘だと思うなら、氏真うじざね、揉まれてみろよ」


「ちょっと、待ってくれでおじゃる。嫁のおっぱいを揉む趣味はあっても、男に自分のおっぱいを揉まれる趣味はないでおじゃるよ」


「堅いこと言うなって。おら、正則まさのり、揉んでやれよ」


 正則まさのりは、うーんと唸りながら


「僕も女性のおっぱいのほうが好きっすけど、場の流れに従うのは、仕方ないっすね」


 何が仕方ないのか、わからないのでおじゃる。


「やめるでおじゃる。友達から恋人にステップアップしてしまうのでおじゃる!」


「それもそうだな。やっぱり、好き同士じゃなきゃ、相手が男と言えども嫌なもんだったわ。正則まさのり氏真うじざねを惚れさせてから、おっぱい揉んでやりな」


「そうっすね。まずは、文通を通じて仲良くなって、それから手をつなぐことから始めようと思うっす。大丈夫。僕はピュアな付き合いが好きなので、いきなり手ごめにしようとは考えていないっす」


 このひとたち、ひとの話を聞くつもりはあるのでおじゃるか?


「あなたさま。しっかり、食べていますかですわ?残すとケツ罰刀ばっとだあああ!と隊長の方が伝えておくようにと言ってましたわ」


 氏真うじざねの奥方、早川殿が、ちゃんとご飯を食べているかチェックしに、氏真うじざねの元に訪れる。


 そう言えば、目の前のちょっと頭のネジの締まり具合がおかしい2人組に絡まれて、気付けば、箸がすっかり止まっていたのでおじゃる。しっかりと食べねばと思い、食を再開する。


「お、きれいなお姉さん。こんなところにどうしたの?」


「うふふ。三十路女を捕まえて、きれいなお姉さんとは、なかなか口が達者な坊やですわ」


 早川殿が、にこやかな顔をして、清正きよまさに応答する。


清正きよまさ。状況から察するに、氏真うじざねのコレでござる」


 正則まさのりは、右手で握りこぶしを作り、人差し指と中指の間から、親指を突き出し、清正きよまさに見せつける。早川殿はその正則(まさのり)の所作に、よくわからないと言った、きょとんとした顔をする。


「なにをやっているのでおじゃる、正則(まさのり)先輩。そういう下品なことを、うちの嫁に見せないでほしいでおじゃる」


 氏真(うじざね)が慌てる姿を早川殿が見て、それでもわからないと言った体で


「おまえさま。これは一体、どういった意味の所作でございますかですわ?」


「ずっこんばっこんって意味だぜ。いつでもお熱い仲だってことだぜ!」


 清正(きよまさ)がそう、早川殿に伝える。


「あらあらあら。ずっこんばっこんですか。なかなか言葉の響きがいいのですわ」


 本当に意味をわかっているのでおじゃるのかと、自分の奥方を心配する氏真(うじざね)である。


「ええと、手を握って、人差し指と中指の間に、親指を通すようにっと。できましたのですわ!早川と氏真(うじざね)さまは、まさにずっ(こん)ばっ(こん)の間柄なのですわ」


 早川殿は、正則(まさのり)の手の形を見よう見まねで、形作り、その右手を身体の前に突き出して言うのである。


 慌てたのは、氏真(うじざね)である。


「やめるのでおじゃる。女性がやる所作ではないのでおじゃる!」


「ええ?でも、早川は、毎日、あなたさまとずっ(こん)ばっ(こん)では、ありませんかですわ」


 意味は間違ってないのでおじゃる。昨晩もずっ(こん)ばっ(こん)してたのは確かなのでおじゃる。だが、場所をわきまえてほしいのでおじゃるよ、早川殿。


氏真(うじざね)はうらやましい限りだぜ。こんなきれいなお姉さんと、いちゃいちゃできるんだからなあ。俺も嫁さんがほしいんだぜ」


 にやにやした顔付きで清正(きよまさ)が言う。


清正(きよまさ)。そのためにも僕たちは、織田家の軍に入ったっす。なんたって合婚(ごうこん)があるっすからね」


 正則(まさのり)が言う。そう言えば、ちらしに合婚(ごうこん)と言う文字が載っていたでおじゃるな。お給金のほうに目が行って、スルーしていたのでおじゃる。


「おっほん。清正(きよまさ)先輩、正則(まさのり)先輩。合婚(ごうこん)とは一体、なんでおじゃるかな?」


「だから、その先輩ってつけるのをいい加減にやめてくれないかだぜ。こそばゆいったら、ありゃしないんだぜ」


氏真(うじざね)合婚(ごうこん)と言うのは、信長さまが考え出したと言われている、合同婚姻会の略っす。盛大な飲み会が開かれるんっすよ。うら若き男女が結婚相手を求めて、いっしょの席で自慢話をしたり、功績をアピールしたりするっす」


 氏真(うじざね)は、ふむふむとその正則(まさのり)の話を聞く。続けて、正則(まさのり)


「もちろん、(めかけ)を求めて、既婚者が参加するのもありっす。信長さまは毎年のように出席して、(めかけ)を増やしているっす。精力旺盛すぎっす」


「信長殿はすごいのでおじゃるな。私は早川殿に毎晩しぼりとられて、とてもではないでおじゃるが、(めかけ)など無理だったのでおじゃる」


「ふふふっ。おまえさま、(めかけ)はいけないのですわ。他の女性と遊べないように今夜もずっ(こん)ばっ(こん)なのですわ」


 氏真(うじざね)は早朝の5キロメートル行軍ですら、ふらふらで満身創痍なのだ。このあと続く訓練も過激なことは想像に難くない。今のうちに喰えるだけ喰って、精力を養わなければならないのでおじゃる。


 そう思っていると、いつの間にか、自分の大皿に、やもりの黒焼きが3本、追加されているのである。


「あ、あの。私の大皿に、やもりの黒焼きが追加されているのでおじゃるが、一体だれが追加したのでおじゃるか?」


 清正(きよまさ)正則(まさのり)は、そんなことも知らないのかと言う顔付きで、氏真(うじざね)の横を指さしてくる。その指さす先には、早川殿がにこにこと笑顔である。


「もう2本、追加するのですわ。さあ、たーんとお食べですわ?」


 やもりの黒焼きが計5本になってしまった。とほほと言った顔つきで、氏真(うじざね)はその黒焼きにかぶりつくのであった。


「そう言えば、年明けの正月の合婚(ごうこん)には、すげえ人物がくるんだぜ?」


「一体、だれっすか?信長さまはいつものことだから、すごい人物とは言えないっすよ?」


「家康殿あたりでおじゃるか?遠江(とおとうみ)を手に入れて、なかなかの大名家になったでおじゃるし」


 氏真(うじざね)は、やもりの黒焼きをもぐもぐしながら、清正(きよまさ)正則(まさのり)に言う。


「家康さまも参加するらしいけど、違うぜ。聞いて驚くんじゃないんだぜ。なんと、将軍さまが合婚(ごうこん)に参加するんだぜ!」


 将軍さまと聞き、口のなかでもごもごしていた、黒焼きをぶぼっと吹きだす。


「ちょっ!氏真(うじざね)、汚いんだぜ」


「し、失敬したのでおじゃる。将軍さまと言えば、足利義昭(あしかがよしあき)さまでおじゃるか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ