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ー亀裂の章 4- 氏真(うじざね) 夢を持つ

 氏真うじざねは驚く。新兵の訓練の隊長でしかない、この男が、一兵士である自分のことの内情を知っているのである。


「お前は、家族を養って支えていくと言う夢があるんじゃないのか!それなら、給金のためとごまかさず、胸を張って、皆に俺は家族のために働いているんだと喧伝するくらいの心構えを持て」


 ああ、そうであったのでおじゃる。家族を養うことなど、当たり前のことと思っていたが、この乱世の時代においては、それを為すことすら難しいのであったのでおじゃる。


 家族を養う、支える。それを夢として持てと、この隊長は言ってくれている。何を恥ずかしがることがあろうかと言ってくれている。私はこの思いを夢にし、邁進していかなければならないのでおじゃる。


「隊長殿。わかったのでおじゃる」


 そう、氏真うじざねは言うと、ゆっくりであるが立ち上がっていく。2本の足で大地を踏みしめる。しかし、ひざはがくがくと笑っている。くっ、殿とのさま暮らしが、まだ抜けぬでおじゃるか。


 氏真うじざねは悔し気に両の足のふとももをバンバンと叩く。


「動くのでおじゃる!家族を養うと決めたのでおじゃる。私がやらずに誰がやると言うのでおじゃる」


 氏真うじざねは笑うひざを必死にこらえながら、ゆっくりと前進していく。そして、はあはあと息を切らしながら朝食の料理が並ぶ机の前に来る。


「おまえさま。頑張っているのですわね。さあ、たーんと召し上がれ」


 織田家の兵士の朝昼の食事はバイキング形式であり、好きなものを選んで食べられる。氏真うじざねは大皿を手に取り、白いご飯、焼き魚、納豆とその皿に盛りつけていく。


「おい、お前。それだけで足りると思っているのか。もっと喰え。喰って、おのれの血と肉にせい!」


 氏真うじざねは、これだけでも精一杯と思っていたところに、隊長により、大きな鹿肉を焼いたものと、野菜のサラダを山盛りに乗せられ、さらにはリンゴを3つ乗せられる。


「これはさすがに無理なのでおじゃる。いつもの生活でも朝からこんなには喰っていないのでおじゃる」


「はははっ。意外と喰えるもんだぞ。なあに、喰うのがつらいと言うのなら、茶なり、味噌汁なり、ぶっかけて、腹に詰め込んでおくがいい」


「野菜のサラダには、織田家で考案された、梅じそ汁がありますわ。それをかければ、食欲もましますわよ」


 早川殿がそう、氏真うじざねに進言する。そういわれ、赤と言うよりは紫に近い、その謎の液体を野菜のサラダにたっぷりとかけられる。


「この汁は身体に大丈夫なのでおじゃるか?毒々しい色で怖いのでおじゃる」


「匂いをかいでみてくださいな。お腹がつい、鳴ってしまいそうな、良い匂いなのですわ」


 氏真うじざねは、そう言われ、その毒々しい液体の匂いをかぐ。すると、鼻をつんざくような梅としその香りが鼻腔を通りぬけ、胃を刺激する。途端に、氏真うじざねのお腹は、ぎゅるるるるうと鳴きだすのであった。


「ふふふっ。身体は正直ですわね。さあ、あなたさま、食べてください?食べて、食べて、食べて、生まれ変わってくださいなのですわ」


 氏真うじざねは兵士たちが並ぶ席に空いている場所を見つけ、大皿に盛られた料理の数々に手を付け始める。最初はもそもそと食べていたものの、この梅じそ汁がかけられた野菜のサラダがとてつもなく美味い。


 その梅じそ汁効果のおかげか、身体が栄養を求めていたのか、段々と氏真うじざねはガツガツと山盛りの料理を食べはじめたのである。


「おう。見かけない顔だけど、今日から入隊した新入りか?お前」


 食べている最中に、前の席に座る、明らかに農民の出でありそうな男に声をかけられる。なんでおじゃろう?わたしの顔に何かついているのでおじゃろうかと、ずれた感想を持つ氏真うじざねに向かって、その兵士はさらに声をかけてくる。


「俺は、清正ってんだ。んで、こっちのガラの悪そうなのが正則まさのりだ。まあ、ひとのこと新兵呼ばわりしているが、俺たちも3か月前に入隊したばかりで変わりはないんだけどな」


「ガラが悪そうって、どういう紹介っすか。わしはこう見えてもピュアで夢見る男なんっす」


 数えで35歳になろうと言う、おじさんの私に気軽に話しかけてくるのは、まだ16歳に成りたてであろう、若い2人組である。


清正きよまさ正則まさのり殿でおじゃるか。私は氏真(うじざね)と言うのでおじゃる。そなたたちの言うとおり、私は今日から訓練を開始したのでおじゃる。3か月と言えども先輩なのでおじゃる。清正きよまさ先輩、正則まさのり先輩と呼ばせてもらうのでおじゃる」


 清正きよまさは、氏真うじざねの言いに、思わず口に含んだ、なめこの味噌汁を豪快に吹きだす。その吹きだされたなめこの一部は、氏真うじざねの額や、頬、鼻の上にべったりと付く。


氏真うじざね、お前、何、先輩とかつけてるわけ?つい、なめこ汁を吹きだしちまったじゃねえかよ。それに、おじゃるって語尾は何よ?公家の出か何かなのか?」


 清正きよまさが大層におかしそうに腹を抱えて笑っている。あれ?そんなに私はおかしいことを言ったのでおじゃるかな?


 手ぬぐいで顔に付着した、なめこを丁寧にふきとりつつ、氏真(うじざね)は言う。


「産まれてこの方、おじゃると言っていたのおじゃる。父上の教育を受けて、ますますおじゃると言ってしまうのでおじゃる」


「へえ、氏真(うじざね)くんは、教育を受けれるような身分だったっすか。うらやましい限りっすね。やっぱり、やんごとなき生まれなんっすか?」


 呼び捨ても大概だが、くん付けもどうなんだろうと思う氏真(うじざね)だったかが、気にしないことにし


「公家と言うわけではないのでおじゃるが、父は武士として立派な地位だったのでおじゃる。でも、私の代で滅びてしまい、ここ、堺に移住してきたわけでおじゃる」


 氏真(うじざね)は父親が大名だと知れれば、相手が萎縮するのではないかと思い、その辺は秘密にしておくことにした。


「ふーん。立派な武士だったわけか。まあ、こんな世の中だ。栄華を極めていたお家であろうが、仕える大名家が滅びれば、その憂き目にあって、没落するのも不思議じゃないだろうしな」


「そうっすね。そうは言っても、元から農民出のわしたちに比べれば、そんなこと、大したことでもないっすけど。給金目当てで、織田軍に参加する気になったのっすか?歳はどう見ても、30代っすから、よっぽど生活に困っているっぽいっすね」


「父が残してくれた財産があるから、つつましく暮らしていこうと思えばできたのでおじゃるが。しかし、そんなものに頼って、家族を養うようでは、男がすたれると思い、稼ぎにきたのでおじゃる」


「はははっ。言うじゃねえか、氏真うじざね!俺はお前のことが気にいったぜ。やっぱり、男なら、自分で働いた金で家族は養いたいと思うもんだよな」


「立派な夢っす。わしらは子だくさんの農家で生まれたっすから、家にいたところで、親に迷惑がかかるから、自分から飛び出してきたっすよ」


「そんなに農家のひとたちは生活をしていくのが大変なのでおじゃるか?」


「まあ、俺ら2人は農家の生まれと言えども、信長さまが心血注いだ尾張おわりの地で育ったから、それほど苦労はしてこなかったんだけどな。でも、やっぱり、3男、4男となってくると、部屋住みになっちまうんだ」


「部屋住みとは、家を継げないのはもちろんとして、嫁ももらえない立場っすから、家族の畑仕事を手伝うだけして暮らしていくのも、なんだかなあと言ったところっす」


 氏真うじざねは大名であっただけに、その辺は詳しい。兄弟はいることはいたが、弟のひとりは支城の城主として城をあてがわれたが、その他の弟たちは、部屋住みであった。


 兄弟と言うものは親が死んだとき、とくに大名家においては、火種になりやすく、それを配慮して、まだ嫡男が何かあったときに代わりになる次男はともかくとして、他の弟たちに土地や城をあてがうようなことはしないのである。


 大名だって、そうなのだ。農家においては、もっとひどい惨状だって考えられる。生まれた時点で、育てられぬと赤子を殺している可能性だってありうる。


 農家の生産力は、言わば、家族を養える人数に直結する。信玄は他国に対して、分捕りや人捕りを行い、他国を恐怖せしめるが、自分の領民にはすこぶる評判が高い。それは、信玄堤しんげんつつみに代表されるように、治水を行うことにより水利が整えられ、その結果、農作物の被害が抑えられ、収穫量があがる。


 収穫量があがれば、喜ぶのはそこに住む農民たちであり、家族が増えるよ、やったね、ありがとう、信玄さま!となるわけだ。


 しかし、今川家では、農家に対して何か特別な施策をしていたわけではなく、隣の三河に重税を課すことにより、自国を潤してきたのであった。それゆえ、遠江とおとうみ、駿府ではそこそこの農民からの評判の高さではあったが、三河からは未だ消えることのない怨嗟の声が、義元に浴びせかけられていた。


 そんな怨嗟の声うずまく岡崎の地で暮らしていくのも難儀であろうと、家康に堺の移住を進められて、この地にきたのが氏真うじざねである。


清正きよまさ先輩、正則まさのり先輩。色々と苦労しているのでおじゃるなあ」


「その先輩ってのをやめてくれって。おかしくて笑っちまうだろ。呼び捨てでいいぜ。大体、お前のほうが歳は大分、上なんだしよ」


「しかし、先輩は先輩でおじゃる。礼を欠いては武士としていけないと教えられているのでおじゃる」


「気にすることなんてないっす。わしたち、仲間じゃないっすか」


 仲間。そう言われて、氏真うじざねは胸にどきんと言う音が鳴る。


正則まさのり、良いこと言うじゃねえか。いつもは、ちんぴらっぽい言動だけど、たまにはまともなことも言うもんだな」


「たまには余計っす。氏真うじざね。俺たちは仲間であり、友達っす」


「友達と呼んでくれるのでおじゃるか。でも、知り合って、まだ10分も経っていないでおじゃるよ?」


「ばっかだなあ。氏真うじざねは。同じ釜のメシを喰って、こうやって、同じ席でメシ喰ってんだ。そいつを友達と言わずになんと言うんだよ」

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