ー進撃の章13- 霧山御所の攻防
「貴殿が徳川家康さまで間違いないでオニ?」
「オニ?その語尾から察するに、信長殿から聞いていた、九鬼嘉隆殿でござるか?」
「そうでオニ。我は九鬼嘉隆でオニ。お初にお目にかかり、光栄だオニ。此度は信長さまの家臣、滝川一益さまの家臣に組み入れらたのでオニ。鳥羽城攻略の手伝いをするようにと言われているオニ」
「九鬼殿が、こちらについてくれくれるとは、頼もしい限りでござる。海上を安全に進めたのは、もしや、九鬼殿の計らいであったでござるか?」
「そうでオニ。これから長い付き合いになると思うのでオニ。どうぞ、よろしくなのでオニ」
九鬼は海の潮風と照り付ける太陽のせいか、肌が赤黒く、見た目は鬼のような風貌であった。だが、見た目とは裏腹に、意外と話せる男に見え、家康は、ほっと安堵の息をつく。
「伊勢・志摩の海賊、九鬼嘉隆といえば、この一帯の海を牛耳る、赤子も黙ると言われているでござるから、どんなこわもての男かと思っていたでござるよ」
「赤子や子供は好きでオニ。でも、取って喰われるのかと思って、子供たちがなついてくれなくて、困っているのでオニ」
家康は、はははっと笑う。
「いや、失敬。鬼は鬼でも、村民と仲良くしたい赤鬼でござるか。子供は残酷でござるからな。見た目が怖いと、なかなかに近寄ってはくれぬものでござるからな」
「困ったもんだオニ。我は、風貌からの噂が独り歩きしてしまい、気付けば、海賊の大将にさせられてしまったんだオニ」
「人生というのは、ままならぬものでござるな。さて、鳥羽城の攻略に向かうとするでござるか」
鬼が味方なら100人力である。家康と九鬼は、合せて5000の兵で、湊から鳥羽城へ侵攻を開始するのであった。
「業火一閃!」
「神に届く、つっぱりでございます!」
勝家と光秀が、先鋒として、亀山城から南へ侵攻していく。彼ら2人の目標は、松ヶ島城を守る、神戸氏の攻略であった。
神戸氏は5000の兵で松ヶ島城から進発し、その城へ向かう途上の勝家・5000と、光秀3000の兵とぶつかる。
数の差はそれほどなかったのであったが、神戸氏にとって、勝家と光秀は手に余る相手であった。
「うぬぅ。血気盛んに城を出て、相対してみたはいいが、織田家の兵がここまで強いとは思わなかったわ。金で雇われた兵とは聞いて、何かあればすぐ逃げ出すような軟弱者かと思ってみたが、存外、強い」
「兄者。どうする気だ?ここを抜けられたら、北畠家が危ないぜ。あれでも一応、主家だ。守ってやらねばならぬだろうし」
「弟よ。出来る限りの抵抗をするぞ。北伊勢の関氏は長年のライバルであったが、友でもあった。その敵討ちのためにも、引くことはできぬ」
神戸氏兄弟は、勝家と光秀の軍に翻弄されながらも、必死の抵抗を続けるのであった。
「がははっ。殿もひとが悪い。5000と言わずに、1万の兵を預けてくれれば、あっさりと勝負がつきそうなものでもうすに」
「ふひっ。余り、兵を多く出せば、野戦に出てこずに、城に籠られてしまうのでございます。それに、京の都でのうっぷん晴らしも出来て、いいのではございませんか」
「それもそうでもうすな。すとれす発散には調度良い相手でもうす。神戸氏には悪いが、もう少し、付き合ってもらうでもうす」
神戸氏兄弟は当初の予定よりは奮戦し、1週間、勝家と光秀相手に持ちこたえる。だが、織田軍は疲れることを知らぬのか、段々と押されはじめ、ついには、神戸氏兄弟の軍は瓦解する。
これはたまらぬとばかりに、神戸氏兄弟は松ヶ島城に立て籠もることになったのであった。勝家・光秀の軍は、そのままの勢いで、松ヶ島城を包囲することに成功する。
「さて、先生たちもそろそろ、進発しましょうか。向かうは、松ヶ島城の西、霧山御所です。利家くん、佐々くん、河尻くん、それに一益くん。行きましょうか」
織田軍本隊・2万5000が亀山城から進発する。包囲された松ヶ島城を尻目に、西へ西へと突き進んでいく。
途上にある砦を攻略しつつ、織田軍本隊は突き進む。降伏する者たちには身の安全を保障し、反抗を示す砦は火をつけ、踏みつぶしていくのであった。
霧山御所までの砦を5つほど抜くと、今や抵抗を示す砦は無くなっていた。降伏を示す、白い旗を振り、恭順の意を信長たちに伝える。
「なんだか、つまらないなあ。もっと反抗してくれないと、刀が錆びついちまうぜ。鉄砲の一発でも撃っていい?殿」
「火薬や弾だって、無料じゃないんですよ。無駄撃ちするのは止めてくれませんかね?」
信長が信盛をたしなめるのであった。
霧山御所手前2キロメートル前で信長軍本隊は一度停止する。そこから、北へは信盛率いる5000が向かう。
そして、利家、佐々、河尻の計1万5000がさらに1キロメートル、霧山御所の手前まで進む。
一益率いる3000は、霧山御所の裏手に回るため、大きく南に迂回しながら進むことになる。
残る2000の兵を信長は全軍の後詰とし、陣を張り、戦況の推移を見守るのであった。
信長軍本隊、計2万5000に対して、霧山御所を守る北畠具教は1万2000の兵を抱えていた。信長軍の展開を見、2000の兵を信盛に対しての防備に、もう1万を正面から来る1万5000に対して当てることにする。
北畠具教とその息子である北畠具房は1万の軍をそれぞれ5000に分け、先鋒の利家と佐々に相対する。
北畠具教は塚原卜伝の愛弟子とだけあり、果敢に、利家とぶつかり合う。その勢いはなかなかのものであり、利家は押され気味となる。
「おっと、これは油断していたらまずいッスね。予想より、敵の勢いが強いッス。こっちのほうに来たのは、きっと北畠具教のほうッスかね」
利家にしてはめづらしく、まともに敵の勢いとぶつかるのを避け、距離を開けるように展開し、弓を放ちながら少しずつ後退していくことにした。
「織田め。このわしに恐れをなしたか!皆の者、一気に押せ」
北畠具教は、そう、部下の兵士たちに命令を下し、どんどん、利家の軍を押していく。
「かかったッスね。河尻さま、出番ッス!」
利家は部下にほら貝を鳴らさせる。利家の軍は下がりながらやや北上しており、後方に位置する河尻が前にでれるようにと、道を開けておいたのだ。
「ふっふっふっ。利家め、憎らしいやつだ。俺に出番を寄越すためにわざわざ下がりおるとはな。よし、皆の者、開いた道を進み、北畠具教を囲め!」
河尻の軍5000は、利家と佐々の間に割り込み、北畠具教の軍を南東から攻める。
敵の策にまんまと乗ってしまった北畠具教は、ぐぬぬと唸る。
「くそっ。わしとしたことが、こんな見え透いた策に引っかかるとは。誰か、具房に伝令を送れ。こちらの救援に兵を回せと言ってこい!」
父・具教から伝令を受けた具房は5000の兵から2000を父の救援に向かわせることにする。しかし、そのことにより、大きく力を削がれた具房は、相対していた佐々に大きく攻めよられることになる。
「父上は何をしているのですじゃ。これでは軍が瓦解してしまうのですじゃ。いくら武勇に自信を持っていても、これでは各個撃破の機会をみすみす敵に与えることと同じですじゃ」
父の援軍のために3000に減ってしまった具房の軍は、佐々の勢いを堪えるのに必死であった。この機会を見逃す佐々ではない。
「ん…。鉄砲隊、前に。前方の軍の肝を冷やしてやれ」
佐々率いる5000の兵の中には、鉄砲隊300が含まれていた。その300の鉄砲が轟音を戦場に披露する。
「おうおう。南は楽しそうに戦をやっているなあ。さて、俺も一仕事しますかあ」
信盛5000と相対するは、2000の防衛であった。こちらのほうの敵は攻めてくる様子もなく、防御に専念しており、崩すには少々、困難を要する。
防御を固めた敵に、まともに正面からぶつかるのは愚策であるため、信盛は多めに矢を放ち、様子を見る。
「んー、やっこさんたち、挑発には乗らないみたいだなあ。さて、どうしたものかなあ」
こちらは5000であちらは2000だ。力押しで攻めれば、勝つことは可能だが、無駄にこちらに傷兵ができるのも面白くない。そもそも、北畠氏を滅ぼすつもりの戦いでもない。
「まあ、いいか。ここはこのまま、にらみ合いでもしていますかね」
信盛はのんびり行こうと決めた。罵声と矢を放ち、敵が誘いに乗るように仕向けたのであった。
霧山御所・正面の攻防は1進1退を繰り返し、織田側がやや優勢と行ったところで推移する。
そして、日にちは過ぎて行き、北畠氏のほうは、傷兵を段々、増やしていくのであった。
「ふむ。だんだん、あちらのほうは疲れが出てきたようですね。それでは、そろそろ締めの段階に入ってもいい頃合いでしょうかね」
信長は、優勢に進む戦に、ほくそ笑む。
「だれか、霧山御所の裏手に伏せている一益くんに伝令を送ってくれますかね?そろそろ、決着といきましょうか」