ー進撃の章12- 伊勢・志摩攻略 軍議
「おっす、おっす。利家っち、久しぶりっす。元気にしてたっすか?」
「うっす。一益。俺は元気ッスよ。お前のほうこそ、元気にやってたッスか?」
滝川一益と前田利家が手を握り合う。
季節は夏に入ろうかと言う6月頭である。場所は北伊勢の亀山城でのこと。
「一益くん。首尾は上場でしょうか?」
「お、信長さまっち。言われた通りに調略は進めておいたっす。あとは攻め入るだけになってるっすよ」
「お待たせしましたね。色々と些事に追われていましたが、やっと、本腰を入れて、南伊勢の攻略に行きつきました。一益くんひとりに苦労をかけて、申し訳なく思いますよ」
「そんなことはいいっすよ。信長さまっちが京に上られた以上、こちらの経路はより重要度が増したっすからね。織田家の生命線を守っていると言うのも気分がいいもんっす」
一益がほがらかな声で信長に言う。
「でも、京の宴などにも呼べずに、一益くんには色々と不便をかけてしまっています。奥さんの香さんも、皆に会えずに寂しがっていたでしょうに」
「香は出来た女っすから、その辺は重々、承知してるっすよ。南伊勢の戦いさえ終われば、少しは自由に遊ばせることができるんっすけどね」
「ん…。うちの梅ちゃんも寂しがってた。香ちゃんに会いたいなあって」
「お、佐々っち。久しぶりっすね。見ない間にすっかり、おっさん顔になってきたっすね」
「ん…。そう?威厳を出そうとして、ひげを生やしてみたんだけど、失敗だったかな」
佐々はそう言うと、あごひげを右手でさする。
「一角の武将なら、ひげを生やすのも悪くはないっすけど、おっさん顔になるのはいただけないっすね。もう少し、きれいに整えたほうがいいっすよ」
「ん…。わかった。善処する」
「威厳かあ、俺もひげを生やそうかなあ」
そう言うのは、佐久間信盛である。
「信盛さまっちは、やめたほうがいいっす。ひげ姿は全然、似合わなそうっすから」
「ええ?俺、いけてるような気がするんだけどなあ。伸ばしてみたら意外と英国紳士みたいになって、いままで以上に女にもてそうな予感がするぜ?」
「信盛さま。そんなことばっかり言ってると、エレナさんに、大事ないちもつをへし折られるッスよ。あれって、意外に簡単に折れるッスから、気をつけたほうがいいッス」
利家が信盛をたしなめる。信盛は股間を抑え
「うえ。まじかよ。ただでさえ、折られそうな勢いでせがまれるのに、故意で折られるのは嫌だなあ」
「噂では聞いていたっすけど、信盛さまっちの新しい嫁さんっすか?そのエレナっちって。なんでも、ろしあってところの女性って聞いてるっすけど」
「そうそう。これがまた、肌が透けるように白くてさ。でも、興奮しだすと、その白い肌がほんのり赤くなっていくんだぜ。こりゃたまらんぞ」
「うらやましい限りっす。いちもつをへし折られたら、いいっす」
「のぶもりもり。そういうことを言っていると、先生、小春さんにのぶもりもりが馬鹿なことを言っていると報告する義務が発生するので、止めてくれませんかね?いちいち、書状を送るのも手間なんですよ」
「ちょっと待ってくれよ!そんなこと、いちいち告げ口されたんじゃ、俺の発言の自由は一体どこに行っちまうんだよ。嫁さんたちが居ない時くらい、好きに言わせてくれよ」
信長はやれやれといった顔つきになる。
「先生の政務以外の自由時間が、のぶもりもりのことで、つぶれるんですよ。きみのほうこそ、先生の自由時間を返してくださいよ」
ぐぬぬと唸る、信盛である。
「馬鹿は放っておいて、殿。軍議を始めよう。信盛殿に付き合っていては、夏が終わるぞ」
そう言うのは、河尻秀隆である。彼は信長の親衛隊の黒母衣衆をまとめあげる筆頭であった。
「それもそうですね。さて、南伊勢の攻略ですが、一益くんが頑張ってくれていたおかげで、ここから南の松ヶ島城までは敵は居ないと思ってくれていいですね」
「そうっすね。周辺の豪族たちには金をばらまいておいたっすし、南伊勢のさらに南の志摩の九鬼とも、話はついてるっす。家康殿っちも問題なく、海路から南伊勢に侵入することが可能になっているっす」
信盛が一益の調略に思わず、ひゅぅと口笛を吹く。
「九鬼って言えば、あの伊勢・志摩の海を牛耳る、海賊の親玉、九鬼嘉隆だろ?堅物とは聞いていたけど、よく、口説き落とせたもんだな」
「九鬼っちには、尾張、伊勢、志摩の水運を一手に任せると約束をしたっす。将としても有望なんで、俺っちの配下にすることにしたっす」
「手抜かりがないですねえ。一益くんが手綱を引いてくれると言うのであれば、問題を起こすようにも見えませんし。行く行くは三河の家康くんのところの水運も任せましょうか。港同士の連結による、経済発展に貢献してくれそうですね」
「家康殿っちは、遠江を手に入れているっすから、浜松から三河、尾張、伊勢・志摩と海の安全を確保できて、織田家、徳川家両方に利益が出るっすね。まあ、駿河を取る予定の武田もいるっすから、将来的にはそことも考えなければいけないっすけど」
「貿易が盛んになることは良いことです。同盟国の武田家ともよしみを通じるのは、悪いことではありませんからね」
「伊勢・志摩が終われば、海賊の一掃の仕事になるっすねえ。これじゃ、俺っちが京に行くのは当分、先になりそうっす」
「仕事があるのは悪いことではないと思いますが、合間を見て、一度、京の都に香さんを連れて遊びに行ってくださいね?余り、奥さんをほっぽらかしていると、浮気されてしまいますよ?」
「耳が痛いっす。たまに、仕事と私、どっちが大切なの?って言われるっす。もちろん、香だよとは言ってるっすけど、ふーん、あっそと返事をされるだけっすからねえ。ここの攻略が済んだら、休暇が欲しいとこっす」
信長は、ふふふっと笑う。
「一益くんとこの家庭が崩壊する前に、伊勢・志摩の攻略をさっさと終わらせましょうか。さて、勝家くん、光秀くん」
「がははっ。呼んだでもうすか?」
「ふひっ、やっと出番のようでございます」
「勝家くんには5000。光秀くんには3000の兵を与えますので先鋒を任せていいでしょうか?松ヶ島城に籠る、神戸氏を相手してください」
「無論、倒してしまってよいのでもうすか?」
「もちろん、いいですよ。囲んで、城から出れなくしておいてください。まあ、可能なら、落としてしまっても構いませんけどね。その間に先生たちは、松ヶ島城から西進し、霧山御所に攻め上がります」
「霧山御所には北畠具教がいるだろうけど、そっちも力攻めで行くのか?」
「あそこは山城ですからねえ。防御が厚いので、あまり力攻め一辺倒というわけにはいかないでしょうけど」
「それなら、俺っちが裏手から霧山御所を突いてみるっす。そうすれば、あいつら、驚いて城から飛び出してくるんじゃないっすか?」
「そうですね。じゃあ、一益くんには3000の兵を与えるので、裏手へこっそり回って見てください」
おっすと返事をする一益である。
「俺や佐々や河尻さまはどうするッスか?出番がなさそうッスけど」
「利家くん、佐々くん、河尻くんは霧山御所の正面から攻めましょうか。後ろを突いて出てきた北畠を叩いてもらいましょう。合せて1万5000もあれば、事足りるでしょうかね」
利家、佐々、河尻はそれぞれ5000を率いることになる。正面はこれで安全だ。
「あれ?そうなると、俺の出番ってなあに?また、後詰?」
そう言うのは信盛である。
「のぶもりもりは、霧山御所の北に位置してもらいましょうか。北畠を逃がさないように注意してくださいね。それぞれ3方向から、霧山御所を囲みます」
「じゃあ、今回の後詰は殿が担当するってことかあ。殿は暇じゃないの?」
「先生は家康くんの志摩の鳥羽城攻略の支援もありますんで、一歩下がったところにいるのがちょうど良いんですよ。霧山御所と志摩の間に蓋をするのが役目となります」
信盛は、ふうんと息をつく。
「まあ、殿が頑張っちゃったら、俺らが褒賞をもらえる機会が減っちまうからな。ゆっくり、後ろで俺らの活躍を見ていてくれよ」
「功を焦って、こちらに被害を出さないように注意してくださいね?まあ、攻め滅ぼしちゃってもいいんですが、北畠の名は有用ですからね。こちらが圧倒的有利な和睦が結べるくらいには、ぼこぼこにする感じでお願いします」
「むずかしい注文だなあ。ぼこぼこにしてもいいけど、滅ぼすのは良しとしないってか。野戦に誘い出して、叩くだけ叩いて、あとは囲むって感じなのかな?」
「そういう感じでいいと思いますよ?田畑に火をつけるフリでもしてみてはどうです?あちらとしても、せっかくの作物を焼かれるのはいやでしょうしね」
「じゃあ、藁でも大量に持っていくかあ。大量の藁に火つけて、煙でも昇らせれば、勘違いして、城から飛び出してくるかも知れないしな」
「ふひっ。そう言うと思って、尾張より、燃やせそうな、藁や廃材を運んできているでございます」
「お?手際がいいな。殿の策を読んでいたのか?光秀」
「いえ。砦のひとつでも丸焼けにしようかと思っていたのでございます。煌々と燃える砦を見れば、相手の肝も冷えるかと思っていたのでございます」
「ふうん、なるほど。砦を丸焼けかあ。田畑を焼くよりはよっぽど良い手だな。廃材が余ったら、霧山御所の周りの砦のひとつでも、そうやってみるかあ」