ー進撃の章11- お菓子のためなら
「よーろっぱには色々な国があるみたいで、様々な物がひのもとの国に商売品としてやってきますね。地球の裏側までご苦労なことですよ」
「それだけ、ひのもとの国の方々は、お金を持っていますニャン。お金と言いますか、金や銀なんですけどワン」
「ワタシが推測するに、ひのもとの国の銀の産出量は1国で考えれば世界1かもしれないですニャン。これで火薬の原料の硝石がとれないとか、笑い話ですニャン」
「本当、どうなっているんでしょうね?まあ、おかげで助かっていると言えば、助かってはいるんですけど。しかし、織田家の領土は銀が算出するような山と言えば、近江に少しある程度なんで、銀をわざわざ調達するのがめんどいんですよね」
「永楽通宝銭でしたっけワン。それを受け取って、後からその銭で銀を買えばいいわけですが、ワタシどもが面倒くさいのですニャン」
「そこは商売人として、都合をつけてくださいよ。買う側が苦労しなければならないのは、おかしな話でしょうに」
「毛利家がひのもとの国の銀を牛耳っているので、ふっかけてきて厄介なのですニャン。まあ、大友家まで足を運べはいいんですけどニャン」
「先生たちだって、毛利家や大友と直接、商売をしているわけではなく、堺に入ってくる銀を調達しているのですよ。ううん。堺の商人たちを介して、銀の取引量を増やしますか。そうすれば、フロイスくんたちも、先生も手間が省けていいでしょうし」
「ぜひ、そうしてくださいですニャン。ワタシどもヨーロッパ人がかけあえば、ふっかけてくるのは目に見えてますニャン」
いらない仕事が増えたもんだと、信長は思い、ふうとひとつ嘆息する。
「信長さまはお菓子は好きですかニャン?」
そう、フロイスが言い出す。信長は、ん?と思う。
「お菓子ですか?最中とか、お饅頭とか、あとかすてーらなんかも好きですね」
「今日は新しいお菓子を持ってきたのですニャン。ぜひ、ご賞味してくださいニャン」
そういうと、フロイスは硝子のビンを取り出し、信長に渡す。信長は不思議そうにそのビンの中にある白くて直径1センチメートルほどの丸い物体をガラス越しに見ていると
「それはコンフェルトと言うものです。この国では金平糖と呼んでいるものもいますニャン」
信長はふむふむと頷く。そして、ビンのコルクを抜き、中からひとつ、その金平糖を取り出し、口の中に転がす。
「んん?んん。んんーーーー!」
口の中に含んだ、その金平糖は、最初はざらりとした味であったが、少し舌で舐め回し、奥歯で噛んでみるとさらりと砕け散り、口いっぱいに砂糖と何かの香辛料的な独特な甘さが広がる。
「なんですか、これは!味わったことがありませんよ、こんなの」
信長は続けて、一粒、二粒と口の中に金平糖を入れていく。そのたびに口いっぱいに甘さが広がり、信長の目と頬は緩みっぱなしになる。
「その金平糖は、芯に香辛料のアニスの実を入れているのですニャン。砂糖の甘味だけではなく、隠し味のアニスの実が甘さを引き立ててくれるのですニャン」
「これは、美味しいですね。もっとないのですか?」
「あと2ビンほどありますニャン。献上いたしますので、ゆっくり、ご賞味してほしいニャン」
しかし、信長は渡された2ビンの金平糖すらも、ぺろりと平らげてしまう。
信長はもっとないのかとせがむので、フロイスがポルトガル本国に「織田信長はコンフェルトがお気に入りですニャン。大量に送ってくれですニャン」と書状を送ったのだった。それほど、信長にとって金平糖はお気に入りになったのである。
「ふう。たった、3ビンだけとは先生は悲しいのです。これほどに美味しいお菓子は産まれて初めてでした」
「ポルトガルでは日常のお菓子なので、今度、また信長さまに贈らせていただきますニャン。他にもお菓子はありますので、それで今は我慢してほしいですニャン」
フロイスはそう言うと、他にも木の箱を取り出し、信長の前に置く。信長は渡された箱を空けると、黄色い長方形の塊であった。信長が、ひとつ、それを手に取り、匂いをくんくんと嗅ぐ。
「それはカステードと言うものですニャン。カステラを卵の黄身をかき混ぜたものの中に沈め、さらに糖蜜をからめたものですニャン。カステーラとはまた違った味わいを楽しめますニャン」
どれどれとばかりに信長は、カステードにかぶりつく。
「うほ?うほ。うほぉぉぉ!」
金平糖とはまた違った甘さが口の上でとろける。タマゴの黄身の甘さと糖蜜の甘さが二重に絡み合い、信長の舌で協奏曲を奏でる。
「よーろっぱ人は頭がおかしいんですか?なんで、こんなあまあいお菓子を発明できるんですか!」
「王宮にはお菓子専門で作っている料理人がいるのですニャン。そのものたちが日々、研究し、甘いお菓子を開発しているのですニャン」
「先生も専属のお菓子職人を雇いましょうかねえ。ああ、でも、砂糖が作れないんでしたか。これは困ったものです」
「砂糖はさとうきびという作物を新大陸の暑い気候の場所で大農園を作っているのですニャン。先ほども言いましたようにヨーロッパは寒いので、そうしないと砂糖は手にはいらないんですニャン」
「まえに織田家の領地でも、さとうきびの栽培に挑戦はしてみたんですが、うまく実らなかったんですよねえ。米は作れるので、いけると思ったんですが」
米は元々、亜熱帯地方のインドネシアから日本に伝来したものだ。今は知らないが、昔の日本史の教科書には中国、朝鮮を経由し、米が日本に伝来したと記載されているが、最近の研究では違う。
米のDNAを調べた結果、インドネシアから直接、日本に伝来した可能性が高いのである。そもそも、日本より寒い気候の朝鮮では、米は育たなかったのである。
日韓併合したさいに、日本で品種改良された、寒さにも強い米が朝鮮に運び込まれて、初めて、あの土地でも米が栽培可能になったのである。
話を戻そう。さとうきびも亜熱帯や熱帯地域で栽培されていたものであり、だが、こちらのほうは品種改良は進んでおらず、その他の地域で栽培されるようになるには、ずっと時代が下った後であった。
「砂糖がこの国でも大量に手に入れば、この国のお菓子も生まれ変わるんでしょうけどねえ。甘い団子や、甘い最中、さらに甘いお饅頭など、夢が広がるのですがねえ」
「ひのもとの国では、かぼちゃやあずきをアン状にし、それを甘味としていますニャン。ヨーロッパ人のワタシからすれば、それはそれで、美味しいお菓子だとは思うのですニャン」
「砂糖のような、がつんとくる甘味ではないんですよ。脳が甘さでしびれる、そんな甘味ある砂糖がうらやましいのです」
「無いものねだりをしてもしょうがありませんニャン。無ければ、お金で解決するのもひとつの手ですニャン。さとうきびはインドネシアでも栽培を開始していますので、手に入る量も増えますし、この国に入荷するまでの時間も短くなってきているのですニャン」
「きみたちは商売上手ですね。まあ、仕方ありませんかね。砂糖は諦めるとして、鶏の卵くらいは増産できるように織田家で、なんとかしますかね」
意外や意外、鶏の卵も戦国時代では、なかなか手にはいりにくいものであった。今のような鶏工場があるわけでもなく、ましてや、卵をたくさん産むための薬もあるわけではなく、自然任せでしかない。
雌鶏や雄鶏を区別して、畜産していたわけでもないので、どうしても、卵の供給量は不安定だったのである。
「他にもお菓子をご用意しておりますニャン。信長さまには至福の時間を過ごしてほしいニャン」
「まだ、あるというのですか。本当に、よーろっぱに移り住みたくなる気分ですよ。先生に、ヨーロッパの国の一部を割譲してくれる気はありませんか?」
「ハハハッ、ご冗談はやめてくださいですニャン。信長さまだって、ワタシたちが、ひのもとの国の一部を割譲してほしいと言い出したら、嫌でしょうにニャン」
「それもそうですね。外国の方に、ひのもとの国の一部と言えども、明け渡す気はありませんね。んん、こうなれば、将来、よーろっぱに出兵するのもやぶさかではありませんね」
「やめてくださいですニャン!甘いお菓子が原因で戦争を起こされてはたまったものではないですニャン」
「はははっ、冗談ですよ。大体、水路では運べる兵の数に限りがありますし。それに、ひのもとの国には、兵を大量に運べる遠海用の船はいまだに作れるだけの技術がありませんからねえ。教えてくれてもいいんですよ?遠海用の船の作り方」
「それは、ワタシひとりの判断で決めれることではないですニャン。いくら、お金を積まれても、そればかりは応えることはできないですニャン」
「では、陸路を行くしかないですねえ。朝鮮、唐の国、そしてシルクロードを西に行くしかないですか。よーろっぱに辿りつくまでに、先生、生きていられるんでしょうかねえ」
「本気でやめてほしいニャン。砂糖などの原材料の値段は勉強させてもらいますので、気を確かにしてほしいニャン」
フロイスの言に、信長はニヤリという顔をする。
「フロイスくんが安く砂糖を卸してくれると言うので安心ですね。では、証書を用意するので、印鑑と名前の記述をお願いします」
「商売上手なのは、信長さまのほうですニャン。商売相手を脅すのはあまり良い手とは思えないのですニャン」
「甘いお菓子への探求心とでも言ってください。先生は世界中のお菓子を食べつくさないと気がすまない性質なんですよ」
やれやれと言う顔をするフロイスである。
「信長さまの探求心には困ったものですニャン。お菓子をくれないなら戦争するぞとか、どんな大義名分なんですニャン」
「デウスの教えを信じないなら、戦争するぞという、あなた方と変わりは無いと思うのですがねえ」
フロイスはどきりとする。この信長と言う人間は、ヨーロッパ人の戦略をどこまで理解しているのか、言い知れぬ恐怖を感じるのであった。