ー進撃の章10- 皇帝と国王の違い
フロイスの地球儀を使っての説明は続く。信長はそれを聞くたびに、驚きを隠せないでいた。
「ヨーロッパは、ここですね。この島国がイギリスですニャン。そして、この地中海と呼ばれる場所を囲むように、ポルトガル、スペイン、フランス、イタリアがありますニャン。あと、大昔の大帝国の生き残りの神聖ローマ帝国がありますニャン」
「ぽるとがると言えば、確か、フロイスくんたちがやってきた国でしたよね。はるばる、ひのもとの国までこれるような船を造れる技術を持っているわりには、ぽるとがるも意外や意外に小さな国なんですねえ」
「ポルトガルとスペインは世界を2つに分けて領地にすると言う約束をしているんですワン。本国は小さいですが、ポルトガルの傘下におさまる国は数知れずなのですワン」
ロレンソがそう言う。信長は眉唾ものでその話を聞いた。
「失礼ですが、こんな、ぽるとがるのような小国で世界を牛耳っているなんって、正直、眉唾ものなんですが。一体、何万人の兵を送ったと言うんですか?」
「ハハハッ。インドネシアの島々など、鉄砲隊300で事足りたのですワン。信長さまは知らないと思いますが、鉄砲を持っている国など、ヨーロッパと、ここ、ひのもとの国くらいなものですワン」
「え?先生、行く行くは、ひのもとの国を10万の鉄砲兵を準備させる予定なんですけど。たった、300で良かったんですか?」
その信長の言に驚くのはロレンソの方であった。
「何を考えているのですかワン!信長さまは世界をいや、地球全体を征服するつもりですかワン」
「いや、違いますよ。ここ、ひのもとの国を占有するためだけですよ。世界征服を考えるのであれば、20万から30万の鉄砲兵を準備させますよ」
「ふざけないでほしいワン!ポルトガルですら、鉄砲兵を300揃えるだけでやっとだと言うのに、こんな島国で20万もの鉄砲兵を揃えるなんて無理にもほどがありますワン」
「え、だって、今、織田家では鉄砲1000は作ってありますよ?それも、尾張と岐阜だけでの生産量なんです。ひのもとの国は60州ありますんで、この国全てを織田家で占有すれば、単純に30倍の生産力になります」
信長の次に、開いた口が閉じなくなったのは、ロレンソのほうであった。
「ひのもとの国は、今、戦乱なので、鉄砲の他に、刀や槍を作らなければなりませんが、戦乱さえおさまれば、もっと生産力は上がります。20万、30万の鉄砲を作るくらい、どうってことはありませんよ」
「この国は恐ろしいのですワン。アナタは、かつての恐怖の魔王、チンギスハーンになるおつもりなのですかワン?」
「チンギスハーン?ああ、ひのもとの国に喧嘩を売ってきた、あの唐の国を占領した者ですか。あの男がどうかしたのですか?」
「信長さまは知らないのですかワン?あの魔王は、南はインドネシアや、インドへ攻め入り、さらにはシルクロードを西へやってきて、ヨーロッパの間近くまでの国々を占領したのですワン!」
「え?その話、本当なのですか?だとしたら、チンギスハーンは、世界の半分を占領したとでも言うのですか?」
「本当の話ですワン。東ヨーロッパを根城にする、ビザンテ帝国が滅亡しかけたのですワン!もし、チンギスハーンがもう少し、長生きしていれば、ヨーロッパの国は無くなっていたのですワン」
「とんでもないですね、チンギスハーンと言う男は。さすがに先生もそこまでやれる自信はないですよ」
「ヨーロッパにもマケドニアという小国のアレキサンダー大王という男がいましたワン。その男はヨーロッパ全土を征服しましたが、東はインドまでしか行けなかったのですワン。チンギスハーンはまさに魔王だったですワン」
「かのローマ帝国はヨーロッパの地中海の周りを領土としていましたニャン。しかし、そのローマ帝国は代を重ねて、徐々にその領土を増やしただけですニャン」
「アレキサンダー大王と、チンギスハーンは1代で成し遂げたのですワン。これを魔王と呼ばずに何を魔王と呼ぶのでしょうかワン」
チンギスハーンがヨーロッパ人に植え込んだ恐怖は、並大抵のものではない。本来なら、デウスが造った、白人の従者である黄色人種なのだ。その黄色人種が神に選ばれた白色人種を追いやったのである。
その恐怖はいかほどのものであったのか。自分より劣るものに追い詰められた恐怖心は800年経った現代の時代にも残っていくのである。
「まあ、先生はまずは、このひのもとの国をどうにかしないことには、世界のことなんて、相手にすることはできませんね。きみたち、ヨーロッパ人から見れば、小さな島国かも知れませんが、先生の産まれた国なのですから」
信長はまじまじと、地球儀に描かれた、ひのもとの国を見る。だが、その視点はやがて、世界へと広がりを見せていくのであった。
「さて、面白いものを見せていただきました。でも、なんで、きみたち、フロイスくんなどは、こんな小さな島国に興味を持ったのですか?唐の国とかのほうが、よっぽど広くて、布教のしがいがあると思うのですが」
「あの国はダメですニャン。そもそも、商売をさせてくれないですニャン。それどころか、外の国からの客に武力を使って、追い払う国ですニャン。まともに交渉のテーブルにすら、つくことはできないですニャン」
この戦国時代の当時、唐の国は鎖国政策を取っていた。そればかりではなく、他国との商いをすることすら禁忌とされており、ヨーロッパの国だけではなく、ひのもとの国との交流すら拒絶していたのである。
「ああ、言われてみればそうですね。唐の国は上下関係がきびしすぎて、対等な交渉ができないと聞きますから。特に、ひのもとの国から何か言おうものなら、まずは、臣下の礼を行えと言ってくるところですからね」
「戦争で負けて、臣下の礼を取るのはわかるのですニャン。しかし、中華は、交渉のテーブルに着く前の段階でそれをやれと言ってくるのですニャン。こんな国、世界広しといえども、あそこだけですニャン」
「自分の国の恥なんですが、唐の国と商売もとい、臣従を誓って、貢物を贈っている馬鹿がいます。フロイスくんがかつてお世話になった、大内家のことですけどね」
「大内家の方々の屋敷は立派でしたニャン。とても、中華に貢物を贈っているような国には見えませんでしたニャン」
「唐の国は特殊なんですよ。商売は認めないが、貢物を受け取ることはします。臣下の礼を取ったものに対して、貢物の数倍の返礼がされるんですよ。しかも、日本国王と言う証明つきでね」
「日本国王?中華はひのもとの国のエンペラーを決める権利を持っているのですかニャン?」
「えんぺらーと言う言葉がよくわかりませんが」
「その国の支配者のことを表す言葉ですニャン。こちら風の言葉で言えば、フランス国皇帝、イギリス国王、神聖ローマの皇帝と言ったところでしょうかニャン」
信長はうーんと息をつきながら、右手であごをさする。
「よーろっぱ人のきみにはわかりにくいかもしれませんが、皇帝と国王は同列ではないのですよ。唐の国とひのものと国では」
「どういうことでしょうかニャン?皇帝も国王も同じ支配者で、どちらもワタシたちの言葉ではエンペラーと言いますニャン」
「皇帝は一番偉いのですよ。でも、国王は皇帝の家臣の身分なんですね?」
「なるほどですニャン。ひのものとの国のエンペラーを決める権利ではなくて、中華の家臣しといて認めてあげると、中華は言いたいわけですニャン」
「そういうことです。ですが、この国では、はるか昔、約900年前でしょうか。その当時の皇族である、聖徳太子が唐の国に対して、中華の帝と、日本の帝は同格であると、はっきりと宣言しています」
「900年も前からなのですかニャン。国が他国に対して同格であると言う主張は間違ってはいない宣言ですニャン」
「問題は唐の国の態度なんですよ。あそこは絶対に自分の国以外の帝の存在を認めることはしません。ですから、ひのもとの国と唐の国は、はるか昔から、基本的には断絶状態なんですよ」
「それなのに、大内家は勝手に、日本国王の証をもらい、中国への貢ぎ物を欠かさないわけですかニャン?」
「本当、はっきり言って、ひのもとの国の恥なんですよ、大内家は。いくら、莫大な利益を手に入れることができると言っても、やっていいことと悪いことがあります。よーろっぱ人との商売のためにデウスの教えに入信するなんて、まだ可愛げがあるもんですよ」
「それに関しては耳が痛いのですニャン。形だけはデウスの教えに入信してくれた西の大名家は多いですが、心からデウスの教えを信奉してくれたのは大友家だけですニャン」
「きみたちは商売人ですからね。例え、デウスの教えを信奉しなくても、金さえあれば平等に商売をしてくれますよね?」
「まあ、そうですニャン。デウスの教えを信じてほしいのはやまやまですが、それは一種の潤滑油であって、お金を準備できるというのであれば、少しばかり割高になりますが、商売を否定すること自体はしないのですニャン」
「それでも、まさか、鉄砲を売りつけようと思って、サービスで2丁、渡したら、まさか2年もしないうちに、ひのもとの国で同じものを作り上げるとは思わなかったワン。あなたたちは、一体、何者なんですかワン」
ロレンソがそう言う。
「なんなんでしょうね?同じ物を作れるくらいの下地はあったってことでしょう。それが一介の刀鍛冶屋だったらしいんですが、同じひのものとの国の住人である、先生ですら、驚きですよ」
「しかも、ひのもと全国で生産をしだすますから、驚きを通り越してあきれましたワン。商売が成り立たないのですワン」
「でも、火薬がひのもとの国で生産できなくて、良かったですね、きみたちから見ればですけど」
「そうですワン。もし、火薬まで作れたら踏んだりけったりだったですワン。技術的な問題ではなく、そもそもの材料がひのもとの国で採取できなかったのは僥倖だったですワン」
「先生から言わせれば、不幸そのものなんですけどね。いや、そうでもありませんね。火薬が作れないと言うことは、火薬の売買ルートを絞れると言うことですから」
「信長さまには、ごひいきにされて嬉しい限りですワン。信長さまの領地から東にまわすはずの火薬まで、全て買い取ってくれるというのですからワン。おかげさまで、ワタシたちの財布はパンパンなのですワン」
「そんなこと言って、こっそり、火薬を横流ししているのは知っていますが、量がたかだか知れているので不問にしときますけど。本当なら、そういう商売人たちを斬り捨てたい気持ちでやまやまなんですけどね」
「信長さまの寛大な心には感謝をしきれないですワン。まあ、そういった者たちは、ポルトガル以外の国の者たちだと思うので、こちらからとやかく言うこともできないですがワン」




