ー進撃の章 9- 信長 大地は丸いことを知る
信長の宗教に対する考えは、現代日本人の考え方に近いと言ってもいい。
意外に意外だが、信長は、ご利益のある神社にはよく、参詣するのである。
地元の熱田神宮だけではなく、津島の神社や、伊勢神宮にも参詣をしばしばしていたのである。
余談ではあるが、信長が伊勢神宮に参詣しに行った折に、羽を伸ばせるとばかりに、信長の奥方連中が津島で遊んでいたら、信長にそのことがばれて、折檻を受けたのである。
信長は神仏を信仰してないように思われがちだが、それは全くもって間違った認識であり、よくよく調べれば、信長は神仏を信じていたという事例がごろごろと転がっている。
「デウスの偉大さを示すひとつに、あの方は、天地を創造しただけでなく、ワタシたち人間も土から作り上げたのですワン。天地を創造できるのは、デウスにおいて、他はいないのですワン」
ロレンソがデウスの偉大な功績について説く。
「あれ?でも、ひのもとの国は伊弉諾と伊弉冉という男女の神が造ったものですよ。古事記にそう書いてありますが、その中にはロレンソくんが信じる、デウスが登場してきません。どういうことでしょうか?」
「デウスは最初の人間、アダムとイブをお造りになりましたワン。アダムは神と同じ力を持っていたと言われていますワン。アダムとイブは、この地にやってきて、ひのもとの国を造ったのですワン」
信長は、ふうむと息をつく。
「そのアダムとイブが、ひのもとの国では、伊弉諾、伊弉冉として伝承して行ったのでしょうワン。ですから、この地もデウスが造ったと言って、過言ではありませんワン」
なるほどと、信長は思う。確かに論理は合っている。
「おもしろい説ではありますね。伊弉諾と伊弉冉がまさか、よーろっぱからやってきていたとは思いもしませんでした。確かに、アダムがデウスと同じく、天地を創造できる力を持っていると言うのであれば、ひのもとの国を造る力を持っていると思っても、間違いないのでしょうね」
「惜しむべくは、アダムとイブはヨーロッパの人々の祖にはなりましたが、ひのもとの国やその他の国は違う種として、デウスがお造りになられたようですワン」
「ん?どういうことですか?デウスが天地や、ひとを創造したというのならば、皆、同じ人間なのではないのですか?」
「残念ながら違うのですワン。白い肌をしている人間がデウスに最も愛された人間なのですワン。信長さまのような黄色い肌のものや、黒い肌のものは、ワタシたち、白い肌の人間の従者として造られたんですワン」
「それはまた、デウスも変なことをしますね。わざわざ、差別を生み出すようなことをデウスがするのが不思議でたまりませんが」
「牛や豚などは、家畜として、人間が食べるためにデウスが造られたのですワン。ワタシはこの国に来てから、牛を食べれずに困っているのですワン。家畜を神として崇めるのは間違っているんですワン」
「牛さんは、農耕で大活躍する動物ですよ。農家の人々にとっては、家族同然です。それを神として崇めるのは当然と言えば当然だと思うのですがね」
「オウ、ノウ!シャブシャブが食べたいのですワン。ひのもとの国にきてから、牛肉を食べてなくて、布教に力がでないのですワン。牛を食べれないこの国は野蛮なんですワン」
「神を食べようということ自体が野蛮な気がしますが、牛さんはそんなに美味しいんですか?」
「スキヤキ、シャブシャブ、ヤキニーク!デウスの教えに従い、ひのもとの国は、牛を畜産して、食卓を豊かにしないといけませんワン」
「今度、年老いて、動けなくなった牛さんを農家から買い取りますので、それで我慢してください」
「ダメなのですワン。牛が一番美味いのは子牛ですワン!年老いた、牛など不味くて喰えたものじゃないですワン」
「んん。子牛は無理ですね。そんなの食べるために譲ってくれなんて農家の人たちに言ったら、先生の命だって、危ないですよ。諦めて、よーろっぱに帰ったらどうです?」
「そんなこと出来るわけがないのですワン。牛を食べたいのはやまやまですが、ロレンソ、牛が食べたいがために国に帰るなんて、歴史書に記載されたらどうするんですかワン!」
「それはそれで、後世に名が残って、いいかと思うんですが。中々に印象的で、後世の人たちからは好まれるんじゃないですか?」
ロレンソは、ううんと唸る。
「考えましたが、やはりダメなのですワン。ひのもとの国にデウスの教えを広めた人物として、名を残したいんだワン」
「家畜としてデウスが造られた動物として他に、羊というものがありますニャン。ヨーロッパでは、神に子羊の丸焼きを捧げる儀式がありますニャン」
フロイスがそう言う。しかし、信長は頭をひねり
「ひつじ?ひつじとは一体、どんな動物なのですか?ひのもとの国にはいないですよね、その羊とやらは」
「白い体毛がもこもことついていて、その毛は衣服の材料になるのですニャン。紙と筆を貸してほしいニャン」
フロイスがそう言うので、信長は小姓に紙と筆を用意させる。それを受け取ったフロイスはすらすらとその紙に羊の絵を描くのであった。
「ほう、これが羊と言う動物なのですか。こんな可愛い動物をきみたち、よーろっぱ人は食べるのですか?」
「はい、その通りですニャン。デウスに捧げたあとは、皆で分け合って、美味しく食べるのですニャン。中でも子羊の肉はジューシーで柔らかく、噛めば噛むほど、その肉汁が飛び出してくるんだニャン」
「それは、一度、食べてみたいですね。鹿肉、豚肉、鶏肉とはまた別格の味がするんでしょうか」
「そのどれとも違う味わいが楽しめるのですニャン。あと、もう1匹、ヤギという動物がいますニャン。こちらは乳を搾り、ある程度、育ったら、食べますニャン」
「よーろっぱの人々は、よっぽど、お肉が好きなんですね。でも、そんなにお肉ばかり食べてたら、野の獣たちはすぐに居なくなってしまいそうですが」
「そういえば、ひのもとの国には畜産という技術がないのでしたニャン。ヨーロッパはひのもとの国とは違い、広大な草原地帯が多くありますニャン。そこで、牛、豚、羊、ヤギを放ち、増産をしているのですニャン」
「いくら広大な草原があるからと言っても、動物たちの食べ物には限りがあるはずですよ。その草原の草がなくなってしまったら、どうするんですか?」
「ハハハッ。そうなったら、別の大草原に家畜たちを移動させるのですニャン。信長さまは大草原の広さを勘違いされているのですニャン」
信長はふうむと言う。
「それだけ広大な土地があるのなら、肉食にこだわらずに作物を植えたほうがよっぽど生産性が上がっていいと思うのですが。なぜ肉食をそこまで好むのですか?」
「ヨーロッパは広大なのですが、ふたつ、問題点があるのですニャン。ヨーロッパはひのもとの国と違って、寒いのですにゃん。それと、土地自体が作物を作るのに、適してないところが多いのですニャン」
「寒いと言うと、この国の冬みたいな気候なんでしょうか?一年中、雪が降り積もるとでも言うのですか?」
「少しお待ちくださいニャン。弟子たちに面白いものを持ってこさせますニャン」
フロイスがそう言うと、ロレンソと数名が中座し、何やら大きな球体のものを持ってくる。信長は一体、何を持ってきたのかと、不思議そうな顔をする。
「この球体のものは一体、何ですか?見たところ、変な模様が描かれているのですが」
「これは地球儀と呼ばれているものですニャン。信長さまはこの地上が大きな、丸い球だと言うことをご存知ですかニャン?」
「え?何を言っているのですか?この地上は、平らな大地でしょ?大地は海に囲まれていて、海がどこまでも果てしなく、続いていると思っていたのですが」
「近年と言ってはなんですが、約40年前には、バスコダガマなる人物が世界を1周し、この地上が丸い球だと言うことを発見しているのですニャン」
「え?どういうことですか?もし、先生が岐阜から東にずっとずっと進み、海を渡り、さらに東へ突き進むと、また岐阜に戻ってこれると言うことなんですか?」
「ハイ、そのとおりですニャン。私ども、ヨーロッパ人はこの大地を地球と呼んでいるのですニャン。ここを見てくださいですニャン」
そう言うと、フロイスは、地球儀のある地点を指さす。
「この地球儀と言う物はもしかして、各地の地図を表しているのでしょうか。そして、フロイスくんの指さしてるところは、どこの国なんですかね?小さな島国のように見えますが」
信長は見たこともない、その地球儀をさも面白そうにじっくりと眺めている。
「驚くなかれ、ここがひのもとの国なのですニャン」
「はははっ。フロイスくんは冗談が面白いですね。ひのもとの国の大きさから考えたら、ここでしょう?」
そう言い、信長は地球儀のある部分を指し示す。
「オウ、ノウ。信長さま、言いにくいことなのですが、そこは新大陸と呼ばれる大陸なのですニャン。信長さまが思っている以上に、このひのもとの国は小さいのですニャン」
信長は、ショックのあまりに、口を鯉のようにパクパクさせている。
「え?おかしいでしょ、こんなの。先生や各地の大名たちは、こんな小さな島国を手にいれようと、日夜、汗を流しているとでも言うのですか?」
「残念ながら、そうなのですニャン。このひのもとの国の海を越えた西側の大地が、中華になりますニャン」
そういうと、フロイスは中華の位置を丸く円を描くように指し示す。
「え?中華もとい、唐の国って、世界から見たら、こんなに小さいんですか?大陸の大きさから考えたら、1割程度の大きさしかありませんよ!」
「1国として考えたら、世界で1番に近い大きさではありますニャン。それでも、地球全体として考えたら、それほどの大きさとは言えなくなりますニャン」
「では、世界の果てにあると言う、インドは一体、どこにあるんですか?先生、よーろっぱと言う国の存在を知るまで、西の果てはインドだと思っていたのですが」
「驚くなかれですニャン。インドはこのでっぱりの三角形のところですニャン」
信長はフロイスが指し示す先を見て、驚きの余り、両目を大きく丸にする。
「こんなのおかしいですよ。世界の果てのインドがこんなにしょぼくれた場所だなんて。きみたち、先生を騙そうとしているでしょ」
「信じられないかも知れないのですが、これは本当のことですニャン。ワタシたち、宣教師たちは、この西の果てのヨーロッパから、船で海を渡り、インドを超えて、やってきているのですニャン」




