ー進撃の章 3- 馬鹿将軍との共闘の道
ひとは権力ある座に位置すれば、その権力を使いたくなるのは当然な事なのかも知れない。だが
「先生たちが欲しいのは、将軍の権威です。ですが、今はまだ、先生たちが将軍に成り代われるほどの権威など、存在しません。だから、あえて、馬鹿であろうが、義昭を使わなければならないのです」
「ふひっ。本当に困った話なのです。ただの馬鹿なら扱いは簡単ですが、ものを言う馬鹿ですので、始末におえないのでございます」
「本当、それだよな。あの殿中御掟を認めるくらいなんだ。全部、殿に任せてしまえばいいのにさ」
「義昭は、一体、何がしたいんッスか?自分の手で本当に、ひのもとの国が良くなるとでも思っているんッスかね」
「そう思っているからこそ、各地の大名家に書状を送るんだと、思い、ますよ?すべからく、全ての大名家が自分にひれ伏すのを期待しているのではないで、しょうか」
信長、明智光秀、佐久間信盛、前田利家、秀吉が口々に想いを言う。
「酒宴の席で、馬鹿なことを言うのは、別に構いませんよ。こっちもそれなりに対処するだけですからね。しかし、政治の場で誇大妄想を垂れ流すのだけは、勘弁こうむりたいのです」
「いっそのこと、殿が洗いざらい、全部、将軍にぶちまけたらいいんじゃねえの?あなたの力では天下をまとめることはできません。ですので、信長のやりたいことに力を貸してくださいってさ」
信長がふうううと長いため息をつく。
「それで言うことを聞く相手なら、ここまで気を遣う必要なんて、どこにもありませんよ。そんなこと言ったら、何、言っているのでおじゃる。下賤の身のものがたわけたことを言うのでないでおじゃる、としか言われませんよ」
「んん。やっぱりそうなるかあ」
「言ってわかる連中なんて、この世の大名にいるわけないじゃないですか。かろうじて、家康くんだけは、先生たちに同意をしてくれていますが。先生たちのやろうとしていることに賛同してくれるものなど、はっきり言って、いません」
「ふひっ。そうでございますね。織田家が色々やっている政策は、どこの大名にも知れ渡っているはずなのでございます。ですが、織田家の真似をしているのは、徳川家以外にいないのでございます」
「関所を撤廃し、楽市楽座を発布するだけでも、その国の経済は発展し、財政は潤うはず、ですからね。ですが、同じく同盟国の浅井家、武田家ですら、織田家と同じようなことをする気配はありま、せんし」
「そもそも、関所を撤廃する時点で、断念しますけどね。他の大名家だと。国内の寺社、豪族すべてを敵に回すことになるんですから」
「ああ、それもそうだったな。やろうと思っても出来ないわけか」
「のぶもりもり。やろうと思えばできます。やろうとしないだけです。信玄くんが良い例です。彼のところの軍事力なら、寺社や豪族を黙らせることなんて簡単です。でも、やろうとしている気配どころか、寺社に多額の寄付をおくり、それらを増長させているのです」
信盛は信長の話をふむふむと聞く。
「そう言われれば、そうだな。西の毛利だって、軍事力だけなら、織田家と匹敵しているし、上杉、北条もそうだ。やれる力は持っていても、やろうという気すら持ってないだけか」
「そんな大名たちが、先生と志を同じくできるわけがないのです。従わぬ大名家を滅ぼして、その地に織田家の家臣たちを統治のために置いたほうが、よっぽど効率的です」
信長は、机の上のお茶をずずいと飲み、湯飲みをガンと置く。
「のぶもりもり、秀吉くん、光秀くん、利家くん。それに佐々くん。もし、毛利家や、北条、上杉を滅ぼした暁には、その地にて、新たな大名として、統治してもらうので、覚悟をしておいてください」
「尾張の地ですら、面倒くさいのに、他の地に行かないといけないの?俺、赤味噌がないところでは暮らせないんだけど」
「のぶもりもり。尾張の地は、必然的に、息子の信忠が継ぐに決まっているじゃないですか。きみはさっさとどこか他の地を手に入れないと、自分の領地が無くなってしまいますよ?」
「ええ!信忠さまに尾張の地、まるごとあげちゃうわけ?じゃあ、俺、どこに行けばいいんだよ」
「伊勢は一益くんでしょ?近江は、秀吉くんに光秀くん、勝家くんですしって、あれ?のぶもりもり、本当に行くあてがありませんよ?」
まじかよと、信盛が言う。
「信長さま、まってくれッス。尾張を信忠さまにあげるなら、俺も行く当てがないッス!」
あわてるのは、利家である。
「ん…。じゃあ、自分も行く当てがない。困った」
佐々も、そういえば自分もそうだと思い、発言する。
「その通りですよ。とりあえず、南伊勢を分捕ったら、あそこの地は北伊勢に一益くんを、南伊勢には、馬鹿息子の信雄くんを置きます」
その信長の言を聞き、へへっと信盛は笑う。
「出来の悪い息子でも、可愛いもんは可愛いのか、殿は」
「そりゃそうですよ。信雄くんには、他国から攻め入られる可能性の低い、南伊勢で統治を学んでもらいます。いくら馬鹿とはいえ、先生の息子です。最低限のことくらいできるようになるはずです」
「本当、信長さまは血縁者には甘々ッスね。俺らは最前線送りのくせに、信長さまの弟の信興さまを長島に置くくらいッスからね」
ひとに対して、余りにも厳しい態度をとるは、こきつかうわで、冷血かと思われる信長であるが、身内には滅法、甘いのである。
自分の愛息子で嫡男である、信忠への教育は徹底されているが、自分の兄弟や、その他の息子、さらには親族たちには滅法、対処が甘い。
その証拠が信長の弟で、かつて、信長に反旗をひるがえした織田信勝の息子、信澄を養育し、行く行くは自分の息子の3男である、信孝の補佐にしようとすら考えている。
「普通、裏切りものの息子を養育するやつなんていないと思うんだけど、そこんとこ、どうなの?殿は」
「ん?信澄くんのことを言っているのですか?親の罪は親の罪です。その息子に類が及ぶような、そんな器量の狭いことはしませんよ。それに、鍛えれば、そこそこにはやれるだけの能力を持っているのですから、無碍に扱うのも、もったいないでしょ?」
ふうん、そんなもんかねえと、信盛は思う。
「殿がそう思っていても、信澄のやつは、親を殺されているんだ。恨まれたってしょうがない立場なんだぜ、殿は」
「もし、信澄くんが裏切るような真似をするようだったなら、先生の眼が腐ってたってことです。それは自業自得なんで受け入れますよ。ただし、ただ、殺される気はありませんけどね?」
「殿は人情家なのか、冷酷野郎なのか、判断が難しいぜ」
「使える人物なら、使い倒すだけですよ。裏切りうんぬんを言い出したら、勝家くんだって、普通の大名家なら命はありませんね。でも、勝家くんを斬る無能が天下を治めるなんて言い出したら、のぶもりもりくんは、どう思うんですか」
「ううん。勝家殿を手放すのはおしいな。でも、殿の場合は、能力うんぬん関係なしで、勝家殿の命を取ろうとすることは無い気がするなあ」
「うん?そんなに先生は甘いと思うんですか?」
「だって、そうだろ。5年近くも反抗を続けた、斉藤龍興ですら、殿は無罪放免で、放逐しただけじゃねえか。普通なら、首級を斬り落としていても、おかしくはないんだぜ?」
「まあ、また反旗をひるがえしてくると言うのであれば、殺しますけど。あれに何ができると言うのですか。今頃、どこかで野垂れ死にしているんじゃないんですか?」
「意外と、虎視眈々と復讐の機会を覗っているかもしれないぜ?あれでも元は大名だったんだ。男としての矜持くらい、持ってんだろ」
「そんな矜持があるなら、まだ、手元に置いておいても良かったんですけどね。一応、彼と先生は親戚関係ですし」
信長の正室、帰蝶は斉藤道三の娘であり、斉藤道三の孫である、斉藤龍興は信長の親戚になる。
「そんな価値すらなかってことかあ。まあ、命があるだけ、ましか」
「この際、はっきり言っておきますが、馬鹿将軍を先生は、将来、政権の中枢から追い出すつもりはありますが、命まで取るつもりはありません。黙って、先生の言うことを聞いてくれるなら、一生、遊んで暮らせるように配慮する予定です」
「お優しいこって。斬って捨てたほうが、後顧の憂いもなくて、良いと思うんだけどな」
「足利の幕府を葬る気は満々ですが、足利家を断絶させる気なんて、これっぽちもありませんよ。大体、そんなことしたら、民たちがどう思うか、想像にかたくないでしょうが」
「将軍殺しの大罪人ってところか?殿が、そうした場合は」
「そんなことをしたら、せっかくの努力が全て、水の泡です。良くて、将軍の地位の禅譲と、その後の身の保障。悪くて、将軍の地位のはく奪と島流しと言ったところでしょうね」
「まあ、そんなところで落ち着くわけか。でも、あの馬鹿将軍は、そこんとこ理解してくれるんでしょうかねえ」
「将軍さまも馬鹿であっても、自分の人生を島流しによる、牢獄生活を選ぶことは、ないと思いたいんですけどねえ」
ううんと、信長と信盛は首をかしげる。
「あ、あの、また話が脱線しているん、ですが」
秀吉が、おそるおそる、信長に進言する。信長は、はっ!とした顔つきになり
「そうですよ。なんで、先生たちはすぐに話が脱線してしまうんですか。本当に、のぶもりもりは、ひとの話を横にそらす天才ですね。そんな才能を発揮するのは止めてくださいよ」
「ええ?また、俺の所為にするわけ?殿が進んで話を横にそらしたんだと思うんだけど」
「そんなことはありませんよ。ですよね、秀吉くん?」
「え、ええ?あの、言いにくいんですが、私から言わせればどっちもどっち、です」