ー進撃の章 2- 馬鹿につける薬
信長さまが家臣をいじるネタの提供元は奥方からの苦情の書状からだったのかと、佐々成政は得心する。
「ん…。うちは大丈夫。梅ちゃんには優しくしているから」
「ん?佐々くん。梅さんからの苦情の書状が届いてないかと心配しているのですか?大丈夫ですよ。ちゃんと、届いていますから。しっかり、返事を書かせてもらっていますよ」
え?うちもなの?と佐々は驚きを隠せない。
「佐々くんとこは確か、合戦や仕事で忙しいのはわかるけど、手紙のひとつも寄越さないのはどういうことなのかですかね。ダメですよ、佐々くん。普段、無口なのに、さらに筆不精なのはダメですよ」
「ん…。そういえば、梅ちゃんからは手紙は届くのに返事をあまり出してないな。これからは気をつけないと」
「そうだよ、なっちゃん!便りがないのは元気な証拠って言っても、余りにもないのは、寂しいんだからね」
ハーブティパーティに混ざっている、佐々の奥方、梅が声を出している。
「ん…。梅ちゃん、今度から返事はちゃんと出す。ついでに土産物もつけたほうがいいのかな?」
「土産物は有ってもなくてもいいんだよー。大切なのは、なっちゃんが元気にやってるかどうか知りたいからねー」
なるほどと、佐々は思う。結婚してから、7年以上、経ってはいるが、まだまだ、想いが行き届いていないことに反省をする。
「無口な奴ってのは勘違いされやすいって言うからなあ。佐々ももう少し、しゃべったほうがいいと思うぜ」
「あんたは、いらないことをしゃべりすぎなのよ。少しは自重しなさい」
信盛の佐々への助言に対して、小春がつっこみを入れる。
「エレナは、信盛さまのお話は楽しく聞かせてもらっているのデス。おしゃべりがすぎるのはいけないことなのデスカ?」
エレナが小春のつっこみに疑問を呈する。
「ああ、エレナ。私たちに信盛が長話をするのはいいのよ。こいつの場合は、私たちの私生活を他の方たちに言うことが問題なのよ」
「え!じゃあ、エレナと信盛さまのあーんなことや、こーんなことまでしゃべっていると言うことなのデスカ?」
「そう言うこと。エレナも嫌でしょ?あーんなこととか、こーんなことまで、他のひとに言われるのは」
「確かに嫌なのデス。2人の秘め事をしゃべっていたとなると、ワタシはどんな顔で、織田家の諸将の人たちに会えばいいと言うのデスカ」
「そんなことまでしゃべってねえよ!小春、エレナを心配させることを言うんじゃねえよ」
「え?のぶもりもり、昨夜はハッスルハッスルしていたって言って、腰痛で石運びは休んでいいかと言っていたじゃないですか」
殿、てめえ、ちょっと待てと信盛が叫ぶが時すでに遅し。
「ちょっと、信盛さま。しゃべっているじゃないデスカ!あとで小春さんと説教しますので覚悟してクダサイ」
「言ったとおりでしょ、エレナ。信盛は、最近、調子こいてるのよ。一緒に痛い目を見せようね」
信盛は、がっくりと肩を落とす。
「ああ、これからは発言する内容には気をつけないとな。おちおち、仕事もしていられねえ」
「のぶもりもりの場合は自業自得ですし、さらに言うと、今更、直らないと思うんですよね」
「曲直瀬殿に頼めば、いらないことを言う癖を直す薬を処方してもらえるんじゃないッスか?義昭の馬鹿を治す薬はさすがになさそうッスけど」
「いくら、曲直瀬殿と言えども、そんな便利な薬、処方してくれるとは、思えないの、ですが」
秀吉が、利家にそう言う。だが、利家は
「ん?でも、この前、しゃっくりを治す薬を処方してもらったッスよ。しゃっくりを治せるくらいなんだから、信盛さまの癖を直せるものだって、きっとあるッスよ」
しゃっくりを治す薬って、一体、どうやって飲んだんだろうと思う秀吉である。
「あ、あのお言葉ですが、しゃっくりをしているのに、どうやって、薬を飲んだのですか?利家殿は」
「曲直瀬殿が、馬鹿には見えない薬を出してくれたッス。それを、やかん一杯の水と一緒に飲むといいって言ってたので、試してみたら、治ったッスよ」
秀吉は、ううんと唸る。利家殿は、ひょっとしてと思うが、頭をぶんぶんと横に振り、雑念を払うことにした。
「え、えと、話を戻しませんか?義昭さまと、織田家の皆さんとの飲み会の件について、でしたよね」
秀吉が無理やり、話を戻そうとする。
「そう言えば、そうでした。なんで、先生たちは話だすと、いつもあらぬ方向にずれていくんですか?」
信長が不思議そうな顔で悩んでいる。
「俺が思うには、話が脱線するときは、大抵、信盛さまが絡んでくるときだと思うッス。信盛さまは自重するってことを覚えたほうがいいッス」
「利家、お前がそれを言う?お前だって、大抵、話を脱線させる根源になってるじゃねえか」
信盛が利家に抗議する。秀吉から言わせれば、どっちもどっちだと思っている。
「何を言ってるッスか。大体、信盛さまは、信長さまにネタを提供しすぎなんッスよ。新鮮なネタは、寿司ネタだけで充分なんッスよ」
「そっちこそ、何、言ってやがる。利家、お前、この前、殿に寝しょんべんしてたのをネタにされてたじゃねえか」
「それは言っちゃだめッス。その日は前の日に、しこたま酒を飲んで寝たから、少し緩くなってただけッス。いつも、寝しょんべんをしているわけじゃないッス!」
「あ、あの、また話がずれていってるん、ですが。いい加減、真面目に義昭さまのことを検討しま、せんか?」
「ちっ、おぼえとけよ、利家。今度、相撲で決着をつけてやるからな」
「そっちこそ、覚えておいてほしいッス。思いっきり、つっぱりをその四十路の顔に、突き刺してやるッス」
ぎぎぎと信盛と利家は、にらみ合う。その姿を見て、秀吉は、はあとため息をつく。
「じゃあ、先生。急病のおなかがよじれて痛い痛い病になりますので、先生の代わりに、誰か、義昭の相手をしてください」
部屋に集まる織田家の諸将全員が、はぁ?と言う。
「お腹がよじれて痛い痛い病って、なんッスか!信長さまが約束をとりつけてきたんだから、責任持って義昭の相手をするッスよ」
「ああ、ダメです。これは不治の病です。織田家の皆と酒杯をあげないと、治りません」
「あ、あの。不治の病が治ったら、不治の病じゃない気がするん、ですが」
秀吉が思わず、つっこみを信長に入れる。
「それも、そうですね。では、完治する病に変えます。ああ、義昭と飲んでは、完治する病が治りません」
「正しいように言ってますが、どっちにしろ、言い訳にしか聞こえないので、もう少しひねってくださいでございます」
いつのまにやら、仕事から戻ってきた、明智光秀が信長につっこみを入れる。
「あれ?光秀くん。戻ってきてたんですか?それならそうと言ってくれればいいのに」
「ふひっ。信盛さまと、利家殿が言いあっていた辺りから、居たのでございます。皆さまの様子から察するに、義昭さまとまた何か、約束事でもしたのでございますか?」
「そうッス。信長さまが、今夜は織田家の皆で飲もうって言う話を忘れて、義昭と飲む約束をしてきたッスよ」
「ふひっ。それは、信長さまが悪いのでございます。お腹がよじれて痛い痛い病などと言っていてはいけないのでございます」
「だろ?光秀。ここはやっぱり、犠牲になるのは殿だけでいいと思うんだよ」
「女の私が言うのは何ですが、義昭さまも含めて、みんなで飲めばいいだけじゃありませんか」
信長の奥方・帰蝶がそう言う。
「んん。それが一番、良いように思うでしょ?でも、あの馬鹿が来ると、みんな、不味そうに酒を飲むんですよね。どっちにしろ、呼んだところで、誰かが相手をしないといけないのは、変わりませんよ」
信長がそう、帰蝶に諭す。
「では、諸将の奥方たちで、義昭さまを囲みましょうか?それなら、普段、お仕事で大変な殿や、その他の方たちも被害を受けなくていいですし」
「え?本当ですか?それはありがたい申し出ですが、あの馬鹿の相手は、ほとほと疲れますよ?」
「私は構わないわよ。いつも仕事に精を出してもらってるんだし、お酒の席にまで、将軍さまと飲むのはいやでしょ?」
そう、小春が言う。
「ワタシもオーケーですよ。信盛さまたちには羽を伸ばしていただきたいデス」
エレナも同意する。信長は、ううんと唸り
「では、申し訳ないですが、将軍さまのお相手をよろしくお願いします。もし、お尻を触られたりしたら、言ってくださいね?それ相応の罰をあの馬鹿にしますんで」
「いくら馬鹿将軍と言っても、織田家の奥方連中の尻を撫でまわすほど、さすがに馬鹿じゃないだろ」
信盛がそう言うが、信長の目は真剣だ。
「先生は、あの馬鹿がさらに馬鹿になるように、今まで散々に女と酒と金に浸からせてきたのです。今の彼なら、可能性は否定できません」
「そういうのって、自業自得って言わない、ですかね」
「何を言っているのです、秀吉くん。傀儡将軍が、変な知恵をつけるよりかは遥かにましな選択だったのですよ。大抵の男は、女、酒、金に浸からせて、理性を保てるほど、そう人間は賢くできていませんよ」
「まあ、確かに信長さまの言うとおりでございます。義昭さまは、今では、すっかり骨抜きにされているのでございます」
「でも、まだ足りていませんね。未だに、織田家以外の大名家に書状を送るのをやめようとはしません。彼は彼で、政治を行う気を捨ててはいません」
「面倒くさい奴だなあ、義昭の奴は。こちらの言う通りに動いてくれるなら、何、不自由のない生活が保障されているって言うのによ」
「のぶもりもり。人間はおろかであり、厄介なものなのです。権力の頂点に就いたものには誇りがあります。その誇りは、正しい行いに付きまとうなら別に問題はありません。しかし、間違った行いに、その誇りがこびりつくようなら、付き従うものたちには地獄なのです」