ー動乱の章16- 正しき教え
フロイスは信長にさらに問う。
「信長さまの言っていることは矛盾しているのですニャン。どの宗派でも、教えを広めようと言うのなら必ず、戦が起きるのですニャン。信長さまは、その歴史を否定すると言うのですかニャン」
「はい、否定させていただきますよ。武力を持って、布教すると言うのならば、その宗派の武力を破壊しつくしてあげます。でも、武力を用いないというのならば、自由です」
「武力を用いて、布教をするのは当たり前なのですニャン。信長さまは布教を禁じているのと変わらないのですニャン」
「あなたの国がどうなのかは知りませんが、先生が治める領地に置いては、武力による布教は行われていません。純粋に平和的な勧誘方法で、寺社の方々は、布教をされていますよ?」
「では、デウスの教えをワタシが広めようとして、ほかの宗派の方々から襲われるような事態になったら、どうされるのですかニャン?武力を用いないと言うのなら、ワタシを守ってくれるものは、何もないのですニャン」
「先生の領地で布教するというのであれば、フロイスくんを守りますよ?もし、布教のための拠点が欲しいというのならば、屋敷を貸しだしますし」
フロイスは、ふうむと息をつく。デウスの教えに入信してくれることは拒否していますが、話はわかりそうなひとですニャンと思う。
「ワタシの国では、教会を建て、そこに信者の方々を招き、ミサを執り行うのですニャン」
「ミサとはなんでしょう?聞いたことのない名ですが」
「ミサとは、皆と共にデウスに感謝を伝える儀式と言えばいいでしょうか。オルガンで音楽を奏で、皆で主であるデウスを讃える歌を歌うのです」
「それは面白そうですね。一度、見に行っても良いでしょうか?」
信長がデウス教のミサに関心を寄せる。だが、フロイスは額に右手をあて、天を見て嘆く。
「この京の町にはそのミサを行うための教会がないのですニャン。見せたいのはやまやまなんですが、教会がなければミサを執り行うことができないですのニャン」
「フロイスくんは上手いことを言いますね。本当に、南蛮人の方なのですか?」
「ひのもとの国に来ることが決まってから、この国の言葉は勉強しているつもりなのですニャン。ワタシの言いたいことが上手く伝わったですかニャン?」
「はい。わかりますよ。この信長に、デウス教の教会を作れということでしょ?フロイスくんは宣教師をやめて、織田家に仕官するつもりはありませんか?中々の才をお持ちのようですし」
「申し訳ないのですニャン。この身の主はデウスならびに教皇なのですニャン。二心を抱かぬは、この国の将とて同じことですニャン」
「口も回れば、頭も回る。まさに、放っておきたくない人物ですが、これは仕方ありませんね。主人に忠を尽くすのは、とても良いことなのです」
フロイスは、信長に対して、礼をする。
「お褒めに預かり、光栄ですニャン。さて、武力を用いて、布教をすることはしませんので、どうか、織田家でもデウスの教えを広めることを許可していただきたいですニャン」
「はい、わかりました。フロイスくん。何か困ったことがありましたら、いつでも屋敷に寄ってください。あ、でも、二条の城の建築が終わったら、一旦、岐阜に帰りますので、ううん、どうしましょう?」
フロイスが、ふふふっと笑う。
「信長さまにお目にかかれると言うのであれば、ワタシはギフにも行きますニャン。もちろん、ギフでもデウスの教えは布教させてもらいますニャン」
抜け目がない男だと、信長は思う。
「まあ、岐阜まで来たいと言うのなら、一向に構いませんよ?フロイスくんが岐阜の城に来るというのであれば、何か、おもてなしをさせていただきますけど」
「いえいえ、それには及びませんニャン。むしろ、こちらが手土産を持っていくほうでございますニャン」
ほうと信長が言う。
「手土産ですか。それは、楽しみですね。しかし、こちらから何か贈るものがなければ、失礼な気もしますが」
「もらう物なら、もう決まっていますニャン。さきほど、信長さまは、教会を作ってくれると言っていたではないですかニャン?」
「あれ?そんな約束しましたっけ?おかしいなあ。まあ、良いですよ?教会のひとつや、ふたつ、丹羽くんが作ってくれます」
「ええ!丹羽ちゃんに話を振るんですか?教会なんて、見たことも聞いたこともないのに、どうやって作れというんですか、信長さまは」
「そこは直観で建てたらいいんじゃないですか?寺を南蛮風にして、デウスの像を置いておけば」
「オウ。信長さま。デウスの教えでは、偶像崇拝は禁じられているのですニャン」
「偶像崇拝?聞きなれない言葉ですね。それはなんです?」
「神に似せた像を作ることを禁止しているのですニャン、デウスの教えでは。像を崇拝するのではなく、神そのものを崇拝しないといけないですニャン」
「これはまた変わった風習なんですね。ひのもとの国では、神仏を奉るために、仏像や八百万の神々の像を作りますが、まさしく真逆な教えなのですね」
「神道や仏教が悪魔崇拝なのは、その点も含めてなのですニャン。神でもいけないのに、ましてや悪魔の像を作るのは笑止千万なのですニャン」
「なかなか過激な発言なのです。やっぱり丹羽ちゃんは、フロイスさんとは分かり合えないのです」
「神の命令は偉大なのですニャン。例えば、この国では、牛を神の使いだと言って、神社で神と同格に扱いますが、言語道断ですニャン。牛はデウスが人間が食べるために作られた家畜ですニャン。家畜を神と同格に語るのは、デウスを侮辱しているのですニャン」
「本当に、デウス教は変わっていますね。牛さんは、農業のためには欠かせない農民たちの家族です。それを食べるための家畜だと断言するあたりが、なんというか、すさまじいですね」
「ひのもとの国に来てから、牛を食べたいのですが、誰もお金でゆずってはくれないのですニャン。ワタシは焼肉を食べたいだけですニャン。竹やりや、手斧を持って、追いかけられるのは心外ですニャン」
「フロイスくんたちは、郷に入れば郷に従えと言う言葉を知らないのですか?よその国で、自分たちの風習を貫くのはいささか傲慢だと思うのですが」
「悪魔を信仰するものたちの風習に従うことなど出来ませんニャン。ひのもとの国は、ワタシたちの正しい風習こそを学ぶべきですニャン」
しかしながらと、フロイスは続ける。
「だからと言って、不寛容なのはいけないことですニャン。今はまだ、正しきデウスの教えを信じれないひとは大勢います。ですが、その人たちの眼も曇ったものから、晴れやかなものに変わるチャンスはあるのですニャン。ひのもとの国の民は、潜在的なデウスの教えの信者ですニャン。迫害をする気はないのですニャン」
なんだか、不寛容という言葉がまったくもって、使い方が間違っている気がしてならない信長である。しかし、信長でもわかることがある。
「デウスの教えを広めるのは許可しましたが、こう言ってはなんですけど、あまり、ひのもとの国には、そういう過激な教えは広まりにくいと思いますよ?」
「オウ。なぜなのですニャン。デウスの教えは正しいと言うのに!」
「正しい、正しくないの話ではないのですよ。ひのもとの国は、どんな神さえも受け入れるという素晴らしい国です。デウスの教えも、きっと、ひのもとの民には、否定はされないでしょう。ですが、過激主義というものは忌避されるのです」
「信長さまの言う通りなのです。丹羽ちゃんが知っている限り、デウスの教えのように過激な宗派として、日蓮宗があるのです。かの宗派の教祖・日蓮は、お釈迦さまの生まれ変わりだと豪語して、他の宗派を信じるものは地獄に落ちると、流布していたのです」
「そのものはどうなったのですかニャン?」
「時の帝にまで、地獄に落ちるぞと言って、ついには拷問の末、島流しにあったのです」
「悪魔を崇拝しているのです。刑罰を喰らうのは当然なのですニャン」
なんだか、話が通じてないなーと思う丹羽であるが、これ以上、言っても無駄なような気がしてならない。
「信長さま。ワタシにデウスの教えの正しさを弁明する機会を与えてくださいなのですニャン。仏教の高僧と論議し、デウスの正しさを見せてさしあげますニャン」
信長は、ふうむと言い、右手であごをさする。
「それは一興ですね。先生も正しい教えと言うのであれば、歓迎します。岐阜にフロイスくんが遊びにきた折には、こちらも仏教に詳しい人物を準備しておきますね。そこで、対談をしてもらい、どちらが正しい教えなのか証明をしてください」
「ワタシが仏教を信じる悪魔のやから達に言い負けるわけがないのですニャン。ぜひ、デウスの教えの正しさを見せつけてあげましょうニャン」
これは面白いことになってきたと、信長は思う。正直、デウスの教えの正しさなど、どうでもいいが、南蛮人がどう考えているのか、それと、ひのもとの国で信じられている仏教との考えの差がわかる、いい機会でもある。
「では、来月の5月に岐阜へ遊びにきてください。それなりの歓待もしますので、お楽しみに」
「ハイ。その時は、ワタシの高弟のロレンソという男も連れていくのですニャン。彼は神学においては、同期のものの中ではトップクラスの優秀者なのですニャン。神についてわからないことがあれば、ロレンソがすべて応えてくれますにゃん」
「神学とはまた、聞きなれない言葉ですね」
「神学とは、神の言われた言葉を間違いのないよう、精査する学問なのですニャン。人それぞれで神に対する考えというものには、差異が生じるものなのですニャン。それを正すために、神学という学問は絶対に必要なことですニャン」
「仏教には、嘘も方便と言う言葉があります。お釈迦さまは、ああ言われたが本当は違う。あれは、人々が高度なお釈迦さまの教えが理解することは難しいと思ったので、違うことを言ったのだ、本当に言いたかったことは、こうだって言うようなものとは、また別なものに感じますね」
「神の教えは絶対なのですニャン。嘘を教える仏教の創始者は、やはり悪魔なのですニャン。正しき教えは、すべからず、正しいのですニャン」