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ー動乱の章 7- 殿中御掟 その狙い

 信長は、京に明智光秀、木下秀吉きのしたひでよし佐久間信盛さくまのぶもりと1万の兵を残し、京から岐阜へいったん帰ることにする。もろもろのことを放り出し、京にやってきたのだ。それに二条の城の建設のこともある。正月明けから奔走することになったのだった。


 京から岐阜への岐路につく際、足利義昭あしかがよしあきは、信長と道で話をしていた。


御父おんちち・信長殿が帰ってしまうのは、誠に残念なことなのでおじゃる。まだ三好三人衆のやつらがここ京周辺をうろついているともいわれているのでおじゃる。まろは心配でたまらないのでおじゃる」


「将軍さま。遺憾ながら、一度、岐阜に戻って、いろいろと準備をしておかないといけないのですよ。二条の城の建築の手配もありますからね。すぐ戻ってきますので、どうかご心配なく」


「待っているのでおじゃるよ。はよう、京に帰ってきてくれなのでおじゃる」


 せがむ義昭よしあきである。


「はい、わかりました。2月に入るまでには戻ってきますので、それまで辛抱していてくださいね」


 そういうと、信長は馬に乗り、岐阜へ帰ることになる。義昭よしあきは信長が見えなくなるまで、大きく宙をかきまぜるように手を振る。


「信長殿。約束でおじゃるよ。はよう、帰ってくるのでおじゃるよおお」


 京の都で、義昭よしあきの切ない声はこだまする。その姿は、まるで恋い焦がれる男女の別れにも似ていたのだった。




 信長は岐阜に帰ると、丹羽長秀にわながひでを部屋に呼ぶ。そして、二条の城建設について、いろいろと協議をするのであった。


丹羽にわちゃんは思うのですが、無料ただで城ひとつ、プレゼントするのはさすがにやりすぎだと思うのです」


「城ひとつで、義昭よしあきの権威が増すのです。それと同時に織田家うちの権威もあがりますよ。安い買い物じゃないですか」


「んー。信長さまがそういうのなら、丹羽にわちゃんは反対しないのです。でも、丹羽にわちゃんに頼むということは、また何かをプロデュースするっていうことなのですよね?」


「はい。その通りです。城ひとつ、2カ月で建ててください」


「えー。そんなの無理ですよ。人員をどれだけ使えというんですか。岐阜城だって1年近くかかったんですよ」


丹羽にわくんのプロデュースには限界がないと、先生は考えています。できるでしょ?」


 簡単に言ってくれるものだなあと丹羽にわは思う。だが、城を2カ月で建てる企画だ。おもしろいことになることは想像にかたくない。


「わかりましたのです。では、人員を2万くださいなのです」


「ええ!2万も人員を渡せって言うんですか。それは途方もない数ですね」


「やれと言ったのは信長さまなのです。丹羽にわちゃんはそれに従っただけなのです」


「まあ、兵をそのまま何もせず、遊ばせておくのも、もったいない話ですし、出稼ぎをしたいひとたちも出てくるでしょうから、経済的にも悪い話ではないですね。それでは、2万人、かき集めてみましょう」


「お願いするのです。それと同時に、せっかくなので祭りも行いましょうなのです」


「祭りですか。いいですね、それ。集められた人員には給金を払いますし、そのお金で祭りを楽しめば、経済効果はさらに倍ってところですね」


 信長は丹羽(にわ)のプロデュースの腕前に感心する。いつも家臣たちに無茶振りな企画を言いはするものの、それを形として、さらに想い以上のものに仕上げるのは、織田家広しと言えども、この男以外、いない。


 丹羽(にわ)自身もまた、信長さまのとんでもない発想のお手伝いをできて光栄だと思っている。


 丹羽(にわ)には、あだ名がある。米五郎左こめごろうさである。日本人には米といえば、なくてはならない主食だ。朝は、白い米に味噌汁といえば、日本人の大半が納得するであろう。


 丹羽(にわ)は、信長にとってのお米なのである。信長が奇想天外な料理を考えれば、丹羽(にわ)は、それを実際に作る役目だ。信長の影の功労者と言えばいいだろうか。


 合婚(ごうこん)、宴会、城の建築、城下町の図面作製、はたまた、ハーブの栽培などなど、丹羽(にわ)が手がけているものは、かなり多いと言っていい。しかも、どれひとつ取っても、丁寧な仕事ぶりで、信長は丹羽(にわ)の仕事ぶりに大変、気にいっている。


 そのため、丹羽(にわ)を手元に置くことが多く、それは(いくさ)でも変わらぬため、戦場で輝く場面は少ない。だが、輝く前線での活躍がないだけで、小荷駄隊という、織田家の軍全体を支える重要な役割を担っている。


 かといって、丹羽(にわ)自身が(いくさ)下手というわけでもない。この男は(いくさ)も人並み以上にこなす能力は持っているのである。ただ、信長が彼を重宝するあまり、前線に出れる機会が少ないだけなのだ。


 織田家の皆もそれをわかっているため、丹羽(にわ)あなどる者は皆無と言っていい。


「で、信長さま。話は変わるのです。丹羽(にわ)ちゃん、思うのですが、なんで義昭(よしあき)さまは、あんなとんでもない殿中御掟でんちゅうおんおきてに軽々しく判を押したんですか?丹羽にわちゃんには理解不能なのです」


「さあ?彼はよっぽどの善人なのか、途方もない悪人のどっちなのか、先生自身にもよくわからないですね。先生が将軍だとしたら、こんなもの差し出してきたやつなんか、即刻、首をはねるんですけどね」


 うーんと、2人で首をかしげるのであった。そこに、とある人物がやってくる。


「信長さま、それに丹羽にわさま。お茶とお菓子を持ってまいりました。お仕事で忙しいかと思いますが、一息ついてください」


 信長の奥方、帰蝶である。彼女は、政務に励む、信長と丹羽にわに陣中見舞いにやってきたのであった。


「ああ、ありがとうございます、帰蝶さん。調度、よかった」


 ん?と帰蝶が聞き返す。


「帰蝶さん。あなたがもし、将軍だとしたら、今回、全国に触れ回った殿中御掟でんちゅうおんおきての中身について、どう思いますか?」


「女の私に政治の話をしろと言われましても」


「まあまあ、気軽に構えてください。帰蝶さんはどこか、この文には、おかしな点があることに気付きませんか?」


「おかしな部分ですか、そうですね。1番から3番で、将軍さまの家来は、しっかりお仕事に励むことと書いてあるのに、続く4番では、将軍さまの家来が、将軍さまのそばで働くには、信長さまの許可がなければできないというところでしょうか」


 殿中御掟でんちゅうおんおきての1番から4番は以下の通りである。


 1:御用係や警備係、雑用係などの同朋衆など下級の使用人は代々の足利の幕府の倣いに従うこと。


 2:公家衆・御供衆・申次の者は、将軍の御用があれば直ちに謹んで貴人のそば近く仕えること。


 3:惣番衆(宿直警固にあたる者たち)は、呼ばれなくとも出動しなければならない。


 4:幕臣の家来が将軍の御所に用向きがある際は、信長の許可を得ること。それ以外に御所に近づくことは禁止する。


「そうですよね。普通の人間なら、ここにまず、ひっかかりを覚えるはずなのです。ですが、義昭よしあきは、全然、気付いてないんですよ」


「まあ。それは判断に困るひとですね」


「そうなんですよ。義昭よしあきのやつは、まったく、意に介さなかったんですよ。彼、意外と常人とはかけ離れた感性の持主なのかも知れません」


丹羽にわちゃんもそう思うのです。4番のところを読んだ時点で、首級くびをふっとばす企画をプロデュースしちゃいたくなるのです」


「帰蝶さん。他にも何か気付く点はありませんか?」


「他にですか?ううん。8番も大概だと思うのですが」


 8:当番衆(将軍の使用人たち)は、申次を経ずに何かを将軍に伝えてはならない。


「これって、要は将軍さまに言付けしようものなら、すべて、信長さまの許可を得なければならないってことですよね?」


「はい、そうですね。これにも義昭よしあきは無反応なんです。何を考えているのか、まったく見当がつきません」


丹羽にわちゃん、思うんですが、誰にでも何かしてもらえて当たり前だと思っているんじゃないのですか?面倒くさいことは、全部、信長さまがやってくれるって思って、投げ出してるようにしか思えないのです」


「それなら、傀儡かいらいの自覚をもって、すべてを丸投げしてほしいのですが。彼、そこら中の大名に書状を送りまくってるんですよ。自分なりの政治をやろうとしているんです。その中身は良いか悪いかは別としてですよ」


丹羽にわちゃんにはますます、わからないのです。義昭よしあきさまは、一体、何をしたいのです?」


「それがわかれば苦労はありませんよ。最後の9番目なんて、もっとひどいこと書いてあるんですけどね」


「そうなのですか?帰蝶には、よくわからないのですが」


 9:門跡(寺社の偉い人)や僧侶、比叡山延暦寺の僧兵、医師、陰陽師をみだりに殿中に入れないこと。足軽と猿楽師(さるまわしの芸人)は呼ばれれば入ってもよい。


「これ、ぶっちゃけ、先生の許可なく、義昭よしあきは誰とも接触するなってことなんですよ。医者なんて、普通、病気になれば素通りさせますよね?」


「はい、そうですよね。医者まで禁止されたら、大変じゃないですか」


 帰蝶が半ば、あきれ顔で信長に応える。


「でも、なぜ、医者まで禁止するのですか?信長さまは」


「簡単ですよ。医者は普通、素通りさせるからダメなんです」


 帰蝶は頭の上にハテナマークを浮かべる表情をする。


丹羽にわちゃんには、信長さまの言いたいことがよくわかるのです。巷の物語でよく耳する、軟禁状態のお殿さまや身分の高いひとが医者を通じて密書を託すってあるのです」


「でも、それは物語の話であって、本当のことではないのでしょう?」


 帰蝶の疑問に信長が応える。


「それが物語の話で済めば、いいのです。でも、実際にあるんです。医者が軟禁状態のものから密書を託される場合が。事実は物語より奇なりなのですよ」


「まるで信長さま自身が、そういったことをしたことがあるかのような口ぶりなのですね」


「その通りです。まだ先生が大名に成り上がる前の話です。帰蝶さんも知っているように、織田家うちは元は守護代の家老の身分です。そこから成り上がるために、敵方の将を寝返らせたりなどで、医者は重宝させてもらいましたからね。医者なんて間者と変わらないんですよ」


 まあまあ、それは大変と帰蝶が言う。


「では、今度から、信長さまが忙しいときに、秘密のお願いをするときは医者を使えばいいわけですね?」


「そんなことしなくても、直接、先生に言ってくれれば済む話でしょうに」


「あらやだ。信長さまとの楽しみ方が増えるではないですか。たまには違った方法でのアプローチも夫婦の営みには大切なんです」


 帰蝶の言にやれやれと信長は思う。


 余談であるが、後日、信長の健康診断に来ていた医者が、こっそり、帰蝶の書状を持ってきて、本当にやりますかねえとなったのだ。

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